2008年7月31日木曜日

7月よさようなら

 病院機能評価受審に忙殺された7月が終わる。うちの病院は年間約3万7千名の一次救急患者(そのほとんどが夜間休日外来)の診察・治療に当たっているが救急告示病院ではない。飛び込み救急車は受け入れず、医師会会員からの要請患者を搬送する救急車を引き受けてきた。
 今日、熊本都市圏の大規模救急病院が満床のために救急受け入れをストップする時間が多くなってきている。この方代わりの希望もある。病院スタッフ全員が 「One step beyond 一歩前進 」で、あともう少しの仕事を増やし、システムを構築すれば飛び込み救急車受け入れ可能な病院になれるだろう。この仕事に本格的に取り掛かる。
 家人が昨日から長期夏季休暇に入った。私の夏期休暇は国際交流委員会の米国訪問にシフトするので8月17日から・・・兎に角明日から8月だ。7月よさようなら。

2008年7月27日日曜日

ビール一気飲み優勝そして金峰山

7月25日病院のビアパーティーがあった。予定手術が立て込んでおり、しかも緊急手術が2件あったので参加できないとあきらめていたが、スタッフの協力で18時半には最後の患者さんが帰室。19時からの会に遅れたが参加できた。 病院機能評価受審の打ち上げみたいな感覚で、全てのテーブルを回ってスタッフをねぎらっていた。名前を呼ばれた。ビールの一気飲み大会をしている。ミディアムサイズのコップにビールが注いであった。・・・ジョッキでなくて良かった。 よーいスタート!勝負は一気についた。優勝だった。賞品はサマージャンボ宝くじだった。 家人からは、皆さん遠慮されたんでしょ?と言われたが、実力だと思う。
写真は病院近くの道角に咲いていたハイビスカス。
7月26日昨夜のアルコールが頭の片隅に残る中、午後4時5分病院スタートで金峰山に向かった。500mlペットボトル、少々のお金、ハーフタオル、ティッシュ、携帯電話が所持品。無論しっかり帽子をかぶった。何とデジカメを忘れた失態ではあったが、携帯電話のカメラで代用した。                                            最初の30分は灼熱地獄。登山口からの登り坂では足が重く、高温多湿のため汗が吹き出た。
写真は街路樹の花、何だろう?
キョウチクトウでもサルスベリでもなさそう。
サルスベリ上り口前にあるトイレ洗面所で小休止して水分をたっぷり補給した。車道を走って上る。途中、花を植えてあった。キバナコスモスはきれいに咲いていたがひまわりは枯れていた。

2時間で頂上に到着。神社にお参りした。頂上では一人の登山者と出会った。こんなに暑くては誰も登るまい。茶店は閉まっていたが、自販機でコーラを買って飲んだ。帰りは1時間半かかった。午後7時35分病院到着。また鼻のあたまが赤くなった。
写真は頂上近くのねむの木と下熊本市内の景色

2008年7月24日木曜日

夏休み

鹿児島市内の小学校に通っていた頃、夏休みには田舎の種子島に帰省したので、登校日に学校に行ったことが無かった。種子島の子どもたちと一緒に朝のラジオ体操に参加したが、当然出席表に自分の名前が無かった。

夏休みの花は、アサガオ。花言葉は「明日もさわやかに」「はかない恋」「貴方に私は絡みつく」という。


「アサガオや ラジオ体操 思い出し」


うちの病院に実習に来ている学生さんは8月1日までの予定。実習が済むと、各地の消防署での採用試験を受けるという。採用試験では体力テスト(1500m走、スパイラル走など)があるようで、課外授業は白川縁走と言っても嫌がらずに走る。と自分は思っている。昨日は最終組の学生さんを連れて7kmを走った。外来が遅くなり、18時に昼の弁当を食べ、それから走ったので少し調子が悪かった。曇っていたが、蒸し暑い。かなり汗をかいた。実習日の最終8月1日は15km走で締めくくると宣言した。最近ハーフパンツで走るので、短パンをはくと大腿部で日焼けの色が異なりかっこ悪い。

写真はナスの花とヤノネボンテンカ(矢の根梵天花またの名を高砂芙蓉)
ナスは野菜を思わせる紫色だが、花が下を向いて良く分からない。

2008年7月21日月曜日

メネット事業主査研修会

 家人が今期のワイズメンズクラブ西日本区メネット事業主任を務める。7月20,21日と西日本各地からメネット事業主査が熊本に集まり、主査研修会が行われた。むさしクラブのメネットさん、九州部主査を輩出しているひがしクラブのメネットさんには2日間しっかり支えていただいた。

さて、私は随行カメラマン、あそ熊本空港での送迎、荷物運び、懇親会盛り上げ係り等々八面六臂の活躍をした・・・?

今期のメネット国内プロジェクトは「障がいのある子どもの支援:YMCAのリーダー育成研修会の助成金の募金」。そのために、YMCA障がい支援事業部の中島さんと、八代で作業所や保育園を通して障がい者と健常者がともに生きる社会を目指すNPO法人とら太の会理事長山下さんの講演をお聴きした。
また21日は山都町にある丸山ハイランドに行き、中村勝子さんに丸山ハイランドふれあい農園の夢あふれる話を伺った。




皆さんを空港まで送り、入院患者さんを診て帰った。

2008年7月20日日曜日

ヘクソカズラ

花言葉は誤解を解きたい・・・なるほど、可憐な花なのに屁糞蔓とはかわいそうだ。うちの庭は雑草が生い茂ってきた。頼んでも何時になるか分からない亭主では心もとないのだろう。家人は毎年近所の高○さんに庭の手入れをお願いしている。朝ジョギングから帰ってきたら、家の前で高○さんと出会った。お世話になります・・・

昨夜はKLCCで暑気払い。先週のチャリティーコンサートの反省会兼打ち上げを居酒屋鶴重で行った。鶴重の大将からKLCCげ募金の贈呈もあった。
娘は今日からバリ島に旅行するという。家人はワイズメンズクラブ西日本区メネット事業主査研修会を主催するので大忙し。かげながらお手伝いせねばならない。・・・この2日間でいかに点数を稼ぐことができるかが、家庭円満に直結する。

2008年7月19日土曜日

病院機能評価受審後

7月17,18,19日と続いた「病院機能評価受審」が終わった。講評をお聞きしながら、なるほど自分の病院の長所と欠点が分かった。医療の水準は医師の能力だけではない。それぞれの病院がどの様にしてより良質で安全な医療を組織を挙げて取り組んでいるのかで決まるのだと思う。

写真は病棟でカルテを点検されるサーベイヤー

サーベイヤーは7名、それぞれの得意分野を持っておられる。手順やマニュアルの明文化や行ってきたことの記録を求められる。皆さん友好的で、鋭い質問もあるが、追い詰めることはされなかった。それにしても緊張したが、できていないことは未だできていません・・と誠実に答えた。自分が思っている自院の長所・欠点も申し上げた。各部署ではスタッフが一生懸命にこれまで取り組んできたことを話してくれた。

結果は6週間後に発表される。改善の指摘があれば誠実に取り組もうと思う。
 
写真は近所のカンナ 花言葉は、尊敬、情熱、永続、堅実な未来 と マツヨイグサ

2008年7月16日水曜日

病院機能評価受審前


最近K高のラグビー部が朝錬をしている。20名以上そろっているので頼もしい。




K高の周りの花シリーズも終盤に近い。さて、おにゆりとマリーゴールド












家に帰ったら青いバラが玄関にあった。着色したのかな?








明日から病院機能評価を受審する。今日は遅くまで提示書類の準備をしていた。これまで準備してきた過程を思い出しながら、これがあるから標準的な医療が提供できるようになるのだな思った。








6階ホールには必要書類が6つの領域に分けて並べられた。明日は書類審査と一部面接、あさっては面接と現場のラウンド。1,3班の班長と、外来運営・ICU・手術室・救急部門・病床管理・医療ガス安全管理の委員会の委員長をしているので、荷が重い。
でも笑顔だけは負けないようにしよう。

2008年7月12日土曜日

結婚式披露宴とチャリティーコンサート

7月12日うちの病院の看護師さんの結婚式・披露宴に出席した。彼女は入職4年目で実に優しい人だ。ナンシーとあだ名で呼ぶことがあったのでここでは、ナンシーで書くことにしよう。

新人時代のエルダーナース(指導看護師)のスイートさんによると、ナンシーは頑張りや、動作が機敏でいつも走り回っているという。そう言えば手術室の実習に来た学生さんが、優しくて、どんな質問にも丁寧に答えてくださった・・と言っていた。

結婚式はチャペル人前結婚式。披露宴では主賓挨拶をさせてもらった。入職後、苦労を重ねながら一人前に成長したナンシーに
坂村真民の詩集から
「念ずれば 花ひらく」  
 念ずれば
 花ひらく
 苦しい時
 母がいつも口にしていた
 このことばを
 わたしも
 いつのころからか
 となえるようになった
 そして
 その時
 わたしの花が
 ひとつ
 ひとつ
 ひらいていった


写真はK高横の畑に咲く夢百合草
花言葉は、エキゾチック、持続、援助、未来への憧れ





「光る」
 光る
 光る
 すべては光る
 光らないものは
 ひとつとしてない
 みずから
 光らないものは
 他から
 光を受けて
 光る
の二つの詩を贈った。

式場から国際交流会館へ、地雷廃絶と被害者支援の会・熊本のチャリティーコンサートへ。むさしワイズもてれっとUMCも協力するコンサートだ。一部のロックは終わっていたが、バイオリンと弦楽四重奏を楽しんだ。コンサートを取り仕切ってくれた実行委員の若手を連れて食事へ・・・そのまま夜の街に約2名が消えていった・・・







写真はロックコンサート、飯島倫さんのバイオリン、千○実行委員長の地雷の話、コンサートが終わってKLCC集合記念写真・・・あっつ目が光っている!

2008年7月7日月曜日

七夕

緩和ケア病棟に願い事が書かれた短冊が葉竹につるされ飾られていた。私も2つ句を読み飾った。

「七夕は もともと男女の 一夜夢」
「七夕に 早々協力 梅雨明け」
おそまつ・・・

大阪にて

7月5,6日ワイズメンズクラブ西日本区役員会出席のために大阪に行った。区キャビネットは準備のために大変な努力をしていた。私も資料準備の手伝 いをした。開会のお祈りを受け持ったが、これが私のクリスチャニティー特別委員会委員長としての最初の仕事になった。始ったばかりの08-09年度なので、事業主任報告は目標方針発表が主だった。慣れていないために主任を会長と言い間違う主任もいた。私は熊本にしクラブ第一回仮例会のことを報告させていただいた。またクリスチャニティー特別委員会について方針と具体的活動について述べた。日本におけるクリスチャン人口は1%、各ワイズメンズクラブでも0%~30数%と幅がある。インドのワイズメンズクラブ0%が多いと聞く。キリスト教という日本人にとっては異文化に触れる良い機会と捉えていただけるように、大多数のノンクリスチャン会員にご理解いただくようにすることかなと思った。
写真は役員会終了後の記念写真。

5日の懇親会では、随分しっかりとしていた。だいぶ飲んだが、二次会、三次会までお付き合いした。帰ったのが12時過ぎていたようだった・・・

6日6時にはホテルを出て淀川河川敷を走った。随分蒸し暑く、汗が吹き出るので脱水にならぬように水分をこまめに取った。アベリアがピンクで近所の白でなかった。白ツメクサも僅かにあった。何の花か分からぬ花もあったが、後で調べたらキョウチクトウだった。
役員会終了後、最終便までの時間があったので、海遊館(大阪にある水族館)に行った。ここはジンベイザメとイトマキエイが有名。万博のようにお客さんが多く、最初は随分並んだし、やっとのことで魚たちを見た。が、強大な水槽の下の方に降りていくと、ゆっくりジンベイザメを見ることができた。さて、最初の混雑している場所での一句。「水族館 ちょっとだけ見た ジンベイザメ」

家には篤姫開始10分遅れで着いた。また恐怖の一週間が始る。

2008年7月4日金曜日

7月になった

7月になった。今月は病院機能評価受審がある。病院内では会議、書類点検その他で超ハードスケジュール。さて7月1日は久しぶりに早朝ランを楽しむ。
 K高周遊コースにきれいなグラジオラスが咲いていた。ナスの花は小さくきれいだが下を向いている。
ご近所の西○さんは花好きだ。西○さんのランの先生が、病院のM看護師(ウルトラランナー)の伯父さんさんだと話してくれた。さすが、DNA!! M看護師が良く走るのはDNAの影響なんだ・・・と思い込んだ。夕方、Mさんに会って、今朝の話をした。すると、・・・・・ 伯父さんは走らないという。蘭をランと間違えていた。 病院運営委員会の後、懇親会だった。医局に帰って書類チェックをしていたら、そのままデスクの前で寝ていた。写真は西○さんちのキキョウとミニバラ。

2
日午前6時前に目が覚めたが、家人にスーツを持ってきてくれ・・・とメールをした。スーツが届いた。昨日の上顎神経ブロックに続き、今日は透視下の下顎神経ブロックを行った。ビッシとヒットした。写真は卵円孔に達したブロック針。
病診連携室会議、感染対策委員会主催の勉強会の後、熊本にしクラブ第1回仮例会に参加した。25名が集まってくれた。仮会長には水元○さんが選出された。仮役員が決まってほっとした。KさんにYMCAとワイズメンズクラブについての卓話をお願いし、皆で記念写真を写した。参加者の内2人は既に帰り一人が写したので22名が写った。二次会にも行ったが、流石に直ぐに家に帰った。




3日熊本むさしクラブの7月キックオフ例会。麻酔科にローテートしてくる研修医と実習の救急救命士さんは参加が恒例。別の自分も見てもらう。結構社会勉強になると評判は良い。今期のキャビネットで記念写真。今○会長は丁度目をつぶっていた。卓話は原○さんによるコーチングの話。自分を分析してみたらプロモータータイプだった。六文銭、なごみや屋に寄り、出来上がって帰った。


4日朝走ったが、シャワー後の体重が64kg台だったので、スイカと味噌汁のみの朝ごはんで出勤した。外来が長くなり、昼食は17時。書類整理をして、延長手術に付いた。21時過ぎにやさしい後輩に代わってもらった。明日は大阪だ。目が回るほど一日が早く過ぎていく。