2012年3月25日日曜日

3月24日結婚式・披露宴とむさしクラブ15周年記念例会

朝5時40分布団から飛び出そうとしていると家人からメール。「ちゃんとおきたかな?」家を出ようとする5時58分「移動中?電車?車?返事するように」とのメール。7時43分「もうすぐ羽田空港国内線ターミナルに着く。」のメールを出したら、「ギリギリだね・・」との返事。ちなみに8時20分発。温かいメールに励まされて空港に着いた。搭乗口にいたら熊大医学部サッカー部の谷〇監督と会った。今日はサッカー部の追いだしコンパもある。谷〇先生には出席できないので卒業生によろしく伝えてくださいとお願いした。座席に着くと通路を挟んで横に遠〇サッカー部部長がおられた。今日はコンパに出席予定だったそうだがK医大小児科主任教授の退官祝賀会に参加されるという。重なる時は重なるものだと思いながら、遠〇先生や谷〇先生に3月24日にお会いした偶然に感謝した。
空港に迎えに来た家人の車で自宅に寄り、会場のKKRホテルに向かった。花婿は娘の義兄でロサンゼルス在住。花嫁はマレーシアのご出身で米国でキャリアウーマン。国際結婚なので日本語・英語で式が進行した。主賓の方がパワーポイントに英語訳を示してのご挨拶や、乾杯の音頭を取ってくださった新郎恩師が、いきなり花婿が目標にしているオスカー賞受賞の喜びを花婿に代わって英語で話し始めたり、和やかで笑いを誘う素晴らしい結婚式・披露宴だった。
娘の婿は3人兄弟で非常に仲が良い。今日は兄弟ふたりに娘が加わって歌の披露(娘が電子ピアノ、義弟がウクレレ、婿殿がタンバリンにボーカル)。このチーム結成までの様子がDVDで紹介されたが、孫のひなちゃんも一役買っていた。風が強く黄砂が飛んでいたが、間近に熊本城を望むホテルなので写真撮りにも忙しかった。




午後5時にメルパルクに移動した。熊本むさしワイズメンズクラブの15周年記念式典。数か月ぶりに会う仲間たちと再会を喜び、会場作りやお客様の出迎えに汗を流した。開会時間ぎりぎり前に韓国の兄弟クラブテグー琴湖クラブの一行が到着した。
大崎会長は2度目の会長、開会宣言点鐘挨拶、「いざたて」の斉唱の後、浅岡西日本区理事、琴湖クラブ会長、前京都部部長、武本京都みやびクラブ会長(代読)、中堀九州部部長たちから祝辞を受けた。熊本YMCAに「水中防水カメラ」贈呈と続き第1部記念例会を終了した。
続いて第2部祝賀パーティー。自分が食前感謝を述べた。この中で「多くの仲間たちを迎え互いに切磋琢磨しあい親睦を深めてきたこと、また何人かの仲間が次のが飛躍を求めてクラブを去って行ったが、自分たちには消えることのない思い出と友情が残っていること、国際兄弟クラブの琴湖クラブや国内兄弟クラブの京都みやびクラブの交流でワイズライフの大きな喜びを得てきたことなどに感謝いたします。これからも大きな祝福と導きをお願いします。」と祈った。
成瀬次期理事の乾杯の発声で、祝宴に突入した。暫く西日本区役員さんのテーブルにいたが、出席者の皆さんと出来るだけお話するように各テーブルを回った。琴湖クラブの奥様達はむさしクラブメンバーや他クラブの奥さんたちと大きな輪を作り楽しそうに話をしていた。
沖縄民謡のパフォーマンスもあり会場は、友情に満ち溢れた。
琴湖クラブから韓国海苔のプレゼントされた。.







みやびクラブからはむさしクラブバナーをデザインした切手のプレゼントがあり、琴湖クラブ・みやびクラブ・熊本以外から来られた皆さんには黒糖ドーナツ棒詰め合わせを贈った。
二次会には琴湖クラブ、みやびクラブを始め40数名が参加。カラオケで「乾杯」を歌い乾杯の音頭にした。韓国の皆さんは歌が上手だ。みな手拍子や掛け声で盛り上げてくれた。自分は最後まで眠ることなく(皆が奇跡だと言った)参加者にオークションで入手した十勝ワインを注いで回った。
帰りの車で眠気が襲った。翌朝こたつの中で寝ている自分に気付いた。まあ頑張ったから良し!

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