ラベル 結婚式・披露宴 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 結婚式・披露宴 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年6月16日日曜日

聡子先生結婚式披露宴

 16日、聡子先生の結婚式・披露宴が東京會館で行われた。既に昨年席は入れられているのだが、けじめのセレモニーはまた良いものだ。結婚式はキリスト教式なので、声高らかに讃美歌を歌おうと張り切っていたが、聖歌隊が歌う形式で歌うことはなかった。披露宴は大いに笑い、驚き、少し涙が出た。
聡子先生の小学生、中学生、高校生?に扮した女の子が出て来て、両親への手紙を読む!後で聞いたらそのような両親への手紙を以前見たことがあったそうだ。女の子たちは親戚でもなく、このようなイベントをする事務所に所属しているらしい。



披露宴のエンディングロールでは結婚式や披露宴の様子が写真やビデオで流されたが、バージンロードを聡子先生と一緒に歩いてきたお父様が聡子先生の手を旦那さんに渡すとき、旦那さんの手をピシッと弾いたシーン!後で聞いたら、そのシーンは練習の時のシーンでこのビデオを使うとは・・・?と本人びっくりしていた。

式が終わって内野先生とお茶を飲みながら思い出しては笑ってしまった。

2018年6月24日日曜日

清香さん結婚式・披露宴

24日、緩和医療部清香さんの結婚式と披露宴が東郷神社、会館で行われて出席した。久しぶりに神前結婚式を見ることができた。

披露宴では挨拶と乾杯をさせていただいた。彼女の人となりを語ったが、ジョークが受けたようだった。緩和医療部の看護師さんや以前の9階西病棟の看護師さんたちとも良く話すことができた。手術の後なので飲酒は控えめにしたが・・・。清香さんは八海山が好きだなんて・・・。日本酒を楽しむというコンセプトだったかな?


2016年10月9日日曜日

産業医研修会と後輩の結婚式

9日、産業医研修会2日目。ますます気合が入ってきたが、今日は午後から公開の結婚式に参加するので午前中のみの受講になった。お弁当はももやにお土産で持って行く。
南北線で白金台に行き、結婚式披露宴会場のアートグレイスクラブに歩いた。早く着いたので、トイレで着替えた。受付を済ませ、結婚式にも参加させてもらった。牧師さんの司式で讃美歌は312番「いつくしみ深き」、聖句はコリントへの信徒への手紙1の13章4-7節。新郎のN尾先生はだいぶ緊張していたが、新婦O野(旧姓)先生のご両親にハグされたころからリラックスしたようだった。
会場の庭で記念写真など撮った後、披露宴会場に入った。





Uの先生の話は格調高く、両人の紹介から始まり医療人としての心得まで医師の琴線に触れる話をしていただいた。
O原先生の乾杯は元気よく、両人が希望にあふれた将来を切り開いていこうという気持ちを鼓舞する?挨拶もあった。
両人の同級生は多く、二人はムードメーカーなのでかなり盛り上がっていた。
披露宴ではN尾先生と旧姓O野先生から参加者、ご両親へのお礼の言葉があったが、このところ涙腺が弱くなった自分は、うっすら涙を浮かべていた。
写真はあとで

2016年6月5日日曜日

結婚式披露宴


5日、乾杯の挨拶は215秒で行う。何度も何度も繰り返した。これなら途中アドリブを入れても230秒以内に収まる。会場のパレスホテルには東京駅から歩いて10分。一度入ってみたいと思っていたホテルだ。2回の宴会場のカーテンを開けると、目前に新緑で清々しい噴水公園や皇居が見える。

新郎は入局2年目の医局員で新婦はT医科大麻酔科で医科麻酔研修をされた歯科麻酔科医。新婦のお父様が高校の後輩という縁で、乾杯の発声を引き受けた。U野先生の挨拶は格調高く示唆に富む。

乾杯の発声前に、230秒の挨拶をした。声高らかに「乾杯!」。早めの出番で気持ちは軽くなり楽しくなってきた。

上手くフラッシュを使わないと逆光になる。新婦は借り物の(司会者が紹介した)16千万のアクセサリーを付けている。もともときれいな女性なので女優さんではないかと思うくらい輝いて見えた。新郎の良さは控えめで優しいところ。この二人はきっと素晴らしい家庭を築くだろうと確信した。

パレスポテル東京の料理や飲み物は洗練されており、これまで参加した結婚披露宴でも思い出に残る披露宴になった。


2014年4月27日日曜日

広明君の結婚式・結婚披露宴

27日、甥っ子の広明君の結婚式と結婚披露宴が浜松町の結婚式場であった。
入り口には二人の幼い頃の写真が飾ってあり迎えてくれた。





結婚式では、お父様が新婦のま〇かさんとバージンロードを歩き、ひろ君に託した。4年前を思い出した。二人とも堂々としていたようだが、ひろ君は緊張したと言っていた。写真はケーキ入刀。







披露宴では、姉夫婦、姪っ子一家、お世話になっている牧師さんご夫妻と我々夫婦が一緒のテーブルになった。姉の義兄弟(姉妹)ともお話しすることができた。








ひょうきん者のひろ君にしっかり者のま〇かさんの組み合わせは、きっと楽しい家庭を作ってくれるだろう。姉は熊本のマンションで水漏れがあったということで、月曜に熊本に帰る予定を変更して夜の飛行機で熊本に帰った。
こうして、荻窪に帰ったが日が暮れるとお腹がすいてきた。夜は荻窪駅近くの焼き鳥屋で日本酒と焼き鳥を楽しんだ。先週三日も休肝日を作ったのでいいか・・・。

2012年3月25日日曜日

3月24日結婚式・披露宴とむさしクラブ15周年記念例会

朝5時40分布団から飛び出そうとしていると家人からメール。「ちゃんとおきたかな?」家を出ようとする5時58分「移動中?電車?車?返事するように」とのメール。7時43分「もうすぐ羽田空港国内線ターミナルに着く。」のメールを出したら、「ギリギリだね・・」との返事。ちなみに8時20分発。温かいメールに励まされて空港に着いた。搭乗口にいたら熊大医学部サッカー部の谷〇監督と会った。今日はサッカー部の追いだしコンパもある。谷〇先生には出席できないので卒業生によろしく伝えてくださいとお願いした。座席に着くと通路を挟んで横に遠〇サッカー部部長がおられた。今日はコンパに出席予定だったそうだがK医大小児科主任教授の退官祝賀会に参加されるという。重なる時は重なるものだと思いながら、遠〇先生や谷〇先生に3月24日にお会いした偶然に感謝した。
空港に迎えに来た家人の車で自宅に寄り、会場のKKRホテルに向かった。花婿は娘の義兄でロサンゼルス在住。花嫁はマレーシアのご出身で米国でキャリアウーマン。国際結婚なので日本語・英語で式が進行した。主賓の方がパワーポイントに英語訳を示してのご挨拶や、乾杯の音頭を取ってくださった新郎恩師が、いきなり花婿が目標にしているオスカー賞受賞の喜びを花婿に代わって英語で話し始めたり、和やかで笑いを誘う素晴らしい結婚式・披露宴だった。
娘の婿は3人兄弟で非常に仲が良い。今日は兄弟ふたりに娘が加わって歌の披露(娘が電子ピアノ、義弟がウクレレ、婿殿がタンバリンにボーカル)。このチーム結成までの様子がDVDで紹介されたが、孫のひなちゃんも一役買っていた。風が強く黄砂が飛んでいたが、間近に熊本城を望むホテルなので写真撮りにも忙しかった。




午後5時にメルパルクに移動した。熊本むさしワイズメンズクラブの15周年記念式典。数か月ぶりに会う仲間たちと再会を喜び、会場作りやお客様の出迎えに汗を流した。開会時間ぎりぎり前に韓国の兄弟クラブテグー琴湖クラブの一行が到着した。
大崎会長は2度目の会長、開会宣言点鐘挨拶、「いざたて」の斉唱の後、浅岡西日本区理事、琴湖クラブ会長、前京都部部長、武本京都みやびクラブ会長(代読)、中堀九州部部長たちから祝辞を受けた。熊本YMCAに「水中防水カメラ」贈呈と続き第1部記念例会を終了した。
続いて第2部祝賀パーティー。自分が食前感謝を述べた。この中で「多くの仲間たちを迎え互いに切磋琢磨しあい親睦を深めてきたこと、また何人かの仲間が次のが飛躍を求めてクラブを去って行ったが、自分たちには消えることのない思い出と友情が残っていること、国際兄弟クラブの琴湖クラブや国内兄弟クラブの京都みやびクラブの交流でワイズライフの大きな喜びを得てきたことなどに感謝いたします。これからも大きな祝福と導きをお願いします。」と祈った。
成瀬次期理事の乾杯の発声で、祝宴に突入した。暫く西日本区役員さんのテーブルにいたが、出席者の皆さんと出来るだけお話するように各テーブルを回った。琴湖クラブの奥様達はむさしクラブメンバーや他クラブの奥さんたちと大きな輪を作り楽しそうに話をしていた。
沖縄民謡のパフォーマンスもあり会場は、友情に満ち溢れた。
琴湖クラブから韓国海苔のプレゼントされた。.







みやびクラブからはむさしクラブバナーをデザインした切手のプレゼントがあり、琴湖クラブ・みやびクラブ・熊本以外から来られた皆さんには黒糖ドーナツ棒詰め合わせを贈った。
二次会には琴湖クラブ、みやびクラブを始め40数名が参加。カラオケで「乾杯」を歌い乾杯の音頭にした。韓国の皆さんは歌が上手だ。みな手拍子や掛け声で盛り上げてくれた。自分は最後まで眠ることなく(皆が奇跡だと言った)参加者にオークションで入手した十勝ワインを注いで回った。
帰りの車で眠気が襲った。翌朝こたつの中で寝ている自分に気付いた。まあ頑張ったから良し!

2012年3月4日日曜日

結婚式・同郷の恩師・デコポン

日曜日は早起きし、12㎞走った。朝風呂で身も心も清め、車の定期点検にも行き済ませた。今日は医局員の結婚式、披露宴会場の椿山荘(ちんざんそう と読むことを知った)Fホテルは有楽町線の江戸川駅から長い坂を上ったところにあった。
U先生の主賓挨拶は、格調高く日本国の原点に迫る内容もあった。最後の「二人には『秘密』も必要」との言葉には、自分も大いに賛成するものがあった。


二人のケーキカットの写真を撮り、後は食事に専念したが確実にオーバーカロリーになっている。今朝走ったのは焼け石に水かもしれないと思った。




CテーブルにはU先生をはじめT医科大の医局員(男性だけ5名)が座ったが、ただ一人新婦(T医科大学麻酔科の医局員)の小学校時代の恩師(女性)も加わった。早速挨拶をして、テーブルの雰囲気が和気藹々となるように努めた。
新婦の恩師の先生とお話しした。お母様が鹿児島の出身という。途端に親しみを覚えた。

新婦から両親へのお礼の言葉を聞きながら涙を流した。やはり涙腺が弱くなっている。披露宴終了後、タクシーで目白駅に行き目白駅からJR,西武新宿線を乗り継いで帰宅した。

20時ごろ熊本の中〇さんからデコポンが届いた。ありがとうございます。美味しくいただきます。
充実した日曜だった。ももちゃん、ひなちゃんのママから最新の写真も届いた。全部ありがとう!

2009年11月3日火曜日

結婚式・披露宴

 11月2日は仕事を終え最終便で東京に向かった。寒気団の襲来で飛行機は揺れた。着陸かな?と思ったら気流が・・・心配ありませんとのアナウンスがあった。23時過ぎにホテル到着。熊本空港で握り寿司+αを食べて飲んだのだが、お腹がすいていた。木枯らしの中。セブンイレブンに走った。宿舎の東京ガーデンプレイスホテルは恵比寿ガーデンプレイスの横(中)にある高級ホテルだった。  3日5時前には目覚めた。6時過ぎに式用の固い革靴で散歩、途中ジョギングで渋谷3丁目まで足を延ばした。ホテルの部屋でモーニングに着替えた。そこで気づいたのが、着替えの靴下を忘れてきたこと。仕方ないので二日連続で同じ靴下となった。結婚式・披露宴の会場は恵比寿ガーデンプレイス内にある、三ツ星レストランだ。結婚式はキリスト教式で行われた。私と姉と式場の聖歌隊?の歌声が目立った・・・と思う。新郎は少し緊張気味だった。  披露宴は、三ツ星レストランなので、食事を楽しんでいただくといったコンセプトがはっきりしていた。レストランでの披露宴なので、親戚も友人もかなり絞られていた。挙式前には新婦方の親戚への挨拶ができた。また披露宴前には新郎の友人・先輩への挨拶もできた。最後(本当の最後は新郎の挨拶)の挨拶なので、ワインを飲みながらも何回もあいさつ文を繰り返しそらんじた。  約2000Kcalnフランス料理はさすが三ツ星レストランだった。挨拶もほぼ満点の出来だった。新しいカップルが末永く幸せであるように祈った。
 無事に式は終了し、モーニングは他の荷物とともに宅急便で熊本に送った。恵比寿ガーデンプレイスの場からのバカラのシャンデリアの点火式を見てから帰ることになった。ところが、帰りの航空券を自分だけが持っていないことがわかった。なぜ?今回のチケットは往復が一枚に記載されているのに、行きだけと思いこみ帰りのチケットは娘が預かっていると思ったのが原因。ホテルの部屋の塵箱に捨てたと思っていたが、なかった。結局、モーニングをしまいこんでいたバッグに入っていた・・・式場の係りの方にはお世話になりました。シャンデリアの点火式を見学し羽田に向かい帰った。熊本には予定より15分早く到着した。熊本は東京より寒かった。
 家に帰り、暖房がなかなかつかず、ひやっとした。なぜかお腹がすき、ご飯を炊いた(自分で)。今日は3000Kcalは摂取しただろう。