2012年8月16日木曜日

夏休み 熊本にて

午前中は車庫に積み上げていた不用品の整理をした。姉親子が来ると言うのでお迎えの準備。娘とひなちゃんに電話をして二人にも来てもらった。娘はCちゃんに赤ちゃんのおんぶ紐、おむつ、チャイルドシートなど経験談を教授していたが、多くはあやちゃんから教えてもらったことの様だった。


ひなちゃんに絵本を読んだ。途中で飽きてあくびをした?
夕食に来るという娘一家のために買い物に行った。エコバック(買い物袋)を4個持って行ったが全部満杯で日頃の筋トレが役立った。

朝〇野総合病院に入院してリハビリ中の後輩のお見舞いに行った。まったくの寝たきりだったそうだが、自転車こぎのメニューにまでになったそうだ。ゼリーなら少しずつ口から食べることができるようになったという。気管切開しているので彼の饒舌な会話を聞くことはできなかったが、ハイ、イイエは首を一生懸命に振って教えてくれた。絶対に諦めないことを約束して別れた。

熊本地域医療センターの緩和ケア病棟に入院中のMさんのお見舞いは、ノートパソコンを持ち込んでデジカメのスライドショーをするように計画していた。デジカメにバッテリーを入れるのを忘れていたので、急遽携帯でブログを出して解説を加えながらこの二か月間のことをお話しした。
家に戻ってゴーヤ料理を二品作ったところで娘一家がやってきた。ひなちゃんとは昼間も会ったので、ひなちゃんはそれほど固まったりしなかった。U太君とビールを飲みながらひなちゃんの成長を話してもらうのは楽しい。まだ断乳していないようで、ご飯をたくさん食べた後は「おっぱいで締め」のようだった。

ひなちゃんの得意の技はハーモニカ演奏。将来アーティストになるかもしれない。
次男が食事に二階から降りてきた。いつも遠慮をして部屋から出てこないのだが、一緒に食事をしてくれたので嬉しかった。ひなちゃんが電気コードに引っかかりそうになると、「ひなちゃん危ないよ。」と言っていた。
ひなちゃんがお風呂から上がってきたところで、男組三人で記念写真を撮った。

2012年8月15日水曜日

初盆

昨夜家人の実家のすぐ近くに住むもう一人の義妹に、「明日の朝6時から走るから、大ちゃんに一緒に走ろうと言っといてね。」と頼んだ。

大ちゃんは中学3年生で野球少年。中学最後の試合が終わったそうだ。45歳のころに小学校の校庭を十数周一緒に走ったことがある。泣きべそもかかず、黙々と走ってついてきたことを思い出す。キロ78分で78キロ走ろうと提案した。写真は走る出す前。身長が高いので、坂の下側に立ってもらった。

東谷山から桜島方向に向かった。途中コンビニに寄りトイレ休憩しスポーツ飲料を買った。宇宿から引き返したが、高校・大学サッカー部の後輩U町君のクリニックを見つけた。昨日から休診のようだ。彼は熊大医学部サッカー部が西医体優勝の時のスーパーサブだった。クリニックの看板の前で写真を撮った。

15歳の走りに付いていくのは骨が折れた。大ちゃんは気遣いながら時々スピードを落とした。ゴールして再び記念写真。心なしかお腹がへこんでいた。携帯万歩計では8㎞約9000歩を示していた。



昼ごはんは近所のラーメン屋に行った。谷山地区では有名なラーメン屋だが、満席で20分ほど待った。
「盆休み何故か混み合うラーメン屋」

シニアケアハウスに入居している叔母に会いに行った。鹿児島市内中心部の循環器科病院が運営しているハウスで9階の部屋は眺めも良く風通しも良い。叔母らしく、ハウスの住人のまとめ役の様だった。



近くの電停「高見馬場」を始め鹿児島市電は緑の軌道敷が有名になっている。管理のために営業運転終了後に芝刈り電車を走らせているという。



帰って墓参りを、家人と甥っ子姪っ子と。4人で行った。昨日は義母と義妹が行ったのだが途中でゲリラ豪雨に会い、掃除途中で引き返した。4人できれいに掃除した後、記念写真を写し帰った。




13日朝7㎞ジョッギングをした。永田川には鯉が沢山泳いでいた。
ケアハウスの叔母とともに昨年10月に亡くなった叔母の精霊祭に参加した。神道の祭りで行ったので神棚の飾りつけにも意味がある。魚は海腹川背で頭を神棚の方に向け海の魚であれば腹を神棚に向ける。祭りの最後には神主さんから盂蘭盆(うらぼん)と精霊祭の意味について教えていただいた。人間以外の生き物も死に直面すると悲しむが、10数年たって亡き人を偲ぶ催しをするのは人間だけである。

精霊祭の後、参加した親戚たちで記念写真を撮った。
昼からは義父の初盆の食事会があり、近い親戚10名ほどが集まり義父を偲びながら食事を楽しんだ。お吸い物や酢の物を義母が作っていたが、届いたのは豪華会席料理。どうやらお鮨を頼んだのに会席料理と間違えたらしい。食べる方としては、種類が増えたので嬉しかったが。写真は食事の前に皆さんと。







夕にお墓参りをし、再び記念写真。












墓参りを済ませ、新幹線さくらで熊本に移動したが、指定席は満席だったが自由席はガラガラだった。


種子島にて8月11日から12日

11日男子サッカー三位決定戦を応援しようと早起きした。しかし85分のJAL鹿児島行きからJASに乗り乗り継いで種子島に行かねばならない。02になったところで出発し、病院経由で羽田空港に行った。羽田空港には7時過ぎには着いたが大混雑で搭乗口に着いたのは定刻20分前だった。


鹿児島空港で、熊本時代の同僚で外科医のH本先生一家と会った。種子島のロケット基地に家族旅行という。鹿児島空港は雲っており天候が不安定だったが、種子島は晴れていた。きっと良い旅行ができるだろう。もう二人もお父さんになっておられたが、子供さんは随分やんちゃな様だ。父親に似ていると思った。

叔父から家がシロアリにやられているようだとの連絡があった。家に着いて見てみると、東側の軒が崩れていた。叔父に紹介してもらったシロアリ駆除の会社の方に来てもらった。一部屋分が駆除・予防の対象になり、あとは予防をすることになった。12日に一日がかりすることになった。

庭箒やバケツのお墓掃除の道具や芝花・色花購入した。予めシルバーさんに掃除(草刈や周囲の木々の整理)を頼んでいたので、既に随分きれいになっていた。墓石には緑の苔が付きはじめていたので、念入りにブラシで磨いたが未だ足らない。


夜は家の風通しなどをお願いしているY省さんと会食。彼は台風が来るたびに雨戸を閉めに来てくれる。「黒甘露」という焼酎を飲みながら近況を語り合った。




12日、朝から墓参り4か所。自分の家の墓と西之表教会の墓そしてH高家(Y省さんの家)の墓をまわった。また自分の家の墓の近くにある「孝女若狭姫の墓」(ポルトガル人から鉄砲の作成に関してネジの秘密を聞くためにポルトガル人に嫁にやられたという言い伝えがある)にもお参りした。写真は若狭姫の墓。小さいほうが墓石で大きいのは記念碑。
家に帰るとシロアリ駆除の会社の方が5名作業を開始しておられた。東側の部屋にあるクローゼットを開いたら、中にしまっていた写真やアルバムなどを入れた段ボール箱はシロアリの巣と化していた。15年以上見てもいないので、まとめて処分することにした。叔父の軽トラックに積み込み処分場に持って行ってもらうことにした。
「白蟻の棲家となりし我が家哉」

「炎天下白蟻退治で熱中症」

と義妹にメールしたら、遅れて(翌日に)

「主(あるじ)待つ白蟻巣食う島の家」

が返ってきた。自分を主語にすると、
「我を待つ白蟻巣食う島の家」
になる。

H永建設の方にも来てもらい、修理の見積もりをお願いした。白蟻でやられた軒が台風で崩れ落ちたのを最初に見つけて叔父に連絡してくださったご近所のH野さんにお礼の挨拶にいった。レンタカーを満タンにしたが1リットル150円だった。流石にプリ〇スだと思った。西之表教会のI田先生に挨拶して空港に向かった。種子島は2日間天気が良かった。おかげでシロアリ退治は順調にいった。H本ファミリーも種子島を楽しんだことだろう。
空港で待合の時間にニガウリジュースとアイスクリームを注文した。ニガウリジュースはバナナと蜂蜜も入れているそうだが、バナナの味が強かったように思う。

鹿児島はゲリラ豪雨(スコール)が通り過ぎたようで、少し涼しくなっていた。家人の実家には大阪から義妹も来ており賑やかだった。
「初盆や亡義父(ちち)の焼酎ひとり飲む」

2012年8月9日木曜日

感謝

8月7日火曜日、新潟への新幹線は何時になく眠かった。オリンピック観戦で睡眠時間が足らないのか。仕事はハードだったが、帰りに事務のW森さんから野菜を一杯もらった。今朝採ったばかりの野菜で新鮮そのものだ。空のリュックを準備したが足らず、大きな袋をお借りした。東京駅新幹線ホームから丸の内線までの移動は、毎日の筋トレで鍛え上げた体も悲鳴をあげるくらいきつかった。しかし、西新宿駅で会ったFナースやT医科大の入り口で出会ったKナースに、トマト、ナス、ニガウリを少しおすそ分けし、Nナースにもジャガイモやカボチャをあげたので袋は軽くなった。3人とも料理に使うと喜んでくれたので、野菜もきっと嬉しいだろう。W森さんに感謝。
袋の中にはその他に玉葱やユウガオ(冬瓜の一種か?)が入っていた。重かったのはユウガオ、自分の太ももと比べて写真を写したが大きさに遜色ない。

しばらくは大好きなゴーヤ・トマト・ナス・玉葱料理が堪能できる。
8月8日水曜日、手術室リーダーの日だがM岡先生にお願いして1時間手術室を離れた。目指すは緩和医療部の部屋。なかなか意見交換する時間が取れない緩和ケアチームのコアメンバーと昼食をしながら話し合う。彼女たちはT医科大学緩和ケアチームの歴史をよく知っている。Aさんに手伝ってもらった論文が雑誌に掲載されたお礼、K谷さんやT石さんからは患者さん情報を丁寧に教えてもらっているお礼を兼ねてアイスクリームを差し入れした。最後はいろんな愚痴や悩み事を沢山聞いた。しかし彼女たちはまた元気になるだろう。自分たちには患者さんのために仕事をしている誇りがある。緩和ケア部の皆さんに感謝。

2012年8月5日日曜日

ももちゃんと遊ぶ

ももちゃんが目を覚ました。ママがいないけど泣かない。ずいぶんお利口になった。息子と「トウモロコシや大豆」に関する記事に関して議論。「お父さんが分からない記事は一般の読者には伝わらない・・?」との発言あったが、息子の各記事は業界の方々がアンテナを張って読むおたく記事だから当然だろう。
ももちゃんはブドウを食べてご機嫌になった後、パパに朝ごはんを食べさせてもらっていた。息子も立派な育メンになっている。
暑いので、有楽町にある鹿児島県の物産館に行って「白熊」を食べようと言う話しになったが、急遽車検が終了して帰ってくる車で池袋のサンシャイン水族館に行くことになった。

水族館までは環状7号線をつかって30分弱だったが、駐車場に入るまでに時間がかかった。プリンスホテル一階のレストランは、夏休みのためかファミレス状態になっていた。ももちゃんはソバが好きのようで、パパのソバとジイジのソバ少しとひつまぶしのご飯をたいらげて満足そうにしていた。
水族館のある屋上までエレベーターを乗りついて上がったが、その度に長い行列に並んだ。パンフレットを桃ちゃんがあたかも新聞を読むように眺めているのは微笑ましい。多分パパの格好を真似しているのだろう。




屋上に来てもチケット売り場で並び、ようやく水族館に入った。ベビーカーは預けてくださいとのことだったが、中に入ると身動きできないほど人が多く、意味が理解できた。中は暗くなっているのでももちゃんは怖がった。しかし沢山のお魚が泳いでいる水槽にくると少し落ち着いた。




一番喜んだのは、あしかのショーがあるステージのまわり。ショーまで30分もあり、暑いのでパスしようとしたが、ミストが出て時々(小さな)噴水が飛び出すステージにももちゃん大ハシャギだった。
ペンギンさんの山は怖いらしくパス。おもちゃ売り場に寄って、恵比寿のガーデンプレイスに向かった。
ガーデンプレイスでももちゃんたちはお買い物に行ったが、自分は陰で涼みながらうたた寝をしていた。ママ(あやちゃん)が恵比寿駅に着く時間を見計らって恵比寿駅のアトレに移動した。京料理の店に行き夕食。ももちゃんはオレンジジュースがある間は大人しかったが、なくなったら泣いていた。多分ママと会えたので緊張の糸が切れたのだろう。写真は男三代。



ももちゃん一家とはここで別れて、荷物を運び家に帰った。この疲れは何なのだろう?女子マラソンが終わる頃には夢の中に入っていた。写真は大好きなバアバと。

屋形船

T医科大学の納涼会は屋形船という。昨年は中止となって高層ビルの上の階での納涼会だったが、屋形船納涼会が今年復活した。乗船時間の30分前に集合だったので、遅れないようにと出発したら何と1時間前に到着した。写真は乗船場入口。
周辺を散策し、北品川橋の上で涼んでいたらS田先生が浴衣姿でやってきた。彼女も少し早すぎたようだ。集合時間の頃には浴衣姿の女医さんたちが続々集まり賑やかになってきた。写真は待合室にて。
乗船し、早速M田医局長の司会で開宴。U野先生ご挨拶の後、乾杯となった。もちろん挨拶は最短を心掛けた。
久留米大学のU島先生(大学からの同級生)もゲストで参加し、自分の横に座った。向かいにK本大学からきているT端先生が座ったので、3人で記念写真を写した。
この屋形船の売りはできたての「天婦羅」を出してくれること。お魚も美味しかったし天婦羅も美味しい。トイレも二つあり、焼酎もある。お台場やレインボーブリッジの近くでは船を停めてくれて夕涼みや記念写真撮りもできる。





スカイツリーが良く見えるところでも止まってくれたのだが、残念ながら人物に焦点を当てるとスカイツリーは良く写らなかった。しかしU島先生が人間スカイツリーをしてくれた。
こんなに楽しめれば来年もまた・・・と思う。ワンセグで時々男子サッカー準々決勝試合経過を覗いた。一点先取して、エジプトの選手が一人退場になったところで勝利を確信した。

皆さんしっかり楽しんで元気になったので、来週からきっと仕事もはかどることだろう。家に帰ると、息子とももちゃんが寝ていた。携帯で日本が3対0で勝ったことを確認して茣蓙を敷いた布団に轟沈した。                
日曜日はももちゃんを遊ばせながら家庭サービスに精を出すジイジになる。

JAMセッション

8月3日金曜日、ローズガーデンホテルで「JAMセッション」(新宿区にある大学病院麻酔科から症例を持ち寄ったり、情報を交換し合う勉強会)が開催された。今回からこの会は専門医試験を目指す麻酔科医のために、テーマの選択や発表にも一工夫いたしましょうということになった。
T医科大学からは「大量出血時の輸血戦略」をテーマにM岡先生が発表。厚生労働省の輸血療法のガイドラインを解説しながら、凝固因子の補充や止血機能に焦点を当てると、このガイドラインがいかに厳しいものであるかを解説してくれた。専門医試験のこの領域に関する問題2題の解説も含めての講演でわかりやすかった。

この会は気取らずざっくばらんに意見を出し合うが売りではあるが、M岡先生のキャラクターそのままのフレンドリーな発表は、座長のU野先生を少しばかり困惑させていたような気がした・・。写真はU野先生とコメンテーターのS根先生。
K大学の先生の発表は、大量出血・大量輸血後にはアルカレミアは生じにくいという内容で、教科書へのアンチテーゼであったが、濃厚赤血球の保存法や最近の輸液療法などの変遷などの解説なども加わり面白い内容となった。
厚〇病院のS井先生を誘ったが、S先生も興味を大いに持ってくれたようだった。情報交換会の後ふたりでさつきに行き二次会をしたが、やはりS根先生が登場してフォローしてくれた。