2008年4月13日日曜日

三駆を以って度となす

中国唐300年の歴史の基礎を築いたとされる太宗について書かれた貞観政要の中に、統御の基本的考えの一つとして「三駆を以って度となす」を挙げている。元来狩りの時は一方に必ず獲物の逃げ道を作ってあげなさい、そうすれば獲物が捕り尽くされることはないでしょう・・という意味がある。










土曜日は地雷廃絶と被害者支援の会・熊本(KLCC)のヤングリーダーYさんの結婚式・披露宴に参加した。Yさんとは、彼女が高校生でKLCCに入会した時以来の付き合い。負けず嫌いで頑張りやなので、「ど根性がえる」と呼んでいた。 写真は指輪交換、カップル誕生、足もと注意

KLCC代表の最○さんの主賓の祝辞、何年も前森光子さんが主演した

パンツや母ちゃんで、娘を嫁に貰いにきた青年のせりふを披露された。


「貧しいから あなたに差し上げられるのは 五月の爽やかな若葉と 心から愛することだけです でも結婚してくれますね。」


胸がキューンとした。


KLCC副代表の奥○さんは「秋風川中島」(川中島の決戦を謡ったもの)の剣舞を披露された。先に講釈があったので、舞の一つ一つに意味があることがわかり興味深かった。


さて、涙が良く出るとはいえ、堂々とした新婦の表情と、緊張している新郎の表情を見ながら、カカア天下になりそうな予感がよぎった。

そこで、今回のタイトル「三駆を以って度となす」。これは夫婦喧嘩の極意として紹介されることもある。必ず逃げ道を作ってけんかしないと長続きしませんよのたとえ。私はこの言葉を紹介して、披露宴を三本締めで締めくくらせていただいた。









写真は、披露宴後に開催したKLCC世話人会、新郎新婦と記念撮影、新婦のお友達実はケーキの前に集合中?

いつも家人に「叱る時は追い詰めないように」とささやいているのだが、きっと懲りない人だと思っていることだろう・・・

2008年4月9日水曜日

当直の次の日の動向

4月7日は当直だった。珍しく外来の急患も少なく、病棟は転倒で一人を診察‐特に問題なし‐しただけだった。しかし、2回は病棟内を回診し、たまりかけた退院時サマリーを書き上げることができた。睡眠時間は4.5時間とれたので上出来の当直。

写真は4月9日K高の桜、葉っぱが目立つようになった。



さて8日火曜は午前中手術の麻酔、叔父が手術を受けるので麻酔を担当した。研修医を見学させ説明しながら行い、ミスを防ぐ。予定通りの手術で覚醒良好。病棟に帰ってすぐに家族と話していた。こんな時は株が上がる。午後からは研修医の麻酔の指導。まだ研修をはじめたばかりなので、しっかり怒られながら頑張った。15時半からは入院患者の透視下神経ブロック。顔面領域の痛みで翼口蓋神経節ブロック。口の中からブロック針を進める。うまくヒットして、痛みが激減した。病棟入院患者さんを診察し、検査結果などを説明する。17時から会議。

18時過ぎに、研修医のK先生と同僚のY先生を誘って、走る。白川沿いから細工町、新町を通って藤崎台野球場へ.。

写真は新町交差点で、K先生とY先生とともに。暑いのか寒いのか?





藤崎台野球場では丁度ソフトバンク対オリックスの公式戦をしていた。マウンド周辺が球場外から見える。数分見学し、二の丸公園、熊本城を通って病院に帰った。






病院に帰ったら、外泊の患者さんが帰棟時間を大幅に遅刻して戻ってきた。説教をして、9日の退院を決めた。そんなこんなで家に帰ったら、家人から「今日は早いね、どうしたの?」と労わりの?言葉を受けた。

写真はライトアップされた熊本城。お花見のための開放期間は過ぎてしまった。

2008年4月6日日曜日

この土日

土曜日にワイズメンズクラブの第一回熊本にしクラブ(仮称)設立準備委員会があった。予想以上の参加者があり、クラブのキャラクターを尊重することと、スポンサークラブを熊本むさしクラブが担うことを確認した。そして懇親会。ここでは余り飲まず10時には家に帰って床についた。
あまり早く寝すぎると早く起きる。3時半ごろ起きだして着替えようとしたらしいが、家人に怒られて二度寝をしたらしい。



翌朝、娘に小楠公園まで送ってもらい、一心行桜見40km練習会に参加した。
写真はコース地図。上りが16.7km、下りが13.5km、平坦が7.8km。



沼山津の小楠公園まで、10kmほどを自宅から走ってくるメンバーもいる。小楠公園の桜は散って葉桜になっていた。
奥○事務局長と田○さんが車を出してサポート隊になってくれた。車の中には飲み物、食べ物あり。上り坂では3km~4kmでエイドを提供してくれる。ありがたい・・・
阿蘇グリーンロードをひたすら上る。アスファルトの裂け目にスミレが顔を出していた。道路整備をすると、このスミレはどうなるのだろう。今日は雨の天気予報だったが、雨は降らず昼前からは晴れてきた。ただ向かい風が強く難渋した。
昨年は8kmのワープで今年は4km。少しは成長している。後でこの4kmは走ったので、今日の走行距離は40kmだ。
熊日新聞の宮○記者が取材にきてくれた。一心行の大桜は今年は未だ蕾だった。昨年は葉桜、一昨年は満開。なかなかうまくいかない。桜の周辺の公園化は進められ、一回500円の駐車場も整備されている。
久木野の四季の森で温泉に入り懇親会を行った。これが出来るから熊本は良い。生ビールジョッキいっぱい付きの宴会費と参加費(エイド代とガソリン代)で3500円。宴会では持ち込み可とし、焼酎がその主役を果たす。
その後、1月に結婚した看護師さんの嫁ぎ先のお母様が経営している食事処のお店「山水苑」に寄った。とてもすてきなお店でメニューもしっかりしても一度来たいと思うお店だった。彼女はわざわざ出てきてくれ立野駅まで送ってくれた。
山水苑の裏山にある桜は、一心行の桜よりきれいだと言う。早速行って見た。

形がよく、満開だ。これなら今日の大桜よりずっときれいだ。
竜田口駅で降り、家人が迎えてくれる手はずだったが、寝込んでしまい、南熊本駅で降りた。南熊本から本荘中通までのバスに乗ったが、また寝てしまい辛島バス停で降り歩いて病院に寄った。日曜の夕方見回りにきた主治医を患者さんは喜んで迎えてくれた。少し酒臭かったかも・・・








2008年4月4日金曜日

忙しかったが幸せな日々

昨日は市医師会の臨時代議員会があった、本荘地区再開発検討委員会に所属することになった。医師会病院の中期計画もその中に含まれるだろうから、責任は思い。

懇親会には少しだけいて、私がスポンサーの水○さんの入会式があるむさしクラブの例会場へ急いだ。入会式も食事も終わり、クラブ運営マニュアルの話し合いが始まっていた。しまった!懇親会で少し食べとけばよかった・・・(しかし懇親会は欠席と伝えてあった) 遅れるけど絶対来るからねと約束した、新入会員の水○さんと記念写真、そして私のお友達の宮○さんと若○さんと記念写真を撮り二次会場に向かった。そこでようやく食べ物を口にした。

宮○さんは、むさしクラブとてれっとウルトラマラソンクラブの例会を間違えて出席したと話してくれた。人生間違いは多い。しかし、人間万事塞翁が馬 と言うではないか・・・。出会いは不思議なもの。だから人生は面白い。

後ろに立っている背の高い紳士は米○会長、洋服屋さんで、私の一張羅の製作者だ。



何次会まで行ったのやら、最後は病院に戻り代行で帰った。さて、今朝は昨夜の夜更かしがたたり、6時半に起きた。K高の周りは1周にして筋トレは回数を減らした。K高の周りの桜は満開だ。蕾の時からの写真を撮っているので、全て散ってしまうまで記録に残そう。

「ポケットに カイロをしのばせ 花見酒」



今日は外来日。途中、入所式、辞令交付、透視室での神経ブロックが入ったので、午後5時までかかった。すぐに会議だったので昼ごはんは午後6時半過ぎから入院中の叔父のベッドサイドで食べた。部屋に戻ったら、表札が変わっていた。今日だいた辞令書に書いてある発令事項の職務と同じだった。

2008年4月3日木曜日

満開宣言


熊本城の桜満開宣言が出た。手術室内の回復室から花岡山が見えるが、桜の木の場所がはっきりわかる。麻酔から目がさめた患者さんに、桜が見えますか?と尋ねてみよう。うなづいたら、完全覚醒と判断しよう。

国立がんセンターでは麻酔科医が5名辞めたために、一日の手術件数が15件に制限されたという。資本主義の世の中だから、条件の良い職場に転職するのは当然と考えるのか、がんセンターで、よりやりがいのある仕事を提供(あるいは見つけられなかった)できなかったためなのか?

医療崩壊は地方だけでなく、日本におけるがん医療の総本山にまで達している。

2008年4月1日火曜日

エープリルプール

4月1日、新入職者を迎えた。病院では新しい医師に対するガイダンスが行われた。私はこれまで地域医療連携室長を兼務していたので、病診連携について話した。つい力が入り長くなり、順番が次の看護部長のお叱りをいただいた。


最初が肝心!そういえば4月から役職が変わる。部屋の表札も変わるのだろうか?それとも引越しするのだろうか?

エープリルプールと言えば、数年前当時熊本YMCA総主事だった小○さんが全職員を前に、「喫煙される方は、一本につき5分の時間ロスがあると計算して、12本吸う方は1時間分の減給にさせていただきます・・・」と話されたことを思い出した。それを聞きながら、「おーっつ!さすがYMCA進んでる!」と思ったのだが、ヘビースモーカーの職員はただ笑って聞いていた。

4月1日の挨拶では、このようなジョークが恒例になっていることを後で聞いた。
写真は今日の清水ヶ丘バス停近くの桜、京町にある仏厳寺のポスターそして今の部屋の表札。

2008年3月31日月曜日

第3回九州部評議会・YYフォーラム

第3回九州部評議会・YYフォーラムが3月30日に開催された。岩○九州部長の努力にもかかわらず、次次期部長は未だ決まっていない。景気の停滞は社会奉仕クラブの衰退につながると言われている。経済的基盤があればこそ社会奉仕ができる、と言うのがその理由だ。
しかし、もう一つの人生を経験し、愛と奉仕という共通の価値観を有する異業種の仲間との活動は自らを磨き、自らを変える。このメリットはお金では買えない。

ヤングワイズメンズクラブを創る構想が具体化し始めた。YMCAが好きで20歳から34歳までの若者たちが、このクラブに集まり、その価値を体験することを祈る。

さて、懇親会はいつも盛り上がる。岩○部長は、わざわざ仮称熊本西クラブ設立準備委員長の任命証を準備して、私に贈呈してくださった。責任が重い!!

会が終わったのが19時過ぎだったが、病院の戻って入院患者さんの指示を出してから帰った。随分しっかりしていた。