2014年10月4日土曜日

Wet Lab

10月4日午後から集中治療特別講座「ブタ肺を用いた人工呼吸の理解」があり、麻酔科医局員、研修医、看護師、臨床工学技士など27名の皆さんが参加してくれた。

 
 
 
 
 
 

5つのグループに分かれて、人工呼吸器の呼吸モードの理解、バックバルブマスクとジャクソンリース回路の違い、経皮気管切開、片肺CPAPのブースを回り実習をしていく。
 
 
 
 
 
 

準備に携わってくださったKJ株式会社の皆さんや○泉先生をはじめICUスタッフの皆さん方の努力が伝わった。
 
 
 
 
 
 
 
こんな企画ができるT医科大学麻酔科は凄いもんだと今更ながら思った。

患者学の講義・ワークショップ

4日、5年生に「患者学」を講義、ワークショップすることになった。もともとM橋先生の提案で企画されていた横断的カリキュラムのひとつであったが、自分とA木先生が引き継いで行うことになった。






先ずは患者学について自分たちが理解を深めなければならない。「患者・家族の思いを理解し医療者とのコミュニケーションを良好なものにするためには?」が目的になる。写真はグループワーク

講義を終えてグループワークを行い、6つのグループからの発表と各自の感想シートの提出をさせた。講義に遅れてきた学生は出席表には「遅」のマークをつけた。写真は感想シートをA木先生に提出する学生たち。
学生たちの発表はなかなかしっかりした発表だった。この後、M橋先生に今日の講義・ワークショップの報告をしたが、ずいぶん喜んでくださった。写真は「遅」マークの付いた出席表



2014年10月3日金曜日

ご苦労さま。そしてまた会いましょう


9月30日、K沼医局長が任期を終える。この1年半の間数々の難問に立ち向かった。電子カルテ導入や新病院建設、新麻酔科専門医教育制度への対応、慢性疼痛学会や日本ペインクリニック学会などに向き合い、医局員をまとめ多くの新入医局員を迎えた。名医局長と語り継がれるだろうと賞賛の気持ちもあるが、このようなハードワークをしてもらっていたので申し訳ない気持ちもある。写真はU野先生からの感謝状贈呈。これからも新旧医局員の勧誘やシュミレーションラボなどのアカデミックな働きを期待している。近くに住んでいるので、また飲みに、いや飯食いに行こう!


K迫先生も明日からS大学に帰る。彼女は4日土曜日の集中治療特別講座を受講するといっていたので4日後にはまた会うことになる。
 
10月3日に台湾から留学している医学生のジャンジャン君が麻酔科の研修を終えて次の皮膚科に行くと挨拶に来た。今朝のカンファは自分が術前評価を話す予定だったが、のどを痛めて声が枯れたのでパスしてI瀬先生にお願いした。申し訳ないので、マンツーマンで術前評価と緩和医療・ケアについて英語で講義をした。ジャンジャン君は大変喜んでくれた。

2014年9月28日日曜日

創立35周年第25回日韓YMCA医師蹴球団交流

熊本と大邱の医師によるサッカー交流は熊本YMCAと大邱YMCAの少年サッカー交流をきっかけとして35年前に始まった。今年は我々が韓国を訪問する年になる。

T医科大に赴任したので、東京周辺にいる熊本大学医学部サッカー部のOBやT医科大学麻酔科に籍を置くサッカー経験者にも参加を呼びかけている。今回は東京から自分の他に3名のサッカー部OB、T医科大で麻酔を研修中の歯科の先生2名が参加した。27日朝4時起きで4時38分荻窪発の電車に乗り込んだ。

国際交流なので奥さんたちの参加もお願いしているが、今回は家人とT野先生の奥様が参加する。新宿駅では未だ5時前なのに多くの人たちがプラットホームにいたのでビックリした。これから仕事やレジャーに行く人、仕事や遊びから帰る人なのだろう。写真は混み合う新宿駅プラットホーム
6時前に羽田空港に到着し、6時35分発福岡行きに乗った。8時過ぎに福岡に到着したが、途中富士山の火口がきれいに見えた。この時点では御嶽はまだ爆発を起こしていない。






福岡国際空港で熊本から参加の7名と合流した。釜山空港にはNo会長ほか3名が迎えに来て下さっており、貸し切りバスに乗って試合会場に向かった。







試合会場はきれいな天然芝の会場で、大邱チームは準備運動代わりの紅白戦をしているところだった。時間がないので着替えてストレッチを始めた。開会式はハーフタイムにすることにして、25分-10分-25分の試合が始まった。






同級生のM瀬先生は「自分は石だと思って動かさないように・・10分しかピッチには立っていないから・・・」などと謙遜していたが、そこそこ走っており前半の25分出場した。前半はT医科大で麻酔の研修をしているA本先生のきれいなミドルシュートが決まった。M瀬先生によると起点になったパスはM先生からだそうだが・・・。




後半になると相手方はぐんと若返った。日本チームも結構形を作ってシュートを打ったが、相手方の連続3得点が響き完全アウェーの試合は1-3で完敗となった。







T医大麻酔科で研修中のA本先生、J先生も大活躍してくれた。また誘っても来てくれるかな?








優勝旗は重いから置いて帰ろうなど、負け惜しみを言いながらも良い汗をかいた。この後、30 分1セットの互いのメンバーを混ぜた紅白戦をしたが、マークが緩いので4-4のお互い大量得点で引き分けた。








宿泊ホテルで懇親会会場のインターブルゴホテルは大邱でも有名な高級ホテルだ。シャワーを浴びて着替え、懇親会に行った。大邱の団長の席と隣り合わせて、名誉団長が2名と通訳が1名、大邱市の医師会会長さんたちゲストが2名が同じテーブルになった。
韓国の中学3年生が歌う伝統的な韓国の歌の披露があった。





優勝旗の返還と贈呈、優勝および準優勝の記念品の贈呈、お互いのお土産の交換があった。







自分とT野先生に功労者表彰と記念品が贈られ嬉しかった。
テーブルでは日韓の交流が続いていたが、一番盛り上がったのは奥さんたちのテーブルのようだった。








皆さんと記念写真を撮ったが、光量が足らずに暗くなってしまった。









二次会場のビアホールに場所を移した。来年は東京付近で交流をしたいという韓国の希望があるので何とかせねばならない。
3次会のカラオケに向かう途中、ホテルの敷地で狸と出会った。カラオケのメニューには自分の18番がなかったが、それでも7,8曲は歌ったようだ。ホテルに帰ったのは1時頃で、家人によると上機嫌でフラフラしてはなかったそうだ。



28日、朝食は前日もらった韓国の饅頭で済ませた。フロントで清算とバス代の徴収をして、バスで大伽耶国博物館に行って見学をした。ガイドさんは70歳ごろから日本を独学で学んだという80過ぎの男性で、かなり詳しく勉強しておられた。






S石先生を大邱国際空港で降ろし、昼食会場へ。
会場には韓国チームの皆さんと奥さんたちも集まってくださった。韓国風豚肉の焼き肉をメインにした食事に、昼間からのビールとマッコリ。もう食べられない位、お腹一杯になった。当初は自分が団長招宴で参加メンバーに昼食をご馳走しようと思っていたが、自分の予定していた10倍ほどの質・量と値段だったのではないかと思う。


朴東述先生は試合には仕事が忙しく参加されなかったが、懇親会と昼食会で存在感を示してくださった。
 






奥さんたちは、ここでも絆を深めたようだ。

バスに乗ったら、そのまま轟沈して釜山金浦空港で目覚めた。毎回ではあるが世話役のキム・ヒーハンさん一家には大変お世話になり空港まで送っていただいた。
空港免税店で沢山購入したメンバーもいたようだ。福岡国際空港で解団式をして博多ラーメンを食べて羽田に向かった。羽田ではA本先生とJun先生と一緒にタクシーで帰ったので、家に着いたのは23時30分でシャワーと洗濯をする元気が残っていた。


写真は大韓航空の機内食。実際40分弱の飛行なのでおにぎりと水だった。

2014年9月25日木曜日

送別会

26日はS大学歯科麻酔科のK迫先生と、実験を一緒に頑張ったM田さんの送別会が新宿NKビルのパスタ屋であった。自分はペインクリニック診断研究会の幹事会に参加し発表を半分ほど聴いてきたので遅れたが、まさに宴も酣(または闌:いずれもタケナワと読む)だった。
K迫先生は1年間新しい環境で良く頑張ってくれた。彼女と組むと以心伝心で自分が楽をしている錯覚に陥るようになった。医局の行事には時々顔を出してくれるだろう。






M田さんはこの6カ月余り一緒に実験をしてきた。まだやり残しが多いので、「まむしのターさん」らしく、最後まで追い回すことにしよう。






皆でお店の前で記念写真を撮って、M田さんとS根先生を荻窪駅まで送った。

2014年9月23日火曜日

高尾山に登る

東京に来たら高尾山に登ろうと家人からいつも言われていた。そうしようと思ってはいたが、機会を逸していた。快晴の23日の秋分の日、早起きして中央線と京王線を乗り継ぎ高尾山口駅に着き、そこから第1ルートを歩いて山頂を目指した。






山頂まで3.9㎞のルートは途中急傾斜の区間があるが、舗装されていて歩きやすい。2㎞の地点には、ケーブルカーとリフトの駅があり、そこからは傾斜はかなり緩やかになる。

途中、たこ杉と言われる杉がある。根が張って登山道に邪魔な木だと言うことで切ろうとしたら、一晩のうちに根が幹を丸く囲むように曲がって切られずに済んだと言われる逸話のある杉だ。







この付近からお寺の施設が多くなる。杉の苗を寄贈した人の木版が飾ってあったが、100万本の中に北島三郎さんを名前を見つけた。1本100円として1000万円だ。






山頂に着き、富士山の見える方の展望所に行った。良く晴れているのだが遠くが霞んで富士山は見えなかった。それでも満足できるのは日本でも有名なパワースポットである所以か?






家人の願いをかなえポーズをとった。

下山は途中まで第4ルートを選択した。舗装のない山道で、途中につり橋がある。








名もない?小さな花を見つけた。早速M上さんにメールして名前を聞いた。葉っぱの形からユリ科のヤマホトトギスか、ヤマジノホトトギスではないかな?との回答。高尾山には高尾山特有の植物が65種類ほどあるそうだ。





上りに90分、下りは45ほどかかった。上り口に近い蕎麦屋さんで、天ぷらとろろ蕎麦を食べた。紅葉の季節も来てみよう。
写真は蕎麦屋のデザート

2014年9月21日日曜日

家庭サービスの日曜日

朝ランの時、半袖では寒い感じがした。このところ蚊に刺されることもない。
デング熱媒介蚊も消ゆ秋来たり
途中善福寺公園近くの住宅で焦げ臭い臭い?消防車や救急車が来ていたが煙は見えなかった。



車で恵比寿に行き、スーパーマーケットでももちゃん一家を拾った。このままガーデンプレイスに行き、プレイスの出店を見て回った。







イタリアンで野外ランチを楽しんでいると、ウェスティンホテルからファンファーレが聞こえて、馬車に乗った新婚さんが現れた。
三越のおもちゃ売り場のKODOMO PARKでももちゃんを遊ばせた。外に出てももちゃんは家人とかけっこをしていたが、まだ手は伸ばしたまま走っている。




ももちゃんちに行って、お茶を楽しむ。息子が新聞を3種類取っているので、Y新聞を読むのが楽しみ。いちごちゃんは自分のことが好きなのでまとわりついてくる。これも癒し。
帰って、リゾットと野菜サラダを作り家人に振る舞った。何とよいジイジなことか・・・。