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2014年9月23日火曜日

高尾山に登る

東京に来たら高尾山に登ろうと家人からいつも言われていた。そうしようと思ってはいたが、機会を逸していた。快晴の23日の秋分の日、早起きして中央線と京王線を乗り継ぎ高尾山口駅に着き、そこから第1ルートを歩いて山頂を目指した。






山頂まで3.9㎞のルートは途中急傾斜の区間があるが、舗装されていて歩きやすい。2㎞の地点には、ケーブルカーとリフトの駅があり、そこからは傾斜はかなり緩やかになる。

途中、たこ杉と言われる杉がある。根が張って登山道に邪魔な木だと言うことで切ろうとしたら、一晩のうちに根が幹を丸く囲むように曲がって切られずに済んだと言われる逸話のある杉だ。







この付近からお寺の施設が多くなる。杉の苗を寄贈した人の木版が飾ってあったが、100万本の中に北島三郎さんを名前を見つけた。1100円として1000万円だ。






山頂に着き、富士山の見える方の展望所に行った。良く晴れているのだが遠くが霞んで富士山は見えなかった。それでも満足できるのは日本でも有名なパワースポットである所以か?






家人の願いをかなえポーズをとった。

下山は途中まで第4ルートを選択した。舗装のない山道で、途中につり橋がある。








名もない?小さな花を見つけた。早速M上さんにメールして名前を聞いた。葉っぱの形からユリ科のヤマホトトギスか、ヤマジノホトトギスではないかな?との回答。高尾山には高尾山特有の植物が65種類ほどあるそうだ。





上りに90分、下りは45ほどかかった。上り口に近い蕎麦屋さんで、天ぷらとろろ蕎麦を食べた。紅葉の季節も来てみよう。
写真は蕎麦屋のデザート

2014年9月16日火曜日

富岡製糸場と伊香保温泉

マウスが動かなくなったので、こじ開けて息で吹いたら動き始めた。
13日、三度目のリゾットつくりに挑戦した。味が今一だったので、コンソメを溶かしてかけて混ぜたら味が良くなった。三度目の正直だった。

14日、車も長いこと長距離を走っていない。8月に車検をしたのでそろそろ可愛がってやらねば・・・と思っていたら、富岡製糸場の記事が目に飛び込んだ。ネットを調べると、関越自動車道を使えば2時間程度で着く。群馬だから草津温泉、伊香保温泉が近く?にある。

三連休の中日だけあって高速道路は混んでいた。オートバイの遠出も多く2.3件の事故処理を目撃した。2時間の予定が3時間半要した。富岡製糸場を回りには観光客を対象にした店が多く、駐車場も多いようだ。幸いに入り口近くの駐車場に車を停めた。





団体さんで既に入場券を持った人以外は発券場を先頭に並んだ。長蛇の列・・だったが、意外に順番は早くやっていた。






団体さんのガイドさんの説明に聞き入った。が、このペースだと時間がもったいない。説明ボードが数カ所に展示されているので、ボード利用の見学にした。

製糸を指導したフランス人の館跡は入れず、数カ所が復元工事中だった。




名物のシュウマイで腹ごしらえをし、伊香保温泉に向かった。温泉に続く一本道の渋滞には閉口したが、無事市営(渋川市)駐車場に車を停めた。

伊香保温泉名物の階段は360段くらいあるようで頂上には神社があった。








その先20分ほどで、アイススケート競技場や室内アイスホッケー場があるスポーツ公園があった。






階段から眺める下界の盆地や向かいの山々はきれいだった。日帰り温泉の施設も多く、一風呂浴びて疲れを癒した。

帰りは混むこともなく順調に帰ったが、くたびれた。

15日、風呂掃除でネット検索したら、浴槽にキッチンハイターを入れて汚くなった風呂のふた、腰掛、洗面器を入れると良いと書いてあったので実行した。塩素の臭いがきついので、換気扇を回して窓を開けた。1時間ほどできれいになった。



善福寺公園まで走った。途中見たこともない鷺が善福寺川にいた。患者さんに教えてもらったアオサギだ!手持ちのスマートフォンカメラでフラッシュ付きで写した。どうやら光量が足らず、妖怪のようなアオサギになった。しかし後日患者さんに見せたら、「なかなかきれいですよ」と慰められた。




16日、燕三条に向かう上越新幹線は埼玉県を縦断し高崎周辺を走る。前々日の関越自動車道などから見た風景と重ね合わせた。

2013年3月22日金曜日

帰省

3月21日冷たい風が吹く中、古紙だしを済ませ羽田空港に向かった。種子島への乗り継ぎのためにJALを利用したが、JALスタッフの表情が生き生きしていたように感じた。対応も丁寧で気持ちが良かった。上空から見る富士山は雪が解け始めていた。




また上空から日本アルプスが見えた。







鹿児島から種子島行のJACも機材の到着遅れで15分遅れた。桜島上空では噴煙のため、桜島は4分の3だけ顔を見せていた。





種子島空港でレンタカーを借り、買い物後お墓参りをして叔父・叔母の家にあいさつに回った。写真は鹿児島種子島間を結ぶ飛行機






叔父の家に行くと、早番の仕事を終えた従弟がいた。叔父は出かけているらしい。叔父が育てている桃の木に綺麗な白い花が咲いていた。





自宅は誰も住んでいないので、荒れてくる。シロアリにやられた軒先はネットで覆われたままで修復が済んでいない。「種子島に別荘ですか良いですね!」とよく言われるが、帰ったら数時間は室内掃除に追われる。写真はネットで覆われた屋根。




やっと掃除を済ませ、母方の叔父と従弟を誘い夕食に行った。叔父からは祖父の時代の逸話など今まで知らなかったことを興味深く聞くことができた。





22日は、朝から墓掃除をして花を供えた。








家の納戸や倉庫に山積みされている不要物を市の処理施設に叔父たちと捨てに行った。軽トラックで駆けつけてくれた叔父と従弟の活躍で、軽トラックで不燃物をレンタカーで可燃物を2往復運んだ。総重量530㎏で引き取り処理料は2900円だった。
片づけ前の納戸は見せられないほど不要物、少なくとも15年間は入れっぱなし、が詰め込まれていたが、片付け後は2つの空ケースを含めてアルバムが4ケースあるのみ。
電気カーペット、テレビは電気屋さんか専門処理業者、段ボール箱・発泡スチロールは資源ごみとして別の処理場に運ぶように言われた。
 
 
 
家人は洗面台の下の物入れが随分すっきりしたと喜んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
片付け中、小学校5年生の時に書いた習字が出てきた。なかなか上手な字だと思った。
夜は、従弟や友人と港近くの店で食事をしたが、どのようにして種子島を活性化させるかや馬毛島の活用などの話題で盛り上がった。送別会シーズンで店のスタッフはてんてこ舞いなので、写真を写すチャンスを失った。

2012年9月18日火曜日

連休で疲れは取れたか?


さて日曜日。健診も済んだので昼食は青梅街道沿いのトマトラーメンを夕食は牛肉の鉄板焼きを食べた。健診後の気の緩み?になるかもしれない。もうすぐ10月なので。北海道のジャガイモ・かぼちゃの案内を熊本の友人や、メーリングリストの仲間にメールをした。11月のY's Men's Clubの役員会は欠席するので、聖日礼拝の式次第を作り奉仕してくださる皆さんに送った。
月曜日はアンケート打ち込みを一つの表にまとめた。途中6例分が抜けていた。アンケート用紙には済んだチェックが入っていたのだが・・・
昼はLumineで函館塩ラーメンを食べた。あっさりしてなかなかヘルシーだと思った。


17時から蒲田の歌声広場に行き、懐かしい歌を大いに歌った。若い人の参加が少しずつ増えてきている気がする。

遅れて横浜ジャム音楽学院を主催されている宮澤さんが参加された。彼はプロのジャズピアニスト。わかりやすくジャズの楽しみ方を教えてくださったし、歌も披露してくれた。今回も得した感じになった。
そして連休明けの火曜日。朝カンファから麻酔導入までキビキビ立ち回り、新潟(三条市)へ。先週の患者さんの診察。「なんぎっくない?」と尋ねたら笑って「なんぎっくない」と言われた。重症の患者さんの診察をし、主治医と治療方針についてディスカッションをした。

新潟はフェーン現象で37度まで気温が上がったようだ。コメの刈入れもほぼ終わったようだ。
病院に帰って、4年生の試験問題作成に励んだ。少し難しいかな?授業を寝ずに聴いたら、全問正解になるように教えようと思った。
水曜朝、ブログへのアクセスが70000件を突破した。感謝。

木曜日も遅くなった。石〇先生を誘って「さつき」で夕食。U野先生は仕事が急に増えて一緒にさつきに行く機会が減ってきた。さつきには、小児科の看護師さんたちが来ていたので、一緒に写真を撮った。

2012年2月19日日曜日

鹿児島から熊本へ

2月17日、鹿屋から鹿児島の家人の実家に行った。義父の86歳の誕生日と、姪の愛〇ちゃんの結婚披露を兼ねて昼食会を持った。義父は食欲もありローソクを一回で吹き消した。ビールは自分より飲んだ???



愛〇ちゃんのご主人は長身で優しそうな人だった。
鹿児島にいる叔母の家を訪ねた。掛け軸を自分たちに譲りたいとのこと。自分は「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」と書かれた掛け軸を選んだ。お茶会の時に披露する掛け軸のようだった。
熊本に帰り、むさしワイズメンズクラブの企画例会に久しぶりに参加した。3月の15周年記念例会の話し合いが丁度あったので、良かった。帰りは高〇さんに送ってもらった。
2月18日は、税理士の友人のところに行って確定申告の準備をしてもらった。前年は退職金や駐車場を新しく作ったりなど出入りが多く、申告をするには自分の能力を超えている・・・
前任の病院に行き、入院中の3名の友人(元患者さん)ともう一人の大事な友人をを見舞った。病院では院長先生や副看護部長、麻酔科部長、手術室師長に会うことができた。患者さんのMさんは病棟から手を振ってくれると言った。明日は写真を撮ろう。スポーツ用品店に行き、明日のリングタイツや足首のサポーターなどを購入した。
熊本城マラソンの受付に市民会館に行き、ゼッケンをもらった。7027番だった。
帰りにひなちゃんちに寄った。ひなちゃんはジッジのことを忘れたようで、キョトンとしていた。





ジッジは、果敢にひなちゃんにアプローチした。伝家の宝刀で娘(ひなちゃんのママ)と一緒に写真を写したが、未だ固まったままだった。
夜は阿蘇のTさんから送ってもらった、新鮮な野菜のしゃぶしゃぶ、むろん肉もカーボローディングの為にうどんも入れ、準備を整えた。10時前には寝たのだが、12時過ぎに目が覚めその後はなかなか寝付けなかった。

2011年11月13日日曜日

誕生日

59歳の誕生日を迎えた。ギプスや装具を外しても安静にする限りは足の痛みはない。この3週間で体重は確実に増えたが、体重計には乗らない。5年日記を読み返してみた。良く5年間日記を書き続けてきたと思う。朝からももちゃんから電話が来た。今日のお昼でお誕生会を計画してくれるようだ。
午前中は掃除と模様替え、熊本の自宅の改装で家人が帰る前に掃除をすることにしたが、良く溜めていたと感心するほど書類やチラシが出てきた。
恵比寿駅のアトレ6階に行くとももちゃんたちがいた。韓国料理にお店に入って昼食。小声でハッピバースデイを歌った。ももちゃんは眠いようで暫く愚図ったが、ご飯を食べてから元気が出てきた。
喫茶店に行くとこから、抱っこされても機嫌よく、お膝の上に乗って喜んでいた。

ケーキを食べたところで、プレゼントをもらった。ももちゃんのお絵かきで作ったバースデイカードとビール用のグラス・えびすビール・おつまみナッツのセットで、ももちゃんのママ(嫁)が準備してくれた。ありがとう!!


アトレの屋上には家庭菜園や芝生や木の回廊があり、ももちゃんのお気に入りの場所という。ここでは走り回るももちゃんを見ながら、日向ぼっこ。


シャボン玉飛ばしに挑戦したももちゃんだが、なかなか苦戦していた。
しかし!初めてももちゃんがシャボン玉を飛ばした一瞬の写真が撮れた。良くできたね、ももちゃん!

「秋空に 孫初めて飛ばす シャボン玉」



コスモスや紫のペチュニアが綺麗に咲いていた。季節外れのモンシロチョウや赤とんぼが飛んできたのには驚いた。




ももちゃん一家と別れ、新宿へ。ハルクで上下のトレーニングウェアー兼室内着を購入(アラカンなので上は赤色となった・・)、BIGカメラでオーブントースタとプリンターのインク、シリコンスチーマーを購入した。
ももちゃん一家のおかげでとても良い誕生日を過ごすことができた。ももちゃんとこにはクリスマスにサンタクロースジージがきっとプレゼントを運ぶことだろう。
ひなちゃん一家は今頃ロサンゼルスから成田に向かう飛行機の中だろう。泣いていないかな?元気にしていたのかな?
帰ってブログの続きを書こうとしたら、「たーちゃん」からコメントが届いていた。「たーちゃん」も病気を乗り越え職場復帰の目処がついたようだ。良かった!

2009年11月1日日曜日

日曜らしい日曜

今朝は町内会の廃品回収と災害訓練。廃品回収のときは曇り晴れ雨だったが、その後雨が降り出した。町内会は家人に任せて病院へ。入院患者さんを診てまわり、教会日曜礼拝に2ヶ月ぶりに参加した。11月第一日曜は永眠者記念日なので、日頃お会いすることのない方ともお会いできた。鶴屋に行って結婚式のネクタイを購入。持っているのだが、何処でつけたのか食事のシミが消えない・・・デパチカで夕食の惣菜を購入して帰宅した。

今日は九州医師会学会でサッカー大会に例年参加する予定だったのだが、未だ腰の調子が悪いので失礼した。代わりに体慣らしに来たバイパス沿いを約10kmほど走った。午後から4回ほど病棟から問合の電話があったが全て電話指示で済ませた。今日は麻酔科当番ではないのでゴメン。病院に出て行ったら今日も帰宅は夜遅くなるだろう。次第に体力が磨り減ってきていることを最近実感しているから・・・

11月3日の結婚式で着るモーニングを4年半ぶりに着た。サイズはぴったりだった。挨拶文はできるだけ短くするようにとの要望もあり、30秒以内にまとめた。
「30秒 家人のチェック 挨拶文」
久しぶりにブログに写真を入れたり書き込んだり、日曜らしい日を楽しんだ。

11月8日の日曜日にスペシャルオリンピックス日本・熊本の開会式と交流会をグランメッセで行う。ボランティアが不足しているのだが、熊本総合医療福祉学院臨床工学科の3年生がほぼ全員で参加してくれることになった。ありがたい。