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2017年11月5日日曜日

日韓YMCA医師サッカー交流の次の日

5日、朝から本田団長、本村主務と韓国チーム滞在のリゾートホテルに行き見送りをした。来年は無事に開催されるのだろうかと心配ではあるが、韓国の先生たちはNo problemのようだった。

ホテルの戻り、昔ホストファミリーをしたムン・ヒョンさんから送ってもらったお土産を宅急便で東京に送った。

本田先生と一緒にレンタカーを返し、那覇空港で昼食をとり、日航のラウンジでゆっくり過ごしながらブログを書いている。出発が20分遅れるようだが羽田には18時前には着くようだ。ラウンジや搭乗手続きが優先してもらえる特別会員は良いなと思った。

2017年11月4日土曜日

第27回日韓YMCA医師サッカー交流

4日、早く目覚めた。7時半には朝食を済ませ、メールや今日のスケジュールのチェックをした。10時半ごろ後輩たちがピックアップしてくれたので西原村陸上競技場に向かった。途中で昼食用にサンドイッチを確保した。

陸上競技場は素晴らしい天然芝のサッカー場になった。琉球大学医学部サッカー部の学生さんたちがグランドの準備をしてくれていたのでベンチづくりを始めた。空はどんより曇り、時に小雨がふり風が強かった。韓国チームが大型バスでやって来た。再会を喜ぶ。家人が来ていないので韓国チームの奥さんたちは残念がっていたようだ。

試合は先制されたのを追いつく展開で、22の対スコアーで引き分けになった。熊本チームは中川Dr.と財津Dr.が得点した。
規定により、アウェイチームの大邱YMCA医師蹴球団に優勝旗と優勝トロフィーが授与された。自分は名誉団長になったので、贈呈係を受け持った。その後、琉球大学OBチームと熊本、大邱のチームがそれぞれ前後半を楽しんだが、靴底が壊れた自分はゆっくりと観戦していた。

試合終了後場所をJAL city ホテル那覇に移し、交流懇親会が開催された。主務の本村先生は遠隔地での交流会のマネジメントを立派にマネジメントしてくれた。新しく団長になった本田先生は若手にも声をかけ、新しい風を吹き込んでくれた。

琉球大学の先生方も参加して下さった。

両チームからのお土産は最近は質素?にしている。こちらからは赤いスポーツタオルを贈った。

最後にはテーマソングのサランへを大きな輪になって歌い、朴東述先生のVICTORY DANCEで締る。

二次会は近くのカラオケスタジオへ移動し、皆さんの歌は上手で、パフォーマンスもなかなかの役者ぶりで脱帽した。

若手たちは三次会で締めのステーキだといって、ステーキハウスに行ったが、自分は昨日と同じラーメン屋に行って締めのラーメンを食べてホテルに帰還した。

2017年11月3日金曜日

日韓YMCA医師サッカー交流前夜祭?

3日、650分に家を出たので850分羽田発那覇行きのJALには余裕で間に合った。搭乗口近くのパン屋で昼食を買い、飛行機の中での朝食になった。那覇空港から日産レンタカーの営業所に行き車を受け取り宿泊先のJAL city ホテル那覇に向かった。旅装を解くと後輩から電話があり、皆で昼ご飯を食べましょうと誘われた。

ステーキハウス88での昼食で自分は100gのステーキだが、他は200gや300gを平気で食べていた。ホテルに送ってもらった。夕食は近く?の居酒屋を手配しているという。流石だ。

首里城観光に向かった。首里城祭の最中だが、行ったときは既にパレードは終わっていたようだ。

城の敷地には泡盛の試飲会場もあったので、車の運転を免除されていたので少し飲んでみた。

居酒屋では北海道や大阪から駆けつけた後輩たちと合流した。試合前なので飲まないつもりであったが、そのような決心はどこかに吹き飛んでしまった。

二次会はカクテルバーでゆっくり話した。そこで別れていつの間にか沖縄ラーメンの店で独り締めをしていた。 

2016年9月24日土曜日

創立37周年第27回日韓医師蹴球交流

24日土曜日4時半には起き、520分の荻窪発JRに乗った。545分前の新宿駅プラットホームは混雑していた。羽田空港で耳鼻科の佐藤先生と合流した。

 
福岡空港国際線で先に韓国に行っている本田先生以外が集合した。11名選手+2名の日韓(熊本・大邱)YMCA医師蹴球交流に向かう。釜山の金海国際空港にはキムヒーハンさんの奥様と娘さんが迎えに来てくれた。バスでサッカー試合会場の
 
 
 
慶州東國大学校のグラウンドに移動した。
人工芝の立派なグラウンドで、大邱チームは東國大学校職員チームとの練習試合をしていた。本田先生を見つけた。元気に走る回っていた。

 
開会式では優勝旗を日韓の団長同士で返還(昨年は引き分け)した。FIFAのルールに則るが、けがをしないようなプレーを心がけ、年長者には当たらないという独自のルールが加わる。
試合前の記念写真では和気藹々とした雰囲気となる。

試合は一変してガチンコの試合になった。前半にクロスを二列目の後藤先生が飛び込んでヘッディングシュート、これが決まって1点先制した。

 
 

後半は厳しい反撃にあう。相手のコーナーキックの処理ミスから1点献上した。しかし熊本チームも負けていない。関先生の効果的なクロスや守田嬢の右サイドからの切り崩し、林、後藤、渡辺先生の流石に超OB選手のプレー、自分も良く走って二人抜きや正確なキラーパス、本村、高橋、田中先生の献身的なカバーリング、本田先生のGKのパンチング(キャッチできるのもパンチングしていた)、バスケット選手なのに初めてサッカーシューズを買って参戦した佐藤先生の気迫などすべてが良性サイクルを生み出し、決勝点は渡辺先生があげた!
優勝旗をいただき、公立玉名中央病院で保管してもらうことになった。

 
 
 
 
優勝盾は、頑張った本村先生が保管し今後の活躍を期待することになった。

試合後の記念写真の時には、夕日を浴びていた。

 
 
 
 
慶州のThe-K Hotelが宿舎で懇親会場で、この日のために駆けつけてくれた、クモワイズメンズクラブの趙会長が独唱を披露され、併せて地震のお見舞いを熊本YMCAに送ってくださった。

 
大邱チームメンバーのお嬢さんが所属しているK-POPのグループがダンスを披露してくれた。

 
 
 
記念品交換では、熊本から大邱にTシャツを、
 
 
 
 
 
大邱からはビーフジャッキーをいただいた。

 
 
 
 
 
朴承國先生は79歳、朴東述先生は74歳で元気にサッカーをされている。自分も見習わなくてはならない。両先生と徐会長には来年は熊本で・・とお話ししたが。
各テーブルに散らばったメンバーも大邱のメンバーと良い交流をしたようだ。何年も前に熊本むさしYMCAに交換職員で来ていた李さんと再会した。あの時は一人アパート暮らしで奥さんと離れて寂しいと言っていたことを思いだした。
参加くださった皆さんと記念写真。今回は感度を高くしてフラッシュを使用しなかったので良く撮れている。

二次会は近くのヒルトンホテルのカラオケで歌う。自分は守田嬢と「糸」を歌った。

三次会には失礼したが、若者男子は参加したようだ。来年は沖縄もしくは大阪で開催という話しがあったようなので、選択肢が3つになった。話し合ってよい交流をしたいと思う。

2015年10月11日日曜日

創立36周年第26回日韓YMCA医師蹴球交流親善試合

昨夜から降り出した雨は小降りになり試合会場の横浜FC東戸塚フットボールパークに着いた時には雨が上がってきた。
韓国からの若手3名が乗ったタクシーが道を間違え遅れるなどのハプニングがあり、試合開始が遅れたが10:15にはキックオフになった。
主審はT医科大学サッカー部OBで研修医の竹〇下先生に、線審は都立駒込病院外科の若手の先生方と熊本YMCAの守〇さんにお願いした。
韓国側は選手11名という少数精鋭で臨み、前半1点を先取した。
後半は温存?していた本〇先生を投入し、彼のゴールで追いついた。しかし、たーさんは走ってはいたものの試合に貢献するプレーには程遠く、頼りの坂〇、白〇、赤〇、田〇といった往年の名選手たちもバテはじめ、このまま試合は終了した。
15分1セットで、選手をバラバラにしてビプス有り無しで2チームに分けての紅白戦も面白かった。


試合は引き分けたが、アウェイの1点は2点に相当とする国際慣例に乗っ取り、遠来の韓国チーム優勝、日本の準優勝となった。


最後に参加選手の記念写真を撮った。このあたりから雨が再び降り始めた。選手は温水シャワーで汗を流し、ゆっくり着替えた。
東戸塚駅東口にある中華料理屋で昼食会を行った。




古くて狭い店だったが、餃子と麻婆豆腐がウリの店のようで、韓国の皆さんは美味しいと喜んでくださった。韓国の皆さんがバスに乗り込むまで皆で見送りした。
次回は韓国で開催になる。来年か再来年の開催になるが、日本チームの皆さんからは毎年開催を望む声が多かったが・・・。

2015年10月10日土曜日

創立36周年第26回日韓YMCA医師蹴球交流・親睦会

創立36周年第26回日韓YMCA医師蹴球交流・親睦会をKOプラザホテルで開催した。T医科大の土〇先生と韓国KBS JapanのH様にもご臨席いただき、東京YMCAの廣田総主事にもご多忙の中ご参加いただいた。
司会は熊本大学出身でT医科大学消化器外科に所属する瀧〇先生にお願いし、熊本YMCAから駆けつけた守〇さんには受付や横断幕の作成などお願いした。
通訳は東京YMCAの南〇さんと韓国チームのガイドさんにお願いし、参加してくれた江〇さんの御嬢さんにも交流の場でお手伝いいただいた。 
韓国の皆さんの入場から開会までバイオリンとピアノの演奏を、また食前感謝の祈りと乾杯の間に記念演奏を行い、会は格調高くなった。


光伸プランニングの原さんに作っていただいた感謝クリスタル盾を4名の韓国の若手であるがこの交流に貢献してくださった方々に贈呈した。皆さん大変喜んでくださった。


お土産の交換は、できるだけお金を使わないようにしている…と思うが。日本からは北陸新幹線開通記念タオルが、韓国側からは韓国海苔が贈られた。


参加者全員の紹介の後に、「ブルーライト横浜」を韓国の皆さんが歌ってくださった。また最後には全員でサランヘの合唱をした。準備した韓国語と韓国語読みのカタカナ歌詞カードが役に立った。

ロビーで記念写真を撮ったが、どうも明るさが足らなかったようだ。 もし良く写った集合写真があれば送って欲しい。



二次会にも子どもさんや奥さんたちを除く皆さんに参加していただき、たくさんのことを話すことができた。



明日は親善試合だ。

2015年3月21日土曜日

東戸塚フットボールパークに行く

21日、10月に予定している日韓医師サッカー交流の試合会場になる東戸塚フットボールパークに車で行った。荻窪からナビ推奨で行ったが、1時間半は時間がかかるとみておいた方が良さそうだ。横浜スポーツマンクラブでナビに入力すると道筋を教えてくれる。
グラウンドでは子どもたちのサッカースクールが開催されていた。イギリスのマンチェスター・ユナイテッドと提結しているのだろうか?M.U.のシャツを着たイギリス人の指導者の方が沢山いた。
サッカーのクラブハウスを見学した。シャワーや更衣室もあり、雨に備えて会議室も借りる予定にしている。

気になったのが、周辺に食事をするところがないことだ。隣のゴルフ練習場のレストランはあるが、せいぜい20名ぐらいしか入らないし予約はできない。また周囲にも大人数入るレストラン見当たらなかった。
東戸塚駅からスポーツマンクラブへのシャトルバスがあり、時刻表も確認できた。

2014年9月28日日曜日

創立35周年第25回日韓YMCA医師蹴球団交流

熊本と大邱の医師によるサッカー交流は熊本YMCAと大邱YMCAの少年サッカー交流をきっかけとして35年前に始まった。今年は我々が韓国を訪問する年になる。

T医科大に赴任したので、東京周辺にいる熊本大学医学部サッカー部のOBT医科大学麻酔科に籍を置くサッカー経験者にも参加を呼びかけている。今回は東京から自分の他に3名のサッカー部OBT医科大で麻酔を研修中の歯科の先生2名が参加した。27日朝4時起きで438分荻窪発の電車に乗り込んだ。

国際交流なので奥さんたちの参加もお願いしているが、今回は家人とT野先生の奥様が参加する。新宿駅では未だ5時前なのに多くの人たちがプラットホームにいたのでビックリした。これから仕事やレジャーに行く人、仕事や遊びから帰る人なのだろう。写真は混み合う新宿駅プラットホーム
6時前に羽田空港に到着し、635分発福岡行きに乗った。8時過ぎに福岡に到着したが、途中富士山の火口がきれいに見えた。この時点では御嶽はまだ爆発を起こしていない。






福岡国際空港で熊本から参加の7名と合流した。釜山空港にはNo会長ほか3名が迎えに来て下さっており、貸し切りバスに乗って試合会場に向かった。







試合会場はきれいな天然芝の会場で、大邱チームは準備運動代わりの紅白戦をしているところだった。時間がないので着替えてストレッチを始めた。開会式はハーフタイムにすることにして、25分-10分-25分の試合が始まった。






同級生のM瀬先生は「自分は石だと思って動かさないように・・10分しかピッチには立っていないから・・・」などと謙遜していたが、そこそこ走っており前半の25分出場した。前半はT医科大で麻酔の研修をしているA本先生のきれいなミドルシュートが決まった。M瀬先生によると起点になったパスはM先生からだそうだが・・・。




後半になると相手方はぐんと若返った。日本チームも結構形を作ってシュートを打ったが、相手方の連続3得点が響き完全アウェーの試合は13で完敗となった。







T医大麻酔科で研修中のA本先生、J先生も大活躍してくれた。また誘っても来てくれるかな?








優勝旗は重いから置いて帰ろうなど、負け惜しみを言いながらも良い汗をかいた。この後、30 分1セットの互いのメンバーを混ぜた紅白戦をしたが、マークが緩いので44のお互い大量得点で引き分けた。








宿泊ホテルで懇親会会場のインターブルゴホテルは大邱でも有名な高級ホテルだ。シャワーを浴びて着替え、懇親会に行った。大邱の団長の席と隣り合わせて、名誉団長が2名と通訳が1名、大邱市の医師会会長さんたちゲストが2名が同じテーブルになった。
韓国の中学3年生が歌う伝統的な韓国の歌の披露があった。





優勝旗の返還と贈呈、優勝および準優勝の記念品の贈呈、お互いのお土産の交換があった。







自分とT野先生に功労者表彰と記念品が贈られ嬉しかった。
テーブルでは日韓の交流が続いていたが、一番盛り上がったのは奥さんたちのテーブルのようだった。








皆さんと記念写真を撮ったが、光量が足らずに暗くなってしまった。









二次会場のビアホールに場所を移した。来年は東京付近で交流をしたいという韓国の希望があるので何とかせねばならない。
3次会のカラオケに向かう途中、ホテルの敷地で狸と出会った。カラオケのメニューには自分の18番がなかったが、それでも78曲は歌ったようだ。ホテルに帰ったのは1時頃で、家人によると上機嫌でフラフラしてはなかったそうだ。



28日、朝食は前日もらった韓国の饅頭で済ませた。フロントで清算とバス代の徴収をして、バスで大伽耶国博物館に行って見学をした。ガイドさんは70歳ごろから日本を独学で学んだという80過ぎの男性で、かなり詳しく勉強しておられた。






S石先生を大邱国際空港で降ろし、昼食会場へ。
会場には韓国チームの皆さんと奥さんたちも集まってくださった。韓国風豚肉の焼き肉をメインにした食事に、昼間からのビールとマッコリ。もう食べられない位、お腹一杯になった。当初は自分が団長招宴で参加メンバーに昼食をご馳走しようと思っていたが、自分の予定していた10倍ほどの質・量と値段だったのではないかと思う。


朴東述先生は試合には仕事が忙しく参加されなかったが、懇親会と昼食会で存在感を示してくださった。
 






奥さんたちは、ここでも絆を深めたようだ。

バスに乗ったら、そのまま轟沈して釜山金浦空港で目覚めた。毎回ではあるが世話役のキム・ヒーハンさん一家には大変お世話になり空港まで送っていただいた。
空港免税店で沢山購入したメンバーもいたようだ。福岡国際空港で解団式をして博多ラーメンを食べて羽田に向かった。羽田ではA本先生とJun先生と一緒にタクシーで帰ったので、家に着いたのは2330分でシャワーと洗濯をする元気が残っていた。


写真は大韓航空の機内食。実際40分弱の飛行なのでおにぎりと水だった。