2013年8月14日水曜日

祝熊大医学部サッカー部西医体準優勝と帰省

13日熊本に帰った。目的は熊本大学医学部サッカー部西日本医学生体育大会の打ち上げに参加、自分が担当した患者さんH美さんの初盆へのご挨拶、姉に教会の献金を託す、子どもたちや孫が元気なことを確認など。

さて、羽田空港は混雑し手荷物預かりに長蛇の列ができていた。30分ほど並んでいたら「810分熊本行きのお客様・・」と呼び出されショートカットさせてもらった。




熊本空港から熊本駅までリムジンバスで移動し、駅からはタクシーで孫代町のH美さんのお宅に行った。前もってハガキを出し、駅から電話をしていたのでご兄弟・姉妹・姪っ子さんが待っていてくださった。仏壇にお参りし、H美さんの思い出などを話した。昼前だったがお鮨やビールをご馳走になった。また自宅まで車で送っていただいた。

家に帰り、次男と会話を交わし高校野球を聞きながら昼寝をした。

バスとタクシーを乗り継ぎ姉宅へ。姪っ子の息子のT生君が愛嬌をふりまく。義理兄とビールを飲み、姉に8か月分の教会月定献金を預けた。

タクシーで打ち上げ会場に移動した。13日の決勝では惜しくも2:1で負けたが、学生たちの黒光りした研ぎ澄まされた顔を見ながら、何年間も勝利に恵まれず苦労してきた歴代幹部や監督、コーチを思い出した。





学生やOBたちが自分の席に来てくれた。ビールでの乾杯をしながら、各テーブルをまわった。

今の6年生が入学した頃、彼らには素晴らしい可能性があると直感した。「君たちが現役の時に九州山口大会や西日本医学生体育大会で優勝するようなチームになるよ。」と言ったことがある。石〇君や〇西君は覚えていたようだ。






勝った試合で一番危なかったのが一回戦のF岡大学戦のようだ。1週間前に練習試合で完勝していたようだが、本番で炎天下の第一線は気持ちが乗らず体が動かない。一回戦を突破すれば、このチームは上まで行くかなと思っていたがその通りになった。他大学の試合前のアップや気持ちの切り替えの素晴らしさを学んだようなので、これからの進歩も楽しみだ。

現役や応援に行ったOBたちから試合の話しを聞いた。堂々とした試合をしていたようだ。

自分の後輩の息子さんや娘さんがサッカー部の選手やマネージャーで活躍している。

夕に山鹿のG藤先輩に電話をした。9月の日韓医師サッカーを交流での話が目的だったが、当然現役サッカー部の活躍に話しが及んだ。丁度大切な御用があり打ち上げ会には参加できないことだった。G藤先輩の分まで楽しまねばならない。

OBで自他ともにサッカー狂と認めるS石先生は夜行バスで東京に戻るという。不遇な前監督T口先生や今後常勝熊大を託された権蔵監督と記念写真を撮ったが、皆笑顔がはじけていた。





本来は現役だけで打ち上げを計画していたようだが、一次会だけでもOBも参加できるようにと配慮してくれたようだ。当然ながら一次会での学生の負担はない。






一次会が終わり、一人で味噌天神の「さくら」に行った。8月で店じまいをするという。店主の田代さんは「てれっとウルトラマラソンクラブ」で知り合ったウルトラランナーだ。ゆっくり走られるので、一緒に走ったことも何度もある。但しスタミナは自分の数倍はある。また練習会や大会で会えることを願って別れた。

内容の濃い、そして熱い・暑い一日だった。

2013年8月12日月曜日

猪苗代湖合宿

8月再び猛暑が返ってきた。熊本・鹿児島・種子島帰省の前にわがままながら東北走り込み勉強合宿をすることにした。11日金曜日夜、東京駅発なすので郡山へ。駅前のビジネスホテルで一泊し、ホテル前の居酒屋で食事。写真は福島の馬刺し。
翌朝は約11㎞ランをした。12日レンタカーを借りて磐梯高原経由して喜多方へ。
高原では五色沼で森林浴を堪能した。
喜多方では地元の有名店「ま〇と」で中華そばを食べたが、




炎天下にもかかわらず、大勢のお客さんが並んでいた。






飯能山で白虎隊の墓にお参りし、その近くにある東山温泉に投宿した。





丁度東山温泉村祭り(湯かけ祭り)の日で、午後8時頃に神輿がやってきた。神輿の上には女性が二人おり、沿道の観客をはやし立てる。温泉宿の前には温泉の湯が準備されていて、皆でかけるのだがかけた後はやり返されるリスクがある。同じ宿に泊まっておられた女性は浴衣がびしょびしょになるほど湯をかけられていた。自分は写真を撮るのを優先していたので被害はなかった。


13日、朝4時起きして猪苗代湖湖畔に行った。気温は24℃で涼しい。1時間半の至福のジョッギングを楽しんだ。途中郡山市の取水塔があった。この付近はオランダ釣り禁止と書いてあったが、オランダ釣りとは?

東山温泉から車で15分位走ると鶴ケ城に着く。丁度盆休みの時なので観光客が多かったが運よく城内の駐車場に車を停めることができた。鶴ヶ城の瓦は赤っぽい色をしている。「八重の桜」一色で、お城の中を見学して歩くと新島八重の一生が分かる。戊辰戦争後会津藩が斗南藩に移されたことや松平容保公が晩年に日光東照宮の宮司となられたことなど興味深い。会津藩の藩校日新館の教育、「ならぬものはならん」があったが、最後の教えを除いて(戸外では婦女と口をきいてはならない・・だったか?)現在にも通じる。

御薬園を見学した。ここは会津松平氏の庭園で、薬草が育てられている。古い洋館(重陽閣)があり、二階ではお茶のセットを楽しむことができる。一階に秩父宮勢津子妃の写真などが飾られた部屋があった。妃は松平容保公の六男の娘で朝廷とも関係改善(朝敵の汚名を晴らすことができた)が得られたシンボルのようだ。

野口英世記念館に行った。英世生家が当時のままのように保存され、恩師小林栄先生との関わり、母シカの努力などもわかりやすく展示されていた。英世は研究所の同僚から、「いつ寝ているのだ?」と頑張りを称賛されていたという。自分とかなり違うが、学ばねばならない。


午後3時をまわった頃から、次第に磐梯山がその姿を現してきた。1800mを超え周囲を見下ろす。磐梯山と猪苗代湖に挟まれた会津は多くの偉人を輩出している。

郡山に帰り着いたころには日は落ちていた。駅近くのビジネスホテル素泊まりで一泊3500円を見つけ泊まることにした。

12日は朝早くの新幹線で東京に戻り、いくつかの仕事と約束をこなし帰省の準備をしなければならない。 


2013年8月9日金曜日

餃子パーティーとスイカ

8日、初期研修医の先生たちと餃子パーティーをすることになった。新宿Cビルの地下にあるW安は餃子を売りにしている中華料理屋。時々この店の前を通るが入ったことはない。
初期研修医4名と、通りすがりで捕まった歯科研修医1名、あとはスタッフの計10名が参加した。ワサビ、チーズ、トマト、抹茶など8種類が入った餃子や(ワサビに当たれば涙が出る)や調理法を変えた餃子など種類は多い。
いつのまにか中華料理も頼んでいたようだ。
二次会は「さつき」でスイカだけ・・・マスターが大きなおいしいスイカを準備していてくれたが、全部で1500円だった。どっかから拾ってきたのかな?と思わず思った。
9日は遅くまでデスクワークをした。帰った時はへとへとだったが、シリコンスチーマーを使って玉ねぎとニンジン料理をした。軽く汁しょうゆをかけてスチームして、マヨネーズで食べたがなかなかおいしかった。少しずつ料理の才能が開花してきている。

2013年8月6日火曜日

おにぎり

新潟出張では帰りの新幹線の席は予約している。しかし、手術が長引くと乗れる時間を予想して事務の方に座席予約を変更してもらう。

今日の手術は午後4時ごろの雰囲気では最終電車に駆け込めるか?といったかなり難しいものだった。そこで午後946分に変えてもらった。ところが数十分してもつれた糸が解けるように手術が進み予想外に早く済んだ。

麻酔から完全覚醒しても全く痛みを訴えず呼吸も十分でICUに移動した。着替えてICUに行くと「ありがとうございました」とハッキリ言われた。ゆっくり着替えたが、それでも午後8時には駅に着いた。優しい総務課のW森さんから、「途中でお腹がすくといけませんから」と、写真のようなおにぎり3個とよく冷えたお茶、ミニトマトを貰った。「ビールは自分で買ってくださいね。」とも言われた・・・。

燕三条駅で座席指定を変えてもらおうとしたが、もう満席だという。自由席に行ったら座れたので「良し」とした。座れなかったら長岡駅で1時間10分待つところだった。

2013年8月5日月曜日

久しぶりにさつき

このところ自炊が続いていた。K中央病院に行って帰る時、麻酔科を研修でローテートしているK川先生に、夕食を一緒にしないか?と誘った。K川先生は良いのですか?と嬉しそうに答えた。
と言う訳でハルクの地下で種子島の焼酎『島の泉』を買って、さつきに行った。料理はいつものように豪華フルコース?で仕上げは納豆ごはんに味噌汁。
途中から研修医のY先生やK沼先生、久しぶりに登場したU野先生も加わり賑やかになった。
今日こそはしっかりしようと思った自分は、未だ焼酎を残したまま帰路につき、コンビニで翌日からの食料を買い込んで帰宅した。シャワー、洗濯のあと食べた小豆入り抹茶アイスは美味しかった。

2013年8月4日日曜日

がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会

がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会がKO大学病院で開催された。自分とK谷ナースとA薬剤師がファシリテーターとして応援に行った。
T医科大学からも5名が参加しており研修状況が気になる。麻酔科のA藤先生は、アイスブレークで「上司が来ているので・・・」と言っていたが、自分が担当するグループではなかったので、それほどストレスは感じなかったことだろう。
ロールプレイでは参加者はそれぞれの能力を十分に発揮してくださり、こっちの方が勉強になることが多かったように思う。コメントは皆さんを褒めることに徹し、一部アドバイスをするようにした。
症例検討でも、最新の治療薬が登場したりして、3年前と少しずつ違った提案が出てきていた。T医科大学のM原先生がファシリテーターからの評価が高かったので、帰り際、「先生の評判が良いので、嬉しかったですよ。」と声をかけた。
自分たちは今日一日の手伝いで、明日も朝から夕方まで研修会は続く。

KO大学のコアメンバーが六本木交差点近くのビアレストランで食事会を企画してくれた。何百種類ものビールが置いてあるので、人気No1から10までを順番に飲むことにした。ビールごとにジョッキも異なる。



カツサンドが〆で、明日も頑張る皆さんに別れを告げ、大江戸線で中野坂上に行き、丸ノ内線に乗り換えた。「座ると寝てしまうから立っててくださいよ。」とK谷さんに言われていたが、「荻窪は終点だから・・」と座った。気づいたら中野坂上から電車が池袋に出発するところだった。いったん荻窪に着いた電車が引き返すところだったようだ。終点でも起こしてもらえないかもしれない・・・ことが分かった。
翌4日朝寝坊をした。シャワー、洗濯、朝ごはんを済ませ、あとはデスクワークに熱中する。写真はブランチ。

2013年8月3日土曜日

荻窪医師の会

今週のハイライトは、車の修理ができボンネットだけが新しくなったこと。ももちゃんたちとガーデンプレイスにご飯食べに行ったら、地下のレストランが手ごろな値段で美味しかったことの発見。



三越のおもちゃ売り場の鉄道模型遊びに夢中になったももちゃんは、他の子どもがももちゃんが遊んでいる電車を取り上げようとすると、果敢に「ダメ!」と言って取り返していた・・・意外と強いのだという発見。ももちゃんが言うことを聞かない時、「言うこと聞かないとジイジのお家で一人でお泊りさせるよ」と言ったら途端に素直になったこと。
さて、7月は猛暑日や体調不良もあり走行距離は160kmになった。8月からは心機一転で走り始めた。
8月3日荻窪界隈に住む医師たちが集まり、第一回荻窪医師の会が開催された。言いだしっぺは眼科のG藤先生で、幹事は荻窪の数代前から住んでいるという生粋の荻窪っ子の循環器科のY崎先生だ。落ち着いた雰囲気のレストランを貸し切っての懇親会で、フルコース?を堪能した。荻窪界隈のおすすめグルメマップを作成する話しや、会のお約束事(恥ずかしくて書けない)の話で盛り上がり、瞬く間に二次会となった。
二次会は荻窪駅近くの日本酒の店だが、やっぱり自分は焼酎を飲んでいた。今回は内科系の先生たちが多く人脈が広がったので良かった。K沼先生に家まで送ってもらった。しっかりしていたと思うが。
今週は良く料理を作ったので二つ紹介。
野菜炒めにハンバーグをのせた左の皿とトマトときゅうりの野菜サラダ?をつまみにビールを飲む。




左上は冷奴に鰹節を山盛り掛けたもの。右上は野菜サラダと冷凍干物のスチームあげ。みそ汁は本出しを二種類入れたのでコクのある良い味になった。