2012年7月15日日曜日

群有会

群有会はT医科大学近くのハイアットリージェンシーホテルで開催された。席はM原会長とU野先生、大〇戸先生らと同じテーブルだった。ひな壇の横には三宅先生の遺影が飾られ、
後ろには校歌の歌詞が書かれた金屏風が立てかけてあった。
M原先生は教室の年誌を開きながら、教室員の働きを嬉しく思い誇りにしていると話された。U野先生からはこの一年間の教室の動きやいくつかの全国学会主催を控えていることへのご支援のお願いがあった。入局者が八〇子医療センターを含めて7名だったことは自分たちの大きな励みになるし、同門会の皆様もきっと期待をしてくださることだろう。
信州中野への往復の間にかなり食べていたので、できるだけ各テーブルを回るようにした。が・・・やはりおいしそうな食べ物があると手に取ってテーブルに運び食べていた。
途中、エール(応援団のエール)がOBから披露され、集合写真を撮って会は締められた。講師以上は二次会に移動し、日ごろお話をする機会のない先生方と親しくお話をすることができた。

目前には6年生麻酔科のスーパーポリクリを選択してくれたK田さんのお父さんが座っておられたので、「昨日は御嬢さんは講義室の一番前で熱心に授業に参加してくれたのですよ」とお話したら、たいそう喜んでくださった。写真は会終了後の見送りの様子。
三次会は「さつき」に行った。これ以上飲むと足元が怪しくなり、日曜の午前中に頼んでいる宅配を受け取れないと判断してしっかりと引き上げた。このあたりがこの一年間の成長を物語ると思う・・・。写真は三次会で左からN田、S根、K沼、M波先生らと。
翌日曜日、掃除洗濯アイロン掛けと主夫の休日が始まった。10時過ぎたのにまだ宅配さんは来ない。

2012年7月14日土曜日

群有会を前に

7月14日は群有会(同門会と説明してよ良いと思うが・・)が開催される。前日の13日6年生への集中講義を行った。前年4年生への系統講義では、遅れる・寝ている。途中退席が目立った。しかしさすがに6 年生皆(一人を除き)寝ることもなく熱心に注目してくれた。
医学教育の先生から指南された「どのようにして学生の興味を引き飽きさせない・集中力を切らせない講義をするのか?」を思い出して計画した。イントロダクションは松江のペインクリニック学会で観たRail Wayの映画のパンフレットのスライド。
丁度術中体位による合併症を教えている時、机に臥している学生がいた。横に行って顔を覗き込み、眼球圧迫はないので失明は回避されるだろうと解説した。
遅れてきた学生は一人ひとり教壇に来させて出席カードを渡した。学生講義のためにどのくらい我々がエネルギーを使っているかは彼らは知らない。今年の阿蘇スーパーカルデラマラソン100kmのゴールシーンのスライドを見せ、「トレーニングは嘘をつかない(勉強すれは確かな結果が付いてくる)」と締めくくった。

7月15日「ない土」なのにあわてて病院に行った。朝カンファレンスに行ったら部屋は閉まっていた。当直医のU内山先生に「今日のカンファは何時から?」と聞いたら、「先生今日はない土です」と微笑んでいた。
さて、U野先生、大〇戸先生、石〇先生の4人で午前10時20分過ぎ東京駅発の長野新幹線で長野に行き、そこから長野電鉄で信州中野に行った。駅からはタクシーでお墓のある法雲寺「にいった。昨年は炎天下でのお墓参りだったが、今年は曇っていて涼しかった。
墓石をきれいし洗い、花を飾り線香を供えた。
「梅雨明けを待ちくたびれて墓参り」
「紫陽花や師の墓に咲き慰めぬ」
帰るころから晴れてきて強い日差しが射し気温が上がってきた。長野駅横のホテルの喫茶店で新幹線の待合時間を過ごした。
「別世界涼しいホテルの喫茶店」
信州長野駅で記念写真を撮った。
新宿の小田急に寄って3 Wayのバッグをクリアランスセールで買った。きいっとお気に入りになると思う。

2012年7月9日月曜日

朝カレー

朝からカレーを食べて、通勤ランで病院へ。月曜はリュックの荷物が多く肩に食い込む。午前中の症例はP先生がパートナー。彼女はなかなか器用だ。術後はIV-PCAでフォローする。
午後2時半からクルズス。びっくりしたのが今週の6名のグループは誰一人も寝なかったこと。うつらうつらさえせず、熱心に話しを聴き質問にも一生懸命に答えてくれたこのような学生さんだと講義する方も疲れない。閻魔帳には〇印しが沢山ついた。今日中に依頼原稿の校正と講義用のプリントを仕上げよう。と再び心に誓った。明日まで晴れで明後日は雨のようだ。今夜の夕食日ひよっとしたら明日の朝食までカレーになるかもしれないが、美味しいから良い。

2012年7月8日日曜日

第一回役員会


飛行機機材の故障で遠回りを余儀なくされ、開始時間にも間に合わなかった自分を皆さん温かく迎えてくれた。協議の合間に自己紹介の時間まで取って頂いた。
協議や報告の後は懇親の時を持つ。東京に赴任してから、飲み方が随分スマートになったような気がする。午後10時までには自ら切り上げ、部屋に戻って就眠する。これまでのことは恥かしくて言えない。写真は成瀬理事とチームて描いた似顔絵。

さて8日日曜日、大阪は晴れ。すがすがしい朝を迎えた。午前6時から淀川河川敷とスーパー堤防の上を走り始めた。太陽も上がっている。汗腺から汗が噴出すが、昨日のアルコールを洗い出してくれているような気がする。
部屋に戻ってシャワーを浴び、着替えて荷物の整理をした。聖日早天礼拝の準備をし、奨励、司会、献金感謝、奏楽を担当してくださる皆さんと打ち合わせ、感謝の祈りの時を持った。
F永さんの奨励は、タラントンの話。与えられた賜物を活かし皆さんにつくし喜ばれることについて話された。F永さんのYMCAとの関わりなどをお聴きする。F永さんの穏やかで誠実な人柄がにじみ出ているお話だと思った。
正午過ぎに会議は終了した。東京品川行き新幹線に乗り込む前に「スタミナたっぷり蒲焼き豚重」を購入し昼ごはんにした。今年は鰻が高値なので穴子や豚肉の蒲焼が売れるそうだ。
病院に寄って溜まったメールや書類をチェックした。気になっていたICUの患者さんはS根先生たちが良く診ていてくれた。看護師さんも何度もベッドサイドに足を運びご家族と話してくれていた。
自宅に帰り新聞受けから新聞数日分や郵便物を取り出した。散髪に行きたかったが、予約で一杯と断られた。冷凍していたカレーを解凍し温め、これ以上美味しいカレーはない!と言えるカレーを食べた。お中元が届いた。中には留守中に3回も届けに来られて自分がいなかった物もあった。宅配の方も日曜の遅い時間がチャンスということを気付いてこられたようだ。

2012年7月7日土曜日

日本ペインクリニック学会そして走る

7月5,6,7日松江市で日本ペインクリニック学会が開催された。
7月4日水曜日夜羽田発島根県出雲縁結び空港へ。リムジンバスで松江駅に着いたときは駅周囲の店が閉まりかける頃だった。F井先生と近くの居酒屋で山陰名産の魚料理と日本酒を堪能した。写真は居酒屋さんのお品書き。締めは駅近くのラーメン屋さんであっさりした塩ラーメン。
5日は早朝ランは宍道湖湖畔を走る。因幡の白兎のモニュメントあり。
嫁が島をバックに記念写真を撮った。午前中は用語委員会での話し合いの後、リフレッシャーコースを受講した。
午後からRail Way(錦織監督)の上映会があった。幼い時の夢だった島根県一畑電鉄の電車の運転手になるという夢をかなえたエリートサラリーマンの物語。転職が49歳で自分より10年若い。同様の思いを持ったことを経験している自分には心に染みるストーリーだった。会長招宴では、佐倉のT上先生や滋賀の福〇先生ご夫妻らと親しくお話しする機会を得た。ヤマタノオロチのパフォーマンスを観たが、ここは神話の国出雲だ。その後焼肉屋さんで二次会でやはりラーメンで締め。
6日の早朝ランは松江城一周往復で約8km。町並みが綺麗でチリが落ちていない。残念だったのは天気がどんよりとした曇りで途中から雨がぱらつき、宍道湖が波立っていたこと。シジミ採りの小船が何艘もでて漁をしていた。
午前中は講演を聴き、午後からポスターセッションの座長「痛みの評価」を務め、後輩たちの発表を3題見せてもらった。予演会でかなりもまれているので完成度が高く。後輩たちは堂々と発表していた。右からM岡、K子、U井先生の発表。

学会懇親会は場所を移して松江フォーゲルパーク(日本最大の花と鳥の楽園。中略。世界最大級の展示温室は一年中ベコニア、フクシアなどの花が満開です。と観光案内に記載)で。
ふくろうがお迎えしてくれた。二次会は松江市内の料亭に移動。その頃になると雷雨となり大雨洪水警報が発表されていた。
料亭は宍道湖畔で波が高くなってきた。雨が止んだ時間を狙って?記念写真を写した。
7日ホテルを朝6時過ぎに出発した。K子先生のレンタカーに自分とU井先生が乗り込み出雲大社に行った。神楽殿の巨大な注連縄(しめなわ)をしっかり観ることが出来た。HPには、「またここに掛かる注連縄(しめなわ)は長さ13メートル、重さ5トンの巨大なもので「国引き神話」の出雲を象徴するかのようです。 」と記載されている。

ちょうど雨上がりで裏山には霧が発生し、まさにパワースポットにいる実感を持った。




出雲縁結び空港に移動し降ろしてもらった。JALカウンターに行くと、9時発の大坂行きが機材故障の為に欠航という。13時までに新大阪駅近くで開催される国際協会ワイズメンズクラブの役員会に行かねばならない。写真は空港のレストランで食べた出雲そばの朝食定食。
時間通りにつくことは諦めて連絡を入れ、羽田経由で大坂伊丹に向かうことにした。写真は羽田伊丹間のJAL機から撮影した富士山。

2012年7月3日火曜日

週の初めは何かと大変、燕三条駅

月曜は早朝からヨーロッパ選手権決勝を観戦して通勤ランだったので、昼間は体力的に堪えた。しかし7月中旬の学生講義の準備は待ってくれない。午後9時過ぎまで準備をして(途中までだが)夕食にさつきに行った。U野先生とO原先生が今しがたまでおられたという。きっと自分が準備で忙しいのを気遣って声をかけなかったのだろうと思った。冷奴、ししゃも(焼き魚)、納豆ご飯に味噌汁の健康的な夕食をしていたら、S根先生登場。チビチビからぐいぐいペースに上がり(何が)、走って帰る予定が電車になった。S根先生、無理せずに帰るようにしてくれてありがとう・・・。
火曜は、気合を入れて生ごみ出しをして、通勤ランをはじめた。途中、ズボンをリュックの中に入れるのを忘れたことに気づいた。家に帰った時はすでに午前6時45分だった。仕方なく電車で通勤することにした。
三〇町病院は膝蓋骨粉砕骨折への骨接合術の麻酔。2,3時間かかるかなと帰りの新幹線の時間を遅くにずらした。が、手術の早いこと早いこと。術者は無駄がなく手を休めないので予想より1時間半早く燕三条駅に着けた。
燕三条駅の一階の食堂に一度行ってみたかった。たれカツ丼650円に引かれた。見た感じは美味しそうではなかったのだが、ほおばるとたれカツの味が口いっぱいに広がった。またご飯が美味しい。食堂のおばさんが「そうでしょう、新潟産こしひかりだから」と答えた。
まだ出発まで時間がある。二階の物産展にはパソコンが4台あって自由に使える。ここでブログを書いた。前にブログ書きに夢中になって新幹線を乗り過ごしたことがある。そんなへまは二度としない・・・

改札口には七夕飾りがあった。「健康を守ってください」とお願いした。誰の?・・・自分の周りには病気や傷ついた人があまりにも多い。…当然か?

2012年7月1日日曜日

朝から26㎞と歌声広場

7月1日は昼から梅雨前線が関東に移動し雨の予報。朝から洗濯や布団干しに忙しかった。午前9時から井の頭公園往復にスタートした。途中、中杉通りからバス道路に入ろうとしたが途中の曲がり角を間違い同じところを回ってしまった。環八から住宅街に入り、中央線をくぐったまでは良かったのだが、井の頭一丁目付近で路地に入り込み何度も同じところを徘徊していた。
やっと井の頭公園についた。雨がぱらぱらし始めたが大したことはない。池を周りながら、井の頭公園とはつくづく相性が悪いと思った。
帰りは井の頭通りを環八に向かって走った。環八から五日市街道に向かったのが失敗だった。ずいぶん遠回りして高円寺にたどり着いた。こんなことなら環八から左折して荻窪から帰った方がうんと良かった。
帰り着いて携帯を見たら走行距離26㎞だった。レトルトカレーの昼食を済ませ、歌声広場が開催される蒲田に向かった。蒲田駅近くのレンタルサロンスタジオ、プリーズ・ユーにはすでに30名ほど集まっておられ一局目が済んだところだった。準備された曲は20曲。文部省唱歌は今回は少なく、一番古い歌が「鐘のなる丘」や「星の流れに」だろうか。

発表された年の世相や曲の背景をダジャレを交えながら説明してくれるK山さんは随分準備されているのだろう。








時にはポケット・トランペットやザ・フーという木管楽器を演奏して場を盛り上げる。またYMCAやワイズ関係の方々とも出会えて楽しかった。





歌声広場は2時間余りで終了し、同じビルの居酒屋さんに場所を移して懇親会になった。どうもアラカンの方が多かったようだ。いつもはもう少し長居するのだが、翌朝のヨーロッパ選手権決勝を控えているので途中退席し帰途についた。
翌7月2日午前3時には起床し観戦。スペインが圧倒的に攻めてスコアは4対0で圧勝した。イタリアがかわいそうになった。
なめこみそ汁にチリメン雑魚と卵をかき混ぜた雑炊を朝ご飯にして、月曜日から通勤ランとした。ああシンド。