2012年5月13日日曜日

日本Schock学会

日本Schock学会が5月11,12日永田町の砂防会館で開催された。ミトコンドリストの道を選択した自分にとって、大いに参考になる学会であることに間違いない。11日の特別講演ではECMO(体外循環による呼吸不全治療)の話があったり、12日の会長賞候補演題の発表には敗血症による臓器不全はしばしば話題に上がった。基礎にしても、臨床にしてもここまで進歩しているのか・・・と思った。重症肺炎と診断され強力な化学療法が施されたにもかかわらず反応しなかった患者さんの聴診をしたところ、心雑音を認め心エコーで僧房弁の逸脱を認めて緊急手術(僧房弁置換)で改善した発表には、自分たちが大切にしている、視診、聴診、触診、打診などの基本診察の重要性に目を向けさせるものもあった。
数年後にはここで発表したいと思ったが、それにしてもこの二日間で脳は腫れあがり、鼻血が出てくるのではないかと思うくらい勉強した。
家人が熊本から来てくれているので、12日はまっすぐ帰った。あるのもので準備したという夕食を見て一品そえようと思った。3回目の挑戦になるが、スペイン風オムレツを作った。見かけだけは一番豪華にできた。

2012年5月8日火曜日

仕事再開

手術室では帽子にマスクなので顔は目立たない?が腕の日焼けが痛々しい。「どうしたのですか(日焼けが)?」の問いには、「高地合宿」と答えた。
学生クルズスでは、眠らないように要所要所で質問し、最後には今日一番印象に残ったキーワードの質問をした。「ECLA」{ECMO」「ウルトラマラソン」と答えた学生には、閻魔帳に◎をつけた。そして記念写真。





ECLAで危機を脱した患者さんがきょう退院された。わざわざICUに挨拶に来られたので、皆で記念写真を撮ったが、涙が出るほどうれしかった。
一年ぶりに術者でCVカテーテルを挿入した。右内頸静脈からエコーガイドに穿刺したので、解剖が良く分かった。助手をしてくれた初期研修医のサンマ君と「さつき」行って乾杯した。関〇先生もあとから駆けつけてくれた。
帰りも走ったので、5月に入って127㎞走った。これでないとウルトラランナーとは言えない・・・などと」勝手に思った。

2012年5月6日日曜日

メガネを注文し教会へ

100㎞走破を達成し、快晴の空を見て思った。今日はゆっくりしよう。めがね屋さんに行った。お気に入りのメガネは度が合わなくなり、フレームがプラスチックなので全体に緩くなっている。思い切って新しいメガネを作った。次に来るまでにはできているので、本番ではそれをかけて走ろう。
教会の礼拝に行った。姉が受付当番をしていた。説教テーマはヨハネによる福音書の15節で、この付近はイエスが弟子たちに対して行った「決別説教」である。世から理解されず迫害を受けようとも互いに愛し合い、正しいことを伝えることを説いている。福島のお母さんたちのことを思い出した。
礼拝後、お茶を飲み料理の師匠の島〇さんと料理談義をひとしきりした。姉が委員長の伝道委員会に顔を出して帰った。夕には東京に帰る。明日から日常が始まる。

山岳コース100㎞トレーニング達成

この連休は阿蘇を中心に100㎞以上走ろうと決めて帰省した。3日練習会で30㎞、4日龍田山を中心に16㎞走った。4日阿蘇スーパーカルデラ100㎞の前半のコースに挑んだ。車を未だ誰も来ていない旧長陽村ヴィーナス(温泉センター)の駐車場に停めた。7時25分スタート。朝食にうどんと柏餅を食べたが、柏餅がやけに胃に重い。最初の約1㎞の上り坂に9分もかかてしまった。ほとんど歩いていた。
そこからはカルデラ盆地を挟んでの向かい側の旧久木野村までは下りが多い。やっと一息ついた。外輪山内側の道を走る。




阿蘇山がくっきりと神々しく見える。快晴で雲がない。顔に日焼け止めクリームは塗ってきたが、短パンの足の防御を忘れている。


旧白水村から高森町に入った。途中のコンビニでポ〇リスエットと白クマ(かき氷)を買い、ベンチに座って食べ始めた。至福の時を満喫する。



これから清栄山の登山口の峠を越えるが高低差400m、2-3㎞続く。なだらかなところ以外は元気に歩く。
頂上が近づく。下の景色は素晴らしい。本番では午前8時には通過するのが完走への道だ。

峠を越えると九州山地の広々とした景色が目を楽しませてくれた。
5年前?制限時間オーバーでリタイアした29㎞地点を過ぎた。
赤羽根から左折して外輪山を横断してカルデラ盆地に向かう。が、途中道を間違って遠回りをした。外輪山からの下りも景色が元気づけてくれた。手元の水は空っぽだったが、高森町村山という地区に入って、自販機でコーラを買って飲んだ。月廻り温泉広場には家族連れがたくさん来ていた。今日は子どもの日だ。
高森からは時間7.5㎞のペースでヴィーナスへ走った。67㎞!8時間かかった。三日間で113㎞のトレーニングの終了。ゆっくり温泉に入った。おなかが空いた。そう言えば朝食から何も食べていない。3400Kcal消費している。桜アンパンを買って食べた。美味しかった。
帰りは渋滞の巻き込まれた。朝は30分で来たのに2時間かかった。しかし途中馬刺しを購入。夕食に花を添えた。顔と足は痛々しく赤く焼けていた。

2012年5月4日金曜日

ひなちゃんの初節句のお祝会

ひなちゃんは初節句を迎える。一日早いが、うちでお祝かいをした。ひなちゃん一家は朝から阿蘇の草千里に行ってきたという。ひなちゃんは初めはジッジを見て警戒していたが、ジッジといってそばに来るようになった。まだママ、パパは言わないのに、ジッジとバアバは言える。
近所のお寿司屋さんから届いた弁当は豪華!だが、ひなちゃんは未だ食べられない。ご飯と納豆、豆腐とジャガイモの味噌汁をたくさん食べていた。





ひなちゃん一家と記念撮影。ひなちゃんがカメラを見てくれるまでに何度取り直しをしたことか・・・






バアバが兜を折り紙で作ったが、かぶせようとするとすぐに手で取り払ってしまう。パパとママが一緒に被ることで、写真を撮る一瞬協力してくれた。





そうこうするうちに、ももちゃん一家が到着した。







ひなちゃんの節句のお祝いケーキをみんなで食べるのだが、ひなちゃんだけは未だ食べられない。




ここで皆で記念写真。前回の経験がいき上手に、しかもひなちゃんが目立つように撮影できた。










ひなちゃんは、ももちゃんが気になって仕方がない。ももちゃんの後をはいはいしてついて回ろうとする。ももちゃんがお兄ちゃんぶって、よしよしすると、加減の判らないひなちゃんは、ももちゃんを叩いてしまう。そこでももちゃんは、怖いお顔をして威嚇したが、ひなちゃんには伝わらなかったようだ。



しかし、最後には仲良くしていたので、良かった。
おまけに、ひなちゃんが、一二歩歩いた。一歳にして初歩行だ。皆からやんやの喝采を浴びた。





ひなちゃんはそろそろお帰りの時間だ。ママに抱っこされて帰ろうとするひなちゃんのお顔が、さびしそうに見えた。もっと遊びたかったのだろうか?





ももちゃんに、パパが一歳の頃だだをこねてひっくり返っている写真を見せた。「これだあれ?」と聞いたら、「ももや」と答えた。そうそう、そっくりだ。ひいおばあちゃんがパパに買ってくれた五月人形の前で写真を撮ってもらい、帰って行った。
孫たちが遊ぶのを眺めながら、写真を撮るのは楽しい。

龍田山を走る

5月4日朝早く起き、O塚さんのお宅に向かった。ひなちゃんの鯉のぼりを立ててくださったのだ。朝早かったので写真だけ写して家にいったん戻った。






今日は龍田山を走る。先ず北バイパスを東バイパスに向かった。引き返し白川を渡り龍田山に上がる。





山頂で写真を撮ったが、タイミングがずれていた。






秋の森、夏の森を走り、






お祭り広場では、高校生や中学生の陸上部が練習をしていた。






市街地を見ることのできる場所まで来た。ここから朝日を拝める。






帰ってシャワーを浴び、病院へM永さんを見舞った。この一か月間の写真を一緒にみながら、解説した。とても喜んでくれた。
帰りに上通りの大宝堂に寄ってメガネの修理を頼んだ。フレームが大分広がってフィットしなくなってきた。明日にはできますと言われたが、6日の教会の礼拝前に取りに行くことにした。
いまから、ひなちゃんの初節句のお祝会をする。7・11でアイスクリームを買って家に帰った。ひなちゃん一家は既に来ていた。

阿蘇スーパーカルデラ100㎞後半戦練習会

5月2日は残り番以外解散が午後6時半過ぎになった。最後の定時手術の帰室と緊急手術の麻酔導入を終え、当直医に「良い連休を!先生は熊本・阿蘇で走り込みをしてくるから!」と挨拶、病院を出たのが午後10時半を過ぎていた。家に帰り、熊本行きの準備を済ませ、風呂に入って就眠。午前1時近かった。阿蘇スーパーカルデラ100㎞の後半50+3㎞の「てれっとウルトラマラソンクラブ」主催の練習会が5月3日開催される。一番早い便で8時30分に熊本空港に到着する。練習会のスタートは8時なので、コースの途中で合流するしかない。
翌5月3日朝午前4時起床し、4時43分の電車に乗った。羽田空港には5時45分に到着し、荷物を預け3番搭乗口に急いだ。文庫本を購入、きつねうどんを食べカニ弁当を買った。弁当は機内で食べた。熊本空港に家人が迎えにきた。運転を代りやまなみハイウエイから瀬の本高原に向かった。車中で着替えた。外は冷たい小雨が降っており風も吹いていた。タイツはロングタイツにしたが、シャツは半袖の二枚重ねにした。100㎞コースの73キロ地点付近から入った。
途中エイド支援の田〇さんの車に着替えを入れたリュックを預けた。暫くは下り坂が続く。
南小国町に入る頃、遅咲きなのだろうか?桃の花が綺麗に咲き誇っていた。いつの間にか雨が上がり、日が射してきた。合戦群(かちむれ)から山に入るが、田〇さんのエイドがあり、フルーツポンチをごちそうになった。高〇さんと久しぶりの対面、東京に3週間ほど滞在して、いろんなところを走ったそうだ。
今回の目的である山岳コースの走り込み。上り坂でつらくなったら、AKBを口ずさんだ。
小〇さんたちが、走るのを休憩して何かを摘んでいた。聞くと、ワラビだそうだ。今日のおかずにするのだろう。





83㎞地点に浜〇さんがエイド開設、いつもお世話になります。





88㎞地点に奥〇亭発見!







カレーライスとスイカのご馳走だ。てれっとクラブの練習会のエイドの充実は有名だ。今回も福岡や鹿児島からも参加者が集っている。





大観峰から阿蘇山を望む景色は凄い。このような所を走れると思うと鳥肌が立つほど幸せを感じる。




象が鼻からの下りは3-4㎞続く、ここでストライドを大きくしてスピードを上げると、膝が壊れる。ストライドを小さくして走ると良いが、AKBの「会いたかった」の乗りではしるとリズムが取れた。
平坦コースに入った。阿蘇はこれから田植えに入る。6月の大会の頃には田植えは済んでいる。





95㎞地点には釘〇さんがエイド開設。釘さんはこれから8㎞を走るという。
道端にタンポポが咲いていた。「たんぽぽや種風に乗り東北へ」





阿蘇温泉病院が見えた。ゴールの直ぐ近くにあり、去年はゴールの後お風呂に入れてもらった。今年もお願いしよう。
ここから右に曲がると500m弱で大会のゴール地点になるが、今日は練習会なのであと3㎞先の東海大学研修所まで走る。





研修所まで残り150m上り坂が待っている。ここがキツイ。





ゴール後研修所内の温泉に入り、皆で食事・飲み会に突入する。それがまた良い。参加者が挨拶スピーチをするが、自分の挨拶の時、奥〇事務局長から過分な追加紹介をしていただいた。
内牧駅まで送ってもらい、JRで竜田口駅へいった。家人が迎えに来ていた。家に帰り、また夕食を食べたようだ。39000歩、1300Kcalを消費したので、そんなものか?
翌朝3時過ぎに目覚めた。やはりリビングのソファーに寝ていた・・・