2011年9月21日水曜日

東京での結婚披露宴デビュー

9月19日の祝日に後輩の結婚式・披露宴が目黒の〇ハウスであった。〇ハウスは以前外国人外交官の家を改造したもののようだ。
自分は濃紺のスーツにえんじのネクタイで参加したが、若者を除くほとんどの男性の参加者は式服(略式服)を着て白系のネクタイを締めておられた。丁度結婚式と披露宴の間に会場に着いた。庭で参加者と記念写真の最中だった。昨日病院近くの歩道で楽しそうに自転車で通り過ぎて行ったカップル(両人は気づいていなかった)だったので、安心した??
新郎側主賓(U先生)の挨拶は格調高く、医師としての責務まで言及された。新婦側主賓(H先生)は、ご自分のお孫さんが病気になられた時のエピソードを交えて、家族の大切さを話された。
感心したのは、ご両親のみならず、両人のGrandmotherに礼を尽し時間を取ってあげたこと。自分が「ばあちゃん子」だったので、この気遣いがうれしかった。
桃ちゃんもひなちゃんも「ジーバー子」にならんかな・・・

2011年9月19日月曜日

土日の思い出

9月17日(土)は「ある土」(週休二日の土曜日ではない日)。朝カンファ、DAM講習、ICUカンファ、スタッフ会議を回っているうちに、午前の時間が過ぎてしまった。締切書類の整理・提出後、「エコーガイド下区域神経ブロックハンズオンセミナー」会場に向かった。会場途中にある熊野神社ではお祭りで賑わっていた。
講師は青森からわざわざお越しくださった佐〇先生で、一つ一つ解剖、ポイントの部分を見つけるコツなど丁寧にご教授いただいた。





交流会ももたれたが、自分は他の会に出席のため中座した。写真は感謝状贈呈。


第二外科学講座主任教授祝賀会に麻酔科を代表して参加した。メジャーな科の主任教授なので、参加者も多く、ご挨拶をされる方も日本を代表する方々だった。O主任教授は教室員全員をステージに呼ばれ、夫々紹介された。また奥様のご挨拶もあり、O先生のお人柄を感じた。

9月18日(日)は家族サービスに徹した。先ずは近所の鷺〇高校の文化祭を見学し、電車を乗り継いで築地市場へ。家人がファミリーハウスの会で9月25日に行くことになっているという国立がん研究センターに行った。センターの一階に入り場所を確認後、長男と落ち合った。
3人で築地外市場で食事をとった。海鮮の丼など結構な値段で確かに美味しいのだが、量が少ない・・・と思った。
それまで大分歩いたので、お腹が空いていたのだろう。10月に来られるサン・アントニオ、ベア郡医師会一行の宿泊予約先に寄り、レストランがイタリアンでベジタリアンにも対応できることを確認した。
今日は目黒での二回目のさんま祭りの日、気仙沼から5000匹のさんまが届いたという。焼き立てさんまに並ぶ気の遠くなるような行列を見て、いつしか目標はガーデンプレイスの恵比寿ビール祭りとなった。
世界のビール祭りが催されていたが、ここも長蛇の列、入り口付近のビアレストランでソーセージをつまみながら、大ジョッキでのどを潤した。
新宿の病院から荷物を取って帰ったが、丁度熊野神社のお神輿しが賑やかに繰り出していた。ちゃんと、「江」と「テンペスト」に間に合うように帰ったので、家人がご褒美に「さんま」を焼いてくれた。
タダの「さんま」や「ビール」をゲットするには、もっと忍耐が必要だと思った。よく熱中症にならなかったと一族の強さを感じた??

2011年9月17日土曜日

茨城に行く

9月15日T医科大学茨城医療センターを訪問した。T医科大学麻酔科の重要な拠点であり、霞ヶ浦に近い。バスの便の良い土浦駅まで常磐線で行き、路線バスで病院に向かった。
病院は八〇子医療センターと同系統の茶色がかった壁で外観が似ている。玄関から中央手術部のある東館へはやや複雑だが、麻酔科部長のM先生に手術部入口で待っていただいたので、迷うことなく着いた。
丁度交代で昼食を食べておられたが、手術室の中をA先生に案内してもらった。手術室は医療機器がすっきりと整理されており広く感じた。麻酔科スタッフ・研修医は、外科系の先生方やナース、コメディカルの皆さんと和気あいあいと仕事を進めていた。茨城医療センターに赴任し20年というY先生に病院を案内してもった。最上階から病院周囲の地理を勉強。霞ヶ浦までかなり距離があることが分かったこと、晴天でかなり暑かったことから、熱中症を避けるために日中のジョッギングは急遽中止した。Y先生が責任者を務められるICUや救急部、外来などを見学させていただいた。
ひょんなことから、看護部長さんが九州のご出身であることが分かった。それではと言うことで、N看護部長さんへの表敬訪問お願いした。宮崎県小林市のご出身とのこと、小林は鹿児島弁なので、二人で話すときは鹿児島弁となった。鹿児島弁でしゃべるのは久々らしく非常に喜んでくださった。
 再度手術室に戻り、全身麻酔の導入や抜管を手伝った。懇親会を荒川沖駅東口の酒亭「か〇くら」で計画していただいたので、荒川沖駅まで歩いて行くことにした。丁度強い地震があったようだが、気づくことなく自衛隊の基地に面した大通りを西に向かった。約5kmで45分ほどで着いた。昼食を食べ損ねていたことを思い出した。スーパーでゼリーを購入して胃袋に入れた。
「か〇くら」はY先生の行きつけとか、料理もおいしく各種の焼酎もあった。Y先生、M先生、H先生、A先生とA’先生の6人での懇親会では、チームワーク良く頑張っていただいていることにお礼を申し上げ、M先生に是非〇〇になっていただくように協力をお願いした。最初の乾杯で、ビールの冷たさがやけに胃粘膜にしみたが、あとは焼酎のお湯割りにして温度調節を行った。二次会も全員参加でスナックに行った。途中まではしっかりしていた・・・が。
荒川沖駅西口のビジネスホテルで5時過ぎに目覚めた。リュックやウエストポーチは部屋に置いてあった。シャワーを浴び、荒川沖駅に向かった。特急フレッシュ常陸に乗車し特急通勤気分を味わったが、特急券購入が必要だった。16日すっきりとした表情で午前中麻酔相談外来の仕事をこなす自分がいた。もちろんM先生には早速お礼のメールを送った・・・

2011年9月11日日曜日

結婚式・披露宴そして京都部会

9月10日姪のCちゃんの結婚式。熊本の草葉町教会でY牧師先生の司式で行われた。前日に熊本入りし、朝から家人と着物をKKRホテルに運び、息子と娘親子をタクシーにのせて会場に行った。教会には信徒さんも大勢来てくださっていた。Cちゃんは幼児洗礼をこの教会で受けている。桃ちゃん一家とひなちゃん親子(母子)は子ども連れ用の部屋から(防音ガラスの部屋)から参加した。
義兄がCちゃんをつれてバージンロードを歩いているのを見て、娘と1年4ヶ月前に歩いたことを思い出した。Y先生のお話は力強く胸に響いた。




子ども連れ用の部屋から泣き声が聞こえた。あとで聞いたら、桃ちゃんが2歳過ぎの女の子とおもちゃの奪い合いをして泣いたらしい。しかし桃ちゃんは一生懸命に拍手をしていた。





KKRホテルでの披露宴は、主賓で祝辞をくださったY牧師夫人(Cちゃんの育ての親)の話しを聴きながら、感激して涙が出てきた。アラカンになり、涙腺が緩みやすくなった。


姉とCちゃんをが並んでいる姿を見て、亡くなった母を思い出していた。ひなちゃんは披露宴に参加してくれたが、泣かず愚図らずお利口にしていた。
披露宴終了後、熊本駅に向かい、新幹線で京都に行った。



9月11日は福知山市でワイズメンズクラブ西日本区の京都部会が開催された。京都部長のMさんや、実行委員長のNさんは兄弟クラブの京都みやびクラブのメンバー、去年から参加することを約束していた。京都駅7時30分発のバスで会場に向かい2時間以上時間がかかるので、九州部からの参加は自分ひとりだった。写真はM部長の開会のご挨拶。

部会の目玉は体育館での大運動会。気合を入れて行ったが、出番がなく、競技を応援したり実行委員の皆さんの働き振りを見たり、会場の周りを走ったりしていた。
最後の方で、MさんNさんのご厚意で玉入れと複合リレーの中の借り物競争の借り物で参加させてもらった。玉入れでは3チームの中で1位(自分が投げたお手玉はあまり入らなかったが・・・)、リレーでも1位だった。最後まで気合を抜かずによかった。
部会の雰囲気は子どもたちのチアリーダーや各クラブも応援団が盛り上げてくれた。
部会の始めと締めの場面でプロのソプラノ歌手の方が歌を歌ってくださった。ここが、みやびクラブの皆さんの企画した格調高い部会運動会であろうと感心した。再び京都駅にバスで戻り新幹線で東京へ、22時過ぎに自宅に帰った。
2日間あっという間に過ぎた。この間、原発関連の単行本、釜山の観光案内ブック、後輩から送ってきた論文に目を通すことができた。疲れたのか、京都ー東京間の新幹線ではほとんど寝ていた。最近、時間の使い方が上手くなってきた感じがするが、どうなのだろう???

2011年9月8日木曜日

ラーメン屋

朝走って病院に行ったが、明日は夕方から熊本に行くので朝は走れない。ということで、勤務を終え午後7時45分に病院を出て速足で歩いて帰ることにした。野方の環状7号線沿いに評判の良いラーメン屋さんがあることを聞いていた。ジョギング姿で行くのは気が引けるので、ズボンに半袖ワイシャツで中に入った。
ラーメンは薄いとんこつ風だが、味が奥深く、スープはあっさりからコテコテまで5段階に、めんの硬さも数段階に分けられており選べる。キムチは自由に食べることができ、生のにんにくが置いてあり、自由に擦って加えることができる。
東京にも、こんなラーメンがあったんだ!と感激した。近くの陸橋から写真を写した。帰りはいつも電車を使っていたが、ラーメンを楽しみに歩くことも良し。しかしこれでは、ウエイトコントロールが難しくなる。

2011年9月7日水曜日

クルズス

 水曜日はクルズス(少人数臨床講義)担当になった。麻酔科では今週から5年生の医学生6名が実習に来ている。午前中は麻酔科のモーニングカンファレンスから始まり、手術室での麻酔導入などを見学したりICUカンファレンスに参加する。月、火の麻酔・ICU症例の担当となり、指導医とともにケースレポートを作成する。レポート評価はU先生の担当だが、レポートの内容は学生さんばかりでなく指導医の評価?にもつながる。ここまで書くと、皆頑張るだろう。
 さて、6名に90分の講義をしたが、始めの50分は患者さんの診察から、リスク評価、麻酔計画までの流れを解説し、レポートの足りない部分に加えるように指導した。
 後半は、昨年熊〇大学の4年生に講義した内容(ペインクリニックと緩和ケア)についてパワーポイントで解説した。
 6名の学生さんは90分間眠ることなく(午後3時からの講義なので、大抵1,2名はコックリする)一生懸命質問に答え、筆記していた。一番盛り上がったのは、自分が阿蘇スーパーカルデラ100㎞マラソンのゴールシーンの写真を見せた時だった。
 反応の良い学生さんの講義をすると、自分も気合が乗ってくる。しかし一番求められているのは、いかに学生さんに麻酔科学・周術期医学に興味を持ってもらい、自学自習の方向にもっていかせるかだ。自分の学生時代はこんなに熱心だったのだろうかと(サッカーには熱心だった)ふと思った。

2011年9月5日月曜日

日曜日の静と動

 8月28日は、10時自宅を出て名古屋へ。ワイズメンズクラブ西日本区中部部会出席。部長の長〇川さん、実行委員長の橋〇さん、ホストクラブの浅〇さんたちとは親しくお付き合いさせていただいている。
写真は長〇川中部部長。
部会のあとの講演会では、東海テレビアナウンサーの高井一氏による「テレビと私とことば」を拝聴した。言葉の持つ怖さや表現の面白さなどを話してくださり興味深かった。
朗読(「雨ニモ負ケズ」と南米「ハープ」の演奏は東北の被害に思いをはせながらも、ハープとは異なる音色の妙を楽しむことができた。中部部会へは二度目の出席だが、格調高い。いつもは元気で挨拶を交わすべきNさんが6月に召天されたので、少しさびしかった。往復の新幹線では読書三昧だった。

9月3日は、「意識下挿管」のハンズオンセミナーと続いての懇親会があった。20時過ぎに宅急便の配送をお願いしていたので、内〇先生に初期研修医と学生さんの「詰め」を託して帰宅し、無事に叔母から送ってもらった「東京ぶどう」を受け取った。写真はハンズオンセミナー講師のK先生への感謝状。

9月4日は、病院に書類を取りに行った。自家用車があるので便利だが、駐車場代が480円だった。
東京の友人に紹介された、荻窪清水教会の日曜礼拝に参加させていただいた。母教会(熊本草葉町教会)と同じ日本基督教団で、礼拝の進行や使用する聖書・讃美歌が同じなので溶け込みやすい。隣に座っている信徒さんは讃美歌の歌声がきれいだった。後でお聞きしたら鹿児島のご出身とか。東京の教会めぐりも良いかもしれない。昼食は荻窪駅近くの春〇屋で中華ソバを食べた。醤油ラーメンの美味しさを、ここや〇福で何十年も前に知った。懐かしかった。

冷蔵庫の中に、賞味期限が切れそうな食材がいくつかあったので、久々に夕食を作った。この一週間で一番豪華な夕食になった。写真は夕食のおかず。デザートにぶどう、納豆ごはんと味噌汁が続いた。ぶどうと言えば、桃ちゃんが熱を出したという。心配だ。
ところでどちらの日曜が静で動?

写真はあとで。