9月10日姪のCちゃんの結婚式。熊本の草葉町教会でY牧師先生の司式で行われた。前日に熊本入りし、朝から家人と着物をKKRホテルに運び、息子と娘親子をタクシーにのせて会場に行った。教会には信徒さんも大勢来てくださっていた。Cちゃんは幼児洗礼をこの教会で受けている。桃ちゃん一家とひなちゃん親子(母子)は子ども連れ用の部屋から(防音ガラスの部屋)から参加した。
義兄がCちゃんをつれてバージンロードを歩いているのを見て、娘と1年4ヶ月前に歩いたことを思い出した。Y先生のお話は力強く胸に響いた。
子ども連れ用の部屋から泣き声が聞こえた。あとで聞いたら、桃ちゃんが2歳過ぎの女の子とおもちゃの奪い合いをして泣いたらしい。しかし桃ちゃんは一生懸命に拍手をしていた。
KKRホテルでの披露宴は、主賓で祝辞をくださったY牧師夫人(Cちゃんの育ての親)の話しを聴きながら、感激して涙が出てきた。アラカンになり、涙腺が緩みやすくなった。
姉とCちゃんをが並んでいる姿を見て、亡くなった母を思い出していた。ひなちゃんは披露宴に参加してくれたが、泣かず愚図らずお利口にしていた。
披露宴終了後、熊本駅に向かい、新幹線で京都に行った。
9月11日は福知山市でワイズメンズクラブ西日本区の京都部会が開催された。京都部長のMさんや、実行委員長のNさんは兄弟クラブの京都みやびクラブのメンバー、去年から参加することを約束していた。京都駅7時30分発のバスで会場に向かい2時間以上時間がかかるので、九州部からの参加は自分ひとりだった。写真はM部長の開会のご挨拶。
部会の目玉は体育館での大運動会。気合を入れて行ったが、出番がなく、競技を応援したり実行委員の皆さんの働き振りを見たり、会場の周りを走ったりしていた。
最後の方で、MさんNさんのご厚意で玉入れと複合リレーの中の借り物競争の借り物で参加させてもらった。玉入れでは3チームの中で1位(自分が投げたお手玉はあまり入らなかったが・・・)、リレーでも1位だった。最後まで気合を抜かずによかった。
部会の雰囲気は子どもたちのチアリーダーや各クラブも応援団が盛り上げてくれた。
部会の始めと締めの場面でプロのソプラノ歌手の方が歌を歌ってくださった。ここが、みやびクラブの皆さんの企画した格調高い部会運動会であろうと感心した。再び京都駅にバスで戻り新幹線で東京へ、22時過ぎに自宅に帰った。
2日間あっという間に過ぎた。この間、原発関連の単行本、釜山の観光案内ブック、後輩から送ってきた論文に目を通すことができた。疲れたのか、京都ー東京間の新幹線ではほとんど寝ていた。最近、時間の使い方が上手くなってきた感じがするが、どうなのだろう???
2011年9月11日日曜日
2011年8月22日月曜日
夏休み
自分の夏休みは、8月14日の週で、前半は東京でデスクワーク、後半は熊本へ帰省となった。17日熊本へ、入院中の大切なお友達二人をお見舞い。一人は丁度お姉さんご夫婦がお見舞いに来ておられ、話が弾んだ。もう一人は体調を崩したのに仕事を無理したらしくきつそう。元気になってブログへのコメントをしてねと励ました。夜は娘一家と夕食、ひなちゃんと遊んだ。
18日は午前中に二人の友人に会いに行った。可愛いワンちゃんともお友達になった。そして自家用車で北九州門司にあるフェリー港に向かった。
予想外に早く着いたので、門司港レトロに行き、名物の焼きカレーを食した。フェリーには約34時間乗るので、食料と飲み物も調達した。
豪華船旅のつもりで大型フェリーに乗り込んだ。讃岐うどんと肉巻きご飯、牛丼は船で注文できる。あとは自販機だが、種類も多く値段も陸で買うのと変わらない(割高でない)。自由に熱いお湯も使用できる。また船内にはお風呂もあり、大人で6人ぐらいは入れる。24時間使用OKなので嬉しい。
乗船した日は雨模様で心配したが、19日は薄曇りで時々日が差した。甲板での日光浴としゃれ込んだが、甲板にプールがあるわけでなく、フライパンの上にいる感じだった。それでもベンチに寝そべって海を眺め潮風に当たった。昨夜来、千葉の男性と話す機会があった。高千穂の親戚のもとに行ったという。記念写真をうつした。
「甲板で日光浴して熱中症」
「飽きもせず海を眺めて夏休み」
伊勢半島だろうか?幾重にも山が連なる景色が見えた。海に近い方から順に高い山々があるのだろう。
「幾重にも重なる山や鰯雲」
さすがに沿岸フェリーと思ったのは、結構携帯がつながること。i modeでインターネットも観ることができるし、TVも付く。時々受信が悪くなるが、船旅と思うと気にならなかった。資料や小さなパソコンも持ち込んできたので、仕事もできた。
明け方、揺れを感じた。じっとしているとなかなか止まない。地震?と一瞬おもったが?考えたら船の上にいて航海中だ。安心した。
20日5時過ぎ東京港のフェリー発着場に着いた。小雨が降っていた。初めての首都高速もナビが助けてくれた。無事に家に着いたが、法定点検の日が過ぎていることに気付いた。近所のディーラーに持っていき、点検を頼んだ。近所の道は幅が狭く、一方通行や時間帯での進入禁止が至る所にある。情報を求めて都立家政駅横の交番に行った。お巡りさんからは、自分たちも良く分からないので交通標識を守るようにとのアドバイスがあった?
20日の夕から医局主催の納涼会に参加した。たまっていた仕事もあり、飲んでいる時ではない!のではあるが、これも大切な仕事・・・
スウェーデンから研究チームも来てくれ、手術室やICUのナースも参加してくれたので大変華やかだった。
いつものように楽しく過ごした。
二次会では「さ〇き」へ。小さなお店が一杯になった。ここでは好きなだけ焼酎を飲み、気合を入れてタクシーで帰った・・・らしい。自宅近くのコンビニでカップアイスクリームを買い、舐めながら自宅に戻ったらしい。翌朝の家人のお小言が、心地よかった。
18日は午前中に二人の友人に会いに行った。可愛いワンちゃんともお友達になった。そして自家用車で北九州門司にあるフェリー港に向かった。
予想外に早く着いたので、門司港レトロに行き、名物の焼きカレーを食した。フェリーには約34時間乗るので、食料と飲み物も調達した。
豪華船旅のつもりで大型フェリーに乗り込んだ。讃岐うどんと肉巻きご飯、牛丼は船で注文できる。あとは自販機だが、種類も多く値段も陸で買うのと変わらない(割高でない)。自由に熱いお湯も使用できる。また船内にはお風呂もあり、大人で6人ぐらいは入れる。24時間使用OKなので嬉しい。
乗船した日は雨模様で心配したが、19日は薄曇りで時々日が差した。甲板での日光浴としゃれ込んだが、甲板にプールがあるわけでなく、フライパンの上にいる感じだった。それでもベンチに寝そべって海を眺め潮風に当たった。昨夜来、千葉の男性と話す機会があった。高千穂の親戚のもとに行ったという。記念写真をうつした。
「甲板で日光浴して熱中症」
「飽きもせず海を眺めて夏休み」
伊勢半島だろうか?幾重にも山が連なる景色が見えた。海に近い方から順に高い山々があるのだろう。
「幾重にも重なる山や鰯雲」
さすがに沿岸フェリーと思ったのは、結構携帯がつながること。i modeでインターネットも観ることができるし、TVも付く。時々受信が悪くなるが、船旅と思うと気にならなかった。資料や小さなパソコンも持ち込んできたので、仕事もできた。
明け方、揺れを感じた。じっとしているとなかなか止まない。地震?と一瞬おもったが?考えたら船の上にいて航海中だ。安心した。
20日5時過ぎ東京港のフェリー発着場に着いた。小雨が降っていた。初めての首都高速もナビが助けてくれた。無事に家に着いたが、法定点検の日が過ぎていることに気付いた。近所のディーラーに持っていき、点検を頼んだ。近所の道は幅が狭く、一方通行や時間帯での進入禁止が至る所にある。情報を求めて都立家政駅横の交番に行った。お巡りさんからは、自分たちも良く分からないので交通標識を守るようにとのアドバイスがあった?
20日の夕から医局主催の納涼会に参加した。たまっていた仕事もあり、飲んでいる時ではない!のではあるが、これも大切な仕事・・・
スウェーデンから研究チームも来てくれ、手術室やICUのナースも参加してくれたので大変華やかだった。
いつものように楽しく過ごした。
二次会では「さ〇き」へ。小さなお店が一杯になった。ここでは好きなだけ焼酎を飲み、気合を入れてタクシーで帰った・・・らしい。自宅近くのコンビニでカップアイスクリームを買い、舐めながら自宅に戻ったらしい。翌朝の家人のお小言が、心地よかった。
登録:
投稿 (Atom)

















