2011年2月17日木曜日

学生さんと走るそれから採点

今週クリクラに来ているH’さんは1キロ以上走ったことはないと言っていたが、5㎞をついてきたので大したものだ。病棟の患者さんからのスイカのおすそ分けも一緒に頂いた。今週は自分の手術が3例あり、透視下神経ブロックも見学できたので、幸運な学生さんだと思う。これが麻酔科入局につながるように祈る。
7時過ぎから今日の外来のコンピューター打ち込みを済ませ、〇〇学院の試験の採点を始めた。記述式は何か書いていたら10点を出席で上出来の答え一つに2点、特上の答えは5点の上積みをしたが、何と再試・レポート提出者が合わせて10名以上になった。自分の教え方が悪いのか?学生が勉強しないからなのか?メールで再試の問題を送ったのが0時を回っていた。こんなに先生は苦労しているのだぞ、と学生にも教えたい。それよりも、全員合格させたいというこっちの意向を理解して、再試・レポートに望んでほしい。
写真は後で

2011年2月16日水曜日

バレンタインデイと講演会

2月14日は月曜日でバレンタインのチョコレートがたくさん届いた。しかし、15日には医師会の学術アーベントでの講演会があり、準備のために午前様になった。タイトルは「慢性痛との戦い:熊本地域医療センターでの20年間の経験から」と大上段に決めた。統計や事例、海外論文や自分の論文の紹介を80数枚のスライドを使って説明する。やっと準備が済んだのが0時を回っていた。
さて15日、事務局に贈ったはずのPower Pointが届いていなかったり、自己紹介の書類が改訂版でなかったりで、講演会の始まる1時間前はバタバタした。しかし、本番に強い・・・のが、いざ講演会が始まったら落ち着いて話していた。
質問コーナーで「どのようにしたら気持ちを切り替えるとができるのか?そのように優しくできるのか?」という嬉しい質問があった。謙遜して「飲んで走るからでしょうか?」と答えたが、もう一つ、月2,3回に出席する教会礼拝で牧師さんの説教を聴きながら、優しくならなくてはと自分に言い聞かせるもう一人の自分がいるのが本当の答えかもしれない。 写真は後で。

2011年2月14日月曜日

両親の記念会

両親の記念会を、2月12日母の命日近くの休日に姉一家とともに行う。2月13日夕から、7名が集まり思い出を語り、会食を共にした。両親が召天しそれぞれ21年と14年が経った。その間3人の孫が結婚した。父の酒(焼酎)飲みの遺伝と、母の患者さんに優しかった遺伝?は受け継いだようだ。
自分の結婚指輪は銀のネックレスに通して首にかけている。霧島で露天風呂に入った時にそのままにして入ったので、酸化して茶色になった。エルサンク(買ったお店:友人の)に行って直してもらおう。

2011年2月12日土曜日

DBC交流(熊本むさし&京都みやび)

DBC(Domestic brother club)例会が霧島温泉にある旅行人山荘で開催された。我が熊本むさしクラブから11名、京都みやびクラブから9名、鹿児島クラブから4名、岩国から6名、熊本みなみ、にし、ジェーンズクラブから各1名の計33名が参加され大盛況の例会となった。
旅行人山荘は新燃岳火口から直線距離で7㎞。マスコミの報道では危険地帯といった印象があったが、灰も降らず、旅館までの間に山があることもあり、安全地帯にあった。露天風呂はほど良い温度で顔や上半身の出し具合で何十分も浸かっていることができた。例会では両会長、桑原九州部部長、上村交流主査の挨拶も、参加した皆さんの自己紹介もユーモアに溢れ会は温かさに包まれた。
料理も多く、一つ一つが美味しかった。新燃岳噴火の影響でキャンセルもあるようで、今回の「命がけの団体」一行は大変歓迎された。とは言え、中堀次期九州部部長からは安全であるという報告はもらっていた。
支配人からは地元の焼酎「佐藤」の一升瓶がプレゼントされた。高本会長の開会点鐘は焼酎「魔王」の500ml瓶で代用。良い音が出るように、会の前に少し飲んで調整しておいた。写真は記念品交換
 みやびクラブの皆さんとの交流の度に元気をもらっている。中締めの後、部屋に戻って二次会が始まったが、私は土曜日の外来があるので、アルコールを飲んでいない(飲めない)米村さんの運転する車で、高速道路を通って帰った。家に着いたのが11時頃?だったと思う。

 時間を巻き戻す。11日は朝7時に家を出発。待ち合わせの九州高速道の緑川パーキングに着いた。そこには入佐さん、岩本さん、秋吉さんが既に到着して待っていてくれた。えびのSAでいったん休憩をとり、京都みやびクラブとの待ち合わせ場所の鹿児島水族館「いおワールド到着。みやびの皆さんと巨大なジンベイザメの食事やイルカのショーを楽しんだ。
 次に行ったのが仙巌園(磯庭園)・尚古集成館。レストラン松風軒で鹿児島の郷土料理の昼食を摂り、桜島をバックに記念撮影。


しかし桜島が写らず。庭園や薩英戦争で使ったらしい大砲の前での記念写真で記録を残した。
自分の車には、前さんご夫妻と堀会長そして家人の5名乗車。いろいろな話ができて楽しかった。桜島が噴煙を上げたとこも見ることができて良かったと。霧島温泉に向かったが、避難をしている様子もなく、新燃岳山頂は雲に隠れていた。

2011年2月9日水曜日

今週も学生と走る

今週のクリクラの学生K君はゴルフ部、外来では自分のサポートを良くしてくれる。先週の大学病院の実習とは全く違う世界にいる。分単位の世界から週単位の世界を見る。「どうだい、麻酔科の守備範囲は広いだろう・・」この言葉はよく理解してくれたようだ。
今週は会議が多くしかも祝日で1日少ない。今日は会議の合い間を利用して、白川河川敷の30分走(約4㎞)をした。ちゃんと写真に記録を残した。ゴルフは1ラウンド90くらいでしょうか・・と謙遜していたが、自分は120を切れず23年前にゴルフから離れた。そう思うと、すごい学生さんだ。麻酔科に入らないかな・・・

2011年2月6日日曜日

親栄会食事会とドクターズ理事会

2月4日の親栄会食事会は、和食、フランス料理、ステーキと3か所に分かれての選択だった。イモ焼酎のお湯割りに合うのは和食という単純な理由で和食を選択した。会場の城見櫓からは熊本城が正面に見える。フランス料理やステーキの会場は20名以上集まったようだが、和食は8名。そのうち2名が病棟の仕事で来れなくなり、わずか6名の食事会になった。親栄会世話人のIさんと自分が男性で、女子会に合流した気分だった。食事はさすがに美味しかった。記念写真を撮ったが、熊本城は後ろに写っていた。終了後病棟師長と主任と3人で「なごみや」でハーフサイズのラーメンを食べ、プラス1にいってカラオケを歌った。このぐらいの元気がないと厳しい医療界は生きていけない・・?


2月5日(2月の第一土曜日)は熊本ドクターズ理事会の日、25名が参加し今年度の活動を検証し、来年度の計画を立てる。喧々諤々の議論は2時間を超えた。以前事務幹事(取りまとめ役)をしていた頃は、準備が大変だった。今は副会長なので気は楽だ(失礼)。事務幹事のY先生の四苦八苦しながらの議事進行だったが、さすがにまとめあげた。懸案の世代交代を見据えた副会長選考は、「理事会を終えて親睦会に移ってからの話し合い」を提案した。結果、G先生を全員一致で推薦しG先生も受けてくれた。推薦理由「一番サッカー部から恩恵を受けているから」??理由の詳細はひみつ。

日曜は教会礼拝と病院診療、そして夕からのラン。今週も北バイパス大往復をしたが、途中子どもさんを自転車に乗せ、坂道を駆け下りる逞しいお母さんに遭遇した。

2011年2月3日木曜日

最終講義と3週連続学生さんと走る

 2月1日は学院での最終講義、次週は試験となる。国家試験対策に作成した50問を解説しながら授業を進めた。途中ざわめき学習手法を取り入れたり質問をして、学生の参加意識を高める工夫をした。これらの問題はプールして試験に出すことがある。学院の方に平成20,21,22年度の国家試験問題を送ってもらった。ここまで言ってて試験ができなかったら、どのようにして救くおうか?やはり記述式も入れておこう!
 そして夕方、今週クリニカルクラークシップの山〇さんと白川沿い7kmラン。彼女はソフトテニスの部活をしているらしく、キロ7㎞ペースでは平気でついてきた。市外の出身なので、熊本市の常識をいろいろ教えてあげたら感心していた。