2009年6月7日日曜日

第12回西日本区大会

6月6(土)7(日)日にワイズメンズクラブ国際協会第12回西日本区大会が熊本で開催された。6日は阿蘇スーパーカルデラ開催日で重なったため今年は参加しなかった。
 さて、在熊9クラブはそれぞれの役割を分担した。我がむさしクラブは、メネットアワー(家人がメネット事業主任を1年間務めたので仕上げを飾る!)と聖日礼拝(説教をお願いした山下先生が熊本草葉町教会の牧師さんなので教会員の村〇さんが礼拝委員長、献金感謝を山〇さんにお願いした)を担当した。またむさしクラブの今〇会長は登録委員会委員長(旅行業をなさっているので引きうけていただいたのだが、この一年間を通して実行委員長の次に仕事量が多かったと拝察)、米〇直前会長がユニフォーム委員会委員長(様々な意見を何とかまとめた・・・皆さん思い入れが強いから・・)、米〇さんと若手のホープ岩〇さんが総合司会を、そして私が医務・新型インフルエンザ対策を担当した。
 5日(金)の前夜祭には、Oさんの前夜式から直行、既に食べ物はほとんど無かったが、全国から集まった仲間と旧交を温めた。
 6日会場入り口はスペシャルオリンピックス運動を全国に広げた中村さんが丸山ハイランドから持ち込んだ木々で作ったアーチとスペシャルオリンピックスのアスリートたちが来場者を迎えていた。
今期最期の西日本区役員会に参加した。クリスチャニティー特別委員会委員長は準役員の立場であるが、任期は決まっていない。暫くは毎年の役員の皆様とのお付き合いが続く。
 メネットアワーでは西日本のメネット活動を示す飾り付けがきれいに掲示されていた。1年間の活動が報告され、国内メネット事業の発達障がい者へのプログラムリーダー研修会の報告も行われた。無事に次期のMメネットの事業主任が引き継がれた。
家人もメンバーであるトーンチャイム秋桜倶楽部のみなさんが音楽をサービスしてくださった。トーンチャイムは一つの音しか出せないが、多くのトーンチャイムが加わって美しい音楽になる。今期のメネット活動がトーンチャイム演奏に例えられるのかもしれない。ご苦労様。
 EMC2000推進委員会の会合では、次期の目標が提示されたがかなり高い目標だった。熊本みなみのUさんと西中国部の高〇が副委員長になった下さったので、少し気が楽になった。がDブロック(西中国と九州部)の責任者はそのままだった。
 熊本高校オーケストラの演奏フィンランディアで開会式は始った。
総合司会は米〇、岩〇ワイズで、
むさしクラブのメンバー。クラブ会長バナーセレモニーでは今〇会長、兄弟クラブの京都みやびクラブの北〇会長が堂々の入場をされた。
 一日目は来賓挨拶、熊本ヤングクラブ国際協会加盟認証状伝達式、 ミュージカルYのパフォーマンス、各部長の事業報告など盛りだくさんの内容。中でもワイズの大先輩である岡〇さんが奈良傳賞を受賞された。これまでのご苦労に感謝。熊本にしクラブが、東京西、京都ウエスト、大阪西、神戸西との国内兄弟クラブ(DBC)締結式では、念願のペンタゴンが叶い感激した。 

懇親会は、熊本らしいおもてなしを・・と企画されていた。山鹿灯篭、ジェーンズクラブのメネット・コメットによるパフォーマンス、サンバおてもやんの全員踊りなどなど・・・ ここでは、参加下さったクリスチャニティー特別委員会委員が集まり顔合わせと記念撮影を行った。感謝。
二次会から、京都みやびクラブとの懇親会に参加し帰宅した。

 二日目は聖日礼拝から。礼拝はむさしクラブの担当。日本キリスト教団熊本草葉町教会の山下牧師の説教は「熊本バンド無くば」というタイトル。紹介された聖書の箇所は使徒言行録16章6~10節で、パウロが宣教に行き詰まり二回も計画を変更せざる得なかったことが記されている。しかし、マケドニア(ギリシャ)にパウロが渡ったことにより、キリスト教はヨーロッパに広がった。確実な対象理解の下、熊本バンドから始った日本のYMCA運動との対比は鮮やかであり、「熊本バンド無くば 京都に同志社無く、同志社無くば YMCA無く、YMCA無くば ワイズメンズクラブ無く、ワイズメンズクラブ無くば 自分も無し」の言葉が胸にしっかりと残こった。礼拝委員長の大役を果たしたMさん、献金感謝を担当されたYさんに感謝。
 家人が一年間務めたメネット事業主任も活動報告と表彰で大方が修了する。兄弟クラブの京都みやびクラブが最優秀メネット賞を受賞。良かった。またFF資金贈呈式では、むさしクラブの推進事業のたんぽぽハウス支援が、カンボジア地雷廃絶やタイ少数民族里親支援事業と共に選ばれ支援金が贈呈された。理事引継ぎ、役員引継ぎも無事行われ大会は終了した。準備していたAEDを使用することも無く、医務室の利用もなかった。参加してくださった皆さんはほとんどが満足して帰途につかれた。熊本城観光のエクスカーションに家人と参加した。本丸御殿での食事は、なかなか空きが無くできないのだが、特別に食べることができた。次次期メネット事業主任の坂〇さんと、不思議なきっかけから家人と出会うことができた。これも神様のお導きだろう。写真は坂本さんご夫妻と本丸御殿で昼食。
 西日本区大会の大成功には信じられないほどのエネルギーが費やされた。一生青年でありたい。

0 件のコメント: