2014年2月15日土曜日

最終調整

15日、朝10時ごろから北バイパスを走る。明日は8,9㎞付近を走っている頃だろう。曇っているが、時々晴れ間から日差しが入って暖かくなる。
金峰山の雪は溶けたようだ。







このコースは坂道があるのでトレーニングにはもってこいだ。しかしスピードを上げると右足のふくらはぎに違和感が走った。前に見える丘の中腹に我が家がある。
午後から姉のところに行って教会の献金を預け、かえって日本ペインクリニック学会の用語集の仕事をした。



夕食前にゼッケンをシャツに安全ピンで付け、シューズに時間計測のチップを取り付けた。明日の走る服装に着替えて、預ける袋にコートや上下ジャージが入ることを確かめた。





写真は明日の服装に、ポンチョをかぶったところ。
娘がスノーボードを取りに来た。明日は自分の応援はパスして家族で雪遊びに行くようだ。明日の夜は鶴重で飲み会だろうか?

2014年2月14日金曜日

熊本城マラソン受付

14日朝、気温2度。阿蘇の山々は雪景色。幸いにも熊本市内は雪は積もっていない。北バイパスを軽めに約9㎞ジョッギングをする。
午前中に鹿児島銀行に行き住所変更を済ませ、辛島公園で熊本城マラソンの受付をした。まだTVカメラのクルーは残っていたが、一番受付にやってきた人たちの撮影は終わったようだ。

ゼッケンやチップを受け取り、新市街アーケードに行った。グッズの販売やスープのサービスなどおもてなしのブースが並んでいた。







熊本市の子どもたちや、職員さんたちが作ったポンチョ(雨風を防ぐビニール袋)のサービスもあった。
O崎さんの事務所に行き、確定申告の書類を作る。駐車場の管理会社が変わったり、借りる方の入れ替わりのために払い戻しや手数料などの差し引きを細かくチェックしてくれる。やっぱりプロだなと感心した。しかし無事終了し、家人とO崎さんの新築のご自宅で奥様からお茶のご接待を受けた。


食料を買い出しして帰ったが、ふと記念Tシャツをもらってきてないことに気付いた。バスで310円交通センターに行き、新市街から下通を歩いた。前任地で一緒に仕事をしたT群先生親子と会った。城下町4㎞を歩くという。トタン屋根のケーキ屋さんこと「あらもーと」さんとも会った。当日は流通団地でボランティアをしているそうだ。
家に戻ると、ひなちゃんが来ていた。絵本を4冊読んであげた。パパ、ママも仕事を終えてやって来た。車なので一緒に飲めなかった。娘からはバレンタインのチョコレートをプレゼントされた。嬉しかった。










2014年2月13日木曜日

暖かい南九州で走り込む!のはずが・・・

11日、5時に起き、6時過ぎに荻窪の家を出た。7時30分には羽田空港の手荷物預かりに並んだ。8時10分発JAL鹿児島行きに乗り込んだ。飛行は順調で定刻前に鹿児島空港に着いた。
鹿児島の実家にいた家人と合流して種子島行のプロペラ機に乗り込んだ。



桜島上空では大正3年の大爆発で大隅半島と地続きになった場所がはっきりと見えた。大隅海峡は、白波が立ち航行する船はあまりなかった。





種子島に着くと、冷たい北西の風が吹いていた。朝の東京よりずっと寒い!レンタカーを借り、お墓に備える花と柴を買った。種子島の家には半年ぶりなので、先ず大掃除から始まる。写真は庭のほころび始めた梅。


今日鹿児島に行っているはずの従弟から電話が来た。海が荒れて高速艇は全て欠航したという。
予定変更で、従弟や友人らに声を掛け、5名での会食となった。おろしショウガをたっぷり入れた寄せ鍋と、新鮮な刺身。ビールは一杯で終わり、種子島の焼酎のお湯割り。写真を撮ることも忘れて飲んでいた。写真は種子島ロケットマラソンのポスター。10年以上前に3回くらい走った。多分4時間台で走ったと思う。




12日、朝港に走った。昨日より風は弱いが種子島のようでない気温だ。高速艇は航行している。13日に鹿児島に渡る予定だったが、今日中に渡ることにした。
墓参りをした。母の命日だ。母の好きな白百合を供えた。
親戚に挨拶し、12時前にホテルニュー種子島に行った。



少しは郷里のために恩返しをせねばならない。従弟の紹介で島の奉仕クラブに入りライオンとなった。昼の例会は1時間で終了した。
平日に種子島にいることは少ないので、市役所、銀行、JA、駐車場を管理してもらっている建設会社などに住所変更の手続きや固定資産税の確認、共済保険などの確認、挨拶をすることができた。




市役所には自分の祖父の銅像がある。一緒に写真を撮ったが、やはり似てなかった。







西之表市役所の前に、姉妹都市や友好都市のパネルが飾られていた。
15時発の高速艇は指宿経由だが、意外と大隅海峡は穏やかだった。





鹿児島に着いた。タクシーの運転手さんから、急に冷たい風が出てきたと言われた。義母を見舞った後、スーパーで買い物をして夕食は鍋料理になった。
13日、朝から冷たい雨が降っていた。グランドコートを着て、傘をさして走った。約1時間、ブランドコートはグッショリと濡れ、靴も濡れてしまった。
義母と老人ホームに入所中の叔母を見舞った。鹿児島から熊本へは新幹線で1時間弱で着いた。
熊本では雪が降り始めていた。今夜は積もりそうだ。暖かい南九州で走り込んで来る・・・とマラソン仲間に言ってはきたが、予定とは全く違った天候になっている。
ひなちゃんの保育園にお迎えに行った。車の中では歌を二曲歌ってくれた。




お礼に木の鉄道(BRIOのRAILーWAY)を作ってあげた。外は雪が激しくなった。明日までに積もりそうだ。何てこった!

2014年2月10日月曜日

久しぶりにももやに会う!

雪だるまの横に立つ桃屋の写真が送ってきた。ひょっとして熊本から東京に帰って来たのかな?長男とあやちゃんにメールすると、やっぱり帰っていた。恵比寿駅のアトレで野菜サラダとおかずを少し買ってももやのところに行った。
ももちゃん、いちごちゃん喜んで迎えてくれた。長男も帰っており、あやちゃんの手作り夕食をご
馳走になった。
いちごちゃんも骨折の前脚も癒え、ジャンプも上手になっていた。
ももちゃんは喜んで飛び跳ねていたが、飛び跳ねるたびにパパに怒られていた。
自分は明日の朝種子島に帰省するので、夕食を済ませたら荻窪に帰った。

2014年2月9日日曜日

都知事選挙

9日は都知事選挙の日。4時半ごろ女子モーグルのTV観戦から眠れずに起きていたので、朝食をお餅2個、野菜サラダ、ハムエッグで済ませて帰省の準備をした。





7時過ぎに選挙の投票所に行ったが、雪が溶け始め道路は凍り、屋根は雪が落ちそうになっていた。
投票場は、旧小学校にあるが、杖歩行の年配の方から「雪が積もると年寄りには難儀だね。」と言われた。
10時には再び家を出てT医科大の本部へ。一般入試の面接試験監督を務めた。こちらの試験も一時間遅らせて始めたので、終了が18時30分になった。

2014年2月8日土曜日

大雪が週末の予定を狂わす

8日土曜日は、ANA12時15分羽田発で熊本に行き、友人の税理士事務所で確定申告の準備をすませて、18時から大学の同窓会に出席する。9日日曜日は、朝一番で東京に帰り、T医科大学一般入試に入る予定にしていた。が、大雪のために12:15以降の便は全面欠航になってしまった。
10時半ごろ羽田空港国内線に着くと、既に午後からの全面欠航を決めたJALの客が流れてきたのだろうか、大混雑になっておりTV局のクルーも来て撮影をしていた。
旅行業の友人からのアドバイスの通りに、天気のことや明日いちばんで帰る予定にしていたことをANAカウンターで話しキャンセルしたいと申し込んだら、旅割21なのに全額キャンセル料なしにお金が返ってきた。すばらしー!


新宿に戻り、メトロ食堂街でパーコカレーを昼食にした。ハルクに寄ってマラソン用の長そでシャツとふくらはぎ用のサポーターを購入した。
あまりに寒く、雪が激しく降り出したので丸ノ内線で西新宿に移動し、病院に戻った。
救急外来の前から医局のある新棟に行く途中、雪に自分の足跡が残った。



病院で校正の仕事をしていたら、ドアをたたく音。U野先生が眠そうな顔をして立っておられた。夕食を一緒にと「さつき」に電話するが出ない。オーナーの「あっちゃん」の携帯に電話した。「雪がひどいので、家に籠っています。」との返事だった。が、U野先生お昼に行った荻窪の萬龍軒からもらったチャーハンと餃子、それにシチューが夕ご飯になった。ごちそうさまでした。
帰りは雪が激しく降っていて、20㎝以上は積もったみたいだ。帰りがけに寄って、よく野菜サラダや牛乳を買うスーパーのネオン看板に雪が積もっていた。

2014年2月1日土曜日

浅草散策

医療安全部のM先生から浅草散策と食事の提案があり、喜んで参加した。先ず、留学生二人、医療安全部のF師長とYナース、U野先生と自分が押し上げにある東京スカイツリーに向かった。
 
 
 
 
 
 
M先生情報では20分待ちとのことだったが、何と80分待ち、諦めてコーヒーブレイクとした。
16時浅草寺に到着、M先生はうら若きS先生、H先生とともに待っておられた。
お参りの後、隣にある花屋敷に行った。そこでは昭和28年から活躍している還暦ジェットコースターに乗ることになり、代表して留学生二人とU野、H先生が乗り込んだ。




自分は庭を散策、その昔、大正天皇が幼少のみぎりお忍びで訪れたことがあるという、紹介文を見つけた。
浅草はM先生の地元で庭のようなところと言う。美味しいお好み焼き屋に連れて行ってもらった。肉も美味しいが海鮮お好み焼きのベリーグッドだった。
二次会はホテルのバーで夜景を楽しみながっらリッチな気持ちになった。翻訳仕事のご褒美に違いないと思った。