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2015年6月30日火曜日

月末の日

30日、三〇町病院の手術も無事済んで患者さんを病棟に戻した。帰りは予定より30分早い時間の新幹線に替え座席をとった。東京に向かって左側の窓側の座席なのでいつもと違う景色を楽しむことができた。東海道新幹線では火災が起こって亡くなった人が出たというニュースが入った。上越新幹線は安全に走っていた。東京駅で広島駅あなご弁当を買った。病院に帰って弁当を食べ、アドバンストケアプランニングの勉強を始めた。

2014年2月1日土曜日

浅草散策

医療安全部のM先生から浅草散策と食事の提案があり、喜んで参加した。先ず、留学生二人、医療安全部のF師長とYナース、U野先生と自分が押し上げにある東京スカイツリーに向かった。
 
 
 
 
 
 
M先生情報では20分待ちとのことだったが、何と80分待ち、諦めてコーヒーブレイクとした。
16時浅草寺に到着、M先生はうら若きS先生、H先生とともに待っておられた。
お参りの後、隣にある花屋敷に行った。そこでは昭和28年から活躍している還暦ジェットコースターに乗ることになり、代表して留学生二人とU野、H先生が乗り込んだ。




自分は庭を散策、その昔、大正天皇が幼少のみぎりお忍びで訪れたことがあるという、紹介文を見つけた。
浅草はM先生の地元で庭のようなところと言う。美味しいお好み焼き屋に連れて行ってもらった。肉も美味しいが海鮮お好み焼きのベリーグッドだった。
二次会はホテルのバーで夜景を楽しみながっらリッチな気持ちになった。翻訳仕事のご褒美に違いないと思った。

2013年7月10日水曜日

言い訳

朝6時頃には気温も上がって走る気力がなくなる。それよりしっかり朝ご飯を食べてシャワーを浴びて早く病院に行った方が朝の時間が効率よく使える。写真は9日朝の空。右側がT医科大学。



ひと雨降って涼しくなった夜に走って帰るとよい。走るので飲み屋に寄り道しない。コンビニで夕ご飯のおかずを買えば良い。
と言うわけで、朝走るのが嫌になった言い訳でした。写真は高崎付近の風景。陽射しが強く暑そう!

2013年4月21日日曜日

新入医局員歓迎会


20日はT医科大学麻酔科学講座の新入医局員歓迎会が明治記念館で開催された。写真は記念館ロビーに飾ってあった五月人形。桃也と陽太の五月人形は飾っただろうか?
今年は2名の新入医局員N山、N島先生の入局と民間病院に就職されていた西〇先生の医局完全復帰を祝った。
スーパーポリクリで麻酔科実習をしている学生さんも3名参加してくれた。
会の最後の挨拶はリスクが高いと柿〇医局長の配慮で乾杯の音頭を受けもった。U野先生の挨拶のあと、盛大?に乾杯をして開宴となった。
 
 
天気の悪い中関連病院から駆けつけてくれた皆さんと良く話すことができた。九州ではまず飲むことのない、長野県の焼酎もいただくことができた。

会の中締めはO原先生による東京一本締めだったが、金屏風の前で薄茶色のスーツで決めたO原先生は何故か金色に光り、浮き上がって見えた。
 
 
 
 
料理も結構充実していたが、生憎天気が悪く(冷たい雨)なったので室内での記念写真撮影になった。タクシーで「さつき」に移動しての二次会、電車で荻窪駅に行きその昔U野先生が通っていたという中華料理屋で三次会をして中華そば?を食べた。家に安〇君が来てくれた(送ってくれた?)ので、ポテトチップスと緑茶で歓待した。

2012年7月28日土曜日

暑くて溶けそう

水曜日は手術室の会議がヒートアップした後、U野先生、O原先生とさつきに行き、ビールで頭を冷やした。
木曜日は臨床における横断的領域・新しい領域に関するスカイプ会議の前半参加して発言し、横浜で開催されたペインクリニック診断研究会に行った。脊柱管狭窄症がテーマで学びを深め、情報交換会・・・だったが、日本対スペインを生で観戦しようと早めに引き上げた。
金曜日はK中央病院の麻酔科歓迎会があり、恵比寿へ。恵比寿駅前ではやぐらが組まれ、夏祭りモードだった。
恵比寿駅近くの「たん」料理の店でU田先生の歓迎会。ここはK中央病院のナースおすすめのお店とか。女性が薦める店は、確かに美味しくで清潔でリーズナブルだと思った。
土曜日は鹿児島で高校の全体同窓会があるので、熊本一鶴会の代表として・・参加する。



ひかりちゃんからデコポンゼリーのお礼の自作絵葉書が届いた。夏休みは熊本に2週間くらい帰省するという。おじいちゃん、おばあちゃんは待ちかねているだろう。
それにしても暑すぎる!外に出ると溶けて蒸発しそうだ。しかし「ない土」の朝、家の窓をすべて開放して風を通し、洗濯掃除に精を出す。日曜日に家人が来るので片づけを始めたが、右の物を左に移すだけの掃除になっている・・・
今月もすでに月間200㎞を突破したが、階段を上がるとき右膝(膝蓋骨)が痛むようになった。水曜日からは走らず歩くだけにしているが家から病院まで1時間半かかってしまう。

2012年4月28日土曜日

27,28日

27日金曜は二か月目の研修医と食事会を予定していたが、当直、残り番、所用などで集まりが悪く急遽中止した。ICUの中堅?三名を誘ったら、二名が「喜んで・・」との返事だった。
さつきは週末なのに貸切になった。美人を二人も連れて行ったのでマスターは喜んで腕を振るってくれた。
28日は朝から井の頭公園往復ランをした。途中遠回りをして約20Km を楽しんだ。ハナミズキは咲き誇っている。
妙正寺川には、こいのぼりが泳いでいた。
井の頭公園は広く、「俺たちの旅」で若者たちがボート遊びをしていた池も回った。
帰って久々に、圧力鍋で男の料理を作った。少し塩気が足りなかったが、料理の腕は落ちていなかった。
昼から大学に行き、M下先生と実験をした。蛍光色素を変更したために、思わぬ結果が出ている。大発見かもしれないが、チョンボかもしれない。ここが実験の面白いところだろう。
実験が一段落したので、ICUと手術室に行った。I崎先生が、自分の血液を検体にして、実験をしていた。日頃激務なのに休日を利用して研究する態度に感心する。
長男から、恵比寿で焼き鳥を食べようとの誘いのメールがあった。そういった話にはすぐに乗る自分がいた。

2012年1月5日木曜日

随想

昨夜は病院に泊まり久々に寝袋の中で寝た。3日に着替えを一組病院に置いていたので先見の明があった?病院に泊まって良いことは、通勤往復の時間と電車代の節約である。冷たい風に震えなくても良い、などと帰らなかった言い訳をいくつか考えた。とは言え、目下単身生活中であるから特に言い訳など要らない。困るのは風呂。前任の病院には3箇所当直医が入れる風呂があった。ここはシャワーだけなのが淋しい。

 整形外科受診した。「骨折線ははっきり見えるが、(骨折した骨の)乖離がないので大丈夫でしょう。」とのお話しだった。「サッカーを始めましたか?」と質問されたが、怖くてできていない。「未だ20km位走る程度です。」と謙遜した。走ると言ってもキロ8分ペースだから、走っているのか速く歩いているのか分からない速さである。昨夕であった皇居ランナーのように颯爽と走るのは何ヵ月後だろうか?兎に角あと4kg減量せねばならない。
 家にロフトがある。そこに上る梯子はエアコンの向かいにあるので、洗濯物や濡れた手袋などを干すのに丁度良い。ロフトは目下物置になっているが。

2011年12月28日水曜日

ジャズの夕べ

T医科大学の伊〇名誉教授のコントラバスはプロの域にある。伊〇先生のライブが六本木のKNOBであるとのこと、お誘いを受け新潟から直行した。折しも新潟は寒波積雪で在来線は遅れもあったようだが、流石上越新幹線は予定通りに動いていた。
東京駅近くの丸善に寄って、文庫本と医療統計の本を購入した。





六本木へは丸ノ内線で銀座へ、日比谷線に乗り換え六本木へ。前もってネット検索してKNOBの場所はつかんでいた。以前よく宿泊した熊本会館の近くだった。近くには六本木ヒルズがあり、変わりつつある魅力的な街だ。
KNOBには一番乗りで到着した。八王子医療センターの池〇先生も駆けつけ、O教授や医局秘書の光〇さん、嶋〇さんも同じテーブルに陣取った。
専属?のMさんのピアノ、Uさんのフルート、そして伊〇先生のコントラバスのコラボでジャズのオンパレード。間近で聴くジャズは心をウキウキさせる。いろんなことで心配していた濱〇先生も元気そうに来ていたし、遅れて藤〇先生も来てくださった。
今年最後のライブだそうだが、お店の場所が分かったので、また来ようと思う。Mさんがブログで情報を出してくれている。芋洗い坂の牛丼のY家の隣のビルの3階!だった。
今日は、大江戸線と西武新宿線で真っ直ぐ帰宅できた。一流の音楽は心をリッチにさせる。

2011年12月21日水曜日

知人と雪

時々業者の方が面会にこられる。今日はある輸液製剤の会社のマーケッティングの方が担当者交代の挨拶にこられた。挨拶をした途端、10年前の青年の頃の高〇さんを思い出した。まさか??と思ったら、やっぱり高〇さんだった。
高〇さんとは行きつけの散髪屋さん「OPA」での顔見知りだ。会社が変わり、熊本から大阪へ、そして東京に出てきたと言う。来年3月一杯まではどうも単身赴任のようなので、東京を案内してあげよう・・・と言っても西新宿周辺の居酒屋やラーメン屋が中心となるが。そしてブログのネタ用に写真撮影した。


 昨日は新潟に行った。関東は晴天で富士山が美しく見えたが、トンネルを抜けて越後湯沢に入ったら雪国に変わった。後ろに座っていた外国人の女性がビデオを写しながら、解説を吹き込んでいた。きれいな英語だったので、どこかの国の旅のレポーターなのだろうか?


埼玉からの富士山と高崎から見る浅間山は冠雪が青空に映え綺麗だった。

2011年11月12日土曜日

ギプスから解放・・医局秘書さん歓迎会

 3週間にわたるギプス生活で、体が思うように動かせない苦痛を少しばかりではあるが理解できたように思う。しかし足の裏の痒みはいかんともしがたく、おとなしくするのでギプスを早くはずしてほしい・・・と思っていた矢先・・・。整形外科のY教授から、「足関節の固定用のサポート装具の良いのがあるので切り替えましょう。」との涙が出るほどうれしい提案があった。ギプスをしていると、歩き方はぎこちないのだが痛くはなかった。横断歩道でも飛び跳ねるように走る?までになっていたので、医局員からは「もうすっかり良さそうですね」と声をかけられていた。
 さて、装具に代わって、①足が軽くなった、②足の裏が掻ける、③湯船に足を浸けることができた、③靴下、靴が履けた、と良いことずくめと思いきや、歩くと足が(右外顆下の靭帯付着部周囲)痛いのでかばうように歩くようになった。不自然な歩き方のために、歩いていると右ふくらはぎが攣ってしまう。病院から西武新宿駅までのわずか500mの間で数回も立ち止まってストレッチをした。
今年いっぱいはジョッギングは中止し、痛まぬ歩き方を極める。来年1月1日をもって「走る人生の再出発日」とし俳号「粋駆」に相応しい生活を始める・・・などと決意新たにした。サッカーは4月ぐらいから解禁できるだろう。
「ギプスとれ足立冬の冷えを知る」
 11月から医局秘書として採用されたSさんの歓迎会が病院近くの店であった。手術室では巨大脳動脈瘤の緊急手術が夕方から入り(オールナイト)バタバタしており、時間が遅れたり参加できなくなったメンバーもいた。しかし、皆Sさんとの会話や食事、飲み物を楽しんだ。U先生は健診を受けたばかりで「トマトジュース」を飲んでいた。和食にトマトジュース??折角なら青汁が合うのにと思った。予約した人数より2名少なかったので、この分を皆で分けた。誰も手を付けなかった炊き込みご飯を自分はガツガツ食べていた。これも早く骨折を治すため。
「健診や前後三日は優等生」
当直と残り番の皆さんありがとうございました!!