6月2日、未だ足腰が痛むが朝早く善福寺公園まで散歩した。約8㎞だがふくらはぎはパンパンに張ってきた。善福寺公園の池ではボートを漕いでいる人たちがいた。
長男はそろそろ賃貸から分譲マンションンを考えているようだ。二か所ほど一緒に見て回った。熊本の3,4倍の値段だが、圧倒的に土地代が影響している。
ももちゃんは厳しいジイジと優しいバアバの二人と手をつないでバランスを取っていた。大したものだ。
6月1日、東京・柴又100K(ウルトラマラソン)の日は「ある土」だが、年休を取った。午前4時半起床し、洗顔の時には念入りに日焼け止めを顔・首・手足に塗った。5時27分中央線で新宿、山手線で日暮里、京成本線快速で京成高砂そして京成金町線で柴又に到着した。写真は荻窪にて。
京成に乗り換えたところでランナーが増えてきて京成金町線では全車両貸切みたいになった。柴又駅前には寅さんの銅像がある。雪駄を履いている左拇趾(足の親指)はピカピカ光っているが、ここを撫ぜると希望が叶うという言い伝えがあるらしい。
100kの部に2114名(男:女が10:1で圧倒的に男性の参加者が多い)、60Kの部には976名(男:女が3.7:1)で3000名強の参加のようだ。100Kと60Kは同時スタートで、おそらく申告タイム順に10ブロックに分けて2分間隔でウェーブスタートになった。
自分か一番遅いグループのしかも一番後ろからスタートした。目標は時間内完走でしかもビリで。写真はスタート前にゴール地点で記念撮影。
最初上流に向かい45㎞走る。後ろから照りつける日差しが肌に刺さる。帽子にハンカチをつけて陽射しを防いだ、エイドではハンカチを濡らした。シャツは「熊本てれっとウルトラマラソンクラブ」のオレンジシャツを着ていたので、数名のランナーから声をかけられた。NHKBS1で6月22日29日午後6時放送の「ランスマ」のクールからもインタビューを受けた。今日が13回目の100k挑戦なのに、間違えて14回目と言ってしまった。すみません・・写真はてれっとTシャツと帽子。
途中、大〇製薬のアミノバイタルエイドコーナーでは、ラーメンのサービスがあったが、行きかえり2回食べた。写真はラーメンを食べる参加者たち。
45km地点の休息所では、おにぎり、トマト、キュウリ、ナスなどのサービスがあった。暑くて15分も体を冷やしながら寝そべっていたので、後で慌てることになる。写真は休息所。左側のテントでおにぎり、野菜、果物のサービスがあった。
ゴール関門は22時20分だったが、21時56分30秒でゴールした。ネットでは13時間38分34秒だった。ぶっつけ本番にしては上出来だろう。万歩計では130000歩を、消費カロリーは4000Kcalを超えていた。写真はゴール後、完走バスタオルを首にかけ、オリオンビールをもらい掲げる。
今週の学生さんたちは初日のチョンボのため全員追試の瀬戸際にいることを良く自覚し、熱心に反応良く参加してくれた。チョンボとは、朝カンファの後直ぐに手術室に行って指導教官と当日の打ち合わせをせねばならないのに、勝手に休憩時間を作って行方不明になった事件だ。
「ICU版たーさんを囲む会」として飲み会が盛大?に行われた。参加したのはICU麻酔科スタッフのS根、M下、N美、(何故か?)I田先生たちに、看護スタッフのN尾、K山、I井、H山ナースと、ICUをスーパーポリクリで頑張って(評判の良い・・・具体的に褒めようのないときに使う褒め言葉)のT下君と自分の10名。本来はN尾さんの送別会とT下君のご苦労さん会で集まったのだが、結局「たーさんを囲む会」になった。ICUには40~50名の看護スタッフが働く。後日、前のICU師長K田さんに、会の話をした。今度誘いますよと言ったら、喜んでおられた。
学会三日目。9時からのM下先生のシンポジウムから聴こうと思っていたので、6時過ぎから北海道大学の構内を走った。途中散歩中のF重先生ご夫妻と遭遇した。今日は新渡戸稲造の像と遭遇した。そこには「I want to be a bridge across the Pasific.」と刻まれていた。.
羽田空港で、熊本から上京する姉を待った。丁度出口から出てきたところで甥っ子の広君とも会えた。3人で宿舎の東京プリンスホテルに行った。そこでMadokaちゃんと合流し、御鮨の夕食になった。ここは姉が出してくれる・・・ので、ついつい日本酒も飲んでいたようだ。Madokaちゃんはとても可愛らしく、礼儀正しい娘さんだった。
朝ご飯をしっかり食べ、掃除洗濯の後買い物へ。そこで花ラッキョウを買って昼食に添えた。
スマートフォンの充電が切れそうだったので、充電器の電池を大通公園沿いのコンビニで買った。天気が良く青空に既に散り始めた桜や木蓮が映えていた。。
会員懇親会はサッポロビール園であったが、その前にペインクリニック学会の用語委員会に参加し、委員のK本大学のY本先生とご一緒して懇親会に行った。斜め前にO山大学の先生たちがおられたので、新入医局員獲得の秘策を尋ねていた。