2013年6月2日日曜日

完走祝と長男の誕生日祝い


6月2日、未だ足腰が痛むが朝早く善福寺公園まで散歩した。約8㎞だがふくらはぎはパンパンに張ってきた。善福寺公園の池ではボートを漕いでいる人たちがいた。
昼からももちゃん一家とガーデンプレイスで会って、38階の焼肉屋さんで自分の完走祝と長男の誕生日祝いをした。
長男はそろそろ賃貸から分譲マンションンを考えているようだ。二か所ほど一緒に見て回った。熊本の3,4倍の値段だが、圧倒的に土地代が影響している。
 
 
ももちゃんは喜んで移動中の歩道を走り回ろうとした。危ないのでジイジはももちゃんを叱った。
ももちゃんは厳しいジイジと優しいバアバの二人と手をつないでバランスを取っていた。大したものだ。

東京・柴又100K


6月1日、東京・柴又100K(ウルトラマラソン)の日は「ある土」だが、年休を取った。午前4時半起床し、洗顔の時には念入りに日焼け止めを顔・首・手足に塗った。5時27分中央線で新宿、山手線で日暮里、京成本線快速で京成高砂そして京成金町線で柴又に到着した。写真は荻窪にて。
京成に乗り換えたところでランナーが増えてきて京成金町線では全車両貸切みたいになった。柴又駅前には寅さんの銅像がある。雪駄を履いている左拇趾(足の親指)はピカピカ光っているが、ここを撫ぜると希望が叶うという言い伝えがあるらしい。
柴又の商店街を抜け10分弱で会場の柴又公園に到着した。広々とした江戸川河川敷の公園で、すでにたくさんの人が集まっていた。受付をすませて記念品を受け取り、ドロップバッグ、ヘッドライト、荷物を預けた。



100kの部に2114名(男:女が10:1で圧倒的に男性の参加者が多い)、60Kの部には976名(男:女が3.7:1)で3000名強の参加のようだ。100Kと60Kは同時スタートで、おそらく申告タイム順に10ブロックに分けて2分間隔でウェーブスタートになった。

自分か一番遅いグループのしかも一番後ろからスタートした。目標は時間内完走でしかもビリで。写真はスタート前にゴール地点で記念撮影。
スタートは18~20分ほど先頭から遅れた。応援に来てくれた家人にカメラを預け、自分はスマートフォンカメラで撮影することにした。

堤防の上のサイクリングロードを走るコースだが、橋や鉄橋では河川敷や堤防の外側に下りて再び戻る。広い河川敷にはゴルフ場もある。
 
 
熊本の菊池川沿いを走る練習会を想像するが、景色があまり変わった感じがしない。写真はもっと上流に行くと、川幅が狭くなる。

最初上流に向かい45㎞走る。後ろから照りつける日差しが肌に刺さる。帽子にハンカチをつけて陽射しを防いだ、エイドではハンカチを濡らした。シャツは「熊本てれっとウルトラマラソンクラブ」のオレンジシャツを着ていたので、数名のランナーから声をかけられた。NHKBS1で6月22日29日午後6時放送の「ランスマ」のクールからもインタビューを受けた。今日が13回目の100k挑戦なのに、間違えて14回目と言ってしまった。すみません・・写真はてれっとTシャツと帽子。

途中、大〇製薬のアミノバイタルエイドコーナーでは、ラーメンのサービスがあったが、行きかえり2回食べた。写真はラーメンを食べる参加者たち。
45km地点の休息所では、おにぎり、トマト、キュウリ、ナスなどのサービスがあった。暑くて15分も体を冷やしながら寝そべっていたので、後で慌てることになる。写真は休息所。左側のテントでおにぎり、野菜、果物のサービスがあった。
 
帰りは一転して曇りだし、左前方からの(東?)冷たい風に悩まされた。休息所で長袖シャツを着ており、手袋も持参していたので、少しは寒さを防ぐことはできた。寒さに弱い自分のスピードは次第に落ちて行った。
60キロを超えたころ、「先生!!」と呼ぶ清らかな声!!がした。大会のランナーナビで自分の位置や時間をモニターしていてくれたルートの近くに住む、H月ナースがわざわざご主人と冷たいコーラの差し入れに来てくれたのだ。コーラはランナーにとって一番飲みたい飲み物だ。これで元気が出てきた。
65㎞過ぎから東京スカイツリーが見えてきたが、霞んで良く見えない。なかなか近づかないのには閉口した。
90km地点でゴール地点に着くが、さらに5㎞下ってゴール地点に引き返す。95㎞地点にスイカがあったが、できたら暑さで参る50-60㎞地点の方が良い。

ゴール関門は22時20分だったが、21時56分30秒でゴールした。ネットでは13時間38分34秒だった。ぶっつけ本番にしては上出来だろう。万歩計では130000歩を、消費カロリーは4000Kcalを超えていた。写真はゴール後、完走バスタオルを首にかけ、オリオンビールをもらい掲げる。
帰りは同様のコースで帰ったが、中央線快速の殺人的ラッシュを経験し、帰り着いたのは翌0時半を過ぎ、風呂と夕食を済ませて寝たのが午前2時前だった。

2013年5月31日金曜日

柴又100Kmウルトラマラソンの前日


柴又100kmウルトラマラソンの前日、晴れて気持ちの良い日で早起きしたが電車で通勤をした。すでに5月の走行距離は205Kmになっており、疲れがたまっている。
病院に着きビルの隙間に見る青空が美しい。明日は曇って小雨が降ってほしいが、晴れのち時々曇りとか、最高気温は26-27℃になるようだ。
夕食は初期研修医で麻酔科をラウンドしているF田先生と近くの焼き鳥屋に行った。彼は学生時代から担当教官としてつながりがある。麻酔科にいる間に色んな勉強をしてほしい。ここではビールは小ジョッキ(グラス)二杯までとして、家に戻った。二度目の夕食は天婦羅うどん定食(ごはん付)のカーボローディングで明日に備えた。

ピンチヒッター学生クルズス

会議で遅れたU野先生のクルズスを埋めるべく、急遽クルズスを担当した。先日の初期研修医向けの麻酔科説明会用に作成した緩和ケア・医療のパワーポイントや、6月8日のバルーンフェスタin新宿で使う「緩和ケアってなに?」のパワーポイントを使っての約20分濃密な講義をして、U野先生に引きついた。
今週の学生さんたちは初日のチョンボのため全員追試の瀬戸際にいることを良く自覚し、熱心に反応良く参加してくれた。チョンボとは、朝カンファの後直ぐに手術室に行って指導教官と当日の打ち合わせをせねばならないのに、勝手に休憩時間を作って行方不明になった事件だ。
皆精一杯の笑顔を作ってくれたので、U野先生への「とりなし役」はまた自分になりそうだ。

2013年5月29日水曜日

ICU版たーさんを囲む会

「ICU版たーさんを囲む会」として飲み会が盛大?に行われた。参加したのはICU麻酔科スタッフのS根、M下、N美、(何故か?)I田先生たちに、看護スタッフのN尾、K山、I井、H山ナースと、ICUをスーパーポリクリで頑張って(評判の良い・・・具体的に褒めようのないときに使う褒め言葉)のT下君と自分の10名。本来はN尾さんの送別会とT下君のご苦労さん会で集まったのだが、結局「たーさんを囲む会」になった。ICUには40~50名の看護スタッフが働く。後日、前のICU師長K田さんに、会の話をした。今度誘いますよと言ったら、喜んでおられた。
この日、当然のように近所に住むT下君は「たーさん送り届け係り」に指名され、自宅(私の)での二次会に参加した。

2013年5月26日日曜日

日本麻酔科学会3日目、東京に戻る

 
学会三日目。9時からのM下先生のシンポジウムから聴こうと思っていたので、6時過ぎから北海道大学の構内を走った。途中散歩中のF重先生ご夫妻と遭遇した。今日は新渡戸稲造の像と遭遇した。そこには「I want to be a bridge across the Pasific.」と刻まれていた。.
ホテルに戻ってバスタブにお湯を張って、ゆっくりしていたら、8時半を過ぎていた。朝食はパスしてタクシーで会場へ行った。シンポジウムの開始に間に合い、最初から聴くことができた。M下先生も堂々とした発表だったが、質問の意味を取り違えていたようだ。しかし初めてのシンポジストだ。120点をつけてあげたい。
昼食は漢方薬の周術期の使用について勉強しながらいただいた。帰りの飛行機には乗り遅れるわけにはいかない。出発1時間以上前に新千歳空港に着いた。搭乗口前でブログを打ち始めた。


羽田空港で、熊本から上京する姉を待った。丁度出口から出てきたところで甥っ子の広君とも会えた。3人で宿舎の東京プリンスホテルに行った。そこでMadokaちゃんと合流し、御鮨の夕食になった。ここは姉が出してくれる・・・ので、ついつい日本酒も飲んでいたようだ。Madokaちゃんはとても可愛らしく、礼儀正しい娘さんだった。
広君と東中野まで一緒だったが、後は自力で帰った。





翌朝善福寺公園に走った。公園の池には蓮の花が咲いていた。










朝ご飯をしっかり食べ、掃除洗濯の後買い物へ。そこで花ラッキョウを買って昼食に添えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
柴又100kmウルトラマラソンで使用するヘッドライトがついた。ちゃんと電気がつく。

日本麻酔科学会2日目

2日目、北海道大学構内を走った。札幌農学校は北海道大学の前身。クラーク博士の像が北大にある。
北大の中の花々も綺麗だが、寒い。牛たちは広い実習農園でゆったりしている。






ポスター発表のために8時過ぎに会場に行った。ポスター発表の順番で、自分の前の施設の部長は留学時代からの知り合いで、後の施設は熊大時代からの知り合いだった。後でお会いできた。さて、発表はぶっつけ本番で口が渇いて舌がまめらず困ったが何とか済ませた。写真は自分のポスター。

スマートフォンの充電が切れそうだったので、充電器の電池を大通公園沿いのコンビニで買った。天気が良く青空に既に散り始めた桜や木蓮が映えていた。。
 
 
 
午後から倉本聰氏の講演を拝聴できた。何とかメモをしようとスマートフォンに打ち込んだ。家人にも教えようとメールで6回に分けて送った。家人は迷惑にならないかと心配して?返信が来た。倉本氏の作品であるTVドラマ「風のガーデン」で麻酔科の医師や仕事をよく勉強されたようだ。中井貴一の熱演や、緒方拳の在宅緩和ケア医(完成後緒方拳は肝臓がんで亡くなった)の重厚な演技は忘れられない。
 

会員懇親会はサッポロビール園であったが、その前にペインクリニック学会の用語委員会に参加し、委員のK本大学のY本先生とご一緒して懇親会に行った。斜め前にO山大学の先生たちがおられたので、新入医局員獲得の秘策を尋ねていた。



二次会も準備したというK沼医局長からの連絡があり、すすきのに向かった。北海道でも芋焼酎のスタンスは変わらない。グイグイピッチを上げているうちにお開きの時間がきた。皆にタクシーに乗せられた?らしいが、ちゃんとホテルに着いて自室で一人三次会をしていたようだ。