2012年7月3日火曜日

週の初めは何かと大変、燕三条駅

月曜は早朝からヨーロッパ選手権決勝を観戦して通勤ランだったので、昼間は体力的に堪えた。しかし7月中旬の学生講義の準備は待ってくれない。午後9時過ぎまで準備をして(途中までだが)夕食にさつきに行った。U野先生とO原先生が今しがたまでおられたという。きっと自分が準備で忙しいのを気遣って声をかけなかったのだろうと思った。冷奴、ししゃも(焼き魚)、納豆ご飯に味噌汁の健康的な夕食をしていたら、S根先生登場。チビチビからぐいぐいペースに上がり(何が)、走って帰る予定が電車になった。S根先生、無理せずに帰るようにしてくれてありがとう・・・。
火曜は、気合を入れて生ごみ出しをして、通勤ランをはじめた。途中、ズボンをリュックの中に入れるのを忘れたことに気づいた。家に帰った時はすでに午前6時45分だった。仕方なく電車で通勤することにした。
三〇町病院は膝蓋骨粉砕骨折への骨接合術の麻酔。2,3時間かかるかなと帰りの新幹線の時間を遅くにずらした。が、手術の早いこと早いこと。術者は無駄がなく手を休めないので予想より1時間半早く燕三条駅に着けた。
燕三条駅の一階の食堂に一度行ってみたかった。たれカツ丼650円に引かれた。見た感じは美味しそうではなかったのだが、ほおばるとたれカツの味が口いっぱいに広がった。またご飯が美味しい。食堂のおばさんが「そうでしょう、新潟産こしひかりだから」と答えた。
まだ出発まで時間がある。二階の物産展にはパソコンが4台あって自由に使える。ここでブログを書いた。前にブログ書きに夢中になって新幹線を乗り過ごしたことがある。そんなへまは二度としない・・・

改札口には七夕飾りがあった。「健康を守ってください」とお願いした。誰の?・・・自分の周りには病気や傷ついた人があまりにも多い。…当然か?

2012年7月1日日曜日

朝から26㎞と歌声広場

7月1日は昼から梅雨前線が関東に移動し雨の予報。朝から洗濯や布団干しに忙しかった。午前9時から井の頭公園往復にスタートした。途中、中杉通りからバス道路に入ろうとしたが途中の曲がり角を間違い同じところを回ってしまった。環八から住宅街に入り、中央線をくぐったまでは良かったのだが、井の頭一丁目付近で路地に入り込み何度も同じところを徘徊していた。
やっと井の頭公園についた。雨がぱらぱらし始めたが大したことはない。池を周りながら、井の頭公園とはつくづく相性が悪いと思った。
帰りは井の頭通りを環八に向かって走った。環八から五日市街道に向かったのが失敗だった。ずいぶん遠回りして高円寺にたどり着いた。こんなことなら環八から左折して荻窪から帰った方がうんと良かった。
帰り着いて携帯を見たら走行距離26㎞だった。レトルトカレーの昼食を済ませ、歌声広場が開催される蒲田に向かった。蒲田駅近くのレンタルサロンスタジオ、プリーズ・ユーにはすでに30名ほど集まっておられ一局目が済んだところだった。準備された曲は20曲。文部省唱歌は今回は少なく、一番古い歌が「鐘のなる丘」や「星の流れに」だろうか。

発表された年の世相や曲の背景をダジャレを交えながら説明してくれるK山さんは随分準備されているのだろう。








時にはポケット・トランペットやザ・フーという木管楽器を演奏して場を盛り上げる。またYMCAやワイズ関係の方々とも出会えて楽しかった。





歌声広場は2時間余りで終了し、同じビルの居酒屋さんに場所を移して懇親会になった。どうもアラカンの方が多かったようだ。いつもはもう少し長居するのだが、翌朝のヨーロッパ選手権決勝を控えているので途中退席し帰途についた。
翌7月2日午前3時には起床し観戦。スペインが圧倒的に攻めてスコアは4対0で圧勝した。イタリアがかわいそうになった。
なめこみそ汁にチリメン雑魚と卵をかき混ぜた雑炊を朝ご飯にして、月曜日から通勤ランとした。ああシンド。

2012年6月29日金曜日

サッカーヨーロッパ選手権準決勝ドイツ敗退と仕事や余暇のこと

6月29日優勝候補のドイツが1対2でイタリアに敗れた。寝たのが午前1時過ぎで、TVをつけっぱなしにしておいた。後半15分頃に目覚め、そのまま観戦した。奇跡の逆転はならず。個人的にはドイツのサッカーが好きなので残念だが、今大会まとまりがあり全選手が最高のパフォーマンスをするイタリアと王者スペインも決勝も楽しみだ。
ヨーロッパ選手権を観るために早起きしたので、溶けるチーズをかけたトーストとハムエッグ、野菜ジュースにコーヒーの朝食を作った。
走って病院に行く途中、7時半からドイツ人の講師による講演会が入っていることを思い出した。それから全力疾走が始まった。記録を5分短縮して病院に着いた。汗が止まらないままにカンファレンスルームへ。前もって文献を読んでいたので内容は良く分かった。「ドイツがイタリアに負けて残念だった・・・」と話そうと思っていたが、話し損ねた。この日で6月も月間200㎞を突破した。
MitochondoristのM田さんがスウェーデンに帰ることになった。医局でUの先生と記念写真と撮った。M田さんとスカイプ会話ができるようWebカメラを購入した。他にもカリキュラム改編委員会でスカイプ会議をすることになり、スカイプが必要不可欠になった。
夕方恵比寿のアトレの屋上でももちゃんとデートした。すぐに慣れて一緒に走った。あとで一家が揃ったので記念写真を撮った。
K生中央病院の先生たちの歓送迎会に呼ばれたので、ももちゃんたちを残して焼肉屋に行った。飲み放題だったが、ビールは中ジョッギ二杯にとどめ焼酎に移った。話が盛り上がっていくのを聞きながらウトウトしていた。起こされて帰ったが、電車の中では復活して文庫本を読んでいた。
だからこの日の会の写真は撮っていない。今度また行きましょう!

6月30日医学教育推進支援センターのS原さんにお願いしてスカイプの環境を整えた。音声が伝わらなかったり聞こえなかったりと苦労したが、多分問題はクリアしたと思う。
午後からFaculty Developmentに参加し、学生教育の講習を受けた。何回も受講しているのだがその都度新鮮に思う。講師の皆さんの大変な準備へのエネルギーを感じる。今回のFDでは感想や思いを川柳に託しましょうというコーナーがあったので、3句ほどひねってみた。
「開発中睡眠学習プログラム」
「やることが多すぎ臨床後回し」
「i Pad 教官みんなに配付して」
弁当がでたが、すでに病院レストランで食べていったので夕食ができた!明日朝は走る。
「7月も目指せ月間200キロ」

2012年6月26日火曜日

学会と同窓会

6月22,23日に日本緩和医療学会が神戸で開催された。22日の金曜日の夜神戸に行った。宿泊は日本麻酔科学会と同じホテル。近くの居酒屋さんに行って遅い夕食になった。ここのお魚料理はおいしい。
23日はモーニングセミナーから貪欲に聴講した。が、高校の同窓会(東京鶴丸会)があるので、途中から東京に向かった。


会場の目黒雅叙園には開演前に着いた。22回、23回卒が一つのテーブルを使用したが、人数の多さと先輩後輩という変えることのできない定めによって、いつの間にか22回卒がほぼ独占していた。33回卒の辛島みどり(歌手)と記念撮影ができるという栄誉にも浴した。



22回卒のM田さんには連絡やネット文集などでいつもお世話になっている。前回は息子さんの結婚式の前日で、今回も大事な用件を翌日に抱えておられるようだった。いつもの元気であれば二次会・三次会と行くところだが、今回は本当にくたびれていたので一次会で失礼した。
翌24日は船橋に大きな家具を中心としたモールがありスウェーデンの食品が豊富にあると聞いたので、行ってみた。どうもスウェーデンの会社のようで家具もあか抜けていた。熊本時代からの知り合いのY根さん一家とであった。この近くに住んでおられるという。
帰って、し残していた掃除洗濯に精を出し、夕から12km走ってみた。最近サボっていたので6月の総走行距離200kmに赤信号が付き始めた。久々の自炊をしたが腕は一向に落ちていなかった。

Mitochondorist

スウェーデンからM田さんを迎え、麻酔科内のMitochondoristたちの争奪戦が始まった。自分は台風が来た6月19日の夜と25日月曜(この日は耳鼻科の長い手術についていたが優秀な後期研修医のS木先生にほとんど任せて)終日、S根先生と彼女を独占した。とは言え、経験のないマイクロピペットの操作や試薬の理解など、道のりは遠い。夏休みにもう一度来られるそうなので、2,3日は集中的に独占させてもらいたいと心から思っている。M田さんはスウェーデンでも自分のブログを時々見てくださるという。
今週の金曜日にはスウェーデンに帰るそうなので、少しでも勉強したい・・と思いながらも他の用事が押し寄せてくる。
マイクロピペットのメモリを読むのが苦痛である。虫眼鏡が必要だ!と思う。実験は若い時からすべしと思った。

2012年6月22日金曜日

パーカー先生講演会、今週の学生さんと山形大からのお客様

6月14日パーカー気管チューブの考案者パーカー先生がT医科大のモーニングカンファレンスでレクチャーしてくださった。先端が鳥の嘴のような形状をしたパーカーチューブを開発したきっかけやヒントなど、パイオニアの話しは興味深い。I崎先生と前もって質問を準備していたので、質問も盛り上がり30分の講演時間が短く感じた。次なる開発のターゲットは分離肺換気用の気管チューブのようだ。
U野先生がヨーロッパ麻酔学会で出張中のため、自分が感謝状を贈呈したがスペルが間違っていた・・・後で取り換えさせていただいたが。

6月18日から学生実習が再会。7名の学生さんが手術室、ICU,外来でポリクリ実習に頑張っている。月曜の昼過ぎからクルズスを受け持ったが、今回も2,3名の学生さんが睡魔と闘いながら食らいついてきた。質問を浴びせながら、何とか全員が正解2問以上になったところで終了となった。挨拶が元気よく気持ちの良い学生さんたちだ。このような学生さんはきっと伸びる。
この日の夜、山形大から見学に来られた岡〇先生と前〇先生を「さつき」にご招待して夕食。麻酔科医は全国的に不足しているが、東北地方はより深刻な状況にある。彼らのボスの川〇先生とは先月来られた折に親しくお話しする機会を持った。盛り上がったところで、リュックを担いで走って帰った。

2012年6月18日月曜日

父の日・100㎞完走・祝長男の誕生祝

父の日・100㎞完走祝い・長男の誕生祝を兼ねて、長男が箱根一泊小旅行を企画してくれた。16日は「ある土」なので、午後からしか移動できない。長男一家はレンタカーで御殿場経由箱根へ。自分は家人と東名・箱根新道経由で箱根に向かった。
芦ノ湖畔のリゾートホテルにチェックインをしたが、雨で富士山も見えない。芦ノ湖名物の海賊船も寂しそうだった・・・
近くに箱根駅伝ミュージアムがあると聞いていたので行くことにした。ちょうど往路のゴールと復路のスタート地点にあるミュージアムに近づくと、駅伝中継の放送が聞こえてきた。中は写真厳禁とのこと。しかし箱根駅伝の歴史や各大会のエピソードが目に浮かぶように展示してある。外まで聞こえてきた実況放送は、中にあるテレビのダイジェスト版のようだ。
東洋大柏原選手の4年連続5区一位が始まった第85回大会から4大会分ゆっくり見せてもらった。次男に黒の長袖シャツを購入してお土産にした。
ホテルに戻ると隣の部屋からももちゃんの声が聞こえた。家人は早速隣に出張。どうやらももちゃんは車の中で吐いて長男のズボンを汚したようだ。あやちゃんが洗ってヘヤードライヤーで乾かしていたがすぐには乾かない、結局あやちゃんのすそ広がりのパンツを長男ははいて夕食に行くことになった。
夕食会場はイタリアレストランで、ももちゃんは両親に囲まれてジイジとバアバと向き合った。自分は生ビール、ももちゃんはオレンジジュース、あとの大人はノンアルコールのソフトドリンクで乾杯して食事が始まった。ももちゃんはあやちゃんの食事を分けてもらってニコニコだった。パンがおいしかったので満足だっただろう。
デザートには「父の日おめでとう」のお菓子のプレートがついていた。ももちゃんからは下腿用の弾性ストッキングのプレゼントでお手紙付。すべてあやちゃんのアイデアのようだ。感謝。
食事が済んでお風呂に行ったが、自分以外の大人たちはスパ?でマッサージを受けるらしい。その間しばらくももちゃんの子守?をしたがずっと寝ていたので楽だった。ちょうど「永遠の泉」という番組(阿蘇でロケ、寺尾聡主演)の放映をしていたので観ていた。
翌朝は雨風の音で目が覚めた。芦ノ湖を一周走ろうと計画していたが、霧でまったく見えず、大雨だ。仕方なくもう一度大浴場に行った。朝食は和食にしたが、ももちゃん一家は養洋食のバイキングだったようだ。
チェックアウトの頃、雨が上がってきた。ここからは別行動で、日本一のパワースポットといわれる箱根神社参拝。ここでももちゃん一家と会った。
強羅公園は駐車場に車が並んでいたので断念し、ガラスの森美術館でアジサイ展をしているとのことで行ったが、まだ咲いていなかった。しかしアジサイのパンフレットをもらった。
星の王子様ミュージアムでは、星の王子様のメッセージ「大切なものは目に見えない」(聖書にも同じような聖句がある)をかみしめた。





長男から教えてもらった暁庵でそば定食を昼食に食べて、自宅に戻った。病院に寄った時、U野先生に遭遇した。お元気そうだった。
帰って、男のスープを作り約約10km走った。気分は柏原選手だった。