2008年6月30日月曜日

大変な日を乗り越えて

6月28日は熊本市医師会総会、熊本麻酔専門医会役員会、熊本麻酔フォーラムが重なった。それぞれの準備もさることながら、時間が重なるこれらの会をどの様にこなし、わざわざ大阪からお呼びした講演者との交わりの時を持つか・・が大きな課題であった。
しかし、それぞれの会にしっかりと足跡を残し、どう言う訳か二次会では講演者と歌い記念写真を撮り、3次会で熊本ラーメンを食べた。そして空白の時間(ではないのだが・・)。気づいた時は午前3時、病院の自分の机の前で椅子に寝ていた。携帯の発信記録を見ると代行を呼んだのが3時15分だった。

翌朝は二日酔いで頭が痛かった。幸いにも家人は、何時に帰ったのか気づいていなかった(いや、知らぬふりをしていたのかもしれない)。病院に行き、退院時サマリーを二人分書き上げた。帰って、家人と買い物に行き、荷物を持ち、夕食まで作った。これで許してもらおう。




6月30日久しぶりに早朝ランをした。カラスウリ、ヒャクニチソウ,ミニダリアの赤・白、カボチャの黄色い花が雨に濡れきれいだった。









病院では、今日で退職するナースから記念写真をせがまれた。少しだけ鼻の下が長く伸びた。

2008年6月26日木曜日

大勢で走る

久しぶりに予定・緊急手術が遅くまで残らなかったので、救急救命学科から来ている学生さん3名、気管挿管実習に来ている救急救命士のMさん、Y先生と研修医の立○先生と走った。

Mさんは昔、長距離選手。今はとても・・と控えめだったが、年甲斐もなく意識して少し速く走った。そのとばっちりを受けて研修医は途中リタイアした。しかし6km良く付いてきたから感心だ。根性がある。

学生さんは、実に楽しそうに走っていた。実習に来る救急救命科の学生さんとは、必ず大洋火災受難の碑に行き、黙祷をささげる。
写真はスタート前の元気な様子。
7月12日(土)は17時開場、17時半開演の地雷廃絶と被害者支援のチャリティーコンサートを国際交流会館(市民会館前)で開催する。同世代の若者が出演(ロック、バイオリン、クラシック)してくれることになっている。入場は無料なので、学生さんたちには是非来て欲しいと話した。うちに実習に来る学生が9名なので、9名できますと返事があった。それに0が付くんじゃないかい?(90名のこと)とはっぱをかけた。

2008年6月25日水曜日

ヒメヒオウギスイセンとノウゼンカズラ


K高周囲の花々が少なくなってきた。雨に濡れしっとりとしたヒメオウギスイセンとノウゼンカズラを見つけた。
梅雨前線が北に上がったり南に下がったり。7月半ばにならないと梅雨明けにならないだろう。
傘を差しての走りこみ・・も覚悟しているのだが、不思議と朝6時過ぎや会議の無い夕は雨が降らない。

2008年6月24日火曜日

黄花コスモス

さて、キバナコスモス
 
花はコスモスに似て、黄、橙色の花を咲かせることから「黄花コスモス」とよばれるようになりましたが、コスモス属の「秋桜」とは違う仲間です。葉はマリーゴールドのような羽状葉で、高性種からわい性種までありますが、寄せ植えに大変重宝する草丈15~20cmのわい性種が圧倒的に出回っています。原産国はメキシコですが日本でも素晴らしい改良品種が誕生し、夏の暑さに強く草姿が整っている'コスミックオレンジ'や花が橙赤色の'ディアボロ'などはAAS(オールアメリカセレクションズ)の入賞を果たした大変誇るべき品種です。とあった。花期は4月から10月、コスモスに似ているがコスモスではない・・・・果たして何物なのか?
昨夜の雨の滴がサトイモの葉っぱに乗っかっていた。表面張力でしがみついている。揺らしたら落ちるかな・・・でも意地悪したくない止めた。
そう、今朝は傘をさして歩き走った。約4200歩だった。

岡林信康チャリティーコンサート

6月23日熊本YMCA創立60周年記念事業岡林信康チャリティーコンサートが市民会館で開催された。19時開演であったが、19時から始まる医局勉強会で麻酔科研修医が発表するので見届けて、さらに入院患者さんの回診をすませて行ったので、市民会館に着いたのが20時30分だった。




丁度第一部が終了する前だったので、60周年のパネルを見ていた。第1部が終了し観客が出てきたところで予約席に行った。岡林信康は40年前フォークの神様と言われた。「山谷ブルース」や「チューリップのアップリケ」がヒット曲だ。第一部では岡囃子をもじって、お祭りの音楽を披露し、第二部ではフォークメドレーと再び岡囃子に移った。



トークが結構面白かった。20代でフォークの神様と言われ、ロックに走るが理解されず、京都の田舎に引きこもり、新しい音楽に目覚める・・・ 知らなかった岡林信康を見ることができた。


団塊の世代にとっては、今もフォークの神様だろうか?自分はその少し下の学年なので、むしろ吉田卓郎、かぐや姫、いるか あたりだろう。



コンサートが済んで、再び病院へ戻った。先ほど病院を出る時、悪感・戦慄・チアノーゼを生じていた受け持ち患者さんが、薬効を得て落ち着いていた。手足を擦って、たった今もらってきたエネルギーを分けてきた。

2008年6月22日日曜日

名古屋にて その2

6月21日天気予報では雨のはずだが、せっかくの名古屋滞在を祝して曇りのまま・・・昨夜の追加酎ハイが効いて、6時過ぎ起床。早速久屋大通へと向かう。







高さ180mのテレビ塔だが、色合いが地味かな。



公園にはそれぞれ名前が付いていたが、モニュメントが多く、楽しめた。

名古屋市の姉妹都市のモニュメントを紹介。


先ずは中国南京市とオーストラリアシドニー市。





そして米国ロサンゼルス市とメキシコメキシコ市。





蕉風発祥之地のモニュメントがあった。

流石、品格のある俳句。

ここで一句、「大都市を みどりで癒す 大通」








花もきれいだった。
多分ルドベキアだろう。


21日、マネジメント人材育成のシンポジウムを聞いた。「打たれ強い・へこたれない看護師」という表現をされた坂本さんのパワーが印象的だった。昨夜の懇親会で名刺交換をしていた。

トヨタ記念病院の院長先生の会長講演やERの先生の講演から多くのヒントをいただいた。
熊本空港に降り立ったら土砂降りだった。
ところで、家に帰りブログを準備していたら、家人がご近所のSさんからいただいてきたアジサイがきれいだから載せるようにリクエストする。



やはり地面に咲いている方がきれいなのだが・・・

2008年6月20日金曜日

名古屋にて その1

6月20,21日に名古屋国際会議場で開催される第10回日本医療マネジメント学会に出席するために名古屋に行った。19日18時20分のANAで出発。17時過ぎに慌しく病院を出た。何とか間に合い飛行機に、宿舎の名鉄ブランドホテルは名古屋駅の横、便利な場所にあった。
夜は世界に山ちゃんに名物手羽先を食べに出た。世界の山ちゃん東店には味噌カツやきしめんもあり、ここで名古屋名物を食べ尽くす。







翌朝、6時から一路名古屋城へ。名古屋市役所・愛知県庁が並ぶ風景は壮観。









名古屋城には入らず堀の外から景観を眺める。名古屋城の横にある名古屋能楽堂には加藤清正像があった。名古屋城建築に功があったことが書いてあった。

名城公園のジョッギングコースにはクチナシ、アジサイなどが咲き誇る。1380mのコースを気づいたら2周していた。









途中棚橋中央市場を突っ切る。マスコミが来ていた。漁船出漁中止の影響を取材か?ホテルに帰ったら13900歩だった。








日本医療マネジメント学会会長はトヨタ記念病院の稲垣院長。世界のトヨタの経営哲学を紹介してくれる。クリティカルパス、医療安全、病診連携、電子診療録、原価計算などこの学会から発信されたキーワードが日本の医療を変えつつある。その先見性10年以上前から訴えていたのが宮崎理事長(前国立医療機構熊本医療センター院長)だ。宮崎先生の推薦で本学会の評議員の推薦された。頑張らねば・・・
写真は名古屋国際会議場の中にある騎馬像。国際会議場は飛び立つ白鳥がモチーフだが、外装工事のため、外観が見えず。

懇親会ではセラミックで作った楽器の演奏会もあった。雨が降り出したので酔わないうちにホテルに帰った(珍しい!)。

22349歩走り歩いた・・・