2016年11月13日日曜日

誕生日の日曜礼拝

13日、半年ぶりに母教会の熊本草葉町教会の礼拝に出席した。今日が誕生日なので難波先生から祝福の祈祷をしていただいた。教会員の皆さんからもお祝いの言葉をかけていただいた。

今日は幼児祝福の日で、姪の子どもの民生ちゃんや甥のこどものあかりちゃんも姉と甥に連れられて出席してくれた。





11月13日生まれの3名が出席していたので、ミニコンサートでは前に出てちょっとぱふぉ^マンスに協力し場を盛り上げた。

子ども代表の3名は壇上にあがり、歌を歌ってくれた。民生ちゃんは最初恥ずかしがっていたが慣れると大きな声で歌を歌い、皆さんから喝さいを浴びていた。

家に戻った。家人と娘と孫たちは団地のお祭りに出かけていた。迎えに行った。会場で作っていただいた焼き秋刀魚と焼き鳥が今日の昼ごはんになった。

陽太は早速電車の線路を組み立てて遊び始めた。丈二は同じことをしたいらしく、壊してばかり。陽太からしかられていた。無論丈二は何もしていないようだ。

17時25分阿蘇熊本空港発の便で東京に戻り。20時過ぎに自宅に入った。途中鍋のセット一人用を2種類買ってきたので鍋料理で夕食にした。

2016年11月12日土曜日

熊本一鶴会

12日、熊本駅から市電で通町に行き、数年ぶりに鶴屋百貨店に入った。高校の同窓会(熊本一鶴会)がスタートするまで少し時間を使い、冬用のポロシャツと秋冬兼用のコートを買った。コートはぴったりのサイズがなかったので、取り寄せて送ってもらうようにした。

同窓会場のKKRホテルに入った。既に世話人の皆さんが受付におられた。母校から校長先生、同窓会担当の先生、同窓会副会長、来年の母校同窓会実行委員長、東京から榎田東京鶴丸会会長、福岡から森福岡鶴丸会会長らにも参加いただいた。両同窓会からは熊本地震の見舞金も贈呈された。これらの見舞金は同窓会世話人の話し合いで、熊本城復興支援金に贈られることが有木会長から発表された。

恒例の2分間参加者スピーチで雰囲気は和み、校歌「はろばろと」を歌うときには気持ちは高揚した。集合写真を撮り、今年久しぶりに参加した学生さんたちと二次会に向かった。

二次会の会場は「プラス・ワン」いつも良い焼酎を出していただくので嬉しい。一次会では話し足らなかったことも多く、最終新幹線などの時間の制約もあったが大いに語り合った。

帰りは有木会長の奥様が車で迎えに来ていただいたので送ってもらった。感謝。

日本蘇生学会2日

12日、会場の久留米シティプラザは今年の4月27日にオープンしたばかりできれいで大きな会場だった。「蘇生科学の近未来を考える」というテーマは、脳蘇生の研究をライフワークにしておられる牛島会長にとって熟慮の中から生まれてきたテーマなのだろう。

幾つかの教育講演や特別講演をお聴きしながら、この20年間に進歩した蘇生学の成果を勉強させてもらった。

14時半からはポスター発表のセッションに参加した。久留米大学の伊藤先生は熊大時代から後輩だ。沢山演題を出しておられたので「随分頑張ったね」と褒めたら、「牛島先生の最後を飾る学会ですから当然です」とハッキリ言われたので益々感心した。長倉先生も堂々と発表した。直前に発表された久留米大学の先生方と記念写真を撮った。

JR久留米駅まで内野先生とご一緒し、熊本に新幹線で向かった。

2016年11月11日金曜日

日本蘇生学会1日目

11日、日本蘇生学会が久留米大学麻酔科の主催で開催される。牛島会長は熊本大学や麻酔科の同級生であり、是非その雄姿を見たいと思っていた。前回の失敗を繰り返さず、羽田発福岡行の出発2時間前には病院をでた。途中「山手線内に人が入ったので一時停止する」という車内放送があった。5分ほどで解決したようで、搭乗口には搭乗20分前には着いた。昼食を食べていなかったことに気付いた。横浜豚まんを一個買って頬張った。

福岡空港から地下鉄で天神へ。天神から西鉄大牟田線で西鉄久留米駅に移動した。投宿ホテルを探しながら歩いていると、25分前の飛行機で羽田を出た長倉先生と偶然に会った。これからICUスタッフと食事をするという。仲間に加わることを伝え、チェックインの後に居酒屋に向かった。
今泉先生や既に発表を終えた岡田先生は先に出来上がっていたが、自分と長倉先生はたくさん食べて飲んだ。明日は朝から気合を入れねばならない。店の前でお世話になったお店の方をいれて記念写真を撮った。

2016年11月10日木曜日

漢方

10日、医療安全研修会(出席義務あり)、当院耳鼻科主催の漢方フォーラムに出席した。遅くなったがT医科大学病院漢方外来を担当していただいている矢数先生にお願いして、難治性疼痛を抱えた入院患者さんの診察に行った。漢方医学を基本にした問診や視診など勉強になる。この痛みを何とかbreak throughしたいと思うのは患者さんに関わる全員。

2016年11月6日日曜日

ワイズメンズクラブ役員会2日目

6日、4時過ぎから目が覚めた。5時半までウトウトしたりスマートフォンでインターネットサーフィンをしていた。5時半には起きて、朝ランの準備を整えた。ロビーに行くと浅岡さんが朝のウォーミングアップをしておられた。早朝礼拝の奏楽をお願いしている平山さんが早くも来られた。
6時に大野さんが来られたので、二人で走り出した。





目的地は普通になっているJR豊肥線をこの目で確かめること。確かにミルクロードから車帰に降りてきた道と国道57号線を結ぶ道路を交差する豊肥線は土の下に埋まっていた。

途中にある橋は地震のために1mずれたという跡があった。




早天礼拝では堤さんが「神様のご計画」というタイトルで奨励をして下さった。どんなに一生懸命にしても最後は神様の計画に委ねよう、彼のこれまでの人生の歩みを対比しながら話してくださった。
堤さんを始め、司会の福島さん、献金感謝の宮崎さん、奏楽の平山さんお世話になりました。
役員会二日目は喧々諤々の議論もあったが全てはワイズダムの発展のためにベクトルを合わせると収拾がつく。と思う。役員会が終了し、昼食が済み、記念写真を写した後、バスで1月31日に避難所が閉鎖になった益城町総合体育館に移動した。
ここでは熊本地震後に昼夜を問わず支援奉仕をしておられた宮崎さんが当時の模様やその後の支援活動の状況を説明して下さった。これまで報告されたことを東京で、様々な会や学生講義の時に紹介してきたが、大きな決断がいくつかあったことを知ることができた。
その後、熊本YMCAが委託管理者になっている木山の仮設住宅に寄って見学した。丁度日曜日で責任者の日野さんにお会いできなかったが、拠点にしている家を覗くことができた。

阿蘇熊本空港17時25分発の飛行機には余裕をもって間に合った。京都の大槻さんや船木さんと待合の間いろいろお話しすることができた。

2日から今日まで失敗を含めていろいろなことがあったが、全て神様のご計画なのだろうと納得した。

2016年11月5日土曜日

ワイズメンズクラブ役員会

 5日、早めにホテルを出てリムジンバスで高知空港へ。バスには途中で田島先生が乗り込んできた。空港では杉田先生とミャンマーからの留学生アヤ先生ともお会いした。福岡空港から地下鉄で博多駅へ。熊本行きの新幹線にすぐに乗ることができた。
熊本に着き、熊本YMCA中央センターで開催されるワイズメンズクラブの役員会に向かう。タクシーに乗ろうとしたところでキャリーバッグを新幹線に置き忘れたことに気付いた。引き返し、駅の係りの方に今到着した博多発の新幹線の3号車進行方向の左側で2号車に近い荷物置きに黒のキャリーバッグを置き忘れたことを告げた。幸い熊本止まりで電車はプラットホームに停車したままだった。

このような失敗を乗り越え、役員会に滑り込んだ。議事は順調に進み、16時半には懇親会と二日目の会議がある熊本YMCAキャンプに移動した。



懇親会には次期理事の大野さんが来ておられた。前っ九州部部長の五嶋さんが肥後の赤牛の肉塊の丸焼きを振舞ってくださった。
大野さんや堤さんというギターセミプロのおかげで懐かしい歌を心ゆくまで歌うことができた。

地元でしっかりしなきゃと誓った自分は21時過ぎには2段ベッド4人部屋に戻り、 布団に潜った。