2013年2月10日日曜日

面接試験とももやの回復祝


10日はT医科大の一般入試面接試験に日だ。11時に大学に集合し18時までの長丁場試験だ。試験官は3人一組になり、受験生と向き合う。受験生は大変緊張しているので、自分はできるだけ笑顔を絶やさないようにした。一人に8分程度の質問をするが、各受験生はそれなりに面接試験対策を受けているようだったし、質問を受けているうちに落ち着いてくるようだった。お昼の弁当は歌舞伎座の幕の内弁当だったが、写真を写すのを忘れ、今年春の竣工する歌舞伎座のパンフレットを写した。 面接会場を後にして、病院駐車場に置いていた車に乗ってももちゃん一家を迎えに行った。

ガーデンプレイスの三越でお買い物をして、ももちゃんの好きな38,39階に向かった。ももちゃんはイタリアンレストランのスパゲッティーを食べたかったようだが、予約がつまっていたので、うどんで妥協してくれた。豆乳しゃぶしゃぶの店に入った。ももちゃんは野菜とうどんを食べて満足した。大人しく座っているのに飽きたので、自分はももちゃんと店の外にでてパパ、ママが食事ができるように長い廊下でかけっこをして遊んだ。 ももちゃんは、ジイジのグレイの車に乗りたかったようだ。また遊ぼうねと約束して家に帰った。

2013年2月9日土曜日

皇居ラン

9日、ユトレヒト大学からの交換留学生ロバートを誘って、皇居ランを楽しんだ。小さなリュックにタオルやシャツを入れて走ろうと準備したが、ロバートは自分が背負うと言う。T医科大を10時前に出発し、青梅街道から靖国通りに向かった。新宿大ガードをくぐり、東京マラソンのコースだと教えた。市谷の防衛省前では、中国との懸案事項の話をした。コースを一部変えて靖国神社に向かった。靖国神社をめぐる話しも英語での説明になると少し難しい。写真は出発前、医局の部屋にて。
皇居周回コースに出た。多くのランナーが走っているのにびっくりしたようだ。「ここはランナー専用の道路ではありません。」の立て看板も説明した。広場にはランナーが残していったリュックなどが整然と置いてあった。走り終わってまた取りに来るのだが、「盗まれないのか?」と再び驚いていた。コースには各県の花の敷石がある。」東京の花は何か?」の質問には答えられなかったが、運の良いことにすぐにその敷石の場所に来た。正解は「そめいよしの(桜)」だった。途中東京スカイツリーや国会議事堂も見えた。一周走り終え、もう一周走るかい?と誘ってみたが、以前彼は膝を怪我したとのことで無理をしないことにした。 せっかくなので昼間の歌舞伎町も走ってみた。夜の迫力とはまるで違った。 約20kmを走り12時半ごろ病院に戻った。手術室のシャワールームで汗を流し、医局の買い置きのカップめんやインスタント五目飯で昼食にした。また走ろう!

第8回東京輸液Jam Session

8日、T医科大学とKO大学の合同カンファレンス第8回東京輸液Jam Sessionが近くの会場で開催された。今回の発表者がS医科大出身の同級生なので、「同級生対決」との期待とあおりがあったが、二人とも堂々とした発表だった。KO大学のN村先生は大量輸液症例を術後追跡調査し得られた知見を示してくれた。T医科大のK子先生は手術中に循環血液量の約10倍の大量出血したケースで後遺症もなく救命できたケースレポートだった。二人ともよく勉強していて考察も充実していた。 懇親会ではKO大学のT田教授やM崎教授とも親しくお話しすることができた。
会場が「さつき」の近くだったので、発表打ち上げということで、N村先生をお誘いして「さつき」で二次会となった。KO大学の先生をお誘いするには若干?上品でなかったかもしれないが、N村先生は結構喜んでくれたようだ。珍しくカメラを忘れたので、後輩が写してくれた写真が届いたら写真をアップすることにしよう。

2013年2月8日金曜日

New PCT始動そして都庁に行きレクチャーを受ける

6日、2月から新しい体制となった緩和ケアチームの初めてのカンファレンスを行った。すでに外来や病棟回診は始めたが、Teamとして活動するので良いチームワークを作らなくてはならない。病院のHPにアップする記事や写真も準備しなければならない。
7日都庁福祉保健局医療政策部医療政策課がん対策係りに行き、東京都がん対策推進協議会・緩和ケアのありかた検討部会の報告、区西部緩和ケア推進事業運営会議のこれまでの活動、T医大の役割、新宿オレンジバルーン・フェスタについてレクチャーを受けた。2月から緩和医療部の出向になったので(麻酔科にも在籍で兼務になる)東京都新宿区、中野区、杉並区における緩和ケアの普及などの仕事もお手伝いすることになった。 これから新宿区にある大学病院や基幹病院の皆さん、診療所や在宅診療、訪問看護、介護をされているみなさんとのお付き合いが広がる。それにしても都庁は摩天楼のように威容を誇っている。

2013年2月3日日曜日

叔父叔母と会食そして節分豆まき

2月3日の日曜日、荻窪周辺の駐車場を探しているので紹介のあった駐車場に行ってみた。引っ越し先から540歩で5分弱であるが、入り組んでおり大通りからの出入り口が分かり辛い。
昼は亀戸駅近くの食堂で首都圏に住む叔父叔母と会食をした。今日は叔父が近々一緒になりたい・・と思っているKさんを紹介するとのことでとても楽しみにしていた。穏やかな優しい方なので、きっとうまくいくことだろう。会食後は前回と同様にカラオケで皆で歌った。
そこから恵比寿のももちゃんのところに行った。近くのお寺(福昌寺)で節分の豆まきがあるという。有名人も良く来て豆まきをするらしい。早速皆で出かけた。ももちゃんはヘルメットをかぶり気合が入っていた。
柔道の金メダリストで格闘家の吉田さんとやり投げのオリンピック選手村上さんが、その他の皆さんと豆まきを始めた。と言っても豆は袋に入っていたが。境内?には数百人は集まっていたので、豆ひろいの競争率は高かった。
しかし十分にGetしたので、家に帰ることにした。K中央病院で一緒に仕事をしているS先生が子供さんを連れてきていた。
ももちゃんは少し興奮していた。得意そうに豆の入った袋を握りしめていた。 夜は、「八重の桜」と「Railway」をゆっくり鑑賞して体を休めよう。

漢方シンポジウムと築地での会食

二月最初のある土、二月から緩和医療部と兼務になったので、午前中は7名の入院患者さんの回診に病棟を回った。オーベン会議には遅れて参加したが、手術室では土曜の午前中も急患を含めて6例の手術が行われていた。
午後2時半からKOプラザホテルで開催された漢方薬・漢方医学のシンポジウムに参加した。全国から数百名の参加者があり、医学教育における漢方医学のあり方を熱く話しあった。自分はカリキュラム改編実行委員会の横断的領域グループで漢方医学の担当をしているので、先進的な教育機関の取り組みは参考になるし、うらやましい。 午後6時半から築地のレストランで、ユトレヒトからの学生2名と、麻酔科幹部4名、U井学長の7名で会食が設定されていたので途中で退席した。
レストランには既にU井学長が来ておられた。ユトレヒト大学との交流が本格的になり、交換留学生の勉強状況などがとても気になっておられたようだ。美味しい料理と美味しいワインが参加者の気持ちをほぐし、極めて友好的な雰囲気を作ってくれた。学生さんたちは、つたない英語であってもスタッフが一生懸命に英語のパワーポイントを作成し講義を一生懸命にしている姿を目の当たりにしている。
会食が終わり、U井学長とU野先生と別れた5人は、O原先生のつてで銀座のバーに繰り出した。支払いの段階で緊張したが、そこはO原先生の顔!以外に安かった。帰りはM田医局長をタクシーで送った。

2013年2月1日金曜日

研修医とさつきで懇親会

丁度麻酔科にラウンドしている初期研修医との懇親会を、あの「さつき」が満員になるように計画した。但し、木曜日も予定手術延長や緊急手術のため研修医が数名参加できなかったが、来月(2月)にも計画するので優先して参加してもらおうと思う。 さて、部屋に隠していた(温めていた)3Mといわれる芋焼酎「村尾」と熊本が誇る日本酒「瑞鷹(すいよう)」を持ち込んだ。
「さつき」には自分が一番乗り。節分の雰囲気を無理に作り出しているお飾りを先ず撮影した。
初期研修医4名とO原先生、I崎先生、H先生が到着し、最初の料理を食べつくそうとする頃、新手の初期研修医2名とICU初期研修医3名およびスタッフ4名が次々に参集した。最初の写真はまだ余裕のある時の写真。 17名というギネスブックに載るかもしれないギューギュー詰めの「さつき」となり、テーブルに出される豪華?な食事は瞬く間になくなっていった。A岡先生はけなげにみんなのお湯割りを作り、S本先生はビール注ぎに忙しい。2月から北海道の倶知安に地域医療の研修に行くという鹿児島出身のK子先生は、お兄ちゃん?金〇先生の横に座って雪に埋もれて動けなくなると皆から脅され目を白黒させていた。 自分は「先生は小さいときにたくさん食べたから・・・」と言いながら食べるのを控え(たつもり)、お湯割りをすすりながら好々爺の表情で皆を眺めていた。
写真はこれ以上入ると店が沈むかもしれない時の写真。I崎先生は先に帰ったので16名が写っている。 今回はイン〇〇エン〇で強制隔離されたU野先生は不参加だったが、さすがに講座のボスの責任感で自分に大枚を預けられた。自分は大枚と小枚で数こそ1枚多かったが合計額ではU野先生を越さないように気遣いの支払いをし、スタッフ参加者からは「これだけでいいのですか?」と聞かれる(多分ポーズ)の額を徴収した。 帰りはタクシーで自宅を回ってK沼先生が送ってくれた。玄関のチャイムを鳴らすと家人がすぐに出てきて「おかえりなさいませ・・」と言うかな?と「K沼先生とタクシーに乗ってる、もうすぐ帰る。」のメールを送ったら、「先に休んでいます。」とつれない返事が来た。 1月の走行距離は210kmを超えた。出だしが大切だ。