2008年5月14日水曜日

書類準備・整理

熊本麻酔専門医会総会開催が迫った。総会開催にあたり、総会資料や議案の準備をせねばならない。

2008年5月13日火曜日

消防学校講義

救急救命士気管挿管実習を私の病院は引き受けているが、その前に実習する救急救命士さんは60時間の座学、実習、試験を受けなければならない。5年前から私は消防学校で午前中3コマの講義を引き受けているが、講義で使うパワーポイントの内容は年々充実し、うちで実習をされた救急救命士さんはモデルで出演する。




今回は先月全身麻酔を受けた叔父の承諾を得て、私が叔父に気管挿管する場面を動画に撮ったものを講義で使用する。この動画は叔父夫婦にも監修してもらったが、俺の顔が良く映っていない・・・とお叔父の感想だった。当然モデルの顔は出ないように配慮している。
さて今期の受講生は平均年齢34.5歳。熱心で眠っているものなし。質問攻めにしたりされたりで楽しかった。


講義の後、食堂に行き皆さんと昼食(給食)を食べた。美味しかったのだが、900Kcal強という管理栄養士さんの解説を聞き、愕然とした。

明日は倍走らなきゃ・・・
教え子の那○さんや濱○さんとも再会した。6月過ぎに実習にこられると思うが、楽しみだ。

2008年5月11日日曜日

広島へ第3回EMC事業委員会・2000推進チーム合同会議

5月10日第3回EMC事業委員会・2000推進チーム合同会議に出席した。いつもは大阪での開催だが、今回は西中国部の皆さんとの交流という大きな仕事がある。



写真は会議開始直前のスナップ。


会議が終わり、懇親会。2000推進チーム松○委員長から は鮒寿司の差し入れ。小生は焼酎『小松帯刀』 を持参し、篤姫の元彼であることを紹介する。




懇親会後広島の街へ。二次会では最初の乾杯までは起きていたがあとは寝ていたらしい。しかし!三次会ではお好み焼きをいただく。二次会で食べてないのでおいしかった・・・





翌朝5時過ぎに起床。6時過ぎから広島市内観光(ジョギング)開始。毛利元就が建てた広島城は鯉城(りじょう)の別名を持つ。この周囲を走る1.5kmのコースがあるが、2週走って平和公園へ向かう。




原爆ドームの上空600mで炸裂した原子爆弾は一瞬にして20万人の命を奪う。





広島平和都市記念碑(原爆被害者慰霊碑)や原爆の子像を見る。

資料館は数年前に訪れたがショックだった。

約10kmの市内観光で酒気はきれいに消失した。朝ごはんは味噌汁にジュース、コーヒー、お茶そしておにぎり一個にした。広島YMCAでウエルネス施設を見学し、12時からの佐藤理事を囲んでの西中国部の皆さんとの交流会の準備(新クラブ設立について話すことになった)をした。

20数名の西中国部の皆さんとともに、お互いの本音を曝け出しあいながら、どうしたらクラブや部を強くできるのかを話し合った。

写真は澤○事業主任の話を熱心に聴く参加者たち。


終了後、再びお好み焼き屋さんへ。私と内○さんは昨夜たくさん食べたので、二人で一人前を分け合った。
新幹線とリレーツバメを乗り継ぎ18時過ぎに熊本駅着。病院に戻り、入院患者さんを診て帰った。

今日は母の日。久しぶりに「家族全員で夕食を囲んだ。私の母は亡くなって10年以上経つ。家人の母親が私がお母さんと呼ぶ唯一の人だ。

2008年5月6日火曜日

京都みやびクラブとの交流

熊本むさしクラブと国内兄弟クラブの関係にある京都みやびクラブの創立15周年記念例会と祝賀会に参加するために5月5,6日京都に行った。

5月5日出かけ際、家人が携帯電話とメガネを一緒に渡したのを携帯だけ受け取りメガネを落とした。その為?かメガネのツルが折れてしまった。熊本空港のインフォメーションでセメダインセロテープを借り、応急修理をした。

8時熊本発で9時には大阪(伊丹)空港に着いた。ここから京都までのリムジンバスは大変込み合っていたが、丁度われわれのグループ(10名)まで座ることができた。ラッキー

宿泊する京阪ホテルはなんと京都駅バス停のまん前にあった。徒歩0分を実感する。義妹が訪ねて来てくれたので、金閣寺・龍安寺に行くことにした。実は私は行ったことがないのだ。京都駅のバスターミナルから金閣寺行きのバスに乗る。丁度来た臨時直行便に最初に乗り込む。雨が降り出したが、金閣寺に到着したとたん止んだ。
写真は金閣寺入り口にあった『五用心』いくつか自分に当てはまるかも・・・



金閣寺が湖水に映る姿はさすがだった。足利義満が作らせたものだが、これを見ると黄金の国ジャパングと西洋人が憧れたのが良くわかる。
『新緑と 湖水に映える 金閣寺』




金閣寺から龍安寺までの1.5kmは歩く。龍安寺の石庭も有名。15個の石を見つけるのには苦労した。

帰りも市バス利用。駅で義妹と別れ、ホテルのチェックインを済ませる。シャワーを浴び、スーツに着替えて会場のホテルセントノーム京都へ。わずか数分歩いて到着する。

みやびクラブの皆さんとは5年来のお付き合いだ。メンバーも奥様方も良く知っている。チームワーク良く、お客様の受付や接待をされていた。私たちのテーブルは正面前にセットしてあった。貴賓席!そして初代会長で私たちの交流の生みの親である北○さんがこのテーブルに着いてくださった。 写真は(時間が前後するが、懇親会終了後に撮った記念写真)

アメイジング グレイスを歌う本田美奈子のDVDで会は始まる。M会長の挨拶は堂々として人並みな言い方だがかっこいい。

基調講演で京都市立堀川高等学校校長の荒瀬克己氏による「軸をまっすぐに」。昨年のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で「『背伸びが人を育てる』・校長荒瀬克己」として放送された人だ。「教育は楽観的でありたい。何とかなる。これからだ。の大切さ」、「人は見たいように見、聞きたいように聞く」、「巧妙に敷かれたレールから外れるのがなまいき」、「なまいきは純粋さと向上心の裏返し」語り口も面白く、流石に国語の先生だった。

記念式典で入会式をしていただく、幸せな新入会員さんが2名。古○さんとTさんのこれからのご活躍とワイズライフのエンジョイを祈る。





第二部の懇親会では、みやびクラブが支援する児童養護施設の子ども達の踊りや歌が披露された。懇親会の中でわざわざDBC(Domestic Brother Club)タイムを作ってくださり、米○むさしクラブ会長の挨拶、記念品(芋焼酎『むさしの想いひ』)贈呈と一人ひとりの挨拶の時間を取ってくださった。

京都みやびクラブの地域奉仕にはしっかりとしたテーマと継続性がある。YMCAへの奉仕とおしてはサバエキャンプ場の緑化への取り組みとチャリティーラン支援。地域奉仕では児童養護施設や視聴覚障がい者施設への支援と鴨川を美しくする活動への取り組みだ。学ぶことの多い兄さんクラブである。
写真は遙学園の子どもさん職員の歌

2次会はホテル内の別会場で、3次会はワイズメンズク仲間のお店『アトランティス』であった。私は皆の計らいで、寝てしまう前にタクシーで帰還。帰還後すぐに寝たようだ。

写真は、ダウン寸前の作者





6日なんと5時前には起床。5時40分から鴨川沿いに上流に向かってチンタラ走り出す。肌寒く、長袖で手袋をしとくんだった・・と反省。しかし朝日を浴び気持ちが良い。
写真は先斗町歌舞練場
鴨川は上流に行くほどきれいになる。鴨川を美しくする会にみやびクラブは協力されている。100数十万都市の真ん中を流れる川であるが、熊本の白川よりずっときれいだ。

水では水鳥が遊ぶ。 『鴨川の 自然を愛で舞う ゆりかもめ』 1時間10分後出雲路橋に到着、引き返す。約13kmのトレーニングは無事終了。

10時にみやびの皆さんがホテルに来てくださった。先ずは城南宮へ。方角の災いを除く方除、旅行安全の信仰に影響を与えてきた城南宮には曲水の宴で有名な平安の庭もあり、ツツジやアヤメがきれいに咲いていた。
『アヤメ咲く 平安を想い 句をひねり』

一路伏見に向かい寺田屋浜から三十石船に乗る。宇治川・高瀬川・が合流し淀川に注ぐ場所に古く栄えた港町。薩摩藩同士の切りあいや坂本竜馬が幕府側に襲われた場所でも有名な寺田屋を見学した後昼食となった。

伏見桃山駅から京都太秦(うずまさ)の映画村へ。紹介している展示映画自体が古く邦画がメインでありアトラクションもあか抜けていないのだが、古き良き時代が楽しめる。17時まで歩き回ったので足が張ってきた。

ホテルに預けた荷物を取り、リムジンバスで大阪空港へ。予想に反してスムーズに到着した。が、また事件が起こった。私の携帯電話が無いのだ!飛行機に預けた荷物に間違って入れたのか?まさかリムジンバスに置き忘れたのか?結局バスにあったことが分かった。これから携帯電話は首にぶら下げることにしよう。

出だしと最後に問題はあったが、とても充実した休日を過ごさせていただいた。みやびクラブの皆々様に感謝!!

2008年5月4日日曜日

阿蘇100km後半


5月4日7時過ぎJR滝水駅集合。今日は阿蘇を100kmの後半52kmの練習会だ。30名弱が集合サポート隊4台(藤○、浜○、寺○、田○)の支援を受け8時に出発した。小生び病院看護師の川○さんを誘い参加。川○さんは5年前までは陸上部長距離だが現在何もしていない。


写真は今回の世話人高○さん後ろの左側3名はサポート隊


出発前の川○さんと私。まだ元気・・・当たり前か



滝水駅から波野村役場(本番では52Km地点)を通り国道57号線を横切るまでは上り坂が続く。




後、産山村役場前の数キロ、産山北部小学校のあたり、合戦群(かちむれ)から外輪山への上りはかなりハードだ。


写真は産山北部小学校前。70kmのエイドが準備される場所。ここからやまなみハイウエイまでの2.5kmは上りがきつい。72.5kmの関門は午後2時40分(9時間40分後)だが、ここでギブアップの参加者が多い。


さて、川○さんもここでリタイアとなった。一緒に走っていたのだが、ここからヤッパリの孤独走となった。





外輪山に駆け上り(急な坂では歩いたが)しばらく平坦な道を進むと、根子岳と高岳(阿蘇の五岳のうちの二つ)が見えてくる。カメラが広角度で撮影できれば、五岳が仏様の寝た姿に見える「涅槃像」と言われる。





89kmから300mの標高差を一気に下る。遠くから見ると象の額から鼻に見えるこの一帯を象ヶ鼻と言う。




駆け下りる時、大腿部や膝にかなり負担がかかる。




駆け下りると、ゴールまでは平坦。しかし下り坂の直後は上り坂に感じてしまう。田植えの最中だった。


しばらくは記録部長さんと併走できたが、すぐに遅れてしまった。



ゴールの崇城大学研修施設に15時過ぎ到着!たーさん7時間で完走!!!なのだが、昨年の日記を読むと6時間35分でゴールしていた!そう言えば昨年の本番前は調子良かった。今からだ。

温泉に浸かり、お弁当を食べ、ビールとワインを少しだけ飲み、JRで内牧から南熊本へ。入院中の叔父さんを見舞って帰った。

2008年5月3日土曜日

パソコン修復


3月20日過ぎから調子の悪かったパソコンWindowdsXP5年以上経過の修理見積もりが10万円以上だったので、新しいパソコンをDELLのHPを通して購入した。パソコン引越しソフトを入手し、今日病院麻酔科当番だったので、佐○さんに来てもらって古いPC環境を新しいPCに移した。 移動にかかる時間を利用して佐○さんは『むさしクラブ5月ブリテン』を作っていた。
写真は新しいPCとパソコン引越しソフトの箱(左)

【ただいま17時45分、今から4歳男の子の急性虫垂炎穿孔による汎発性腹膜炎の緊急手術だ。20時10分無事に手術終了。手術室入室時39.9℃あった体温も徐々に下がり、病室から迎えに来た母親と再会した。】以上飛び込みニュース

さて、PCに戻る。使い慣れたPCではあったが、毎年進歩するIT事情を考えると、同額の投資であれば新品が良い。しかしVistaまでは手を出し切れずXPに落ち着いた。この間5週間あまりはWindows Meを使っていたが、やはり数段遅く仕事のはかどりも芳しくなかった。そういえば家人は未だWindows Meを使っている。母の日にでもプレゼントをしようかな・・・未だ使えるから来年でいいかな?

写真は佐藤さんブリテン作成中。

2008年5月2日金曜日

求む医療秘書

ペインクリニック外来は予約制をとっている。30分の枠に3名が入る。慢性痛の患者さんには診察、とりわけ面談に時間をかける。神経ブロックなどの処置は数名簡易ベッドの上に休んでいただき次々と行えば効率は良い。初診の患者さんは更に時間をかける。9時から13時までが外来診療時間になっているので、24名の枠を持っている。今日は32名で8名超、うち3名が新患なので長い外来となった。

最近、交通事故後の外傷性頸部症候群や脳脊髄液減少症の患者さん、難病の線維筋痛症の患者さんが増えてきた。また難治性慢性疼痛の複合性局所疼痛症候群(昔の分類では反射性交感神経性萎縮症やカウザルギー)の患者さんも多い。
麻酔科医不足や手術数の増加で麻酔科外来を縮小・閉鎖している公的病院も出てきたので、益々期待されている?ようだ。

今日は結局16時に予定していた進行胃がんの患者さんへのIVHポート埋め込みが30分遅れ、17時過ぎに昼食にありついた。この間、外来の机の中に隠してあるキャラメルやチョコレートで飢えをつないだ・・・低血糖を予防した。

医局に帰ると机の上に何冊ものカルテ・・・見ると、証明書や診断書などの書類の山。月一回書かねばならない書類もあり、何とかならないかと思う。勤務医の負担を減らそうと、医療秘書の導入をはじめた病院もある。うちも「どげんかせにゃん」

今日はボヤキでした・・・