2008年3月16日日曜日

次期会長・主査研修会と淀川河川敷


3月15,16日ワイズメンズクラブ国際協会西日本区次期会長・主査研修会が大阪市で開催された。家人が次期メネット事業主任(メンバーの奥さんたちで組織する)で、私はEMC2000推進チーム(メンバーを2000名にして強い組織をつくる特命チーム)の一員としての参加。我われの社会奉仕グループは1700名ほどの組織であるが、毎年次期役員や88クラブの次期会長、9つの事業部門の各部責任者の研修会を行っている。

                   

研修会はLD(Leadership Developement)委員会が計画し運営する。組織の維持・発展の仕組みを学ぶ良い機会だ。写真は井○LD委員長の挨拶と次期事業方針・活動計画発表中の次期メネット事業主任。







自分が会長を担った前の年や九州部部長の時に参加しているので、西日本地区のメンバーの中に多くの友達がいる。

現在区のEMC2000推進チームの委員で、委員長の松○さんや、現事業主任澤○さん、前事業主任でLD委員長の井○さんとは良くお会いする。信じられないほどタフで情熱のある人たちだ。私が酒の傍で笑っていると言うことは、懇親会でそろそろ赤信号の前・・・


九州部からも多くのメンバーが出席した。この写真は、10秒タイマーで写した。数秒前にテーブルをくぐって座った(実はイスがない)。


LD委員の佐○さんはここに写っていないが一番働いた人だ。また次期西日本区キャビネットは熊本から輩出するが、そのメンバーは他の部の挨拶に行って写っていない。




16日は朝4時に目覚めた。が、おとなしくしていて5時50分には淀川河川敷に走った。しばらく走ると丁度朝日が昇ってきた。


朝早いが、散歩中の人とすれ違う度に、おはようございます!と挨拶をした。



干潟再生事業中と書いた看板があり、テトラポットが重なっていた。このあたりは大阪湾に近いのだろう。


淀川で雁を数羽見かけた。帰るときには野球チームの練習が始まっていた。ごみを捨てないでくださいと書いた看板の周りにゴミ袋が沢山於いてあった。



研修会が終って、義理妹と姪に会った。姪は随分可愛くなっていた。義理妹は時々ブログを見てくれているという。




写真は喫茶店で一緒に食べたスイーツ。




2008年3月15日土曜日

緩和ケア病棟送別会


麻酔科当番の日だったので、急患手術の患者さんが手術室から病棟に帰った19時まで仕事だった。急いで送別会会場に行ったら、19時30分の開会だったので、時間に間に合った。この会場はKLCCで利用したボナペティ。会員になったので、カードを示すと割引になる。
で、誓いは??
ビール少々と赤ワイン少々??でまっすぐ代行で帰った。
やはり、アルコールを前にすると意思がぐらつく悪い癖・・


自分のデジカメの電池が切れていたので、後○先生のデジカメで写真を撮ってもらい送ってもらった。
一応、全世界の人が見ることができるとお断りはしているが、皆堂々とした写りっぷりだ・・

2008年3月13日木曜日

地域医療連携室送別会とめがね


地域医療連携室の送別会があった。一人は退職で地域の診療所に転勤。一人は院内移動だ。院内には部署横断的な多くの委員会があるが、懇親会をするのは この委員会ぐらいだろう。
チームワークが良く仲が良いという意味。

お店の人に写真を頼んだのだが、奥に座った一人が写らず、一人は光が足らなかったので特別にもう一度写した。
最近仕事がハードで、10-11日は34時間連続勤務だった。疲れがたまっているので、酔うのが早いだろう・・・と思っていたら、優しいスタッフが焼酎のお湯割りを薄めにつくってくれた。感謝。

二次会に行った。いつものように・・マルガリータを飲んだ・・・とこまでは覚えている。

眼が覚めたのは6時半、遅かったので今朝のジョッギングは中止にした。めがねを探したが見つからない。家人にめがねは何処?と聞いたら、あんなに酔っ払って!代行の方に迷惑をかけて!と速射砲のようなお叱りを受けた。めがねをかけて帰ってきたかどうか、覚えていないと言う。

コートの内ポケットにめがねを発見してもらって一件落着。
優しい、同僚が心配して、内ポケットにしまっておいてくれたのだ。同僚から、飲みに行かれる時は、めがねケースを持参されると良いですよ。と言われた。
どう解釈したらいいのだろう。今夜の緩和ケア病棟の送別会は、とりあえずノンアルコールで過ごそう。

2008年3月9日日曜日

天草パールラインマラソン


第36回天草パールラインマラソンが開催された。加地正隆実行委員長の挨拶はこの大会の呼び物、しかし今年は短かかった。この大会が日本での健康マラソンの草分けであることに誇りを持とう!には同感。





「いぶすき菜の花マラソン」で42.195㌔をそろって完走した阿蘇市波野の阿南重継さん(83)とミヨ子さん(78)夫妻による選手宣誓。合わせて161歳の最高齢ペアでのフルマラソン完走で2人の記録はギネスブックに申請しているという。阿南重継さんは第1回から連続出場。50回まではと気合が入る。8年前、阿蘇でのてれっと練習会で、私がついていけなかったことを思い出す。




10年以上前、私に健康マラソンの素晴しさを教えてくれた池○先生と記念写真。随分走ることから遠ざかっていたというが、今日の参加を再出発にしたい・・と言われていた。





20kmスタート5分前。雨が降ってきた。東京マラソンで貰った、簡易レインコートを着た。これなら冷たい雨風を防ぐことができる。今日の目標はブログ用の写真を撮りながら、キロ6分以内で2時間を切ること。
そして、日医ジョガーズのシャツを着ているので、何人かに声をかけること。




てれっとウルトラマラソンクラブの3名とスタート場所がほぼ同じ。余裕の表情だ。結果であるが、三○さんは、速かった!途中3号橋付近で折り返しの三○さんを写したが、背中しか写らなかった。4号橋で出あった土○さんは、せっかくの近接だったのに、誰かが間に入って写真は台無しだった(でも写っているが)・・・ 赤シャツさんの写真はよく撮れたので、後で送ってあげます・・・



パールラインマラソンの応援は熱い。ドラや鐘を鳴らして応援してくれる。子どもたちが道路沿いに並んでハイタッチを求めてくれる。10kmコースでは大漁旗をなびかせた漁船が並走してくれる。10数年前、この大会の10kmを初めって走った時、知らない間に涙が出ていたことを思い出す。





てれっとクラブの岩○会長は盲人のランナーの伴走をされていた。毎年だ。頭が下がる。伴走はかなりの走力がないと無理という。60歳代のランナーだが、私より体力・気力・記録・その他ずっとすごい。





阿蘇スーパーカルデラ100kmマラソン9連覇の記録を持つ、坂本明子さんとはスタート地点で話した。足の故障のため、練習できていないと言う。今日は痛み止めをしてもらっての参加と言う。「無理しないようにね。折り返し地点で飲むと良いよ。」と言って鎮痛剤を渡した。

この人のすごさは、不本意なコンディションで本来の走りよりずっと遅いのに笑顔を絶やさず、参加者に元気を与えてくれながら走ること。さすが世界の坂本だっ!



14km地点だろうか、お腹がすいてきた・・と思ったら、お汁粉を準備され配っていた。手がかじかんできていたが、温かさが戻ってきた。でも2時間以内を目標にしていたので、一杯だけご馳走になった。





ゴールの係りの生徒さんは、選手が入ってくる度に、ゴールの布を張ってくれた。ゴールして少し行くと、番号札(ゴール順)と飲み物をくれた。時間は1時間56分。目標の2時間を切った。坂本さんの他に、足が攣ってきつそうな人に、エアーサロンパスを勧めた。昼食のうどんをいただき、自衛隊の方々が準備して下さった風呂に入った。

このような歴史ある天草パールラインマラソンに毎年のように走ることのできる幸せをかみしめた。

帰りに、今から7年前くらいに私が診ていた患者さんの家にお見舞いに寄った。彼女は治療の結果が悪かったのだが、リハビリでかなり改善している。天草パールラインの日に私が立ち寄るので、カレンダーには○印がつけてあり、田○Drと書いてあった。

来年も元気で会おうねと約束して別れた。

2008年3月8日土曜日

木・金・土


さて、この三日間(3月6,7,8日)は、何時ものことではあるが忙しかった。6日木曜日は病院の運営委員会が開催され、20時半過ぎまで会議だった。クラブの例会には参加できなかったが、21時半から二次会に行った。会場の『六文銭』は銀杏北通りにある。何と言っても幻の名酒『むさしの想ひ』がおいてあるのが良い。2杯生ビール中ジョッキの後、お決まりの芋のお湯割り。どういう訳が、メンバー・ゲスト・ビジターを含めて女性と男性が向き合うように座っていた。私は何時ものように、背に壁のあるお誕生席に座った。



ここに写っている10名は全て異なる職種だ。異業種の親睦会は楽しい。この日はやっぱり午前様だったようだ。





金曜日は外来の日だ。慢性痛の患者さんが多いので、電気鍼はそれなりに効果を示してくれる。さて写真は足の腹の鍼を打って、通電している様子。足底の違和感(痛みとしびれ)が取れないと訴えた患者さんだったが、今は大分良くなったと言う。しかし足の腹へ鍼を刺すと、「たいがい 痛がんなはる」
二週おきに外来に来られる患者さん(師匠)と俳句のやり取りをしている。2週前は、東京マラソンを詠んだ、「如月の 都心を駆ける 夢叶う」、今週は字余りで「かじかんだ 手に温もり戻る しだれ梅」。師匠は、ちょっと寂しい句だけど・・と「臭覚の 無き事気づく 春寒し」と、うなぎを食べた時に臭いを感じなくなった句を披露された。毎回、センスか良いと褒めて下さる。褒められると嬉しい。

 夜は手術室の送別会だった。一次会が終って会場を出たら、代行が待っていた。何と準備の良い・・・次の朝、お腹がすいていた。どうやら最後のお寿司とおすましが出た時は既にコックリしていたらしい。しかし、シッカリ6時には起き、K高の周りを2周走った。



土曜日が外来を終え、第10回日本医療マネジメント学会熊本地方会に参加した。医療安全・医療の質をテーマに開催される学会だが、いつも大変勉強になる。特別講演の「医療安全のシステムを創る」では、病院では安心を提供できても、安全を提供できないことを医療関係者も患者さんも知るべきだろうとの話があった。結局、病院資源(資金・人材・時間・設備機器・スペース)をどのように配分してリスクを削減するかが、医療安全システムの構築に欠かせない。





うちの手術室看護師さんが、「患者参画型の術前訪問を目指して~術前訪問面接用紙を取り入れた効果~」を発表した。堂々とした発表ぶりだった。彼女の発表時間13時10分に間に合うために、タクシーで会場に行ったので、帰りは病院まで歩いて帰った。丁度良い運動になった。

明日日曜日は天草パールラインマラソンの日だ。今日は沢山飲まずに早く寝よう。

2008年3月6日木曜日

南九州地区洋上救急支援協議会連絡調整会


南九州地区洋上救急支援協議会連絡調整会が3月5日開催された。当直明けでの外来終了後、実に31時間連続勤務後の会議だった。洋上救急支援協議会とは、南九州(熊本、鹿児島、宮崎)の各漁協と第十海上保安本部、各県の協力病院の代表が集まっての会議である。熊本は八代海、有明海でほとんど外洋での事故がない。鹿児島での事例が多く紹介された。外洋での傷病者発生の場合、保険代理店を通して第十海上保安本部に連絡が行き、協力病院の医師・看護師を登場させた過剰保安本部のヘリコプターが現場に向かう。収容後協力病院へ搬送する。ヘリポートまで病院車や救急車だ出向き病院に搬送する。ヘリポートがない病院だと対応できないな・・と思いながら、船酔いしやすく、高所恐怖症の自分はヘリで現場まで行かなくていいかな・・・と思った。

2008年3月4日火曜日

単車が壊れた!?

 いつも6時過ぎに来る熊日配達の小父さんが未だ来ない。少し待っていたら、単車を押しながらやって来た。チェーンが外れたそうだ。10年以上乗ってるから・・・と笑っていた。 いつもキーッというブレーキの音で直ぐ近くに居られることが分かる。明日は修理して配達お願いします!

 昨日の雨で、路面が濡れ空気も冷んやりする。走り出すと気持ちよかった。昨夜から今朝までが呼び出し当番、今晩は当直だ。頑張ろう。