2008年2月21日木曜日

試験採点


今朝も氷点下だった。霜柱がたっていた。最近右肩が痛いので斜め腕立て伏せはしばらく休んでいる。今週の日曜は横島いちごマラソンだ。そう言えば、今回のパンフレットに載っている昨年のスタートシーンに、自分の顔がシッカリカメラ目線で写っていた。









 昨日ほど綺麗ではなかったが朝焼けを写した。昨日の朝はデジカメを持って走ったのだが、何とバッテリーを入れ忘れていたのだ。





 

 総○医△福□学院で実施した試験答案が送ってきた。今日中に採点し、記述式の解答欄には何か書こうと思い、仕事が終って頑張った。最終講義で丁寧に?教えていたのでなかなか良くできていた学生が多かった。
 満点も数名いた。記述式問題は下駄を履かそうとの親心の出題であったが、選択式でも合格点に至らず、記述式でも下駄になりそうな記載がない学生もいた。 今回の試験は、実習前の最低知識の確認の意味がある。もし、再試になってもめげないで欲しい。公約どおり再試は同じ試験問題なのだから・・・   大学勤務時代、試験問題作成を命ぜられて教授に数問持っていったことがある。教授から、「学生当時の君の能力を思い出しながら作った問題かね?」と聞かれたことを思い出した。

2008年2月18日月曜日

今さらではありますが・・・バレンタインデイの報告


2月14日はバレンタインデイ。この年になってもチョコレートをプレゼントしてもらえるので素直に喜んでいる。テーブルに2月14日までに病院でもらったチョコレートを並べて写真を撮った。もちろん○○病棟一同・・というのが一番多い。本命の家人からのは、14日が当直だったので、きっとネズミにかじられていることだろう。15日夜遅く自宅に帰ったら、娘からのチョコレートがテーブルに置いてあった。なになに!伊佐美チョコレートと書いてある。芋焼酎の香りのするチョコレートだった。さすが、我が娘だ。
その後もチョコレートが続々届いた・・・(と書いておこう) 3月14日のクッキーデイでは毎年おおごっつする。

東京マラソンその2


スタート時点の気温は2.5℃だったそうだ。日なたでは寒さは感じなかったが、日陰に入ると寒くてたまらなかった。スタートの号砲は聞いていない。ただ、皆がスタート時刻に手を振って喜んでいたので、自分も喜んだ。スタートから13分半でやっとスタート地点に到着した。お立ち台には、大会会長河野洋平日本陸連会長と石原東京都知事が手を振って見送ってくれた。


 

向かい側では男性合唱団が 格調高い合唱をしていたが、何の歌かは分からなかった。しかし力強い響きを感じた。








歌舞伎町のあたりは下り坂でスピードを増したいのだが、周りの参加者に気配りをしなければならない。やけに息苦しそうに走る60代と思われる男性ランナーがいたので、声をかけた。exercise asthmaがあるという・・・・普段20分も走れば次第に慣れてくると言う。決して無理をしないように と諭し、前へ進む。






寒いので水分を補給すると直ぐにトイレに行きたくなる。が、簡易トイレをかなりの数準備しているとは言え、この参加者だ。用を足すのに5分以上かかった。4回行ったので、20分ロスか・・・



さて、右側に皇居が見える。内堀通りに入った。もう少しで日比谷を通り、芝、品川方面に行く。




芝の増上寺と東京タワーが美しい。増上寺の今月のことばには、「来福  寒さ 厳しさ 越えれば 春だ 鬼は外ゆけ 福 早く来い」と書いてあった。
この辺で、てれっとクラブの飯○さんとすれ違う。飯○さんが約7km先を走っ
ている。




銀座から浅草雷門前を通り、再び銀座へ。流石東京! 沿道の人垣が途絶えることがない。特に新宿、浅草、銀座は沢山の応援の人たちだ。
ドクター頑張れ!とか日医ジョガーズ頑張れ!の声援も耳に入る。

ゲップが出ずに胃が張って苦しいと倒れている青年を発見。駆けつけて話を聴き、右やや下にしたファーラー位になって暫く休憩するように指示する。



バナナ、アンパン、クリームパン、スポーツドリンク、水などの公式エイド以外にも、おしるこ、饅頭、チョコレート、黒砂糖、飴を差し出す応援の人たちが大勢いて励まされる。

足を引きずって痛々しそうな青年にエアーサロンパスで元気付けた。





あと5kmでゴール半分は歩いているが、私はゆっくりと走る。ひっくり返って両足をマッサージしてもらっている青年を発見する。聞けば両大腿の裏の筋肉が攣ったと言う。今さらではあるが、後ろ向き歩きやストレッチをして、ハムストリングを鍛えるように諭す。






すでに42kmに到達した。ゴール前には観客席ができており、スター気分でゴールできる。
ゴール! 時間は5時間31分。記録としては最悪だが、3名の問診と処置、約30名への声かけなど、走る医療班としてシッカリ働いた。何より、東京を走りぬき、写真も沢山撮った。素晴しい5時間半だ!二時間そこそこで走る人の気が知れぬ。
この後、完走メダルなど様々な記念品をもらった。更衣会場では新潟の米コシヒカリでつくったおにぎりとパンがふるまわれていた。
至れり尽くせりの大会ではあるが、何といっても気候が寒すぎる・・・と思ったら、来年は3月22日開催という。こりゃいい!!
この大会を企画された方々、実行委員の皆様、ボランティアの皆様、沿道で応援してくださった皆様に感謝いたします。また走る医療班としての機会をくださいました、日医ジョガーズの役員の皆様ありがとうございました。

東京マラソンその1


2月17日の東京マラソンに日医ジョガーズの医療班(従来走)で参加することになった。東京の天気は熊本の一日後と言う(勝手に言っているだけかもしれぬ)16日(土)は外来を済ませて慌てて空港に向かった。阿蘇山は冠雪し空は綺麗に晴れていた。ギリギリで空港着。しかし!








な、なんと使用機材未着。東京向かう飛行機がまだ着いていないのだ。これでは日医ジョガーズの前日打ち合わせに間に合わない。羽田に着いたら直接国際展示場に行って受付だけすることになるではないか・・・




受付を済ませ、展示場内のスポーツ用品などの出店に向かった。そこでは小出監督の東京マラソン攻略法のビデオが上映されていたので、少し勉強した。








ホテルは新宿南口近くにある。宮崎県物産店KONNEに行き、おび天定食に地鶏焼きを添えビールを飲んだ(焼酎を頼みたかったが土日だ準備していません・・とのことだった)。しかし、フルマラソン前日のカーボローディングにしてはカロリーが少ない。もう一軒、喜多方ラーメン屋に行って、ラーメンと餃子を食べ焼酎を飲んだ。






翌朝、都庁舎内の集合場所に行く。前日の打ち合わせ出れなかったので、自分だけが日医ジョガーズのビブスが無かった。しかし、日医ジョガーズのランニングとスペシャルオリンピックスの医療ボランティアゼッケンを組み合わせて着たので、意外と違和感を感じなかった。真ん中は走る医師による医療班をまとめてくださった、小○先生。ヘリウムの入った赤い風船をつけて走るので、目立つ!!





招待選手や記録を狙う選手はスタートライン近くに位置するが、私は4時間30分くらいで走る人たちのケアをする係りなので、Hグループに入った。32000人の参加者だ。種子島の人口とあまり変わらない(種子島の方が数千人ほど多い!!)。





スタート地点は都庁前だがゴールは東京ビッグサイト国際展示場だ。預けた荷物は大型トラックに載せられ、一足先にゴール地点に向かう。


2008年2月13日水曜日

大きな夕日に感動


 今週は祝日があり、実習日は一日少ない。しかも二人で実習に来たのでなるべく別々にして鍛えることにした。今日の外来には児○さんがきてくれた。15分間の昼食時間をはさんで、17時過ぎまでかかった。黒○さんもY先生のDrug Challenge Test の助手として頑張った。頑張ったご褒美におやつをあげた。



さて、一週目1km、二週目7km、三週目8kmと徐々に距離が伸びてきた。今日はやらせの写真ではなく、かっこつけの写真を撮った。



長六橋を渡る時、西の空に夕日が大きく見えた。皆、「わーっキレイ」と言ったので、写真を撮った。昔は、夕日に向かって「馬鹿野郎ー!」と叫ぶのが定番だったが・・・


さて、2.5km走ったところで、「あのーきついのですがー・・」
との申し出があり、引き返した。二人合わせて10kmだからいいかっ・・

2008年2月11日月曜日

フランス料理昼夜続く


今日後輩の結婚式があった。麻酔科に入って始めての外勤病院(大学病院以外の病院)が私の病院だった関係で、主賓の挨拶を頼まれた。
江○先生に予め自分をアピールするような文を送ってもらった。一緒に仕事をしていた頃を思い出しながら話をした。
小説家三浦綾子さんが続・氷点で引用している、多分スロベニアのジェラール・シャンドリーさんの言葉「一生を終えて後に残るのは、我われが集めたものでなく、我われが与えたものである」を紹介し、お互いが互いの賜物を与え合いながら、幸せな家庭を築かれることを祈ります。と締めくくった。





お嫁さんの主賓は熊本労災病院手術室師長の永○さん。24年前私が労災病院に勤務していた時の新人ナーズだ。当時を懐かしく思いだした。今でも、あの頃の話が(あの頃は良かったと・・)話題になると言う。永○さんは、とても機転に富む優秀ナースだった。今日の新婦側の挨拶を聞きながら、改めてそう思った。






江○先生の実家は有名な和菓子屋さんだ。披露宴ではフランス料理だったので、洋菓子しかでなかったので、心配したが、お土産は和菓子だった。

実家の恭○堂の和菓子は熊本でも有名だ。なかでも桜餅は絶品だ。時々江○先生が差し入れしてくれたことを思い出した。







夜、姉一家と合同で会食した。母の12周忌記念の会食だが、七○でしたのでフランス料理だ。今日は朝食をパスしたし、7km走ったのでまっいいか・・・

2008年2月10日日曜日

熊本に住んで


熊本に来たのが36年前19歳の時、2年半の八代時代と2年間のアメリカ時代を除く32年間の熊本暮らしだ。夏の暑さと冬の底冷えにも慣れた。熊本弁も友人や患者さんから教えてもらった。
子どもたちにふる里は何処?と尋ねれば、間違いなく熊本と答えるだろう。16時ごろジョッギングに出た。東に雪を被った阿蘇山がはっきりと見えた。
 車帰にある熊本YMCA阿蘇キャンプにはYMCAやワイズメンスクラブの研修会で何回も泊まった。外国からのお客様を阿蘇中岳の火口見物に何回も案内した。
 てれっとウルトラマラソンクラブに入って、阿蘇の楽しみ方を随分学んだ。南阿蘇の温泉センターに車を停め、周囲の山を走り温泉に入り帰る。JRと南阿蘇鉄道を利用すれば、風呂上りのビールが楽しめる。温泉と言えば、阿蘇のみならず自宅から2時間以内で熊本県内の温泉地に行ける。
 
 野菜、果物、肉、魚も美味しい熊本産が手に入る。ビール、焼酎、酒・・・  ああ熊本に住んで良かった。 住めば都ってこういうことなんだなと思った。
 明日は後輩の結婚式だ。散髪にも行った。さあ挨拶の原稿を見直そう!