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2019年10月19日土曜日

第10回新都心麻酔懇話会

19日、新都心麻酔懇話会が野村ビルで開催された。各ミットと関連病院の若手の発表は、時間のない中頑張って準備してきたことが分かる力作だった。
特別講演では広島大学の濱田宏先生から術後疼痛管理についてのお話し。各臨床科との協力で施行されてきた努力の結果を勉強させていただいた。


若手の発表では小林先生が最優秀賞を受賞された。おめでとう

2019年7月19日金曜日

日本ペインクリニック学会第2日目

19日、臭い臭いと家人に起こされ、歯を何回も磨きモンダミンでうがいをしてガムを噛みながら会場に向かった。本日発表のポスターを貼り再び山本会長挨拶と会長講演を拝聴した。一般口演「がん性疼痛」で座長を務めたが、発表の皆さんを褒めることとアドバイスをすることを心がけた。

午後から総会があり、功労会員の推戴状を細川理事長から受けた。感激した。
午後のセッションを拝聴し、自分のポスター発表を終えた。

イブニングセミナーの後、会員懇親会が県立劇場のロビーであったが、熊本大学麻酔科の新入医局員の皆さんと親しくお話しすることができ感激した。その後路線バスで市役所前に行き、東京医科大麻酔科の懇親会会場「城見櫓」に行った。ここから熊本城天守閣が良く見える。内野先生は夏風邪?か体調がすぐれず、おかずを何品も分けて下さった。心配だ。

福井、岡田、関口、栗田先生たちを連れて「プラス・ワン」に行った。焼酎村尾や佐藤を飲みながらいつの間にか貸し切り状態になったお店はカラオケ大会になってしまった。森さんご夫妻に送っていただく。感謝。

2019年7月18日木曜日

日本ペインクリニック学会第1日目

18日、日本ペインクリニック学会第1日目、家人に会場の県立劇場まで送ってもらう。会長挨拶に間に合った。ふくい福井先生の内臓神経ブロックを拝聴、自分が紹介したケースも紹介してもらえた。



昼休みに家人の迎えてもらって楠にある銀行に行き通帳の整理をし、車の中でサンドイッチを頬張りながら会場に戻った。」目いっぱい講習会も受講し、隣の学園大に開催された評議員会に参加した。これまでの学会への貢献が認められ「功労会員」をいただくことが決まった。学会では貢献というより多くのことを学ばせてて頂いた。感謝。

雨と雷の中熊本ホテルキャッスルに貸し切りバスで移動し、会長招宴に参加した。評議員の皆さんが多然参加していた。ここでは、熊大の小松先生や林先生を多くの有名な先生方に紹介した。自分ができるこのようなことは、恩師森岡亨先生に学んだことだ。

その後、馬料理を堪能したいと言う内野先生を「むつ五郎」にご案内し、大切なお客様をおひとり迎え3名で食事、いつのまにかラーメン屋さんによって帰っていた。

2019年6月21日金曜日

第24回日本緩和医療学会学術大会

21日、日本緩和医療学会でポスター発表をした。オピオイド大量使用によって生じた痛覚過敏症の症例報告。この数年、ケミカルコーピング、シュードアディクション、ハイパーアルゲジアなど、オピオイド鎮痛薬の影も部分に興味を持って発表するようになった。懇親会には倉地先生と出席し、お会いした先生方に彼女を紹介した。


会場の横浜は荻窪から2時間弱で通えるが、大変疲れる。横浜に泊まったほうが体の負担がないようだが。

2018年7月21日土曜日

第52回日本ペインクリニック学会

19日、20日、21日は第52回日本ペインクリニック学会。今年のペインクリニック学会は品川で開催されるので通いの学会。第1日目この日は講習会や評議員会に参加する。度の合わないメガネをジャケットの上着外胸ポケットに入れていたが、満員電車の中で誰かに引っかかって行ったのか品川駅を降りた時に失くなっていた!失意の中学会に参加したが、見えないので全て最前列で聴講しメモを取っていた。東日本忘れ物センターに電話したが届いていない。ケースに入れてなかったので踏まれて粉々になったのだろう。ここはスパッと諦めた。

2日目、午前中最初に座長、一つ講演を聴いて、病院に戻り外来と病棟患者診察を行い再び会場へ。ポスター発表をするというタイトロープの離れ業を演じた。懇親会に少し顔を出しで港南口近くの居酒屋さんで東京医大の二次会に参加した。一日目の不幸を話しながら、お開きになったが、残っている靴に自分の靴がなく、Medical Walk2万円ぐらいの上等の靴を履いて帰ることになった。勿論店の方に届けているが8月になっても誰からも連絡がないという。

3日目、朝から最後まで聴講する予定を組んでいたので力を振り絞っての参加。閉会式にも参加し、順天堂大学スタッフ皆さんとの記念写真にまで同席させていただいた。井関会長はじめスタッフの皆様に感謝申し上げます。

2018年2月16日金曜日

慢性疼痛学会第2日目


16日、日本慢性疼痛学会第1日目。ホテルから歩いて会場に行き、8時半スタートの会長挨拶からどん欲に参加した。基調講演「慢性疼痛を巡って」宮崎東洋先生から本学会の1982年創設からの裏話などの紹介があった。以前研究会の時は年二回の開催で1992年学会になってからは年1回の開催になったようである。一般演題のセッションに行き、神経ブロック療法では岡田先生の発表を聴いた。次のがん性痛のセッションで、荻原先生についで自分の発表だった。ここで重大な忘れ物に気付く!化学療法前後の腹部CTの写真を入れ忘れていた!しかし無事に発表終了。ランチョンセミナーではトリガーポイントブロックについて勉強し、午後からは第一回の臨床心理士会の様子を拝聴した。娘が大阪に来て集中研修会を受講していると聞いていたので会えないかな?と思ったのだが、既に終了して熊本に戻ったようだった。痛み治療での患者説明と同意取得:薬物療法を中心にを聴き、イブニングセミナーでは慢性疼痛治療におけるオピオイド鎮痛薬の位置づけ‐最近のガイドラインの動向を中心に‐を拝聴した。

懇親会では近畿大学の吹奏楽部の演奏を楽しむ、美味しい料理を食べながら色々な方々とお話しすることができた。まだ近代マグロの解体ショーがあるのに19時過ぎに会場を抜け、福島駅近くのフグ料理屋に行った。9名参加で河豚料理堪能したが、お腹はギューギュー詰めで苦しかった。680円でホテルに帰れるので歩くことなくホテルに帰り、轟沈したようだ。

2017年7月7日金曜日

日本医療マネジメント学会

7日、午前4時半に起きて仙台市で開催される日本医療マネジメント学会に行く準備をした。昨夜往復の新幹線切符を買っておいた。552分荻窪発中央線快速で東京駅へ行き、632分発東北新幹線はやぶさ1号に乗った。仙台までは約1時間半で着く。仙台駅から国際センター前まで地下鉄東西線が開通したので、格段にアクセスが良くなった。
開会式には余裕で間に合い、久しぶりに宮崎久義理事長にお会いし挨拶ができた。宮崎先生の基調講演、東北大学川島先生の特別講演「スマート・エイジング~悩を知り、いきいきと生きる~」では、アンチエイジングとスマート・エイジングの違いを教えていただき、目から鱗だった。教育講演では今村日本医師会副会長の「日本医師会における男女共同参画に対する取り組み」では、取り組み当初の実態調査から、環境改善、意識改革に変わっていることが報告された。ランチョンセミナーの時間帯は評議員会に出席した。午後らの招待講演では伊達政宗公の末裔である伊達泰宗氏から「独眼竜政宗最後の決戦」と題し、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」監修時のエピソード。政宗が絶縁状を出した浅井長政公の子孫との和解の茶席、慶長遣欧使節サンファン・バウチスタ号の真の目的とはなど、興味深い話を拝聴することができた。田所慶一会長の会長講演は「働き甲斐のある職場を目指して~」と題して質マネジメントシステムの活用の重要性を教えていただいた。働きがいのある職場の定義として「住民・地域から信頼が厚く誇りをもって働ける。医療安全・感染予防に力を入れ安心して働ける。患者に常に正直に対応できる。の三つを示されたが、その通りだと思った。
総会後に懇親会に参加した。熊本時代からの知り合いと久しぶりに話すことができた。明日は群有会(東京医科大麻酔科の同門会)があり午前中は信州中野の初代教授のお墓参りに行くので、後ろ髪を引かれたが帰途についた。

 

8日、信州中野の初代教授のお墓参りに行くので、1024分の新幹線かがやきに乗った。一行は内野先生、中澤先生、清水先生、鈴木先生と秘書の岩瀬さんと平山さんと自分の7名。今半系列の浅草鉄板亭のステーキ弁当。

長野駅から長野鉄道に乗り換え信州長野駅へ。ここからはタクシーで法雲寺に向かった。例年この日は気温が上がる。既に34℃を越えたようだ。昨日か今日の午前中にどなたかみえたのだろう。まだ枯れていない花が飾ってあった。準備した花も一緒に飾った。お線香を捧げ、皆で記念写真を写したが、なんとSDカードを入れ忘れていたのでお墓参りの証拠写真がない!内野先生のカメラには彼がお参りしているところは写してはいるが。

信州中野駅の近くのミスタードナツが2年前から無くなり、未だ次の店が入っていない。暑いのでの近くの酒屋さんに行き、冷やした地元のお酒(4合瓶)を買った。首筋に当てて応急処置をした。名前は「一滴二滴」。駅のプラットフォームには涼しい風が吹いていたので、ここで電車「Snow Monkey」が来るまで自撮りをした。

長野駅隣のホテルのレストランで待ち時間の間軽食を取った。辛いジンジャエールが美味しかった。皆はカレーを頼んでいたが、自分は朝ランの後にしっかり朝ごはんを食べていたので、お腹は空いてなかった。が、岩瀬さんからカレーをいつの間にか半分分けてもらって食べていた。

 

8日、群有会(同門会)はハイアット・リージェンシー・ホテルで開催された。初代三宅有主任教授のお名前から群有会という名前がある。立場上、大先輩と同じテーブルに席をいただいているが、久しぶりにお会いする先生方からも声をかけていただくようになった。自分も受け入れていただいていると思うと嬉しい。今回も多くの先生方とお話しする機会を得た。

明日は東京麻酔専門医会リフレッシャーコースで講義をすることになっているので、いつもよりは控えめに飲んだつもりだが。

 



 

2017年6月8日木曜日

第64回日本麻酔科学会第1日目

8日、8-9日に第64回日本麻酔科学会が神戸市で開催されるので、8日朝に羽田から神戸空港に向かった。航空券は片道11000円ちょっとで新幹線より安い。会場がポートピアホテルと国際展示場なので空港からのアクセスも良い。12時からのランチョンセミナーに余裕で間に合った。8日に聴講したのは、1)Patient Warming : Anesthesiologist’s Role in Orthopedic Infection Reduction、2)iPS細胞技術の神経系再生医療および疾患研究への応用、3)脳虚血の新しい治療戦略:その可能性、4)がん性疼痛における神経ブロックの意義、がんの痛みを取るのに神経ブロックは要るか?のディベート、5)医療情報の利活用と個人情報保護:麻酔科医が知っておくべき倫理と情報管理の5つで、まさに脳がパツンパツン状態になった。キャリーバックを引きながら宿泊ホテルに向かったが、ホテルのアクセス地図が悪いのか自分が地図を読めないのか、たいそう遠回りをしてホテルに着いた。直ぐに東京医科大麻酔科の懇親会場の中華料理屋に行ったが。開始時間に30分も遅れていた。

遅れた分を取り戻そうと少しだけ頑張った。ビールで導入し紹興酒で維持しながら一次会の終わりから二次会にかけては芋のお湯割りに転じていた。優しい後輩たちにホテル玄関まで送ってもらい、部屋に帰ってあっという間に眠ったようだ。
 

2017年2月17日金曜日

第46回日本慢性疼痛学会

17日、46回日本慢性疼痛学会が京都三大学教養教育共同化施設{稲盛記念会館}で開催された。京都府立医科大学疼痛・緩和医療学教室の細川豊史先生が会長を務められる。興味深い講演、シンポジウム、ワークショップが目白押しで、朝から懇親会まで一時の居眠りもなく頑張った。京都の底冷えか、部屋にいる時は良いのだが廊下にでるとぐっと冷える。会場の外に出る気にもなれない。

懇親会では、京都府立医科大の若手の先生方や北里大の金井先生と親しくお話しすることができた。




東京医科大麻酔科OBの立原先生とはこの会でじっくりお話しできる。熊本のそして故森岡先生の大ファンだ。




その後、鴨鍋会へ移動し、参加してくれた初期研修医や教授会のために遅れて駆けつけて下さったU野先生も加わり英気を養った。

2016年7月8日金曜日

日本ペインクリニック学会2日目

8日、午前中回診をして麻酔科評価外来に移り午前中予約の患者さんの診察を行った。午後には緩和ケア外来の予約の方の診察をした。
15時頃に病院を飛び出し横浜へ向かった。昨日に引き続き漢方のセミナー、ペインクリニック専門医のガイドラインの話しを拝聴した。
懇親会に少しだけ参加。佐賀大の平川先生とも会話を交わすことができた。その後、大瀬戸先生、西山先生と中華街に移動し、北京に既に集まっているT医科大麻酔科の先生たちや初期研修医、学生さんと合流した。

お腹一杯に食べ、明日の予定を気にしながら帰途についた。

 

2016年7月7日木曜日

日本ペインクリニック学会第1日目

7日、パシフィコ横浜で日本ペインクリニック学会が開催された。初日は850分からの会長挨拶から始まる。朝は病院で麻酔導入を手伝い、回診をできるだけしてランチョンセミナーからの出席になった。
午後は用語委員会、漢方治療のリフレッシャーシンポジウム、フィンランドから来られた先生の招請講演を拝聴した。

評議員会の後、会長招宴が開催されるレストランに移動した。会場から桜木町駅誓うのレストランまで歩くと結構お腹も空いた。
ジャズ演奏の中での会食で、横浜の夜景も美しくとても料理も美味しかった。


同じテーブルには、琉球大の須加原先生、慶応大学の橋口先生のほか、大御所の先生方もおられた。愛知県で在宅医療をされている河西先生とは在宅緩和ケアで話が盛り上がった。

 


2016年6月17日金曜日

日本緩和医療学会1日目

17日、阪急線の河原町電停出口6から歩いて5分の場所に宿泊したホテルがある。温泉付きホテルでシンプル。昨夜は温泉に入った。朝8時半からの会長講演に間に合うようにホテルを出た。

会長講演のテーマは「日本人の死生観と宗教観」で、日ごろ興味を持って勉強していたので面白かった。




次に大学病院フォーラムに参加、テーマは「予期せぬ急変に対する対応医療者への教育と多職種連携」。日頃遭遇する事例と似たケースも紹介される。ここでは発言し、フォーラム終了後に数名のシンポジストや会場内の先生たちと話す機会を得た。「緩和ケアの地域連携」のセッションを聴講し、ランチョンセミナーは緩和ケアスクリーニングについての報告を聴いた。スクリーニングをどう生かすかが問題であることは言うまでもない。
「米国における慢性がん性疼痛、非がん性疼痛へのオピオイド療法:鎮痛、乱用、依存」、「緩和医療のための統計学」、「緩和ケアチーム:私のところはこうしている」に熱心に参加した。
懇親会にもしばらく出席した。京都らしく芸者さんの出し物もあった。





2年前の学会でお会いした福山の薬剤師さんと再会した。熊大の山本先生とも近況報告ができた。




1945分に街道を出て河原町に行く。先斗町の川床の店を後輩が予約してくれている。串揚げの店で、ふつう1214本食べるそうだが、我々は全ての種類20本を完食した。下を流れる鴨川沿いに以前は早朝ランをしていたことを思いだした。


2016年2月26日金曜日

日本慢性疼痛学会一日目

26日、日本慢性疼痛学会1日目。佐藤会長、平川実行委員長とは熊本時代から親しい。朝は佐賀城址の周りを走る。一か月後の種子島ロケットマラソンでは6時間を切らねばならない。

 
赤松小学校の校門に校長先生?が立って、児童たちに「おはよう」と挨拶をしておられた。中には飛びついて甘える低学年の子どもたちもいた。

 
 
会長講演、基調講演、教育講演、特別講演と面白き企画が目白押しだが、自分が座長を務める「緩和ケア、全人的医療」のセッションが気になる。丁度第一席で発表するG先生と言葉を交わすことができた。セッションは意見も活発に出て時間数分伸びたが終了した。写真はT医科大からの参加者。
懇親会では、島根の斎藤先生や熊本の田代先生や小松先生とも話しすることができた。

 
 
 
懇親会を途中で抜け、東京医大の大瀬戸、西山、福井、濱田先生たちと、会長お勧めの居酒屋に行った。海の幸は流石に新鮮で大盛だった。

 
 
ホテルに帰り、近くのラーメン屋に行った。今日は走ったし、座長も無事務めたからご褒美・・・。

2016年2月25日木曜日

慢性疼痛学会 in 佐賀

25日、朝からの手術の麻酔導入と手術終了前から覚醒・抜管の指導をし、その間病棟回診をした。午後から続きの回診をして病院を出たのが1445分になっていた。

インターネット検索では、新宿駅から湘南・新宿ラインで大崎に行き、そこから品川まで山手線で移動。品川から京急で快速羽田空港行に乗ると1538分に羽田空港国内線駅に着く。これでないと間に合わないことが分かった。いつものギリギリ駆け込みで飛行機には間に合った。しかし・・デジカメが無い?!

佐賀空港に着陸し、床に置いた手提げバッグから抜け出したのではないかと探し始めたら、後ろの席の方から「このカメラはお宅のカメラですか?」とカメラを渡してもらった。良かった・・・。

評議会会場に着いた時には、既に評議会は終了していた。会長招宴に出席した。佐藤会長と懇意にしておられると言う落語家の三遊亭竜楽師匠の古典落語の一席もあり、楽しかった。独協医大や、順天堂大学の先生たちと緩和ケア研修会の対策などについても情報交換をした。

2015年10月22日木曜日

日本臨床麻酔学会2日目

22日は日本臨床麻酔学会2日目。午前中手術室で麻酔導入の指導、病棟回診をし、カップラーメンをすすって横浜の会場に向かった。ランチョンセミナーに間に合いたかったが、患者さんと向き合う時間を優先した。
午後から、自分の興味あるシンポジウムや招請講演を拝聴した。
会員懇親会がある大桟橋にシャトルバスで行った。より子さんのチャリティーコンサートもある。早く着いたので大桟橋から横浜ベイブリッジや、パシフィコ横浜方面を鑑賞する。風が冷たくなってきた。
会場でウェルカムドリンクを飲みながら開演を待つ。その間T海大学緩和ケア講座のT中先生と親しくお話しすることができた。研修医も3名来たので音楽を楽しんだり、食事をとりに並んだりした。

より子さんは大きな病気を克服し歌手となった。豊かな声量と表現力が美しい声にインパクトを与える。オリジナル曲はもちろんだが、他の歌手の持ち歌も素敵に歌われる。

 
 
 
 
食事はそこそこにして、中華街のT医科大学懇親会会場に向かう。どうやら一番乗りのようだ。U野先生が到着して乾杯。大〇戸先生が到着してもう一度乾杯!2日続けての中華料理も良い。




Ho君も駆けつけ、このような懇親会や飲み会にはいつも当番が当たって不遇な思いをしていた鶴〇先生の顔には笑顔が絶えなかった。鶴〇先生とは逆に飲会で良く会うM岡先生やF市先生の頬っぺたには、そろそろ入局許可の印鑑を押してあげようと思うがどうだろう?

帰りは西〇先生と一緒になって中野坂上で別れた。

2015年10月21日水曜日

息子の誕生日と日本臨床麻酔学会第1日目

1021日、次男の誕生日なので朝お祝いメールを送った。家人からは財布をプレゼントすると連絡があった。
さて、午前の手術室麻酔導入と回診、午後の病棟回診を終え丸の内線から副都心線を乗り継いでみなとみらい駅へ。今日から日本臨床麻酔学会がパシフィコ横浜で開催される。水、木、金の平日3日間なので丸一日は出にくく、どうしても仕事を済ませてからの参加になる。17時からの日本ペインクリニック学会用語委員会への参加が今日の目的。少し時間があったので、臨床研究に関するシンポジウムをしばらく拝聴することができた。
用語委員会は用語集の第4版を出したばかりなので、自分の任期中はじっくり第5版に掲載すべき用語を選択するのが主な仕事になる。しかし、用語解説集を1115日までに見直しするようにとの宿題が委員長より出された。また新しく委員になられた4名の方と挨拶を交わすことができた。
18時過ぎに今日の懇親会会場である中華街にある「北京」に着いた。未だ誰も来ていない。ママさんに案内してもらい近くのコンビニに充電用電池購入とお金を引き出しに行った。帰りに板〇先生と会ったので、二人で「北京」で飲み始めた。19時過ぎに今日の出番を終えたT医科大麻酔科のスタッフが集まってきた。小〇先生は子どもさんを連れての参加。三歳だがとてもしっかりして自分のしたいことをはっきり言う。
かくして「北京」の最お得意様用デラックスコースは参加者のお腹の中に消えて行った。ビールから紹興酒に切り替わり、やっと一息ついた自分はU野先生御自らの取り分けに感謝しながら明日の朝食の分まで食べていた。

帰りは中野坂上まで一緒のS根先生に頼って電車の中で居眠りをしていた。

2015年5月29日金曜日

日本麻酔科学会1日目

27日、今日から神戸で日本麻酔科学会が開催される。緊張したわけではないが5時過ぎに目覚めた。冷蔵庫を覗くと、週末まで持ちそうもない豚肉と玉ねぎがあったのでピラフを作った。朝から重い食事になった。
入院しておられる緩和の患者さんを何人も診ている。朝の麻酔科ミーティングと麻酔導入指導の後病棟回診をした。「今日は8名ほど回診お願いしますと」専従スタッフナース.から連絡があったが、新規の緩和ケアチーム介入の申し込みもあり10人以上になった。11時過ぎに病院を飛び出し、東京駅に向かった。
昼食はミックスサンドにした。これなら夕食までにはお腹がすいてくるだろう・・・。






会場で登録その他を済ませて、周術期管理チームのシンポジウムに行った。日本でもかなり前から精力的に活動している4つの医療施設からの報告があった。
日本麻酔科学会と小児外科の学会が重なり、神戸のホテルは確保が難しいと言われたが、兵庫駅近くのホテルを確保できた。チェックインし荷物を置いて初期研修医たちが待つ懇親会場に行った。何と15名の初期研修医が神戸に来てくれた。既に盛り上がっていたが、皆のノリについていけるように心がけた。このうち何人が麻酔科に入局してくれるのだろうかと思った。実は10名以上は・・・と期待している。

二次会は近くの中華料理の店を借り切って、紹興酒、何種類もの餃子、チャーハン、中華そばまで、お腹が緊満するまで食べていた。U野先生は明日の講演や座長の準備を抱えていると、早めに帰られた。いつも感心する。

後輩から「先生は真っ直ぐタクシーで帰ってください」とやんわり指示が出たので、その通り真っ直ぐ迷うこともなく帰った。

2015年2月9日月曜日

日本集中治療学会一日目医局懇親会

9日、今日から日本集中治療学会が始まった。K中央病院の仕事を終え、お台場で医局員と初期研修医、留学生の懇親会をしている会場の居酒屋さんに行った。すでに宴も盛り上がっており、オランダからの留学生サニーさんの横に座った。向かいに座った幹事のO田先生やO山先生の御もてなしが素晴らしく、ついつい(小さなコップであるが)4杯もビールを飲んでしまった。

会場からはレインボーブリッジや東京タワーが良く見ることができる素晴らしいロケーションだった。

終了後は、真っ直ぐ家に帰り温泉風呂にゆっくり浸かった。

2014年7月26日土曜日

第48回日本ペインクリニック学会と第14回ペインクリニック診断研究会

T医科大学の大〇戸先生が会長を務める第48回日本ペインクリニック学会が7月24日から始まった。この日は自分が会長を務める第14回ペインクリニック研究会も開催され、熊本大学のT代先生が「心因性疼痛は存在しない」、T医科大学のE藤先生から「脊椎変性疾患の手術療法の適応と限界」と題して講演をしていただいた。お二人ともかなり準備をしてくださり、発表時間も守っていただいたので充実した会になった。会が終わった後も、フロアや廊下で質問者に囲まれている二人を見て、この二人を演者に選んだ自分をほめていた。お二人とも、お互いの発表に感銘を受けていたようだった。
評議員会の後、大〇戸会長の会長招宴があった。ここでは医局関係のU田先生の弟さん(シンガーソングライター)の歌を楽しみながらの懇親会でだった。






T医科大の先生たちとも大いに語り合った。




九州から来られた皆さんと楽しくお話しする機会を持った。
これだけでは飲みたらない?九州勢を連れて、すし居酒屋前田に行った。皆さん流石に良く飲む。熊大の他に、九大、長崎大、久留米大、佐賀大、宮崎大の先生方と懇意になれたのは良かった。皆で写した写真の白抜きの部分に関しては数年は真実を語らないようにしよう。




25日は、23日に羽田国際空港に迎えに行った、オランダのVisser先生の会長招聘講演があった。講演の全文抄録を翻訳してHPにアップしたが、おかげで良く勉強する機会をいただいた。英語で質問し、講演会の質疑応答を盛り上げるのも自分の役目だった。
その後、自分とがん研有明病院のH部先生が座長兼発表者、弘前大のS藤先生と佐賀好生館病院のK杉先生の4名がシンポジストでVisser先生がコメンテーターを務めた「がん長期生存者と遷延する痛み」のインポジウムを行った。ここで大活躍したのがS藤先生、かなりエネルギーを費やした発表には、Visser先生が感銘を受けておられたようだ。H部先生のさすが帰国子女というべき流暢な英語と通訳は、途中Visser先生にかかりきりになって肝心の通訳を自分に放り投げた一部分を除いて、聴衆に感動を与えていた。
懇親会ではT医科大の先生たちや、熊本のY本先生やY先生と話すことができたし、T医科大の先生たちとも大いに話した。
懇親会の目玉は、八神純子さん。その歌声は、40年の昔をほうふつさせた。彼女はアメリカ在住で英語も堪能なので、外国からのお客様のお相手も積極的にしておられた。皆で一緒の記念写真をせがんだが、これも許されることだろう。
会終了後、初期研修医の塩〇先生を連れて前田に行った。入局を口説きながら、記念写真を写そうとしたが、カメラの充電切れで写せなかった。




26日は、できるだけ発表を聴きに行った。昼までに市民公開講座の準備を済ませた。
自分が担当する市民公開講座「あなたは「がんの痛み」とどう付き合いますか?」には50名ほどの方々が聴きに来てくれた。ゆっくりわかりやすく丁寧に話すことを心掛けた。暗くならないように笑いも取れるように、しかし家族の支えの素晴らしさが伝わるように話した。二人の方から質問もいただいた。
このようにして3日間の学会が終了した。終了後の記念撮影では、皆の笑顔がはじけていた。

2014年2月28日金曜日

京都へ

2月28日18時27分品川発新幹線のぞみの指定席は満席だった。半分うつらうつらしながら、「貞観政要」の解説書を読んでいた。京都駅に着き、T医科大学麻酔科の懇親会場に歩いた。
Uの先生、ユトレヒトからの留学生二人、初期研修医、麻酔科・ICUスタッフ、関係科の先生たちは、宴もたけなわで盛り上がっていた。







初期研修医男組3名の前に座ってお話ししていたが、21時30分の新幹線で東京に戻るという。思い出して写真を写した時は、3名は帰っており写っていない。しかし入局したら一緒に写真に写ろう!






来年日本集中治療学会を主催する循環器内科のT医局長も来られた。U野先生と一緒に記念写真を撮った。







ホテルに帰った。I田さんからの着信に気付いた。電話をした。I田さんの」奥さんからだった。27日に亡くなられたとの連絡だった。I田さんが安らかに眠られることと、ご家族が穏やかに平安でおられることを祈ろう。