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2013年7月13日土曜日

オレンジバルーンフェスタみらい会と学生クルズス

学生クルズスは金曜日の午前中に行うことが多くなった。この時間帯は麻酔科術前評価外来(術前診察)の担当だが、30分ほど他のスタッフに代わってもらっている。取らねばならない同意書も多く、思った以上に時間がかかるので、午後からの緩和ケア外来までに昼食を取る時間が無くなってしまう。
さて、今週の学生さんは「緩和ケア」の概念は良く理解してくれたが、WHOがん性痛除痛三段階ラダーの中身があやふやだ。弱オイオイドを問うと、「レミフェンタニル」の答えが返ってきたので思わずのけぞった。しかし知らなかったことを理解しようとする意欲は強い。結局皆二重丸になってしまった。

19時から689日に開催されたオレンジバルーンフェスタの打ち上げ会、これからも継続しようという意味で「オレンジバルーンフェスタみらい会」と命名、が西新宿で開催された。薬剤部のM里さんと出席し、地元医師会をはじめ歯科医師、薬剤師、看護時、ケアマネージャー、社会福祉士などの皆さんと交流をもつことができた。

年内に計画していた「いつでも、どこでも、質の高い『切れ目のない緩和ケア』を提供する」多職種研修会を、105日(土)午後3時から中野区医師会で開催することが決まった。フェスタでご一緒した中野区医師会の宇〇先生やW辺先生との立ち話で一挙に決めるという荒業だったが、キーパーソンの日程と会場を優先して決めたので後は事後承諾となる。前日104日金曜日はT医科大学で「がん診療連携推進拠点病院」の研修会があるが、対象がまったくダブるわけでないのでこのまま突っ走しろうと思う。
病院に帰って、会場で話し合った皆さんと、KO大学のH口先生や緩和ケアチームへメールを送った。病院を出て乗った丸の内線は最終電車だった。

2013年2月21日木曜日

初期研修医との会食

20日、麻酔科で研修している初期研修医との食事会を病院近くの焼肉屋で開催した。当初初期研修医6名とスタッフ4名で計10名の参加予定だったが、スタッフ3名が新たに加わってくれた。これも講座発展への責任感と危機感をもってくれたからだろう。

食べ放題+飲み放題コースで、責任皿が済んだら自由に注文できる。ロースとハラミが多かったようだが、店の方は大丈夫だろうか?1か月分の肉を食べ、1日分のビールと焼酎をいただいた。
明日からは日本慢性疼痛学会+神経ブロックEBM研究会モードにフルチェンジせねばならない。
 
 
 
 
 

21日朝、ユトレヒトからの留学生ロバートとカミュラが朝のカンファレンスで感謝の挨拶。思い出をパワーポイントで紹介してくれたが、なんと飲み会や会食の写真がほとんど!!研修修了証明書をいただいたが、そのまま手術室に入り、仕事中の??写真撮影もしていた。

晴れて学長と病院長から証明書をもらった二人は満面笑みで医局にて記念写真。
 

2012年12月17日月曜日

ICU忘年会

午前中から少し復調の傾向あり、ICU忘年会に参加できると、体力の回復を確信した。しかし焼酎のお湯割主体で、生ものは食べないことにした。
席は師長さんの横に座り、温かく見守っていただくことにした。しかし、この席には、看護師さんたちが皆挨拶にくる。隣にいる自分にも、「一年間ありがとうございました」と挨拶し、ビールを注いでくれる。嬉しくてビールを注がれても断らなかったので、いつもと変わらないと思った。写真を撮る時、師長さんは遠くの席に遠征中だったので、主任さんたちを写す。皆さん今日は??美しい・・・と思う。
ICUを利用する各科の医師ともよく話ができた。忘年会は日本では必要だなと思った。ICUで働く医師たち、看護師さんや臨床工学技士、薬剤師の皆さんとよい関係ができればきっと素晴らしいICUになると思う。
飲み会が終わって家に帰った。今のところお腹のチクチクはない・・・。

2012年11月30日金曜日

11月28日

11月28日水曜はリーダーの日、先週とは打って変わって静かな一日となる雰囲気の朝だった。午前中申し込みのあった耳鼻科の緊急手術は、11時には手術室に入るように段取りもつけた。

午後からは学生クルズスも担当した。どうしてか実習に来る学生さんは後からのグループの方が優秀だ。・・・恐らく勉強の量が後のグループ方が多いのだろう。当然か?
ところが、やはり落とし穴があった。正午過ぎに入室した血管外科の緊急手術が済まない。やっと後一例になったところで、M岡先生とさつきに行くことになった。

さつきに行くと、U野先生が医療安全部のスタッフと先に来て食事がほぼ済んだところだった。ここで記念撮影。すでにさつきにあるお肉はなくなっており、豆腐鍋をつついた。病院医療安全の話も聞くことができたし、ヘルシーな夕食で良かった。
帰りの各駅停車で寝てしまったが、鷺宮で起きたのでセーフだった。

2012年11月14日水曜日

ミカエル送別会2と60歳最初の失敗

12日月曜日急遽ミカエルの送別会第二弾をさつきで開催することになった。ストイックなまでに研究に没頭したミカエルの最大の楽しみは、100円ショップでのカップラーメンの買い物と吉野家の牛丼特盛注文だったようだ。
さつきでは、今まであんなに嫌がっていた「納豆」に挑戦して食べていた。これでミカエルはインターナショナルな学生に名実ともに成長した・・・。当然ではあるが、高級?会員制居酒屋「さつき」の御代は全て自分が持った。50代最後の贅沢と見栄っ張りになった。
13日60歳最初の朝を迎えた。雨も上がり朝カレーを食べ、6時半過ぎ家を出発しジョッギングで病院に向かった。朝のカンファレンスと麻酔導入時の応援、一晩中行われていた手術患者のICU移送を手伝った。部屋に戻り、新潟出張の準備と着替えをした。「ない!!」ワイシャツを持ってくるのを忘れていた。

手術着の下に着たり、ジョッギングの時に着る、紺色のシャツ(ピチピチしたシャツ)の上にグレーのジャケットを着た。何か様になった。その上にコートを着て、紺色のシャツを隠しをした。東京駅では時間がなく、シャツを買えなかった。新潟は寒そうだが・・・
そして新潟の帰り、冷たい雨が降り出した。たまらず洋服のA〇〇に行ってワイシャツを購入した。病院に帰り、書類や学会の準備をしていたら、帰りが午後11時になった。写真は買ったシャツを早速着た試着室にて。

ももちゃんの七五三の時と同じケーキが準備されており、ももちゃんから音声付動画のメッセージが届いた。フェイスブックでの誕生祝などに返信していたら、あっという間に14日になった。しかし誕生日の家に帰れたから幸せなものだと思うことにした。

2012年10月20日土曜日

ミカエル


木曜夜、自宅近くのお好み焼き屋さんに寄った。関西風?お好み焼きだが、嬉しいことに焼酎が沢山置いてあった。甕壺保存の焼酎の垂水産温泉水割で飲んだが、すぐに幸せになった。
 
 
 

ミカエルは、スウェーデンの医学部の学生で最終学年。指導者のエスキル先生が19日に帰国する。「これで自分は自由だ!」とご機嫌だ。あと3週間の滞在中にたくさんのことを教えてもらわないといけないので、いつも話し合い研究についての意見を交わす。

金曜夜、夕食にもカエルを誘った。近くの鳥料理の店に行く。焼き鳥を中心に食べたが、カウンターに置いてあるコールボタンに興味を示した。「素晴らしいシステムだ!自分でも押したい!」と言うので、押してもらった。
この数週間休みなしで仕事(研究)をしているので、土日は休みと言う。こっちは平日は忙しいので土日を利用した実験が多い。さてどこまでやれるか。

2012年10月13日土曜日

華金(はなきん)

ない土の前の金曜日は、嬉しい。特に忙しかった週ほど。未だ予定手術や緊急手術が残る午後6時、リーダー濵〇先生に「Have a nice week end!」、明日の当直の?U山先生「Enjoy!」と声をかけ、部屋に移動し、スーツに着替えた。
兄とも慕うTH医科大のMT先生が、会食をセッティングしてくださったのだ。予定とおり白山下出口に出て電話をしようとしたら、わざわざ迎えに来てくださっていた。MT先生行きつけの小料理屋さんで夕食。なんと種子島の焼酎南泉(なんせん)がキープしてあった。ご本人は、自分が種子島生まれとはご存じなかったようだが。
お魚のおいしいこと、つくりの丁寧なこと。写真を撮ることをすっかり忘れていた。お湯割りだと早く酔いが回りますよ・・・と言いながらも、会話は弾み、グラスに何回もお代わりを作った。仕事の話しやプライベートの話しなど、時間が早く流れて行った。
すっかりご馳走になり、次回は新宿界隈で食事ということになった。さつきしかないい・・・。
三田線で巣鴨に行き、山手線に乗り換えた。目覚めたら品川だった。気を取り直して高田馬場に戻り、西武新宿線に乗りかえた。無事に都立家政に着いた。リュックも財布も無事だったが、ズボンが汚れていたけど、どっかで転んだのかな?
ない土の朝、しっかり朝ごはんを作った。昨日の写真がないので、写真は土曜の朝ごはん。昨日と大差ないと写真を貼って気付いた。

2012年2月5日日曜日

ICU歓迎会と歌声広場

金曜日は予定手術2件が延長し、緊急手術が17時から2件入ったのでICUの歓迎会には遅れて参加した。しかし30分もしないうちに追いついた??NさんとT君は数か月前に麻酔科を研修し、入局前の追加の研修先としてICUを選んでくれた。野〇先生や奈〇先生がよく指導してくれるのできっと良い研修ができるだろう。鈴〇先生は1年先輩なので良い話し相手になってくれるだろう。


土曜はある土なのでやることが多い。緩和ケアチームの回診や、実験室での敗血症モデルを作っていたらすぐに1時過ぎになった。熊本の小〇さんからメールと電話をいただいたが、確か午後1時半開始だった。急いで新宿駅に向かいJRを乗り継いで蒲田駅に行った。
会場は駅の近くのビルの5階、20名ぐらいが集まっており、小〇さんとギターと〇山さんのピアノに合わせて歌っていた。懐かしい歌で歌詞がパワーポイントでスクリーンに映し出される。すぐに休憩になったが、皆さんに自己紹介をする機会をいただいたし、小〇さんから何名かの方を紹介されたので、すぐに溶け込んだ。小〇さんはトランペットも演奏され、おやじギャクを連発していた。
小〇さんの大学時代の同級の方々や教え子のKさんと同ビル3階の居酒屋で飲み、小〇さんとKさんと自分は浅草のジャズライブハウスに移動した。
熱気あふれるライブハウスだったが、何せ疲れ果てていたので寝たり起きたり??だった。終了後一人で「さつき」に移動し、納豆ごはんとみそ汁で幸せになった。帰らず、そのまま病院の部屋で寝袋にもぐりこんだ。