4日、丈二に初節句の祝いをするというので、娘の家に行った。丈二は会うたびに可愛くなってきている。未だ手を伸ばしても寄っては来ないが、抱いても泣かなくなった。時には笑顔で愛嬌を振りまく。食事の後はケーキだが、丈二はあまり食べられない・・。そして記念写真。2016年5月4日水曜日
平成28年熊本地震益城町と御船町へ
4日、地震発生(前震)から20日目になる。時々余震が来るが、震度1や2では驚かなくなってしまった。避難所になっている益城町スポーツセンタや御船町スポーツセンターは熊本YMCAが指定管理者になっており、これらの避難所でコーディネーターや支援スタッフとして熊本YMCAやワイズメンズクラブの仲間たちが献身的に奉仕している。
昨日購入した飲むものなどを、是非差し入れしたいと思っていたので届けることにした。九州縦貫高速道路は使えず、第二空港線から益城町に向かう道を選んだ。途中全く車が進まなくなった。住宅の石垣が崩れたり、傾いたりブルーシートが屋根を覆う家が増えてきた。途中車を降りて、運転を家人にお願いし、益城町総合体育館に歩いた。丁度益城町役場のある四つ角が大渋滞の中心で、警察官が交通規制をしている。このあたりの民家は潰れているところが多い。
事務所では、大久保さん、丸目さんたちがコーディネートの仕事しておられた。ワイズの宮崎次期九州部長やYMCAの山根さんたちはこの避難所に詰めて、昼夜献身的に働いておられることを聞いていた。残念ながら会えず、また忙しい状況なので差し入れをお渡しし慰労の言葉をかけただけになった。家人は数日前にここで子どもたちを対象にしたお話し会をしたようだ。また着てくださいと言われたので心が軽くなった。
御船町スポーツセンターの御船町体育館に行くと、YMCAの寺岡さん、鹿児島YMCAの新内さん、東京YMCAの宮田さんたちがおられた。ここは比較的落ち着きを取り戻していると言う。
寺岡さんは避難者の皆さんと朝のラジオ体操をされている。必ず笑いも取るように、蝶ネクタイをしたり、避難者の方とジョークを出し合ったりされるそうだ。体育館の天井が一部破損し落下したので、皆さんは廊下やロビー、会議室などで体を休めておられた。スタッフはプールサイドに簡易ベッドを出して寝ていると言うが、大きな余震が来るとプールの水が溢れてくると笑っておられた。写真は避難所の充電サービス、
昨日購入した飲むものなどを、是非差し入れしたいと思っていたので届けることにした。九州縦貫高速道路は使えず、第二空港線から益城町に向かう道を選んだ。途中全く車が進まなくなった。住宅の石垣が崩れたり、傾いたりブルーシートが屋根を覆う家が増えてきた。途中車を降りて、運転を家人にお願いし、益城町総合体育館に歩いた。丁度益城町役場のある四つ角が大渋滞の中心で、警察官が交通規制をしている。このあたりの民家は潰れているところが多い。
事務所では、大久保さん、丸目さんたちがコーディネートの仕事しておられた。ワイズの宮崎次期九州部長やYMCAの山根さんたちはこの避難所に詰めて、昼夜献身的に働いておられることを聞いていた。残念ながら会えず、また忙しい状況なので差し入れをお渡しし慰労の言葉をかけただけになった。家人は数日前にここで子どもたちを対象にしたお話し会をしたようだ。また着てくださいと言われたので心が軽くなった。
御船町スポーツセンターの御船町体育館に行くと、YMCAの寺岡さん、鹿児島YMCAの新内さん、東京YMCAの宮田さんたちがおられた。ここは比較的落ち着きを取り戻していると言う。
寺岡さんは避難者の皆さんと朝のラジオ体操をされている。必ず笑いも取るように、蝶ネクタイをしたり、避難者の方とジョークを出し合ったりされるそうだ。体育館の天井が一部破損し落下したので、皆さんは廊下やロビー、会議室などで体を休めておられた。スタッフはプールサイドに簡易ベッドを出して寝ていると言うが、大きな余震が来るとプールの水が溢れてくると笑っておられた。写真は避難所の充電サービス、2016年5月3日火曜日
阿蘇YMCA
3日、今日は雨で正午前後には激しくなる予報があった。家人と車で「熊本むさしYMCA」に向かう。はが館長に会い、募金を手渡した。三之町病院からお見舞いをいただいていたので、併せて寄付させていただいた。ミルクロード経由で阿蘇YMCAキャンプに行った。途中がけ崩れの現場あったが、二カ所だったので早く交通再開したのだろう。このキャンプには60~70名のボランティアが参集し、午前と午後3,4時間周辺の各地域に出向いて要請のあった様々な作業に従事している。久保さんから依頼のあった脱脂綿、包帯、ピンセット等の医療材料とエコノミークラス症候群の予防・診断のパンフレットなどをボランティア受付スタッフに託した。
知り合いの病院、診療所は休日で閉まっていたが、外観からは診療再開はできそうだ。但し、屋内の状況次第だろう。
尾ヶ石保育園は昔この地区の小学校跡にできた保育園で竣工式に参加した。誰もいなかったが、建物には入れるようだ。
赤水保育園にも思い出がある。ここの竣工式にも出席した記憶がある。二人の職員さんが出勤しておられた。水道の復旧に伴い、6日からの一部再開、9日からの全面再開にむけて準備をしておられた。園長に橋本さんが、丁度ついでがあるからと、黒川保育園まで案内して下さった。
黒川保育園は定員130名で敷地も広い。すでに一部再開している。午前中広島YMCAから支援物資が届いたようで、岡山館長がおられた。新しい保育園で、ほとんど地震の被害はなかったようで安心した。岡山館長とは日韓サッカーで数回ともにプレーした。
正午前から雨が降り出した。次第に雨脚は強くなってきた。阿蘇YMCAキャンプに帰った頃には土砂降りになってきた。この分では屋外の活動は中止になるだろう。阿蘇YMCAはしっかりした地域支援の拠点になっている。これも地元の人たちと密着した活動を継続しておられるからだろう。
ミルクロードの崖が崩れると孤立するので、熊本に帰り明日の予定を組みなおすことにした。2016年5月2日月曜日
2016年5月1日日曜日
上高地
午前6時荻窪発、調布から中央道に入り松本へ。高速を降り上高地に向かうが、自然保護目的でマイカー規制がある。沢渡(さわんど)大橋近くの駐車場で車を預かってもらい、上高地行のバスに乗った。
上高地バスセンター近くにT医科大の診療所がある。26日に開所式があったようだ。
中に入ると昔の診療所の匂いがした。当番で詰めておられる先生とはタイミングが合わず会えないまま失礼した。
梓川にかかる河童橋に行く。大勢の観光客がいるが、圧倒的に外国からの訪問者が多い。梓川は澄み切った水を運んでいる。両側には南アルプスの山々がそそり立ち、雪も残っている。
明神池は穂高神社奥宮が鎮座する神域にある。梓川の古い流路が、明神岳からの崩落砂礫によってせき止められできたそうだ。下流にある大正池は大正4年の焼岳大爆発の折に梓川がせき止められできた池というが明神池は梓川から少し外れている。
この付近で梓川にかかる明神橋から見る景色も素晴らしい。帰りは対岸の別ルートを通って河童橋に歩いた。近くにはキャンプ場もあった。
河童橋近くのレストランで岩魚のそばを食べた。売店でお土産を買った。
2016年4月29日金曜日
2016年4月25日月曜日
食事会
25日、昨夜北海道からホッケや毛ガニなどの食材が届いた。以前からこの日に自宅で食事会をしようと計画していた。この日だけはK中央病院から自宅にまっすぐ帰り、急いて掃除と片付けをした。写真は食事会会場小さなテーブルに焼酎ケース2箱足して作った。
19時前に5名到着、遅れて2名が来た。流石に厳選された北海道の食材だけあり美味しい。皆食欲おおせいで何より。熊本では・・・。と思うが、これを力にして支援の輪を広げていきたい。
19時前に5名到着、遅れて2名が来た。流石に厳選された北海道の食材だけあり美味しい。皆食欲おおせいで何より。熊本では・・・。と思うが、これを力にして支援の輪を広げていきたい。
翌日は朝5時に起き、シャワーを浴びゴミ出しをした。5月2日の航空券が取れているので、熊本に帰り行けなかった阿蘇YMCAや益城町の施設の状況を確かめたいと思う。
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