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2021年2月13日土曜日

福島沖地震、ほとんど気付かず

13日、午後118分に地震があった。その時自宅でシャワーを浴びており気付かなかった。浴室を出ると、部屋と台所の方からガタガタする音が聞こえた。泥棒が入ったかと思った。そっとドアを開けると、TVから緊急地震速報が流れていた。幸いにも何も戸棚から落ちることなく、花を飾った花瓶も無事だった。このマンションはただものではない!

2016年5月3日火曜日

阿蘇YMCA

3日、今日は雨で正午前後には激しくなる予報があった。家人と車で「熊本むさしYMCA」に向かう。はが館長に会い、募金を手渡した。三之町病院からお見舞いをいただいていたので、併せて寄付させていただいた。


ミルクロード経由で阿蘇YMCAキャンプに行った。途中がけ崩れの現場あったが、二カ所だったので早く交通再開したのだろう。このキャンプには6070名のボランティアが参集し、午前と午後34時間周辺の各地域に出向いて要請のあった様々な作業に従事している。久保さんから依頼のあった脱脂綿、包帯、ピンセット等の医療材料とエコノミークラス症候群の予防・診断のパンフレットなどをボランティア受付スタッフに託した。
丁度、既に午前の部が出発した後だったので、阿蘇に展開する熊本YMCAが管理する4カ所の保育園と、いつもお世話になっている阿蘇温泉病院、知り合いの脇医院、問端医院を訪れることにした。
知り合いの病院、診療所は休日で閉まっていたが、外観からは診療再開はできそうだ。但し、屋内の状況次第だろう。

熊本YMCAが運営している4つの保育園に行った。
尾ヶ石保育園は昔この地区の小学校跡にできた保育園で竣工式に参加した。誰もいなかったが、建物には入れるようだ。


永草保育園定員30名の小さな保育園で地域住民に親しまれている。建物は大丈夫。





赤水保育園にも思い出がある。ここの竣工式にも出席した記憶がある。二人の職員さんが出勤しておられた。水道の復旧に伴い、6日からの一部再開、9日からの全面再開にむけて準備をしておられた。園長に橋本さんが、丁度ついでがあるからと、黒川保育園まで案内して下さった。
黒川保育園は定員130名で敷地も広い。すでに一部再開している。午前中広島YMCAから支援物資が届いたようで、岡山館長がおられた。新しい保育園で、ほとんど地震の被害はなかったようで安心した。岡山館長とは日韓サッカーで数回ともにプレーした。

正午前から雨が降り出した。次第に雨脚は強くなってきた。阿蘇YMCAキャンプに帰った頃には土砂降りになってきた。この分では屋外の活動は中止になるだろう。阿蘇YMCAはしっかりした地域支援の拠点になっている。これも地元の人たちと密着した活動を継続しておられるからだろう。
ミルクロードの崖が崩れると孤立するので、熊本に帰り明日の予定を組みなおすことにした。

2016年4月24日日曜日

熊本地震

24日、熊本にしワイズメンズクラブの水元さんは小児科医で鶴丸高校の後輩になる。彼は熊本の全国の会員に熊本の情報を発信したり、小児科医として夜間診療当番医の仕事をこなしている。彼の好意で、自分と家人は熊本YMCA本部、全国のYMCAから届いた支援物資の仕分け倉庫、医師会館駐車場に設営された小児救急診療所、ながみねYMCAを訪問することになった。
熊本YMCAには日本YMCA同盟の島田総主事、熊本YMCA岡総主事やスタッフたちが集まり会議が終わりかけた時だった。震災被害を受けた熊本YMCAスタッフも多く、車で寝起きして被害者の支援をしているスタッフもいるという。本部の亀裂が生じた裏口や壁があったが、診断では建物は使用可能という。良かった。写真は対策本部、丁度京都YMCAのメンバーが応援に駆けつけてくれた。
指定管理になっている益城町や御船町の運動施設には多くの被災者を受け入れ、町、県、自衛隊、日赤、医師会、その他の団体とともに支援活動を続けている。被害の少なかったむさしYMCAではプールのシャワーを開放し、2000名以上はシャワーを利用されたと言う。写真は救援物資の保管所
熊本市医師会の臨時小児救急診療所ではチームの皆さんに赤飯お握りの差し入れをすることができた。
30年ぶりに高校の大先輩の息子さん(小児科医)に会うこともできた。

 
日赤病院近くのリハビリ病院に入院していられる元患者さんのお見舞いをし、益城町にある友人の調剤薬局に行った。大丈夫です、薬局の中も片付いていますと電話で聞いてはいたが、心配だった。調剤薬局は無事だったが、提携している近くの病院が被害を受け、赤いカードが貼られていた。その病院の駐車場のアスファルトには亀裂が入り、何カ所も盛り上がっていた。

できる限り訪問し、救援活動や仕事をしている仲間たちに声掛けをすることができた。水元さんの奥様にはお昼ご飯をご馳走になった。感謝。

余震が治まらないと自宅に戻れない人たちも多い。トイレやプライバシーの問題がある避難所も多く、また感染症の発生も報じられている。熊本YMCAは、今後避難所での子どもたちへのレクレーション活動などを継続していくと思うが、経営にも大きなダメージがあるだろう。何とかして支えていきたいと思っている。
帰りの熊本空港は発着便数が減っており、エスカレーターは動いていなかった。空港で島田さんと会った。同じ便で東京に帰るそうだ。写真は雨水をためたバケツやペットボトル。自宅に庭にあった。

2016年4月20日水曜日

明日は九州に、熊本からの情報

20日、熊本では余震が続いている。熊本関係のメーリングリストから医療現場の苦悩が伝わってくる。断水は医療を提供する大きな障害になっている。閉じなくなった手術室の自動ドア、スプリンクラー誤作動に寄り水浸しになった病棟、医療機器の故障、散乱した医療材料や薬品など、厳しい条件の中熊本の医療従事者は必死に診療に当たっている。

明日夕に福岡に飛び、2223日に開催される日本医療マネジメント学会に参加するが、土曜の午後には熊本に帰り状現状を見てこようと思う。家人から、ヘルメットと長靴を入手してほしいとの連絡があったので、新宿ハンズと病院近くの作業用品の店を回って手に入れた。随分歩いてくたびれた顔をしているのを心配したK沼先生から夕食を一緒にしませんかと誘われた。丁度冷蔵庫をほとんど空っぽにしてたので、二つ返事で了解した
荻窪駅から天沼陸橋の方に歩き、天沼商店街の方に入った処にその店があった。22時を過ぎていたが、2組のお客さんがいた。値段は少々高めだが、一つ一つの品は丁寧に調理され、美味しい。飲み物は種類は少ない方だが、言い換えると厳選されている。丁度熊本出身のお客さんが一組おられた。情報交換をすることができた。ダメもとで芋焼酎の一升瓶を持って来てキープできるかと尋ねたら、いいですよと言われた。月に数回は来たい店を開拓した。

2016年4月14日木曜日

平成28年熊本地震

14日、医局会終了後数名で飲みに行くことになった。リュックに芋焼酎「金峰」の一升瓶を入れ、すし居酒屋「まえ田」に行った。O原、K沼、S根、N山、N倉先生が加わり計6名は鹿児島のつまみと焼酎金峰を堪能していた。
仕上げの握りずしを注文した頃、群馬にいるO澤先生から電話があった。「熊本が地震で大変なようですが、ご家族はご無事でしょうか?」との内容だった。同時にT原先生からメール。TVに注目したら、熊本地方に大地震が発生したとのニュースが流れていた。家人に電話した。地震時には下から突き上げるような強い揺れがあり、テーブルの下に潜り込んだと言う。余震が続いて心配だと言う。幸い家具も倒れていない。熊本の友人たちが心配になり、スマートフォンの電話帳に登録しているところに次々に電話をした。半分以上は通じなかった。とうとうお鮨は食べることなく、芋のお湯割りを飲みながら電話していた。