2010年5月6日木曜日

初節句

 5月5日は鹿児島から結婚式に来てくれた親戚を見送ったり、熊本城に案内したり(これは家人)して、昼には入院患者さんの回診と退院時サマリーの作成で4時間ほど病院で仕事をした。
桃ちゃんの初節句なので嫁の実家に行き、桃ちゃんと遊ぶ??まだ鯉のぼりはわからないので、鯉のぼりは来年のお楽しみとして、お父さんに桃ちゃんファンドを手渡した。今日はご機嫌でいっぱいお話しをして笑い顔で愛嬌を振りまいてくれた。随分幸せな気持ちになれた。感謝。  その後、患者さんが入所している施設に行った。
80歳を越えられた男性のご高齢の方だ。俳句が趣味とのことで、自分も幾つか用意して行った。が、レベルが全く違った(向こうが上)。数年前、ご高齢のご婦人が腰掛けようとされた際、腰掛ける石?が余りにも小さくコケソウとおもわれ、後ろから支えた(抱きしめた?)そうだ。その時、「何するんですか!」と変質者呼ばわりされたそうだが、「傍(はた)が気をもむ おせっかい・・」と思わず口に出たという。それを聞いた別のご婦人が、肥後狂句を勧めてくださったのが俳句・川柳を始められたきっかけと話された。ご自分で短冊をダンボールと千代紙で作り、作品を飾っておられた。私は早速弟子入りを志願した。入所されている施設の前に咲く芍薬がきれいだった。
「老いて又 スタンダールや ちゃんちゃんこ」
と言われたら、次に何も出ない。
 自宅に帰り、K高の周りのジョッギングと筋トレを実行、今日からは背筋トレーニングもスタートした。その間Y太君のご両親とご兄弟が家に結婚式のDVDを届けにきてくださっていた。夜はたまった仕事に精をだす。途中ワイヤレスネットワークの調子が悪くなったが、メーリングリストと「としお」さんの助言で復旧した。
 人生には様々な出会いがある。自分の俳句の師匠お2人とも、私より随分人生経験があり「病気」と同居しておられる。

2010年5月4日火曜日

とうとう結婚式を迎えた

 昨夜娘が自分と家人の前に正座して28年間のお礼を涙ながらに語ってくれた。胸のザワザワは消えた。  朝は7時過ぎから北バイパス沿いに8kmジョギングをしシャワーで身を清めた。Y太君が娘を迎えに来た。合志市役所に婚姻届を提出に行く。笑顔で見送いった。家人と鶴屋に寄り、2人の新居用の注文の品を受け取り、ついでに龍馬伝を見学した(今日まで)。ついミーハーになり、龍馬の扇子を購入した。楠の緑がきれいな日だ。
 「嫁ぐ娘(こ)を 祝いて輝く 楠若葉」  
 熊本駅で家人の両親妹一家を出迎え、ホテルに案内し昼食をとった。鹿児島から来てくれた叔父も一緒に部屋に案内した。14時過ぎには会場tに入り、モーニングに着替えた。Y太君のお兄さんご夫妻、弟さん、外国人のお友達、姉一家、義妹一家が揃った。15時からは結婚式のリハーサルが始った。そして本番。


 チャペルのドアが開き、娘と腕を組んあで入り口まで歩く。一礼の後、ウェディングウォークで前列で待つ新郎の元に新婦を連れて行く。ウェディングドレスを踏まないようについつtい右よりに歩いてしまった。最前列から2列目で止まり、新郎がもらい受けに来る。腕を解き新郎へ、そっと娘の背中を押した。
 「五月晴れ 笑顔で娘の 背を押しぬ」
  結婚式の司式は希望が丘教会の牧師、新堀先生にお願いした。コリント人への手紙から愛について説教してくださった。ありがたかった。そして親族記念撮影。  この数ヶ月何の打ち合わせをしているのだろうと不思議に思っていたが、DVDを上手く織り込み出席されたお客様を退屈させない企画が詰まった披露宴だった。両親の紹介DVDがあるとは・・・新郎の主賓のY様のお話しはY太君の鹿児島時代のエピソードを紹介され、彼の人柄を誉めてくださった。娘の主賓のF田様のお話しは、私との関係から、娘の入職のエピソード、仕事ぶり、そして愛について、特に不躾にならないこと・・・は心に残った。感謝。  お色直しの後、各テーブルを回ってフォトサービスに来てくれた。私たちのテーブルでは、「こいのぼり」の曲が流れ、桃也の初節句を祝ってくれた。







 いとこたちを一同に集めてのフォトでは、まどかのいとこ(自分の甥っ子、姪っ子)が全員集合してくれたので良かった。

 できるだけ出席下さったお客様に夫婦でご挨拶に回ったが、Y太君の御親族には全て挨拶できなかった。陳謝。両親へのお礼の手紙には涙が出たが、見苦しくない程度泣いたと思う。
 披露宴が済み、二次会に行くと言う2人。明日は新婚旅行に出発だろう?早く帰って寝なさい。義妹の長男と御主人を「黒亭」に案内し熊本ラーメンを食べた。明日の予定は???

2010年5月3日月曜日

結婚式前日の花嫁の父

 昨日から胸がザワザワする。娘がヴァージンロードの歩き方や最後は背中をそっと押すことを指南するが、むしろ後ろ髪を引っ張ったり、ウェディングドレスのスソを踏んでしまいそうだ。明日着るモーニングを出して、最終点検をした。昨日娘が家人とクッキーを焼いた。明日の結婚披露宴に出席してくださる方々に配ると言う。幾つかもらって家人に袋詰めをしてもらった。午前中に病院に行き、入院患者さんにおすそ分けをした。皆さん喜んでくださった。娘のエステ行きの送り迎えをし、帰りに食料品店に寄った。今日は桃ちゃん一家が来るので一品添えようと腕を揮う。豚肉をオリーブオイルで炒め、患者さんに頂いたニガウリとナスに、玉葱を加え塩コショウで味を調えた。最後に卵をとじ、醤油とミリンを少々入れた。いつもはニンニクも加えるのだが、明日のことを考え今日は中止した。夏野菜のソテーターさん風とでも名付けよう。

桃ちゃんは送ってもらった写真で想像していたより、太っていなかったでも体重を量ったら随分大きくなっている。娘のフィアンセも来てくれて記念写真を写した。


 明日の披露宴はDVDに注目してねとのこと、桃ちゃんの初節句の紹介もするという。全てに心配りをしてくれる素晴らしいカップルだ。婚姻届の証人の欄に名前その他を記入した。娘が署名して明日の朝提出すると言う。それまではうちの娘。

2010年5月2日日曜日

日曜日らしい日曜日

 5月2日になった。今日は「てれっとウルトラマラソンクラブの練習会で阿蘇100kmの後半戦を走る。が、入院患者さんでどうしても午前中に話さねばならない方がおられたこと、今日日焼けをすると、4日の娘の結婚式で鼻が真っ赤になっていて見苦しいこと、教会の役員就任式を済ませておらず新任の牧師先生とまだお会いしていないこと、メガネが上手くフィットせず直したいことなど、諸々の理由から練習会には参加しなかった。
五月のカレンダーの言葉が素晴らしかったので拝借(写真)。  午前中に患者さんとはゆっくりお話しをすることができた。教会聖日礼拝には久しぶりに出席し、役員就任式にも参加できた。礼拝後、2階の部屋で牧師のN先生とお話ししていたら、可愛い女の子がお菓子を持ってきてくれた。「お名前は?」と尋ねたら「Nです。」との返事。失礼しました・・・礼拝に出たので、少し優しくなれそうだ。  めがねの大〇堂に寄ってメガネを調整してもらい、予備のメガネのレンズを換えるようにいろいろ検眼をしてもらった。お金がかかるが、これも投資。良かったのは、鶴屋にいって物産展で讃岐うどんを食べたこと。


 病院に戻って着替え、金峰山に走った。途中、野外バーベキューを楽しんでいるグループ3組と出会ったが、知った人はおらず、そのまま通過した。金峰山は665mあるのでのぼりがきつい。登山道入り口から上りが1.5時間、下りが1時間かかる。約25kmのコースが3時間15分かかった。写真は金峰山頂の
金峰神社の前で。





途中熊本市青少年自然の家の近くに咲いていたツツジがきれいだった。100kmに換算すると13時間になるが、これでは心もとない。明日は一日家にいる約束だが、早朝ランで家と病院を往復するのも悪くはないと思った。

2010年4月28日水曜日

延期したノーマイカーデイ

 4月22日が豪雨のためノーマイカーデイを勝手に延期し、昨日帰宅ラン(23時自宅着)本日朝通勤ランを決行した。信号待ちも含めて、病院まで1時間10分もかかった。3,4年前は1時間かからなかったのに。今日は今から車で帰宅。PCを持って帰って、少しでも仕事を済ませようと思う。今夜病院当直のA先生の手伝いを少しした。救急外来が込み合っている。寝とけるうちに寝るようにアドバイスをしたが・・・
 明日は一日麻酔科当番日。たまった仕事を少しずつ片付けているのだが、急がねばならない仕事が次々に舞い込んでくる。

2010年4月25日日曜日

俵山越え38km完走

 6月5日の阿蘇スーパーカルデラ100kmを前に、長距離を走りこんでいないので内心焦りを感じていた。今日は「俵山越え38km」の練習会、昨夜はアルコール無しだったが、講義用のパワーポイントなどの準備で就眠が2時頃だった。今朝は6時起床、4時間睡眠だが飲み過ぎがきついか睡眠不足がきついかをチェックするのに良い機会だ。  姪っ子のChieちゃんも参加、彼女は今回が100kmウルトラマラソンへの初挑戦。練習不足とは言え、自分は100kmは9勝1敗。しかし今回ほど練習不足を実感したことはない。密かに今日完走できなければ・・と決意していた。7時過ぎ九州東海大学前出発し、国体道路に出た。信号機で止まる度に元気を取り戻した。
「赤信号 止まりたいけど すぐに青」 
 走り始めは、Chieちゃんの観察では青息吐息だったようだ。この38kmは半分は上り坂、3kmが下りで残りは平坦なコース。上り坂の不得手な自分には過酷なコースだ。熊本空港横を通り、西原村を縦断する。俵山中腹から山頂にかけて風力発電基が何基も立ち並ぶ様は圧巻だ。俵山への登山道路横にはハンググライダーの練習場がある。
「鳥人も 同じ風受く 風車かな」




 俵山峠近くで咲く八重桜を見つけた。田〇さん、塚〇さん、有〇さんが絶妙なエイド支援をしてくれたので何とか峠を越えることができた。峠から見る阿蘇山は美しい。
  木の香温泉で汗を流し、河〇さんの別荘に移動。昼食を美味しくいただいた。昨夜夜勤当番ででわざわざ今回の練習会に来てくださった(ゴール地点から逆送して最後尾の自分と会って再びゴールへ走る)釘〇さんに途中まで送ってもらった。エイド支援の皆さんに感謝。長距離の練習はあと何回できるのだろうか?
 やはり前日の飲み過ぎのほうが体に堪える。18時からの龍馬伝(BS)と20時からの龍馬伝を観たが、両者には違いは無かった。

2010年4月24日土曜日

今週を振り返る

 月曜日当直連続35時間勤務の後、火曜の夜は〇本総合医療リハビリテーション学院の校名変更・統合記念祝賀会に出席、水曜日は市医師会臨時代議員会、木曜日は手術室の歓迎会と行事が続いた。歓迎会終わってすぐに帰ったが大分酔っぱらっており、娘にはだらしない父親に映ったようだ。次の朝、「お父さんは一日中白衣を着てると良い。そのほうがしっかりしてるし、優しい」と言った。 当たっているが、24時間白衣を着ていると気が抜けない。 この木曜日アースウィークでノーマイカーデイだったが朝から豪雨だった。15年前から4月22日は通勤ランをしていたが、「雨強し ノーマイカーデイは 先延ばし」と言うことで延期した。
金曜日はCancer Pain Forumがあり、講演くださった大阪大学の恒〇先生の「Cureには限界があるが、Careには限界はない」の言葉が心に残った。 写真は恒〇先生を囲んで、世話人の皆さんと。

 土曜日、熊本ポスピス緩和ケア協議会の春の集いを開催。12施設から32名が参加し、各施設の現状報告や、①入院前(外来)での問題、②入院時の問題、③在宅ケア移行時の問題など実りあるディスカッションができた。また緩和ケア研修の受講を参加スタッフに呼びかけ、緩和ケアに携る医師には指導者研修会への受講を呼びかけることができた。会場を提供下さった御幸病院のI先生には会の終了後緩和ケア病棟を見学させていただいた。 


続いて一旦病院に戻り、気になる患者さんを診てKLCC(Kumamoto Landmine Clearance Campaign:地雷廃絶と被害者支援の会・熊本)の総会に参加した。この会も10年続いている。オバマ大統領に地雷廃絶を呼びかける署名活動を続けている。HPに自分のブログもリンクさせてもらっている。写真は総会終了後参加者と、懇親会終了後。懇親会では珍しくノンアルコールを通した。