2008年1月11日金曜日

新春例会



昨夜のワイズの例会で村○さんが入会された。ボランティアに興味をもたれた時、出会いがあり入会を決意されたという。晴れやかな顔を見て、16年以上前の入会当初の頃を思い出した。



写真は会長からバッチ着装をうける村○さん



新春例会での卓話は、ワインと日本酒に関する話。試飲つきだった。6名のビジターをお連れしたが、皆さん喜んでおられた。出されたワインと日本酒が美味しかったので、早速デジカメで記録を残した。昨年も記録したのだが、生かされていない・・・ビールに始まり、芋焼酎のお湯割りで締める。この習性は変わらない。



写真は、お勧めの日本酒



2次会、3次会で帰りが遅くなった。以前家の鍵を置き忘れた反省から、鍵と指輪(一処置一手洗いのために外すのが面倒)をネックレスにつけていたが、朝付け忘れていた・・・  家内の携帯に電話して、ドアを開けてもらった・・・  これも反省が生かされていない。

写真は、肌身離さず着けないといけない鍵・指輪付ネックレス

2次会では寝ていたようだ・・・

2008年1月9日水曜日

ワイズメンズクラブ熊本連絡会議


ワイズメンズクラブ熊本連絡会議が1月8日に開催された。懸案であった火の国フェスタが2月の9,10日にYMCA阿蘇キャンプで開催すること、20歳から35歳の若いメンバーでつくるワイズメンズクラブ設立の提案があった。


ワイズは仕事から離れ、give and take でないgive and giveの世界だから好きだ。会議の後の2次会はまた格別だ。新町のみちば食堂はチャンポンで有名。チャンポン、刺身、おでん、ホルモンの煮込みを肴に一杯呑みながら喧々諤々の議論が続く。


私は朝6時起床K高2周のルーチントレーニングがあるので早めに失礼した。


帰ったら、家内から「あら早かったわね、どうかしたの?」と驚かれた・・・ 昨年から書いている5年日記を読むと、昨年のこの頃は飲んだくれて遅くなった記載があった。2年連続午前様にはならないでっしょう・・・

2008年1月8日火曜日

送別花束


田○さんが明日から御めでたい休みに入る。丁度緩和ケア病棟に行った時に花束を贈呈するということで、記念写真を撮った。
ブログを通して全世界に写真が流れる・・と言っていた人もいたが、堂々と写ってくれた。マスクをしている人は最初からしていたので、わざわざ顔を隠したのではない。
2回復帰してくれた田○さんなので、3回目の復帰も待とう。緩和ケア病棟のクリスマス会などに子どもさんを連れてきていただくと、場が華やぎ楽しくなる。
数分前に外来の看護師が花束を持って歩いていた。どうしたの?と聞いたら緩和ケア病棟へ配置転換です・・・と返事が帰ってきた。新年を迎えたかと思うと直ぐに年度末になり人の(職場からの)移動の時期になる。12月から3月にかけては毎年何となく落ち着かない。

2008年1月7日月曜日

七草粥


せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ これぞ七草。
今日は七草粥の日。夕食で食べた。正月は寝正月だったが、昨日は新年会だったので消化器の良い休日だ。

フリー百科事典ウィキベディアによると、七草(ななくさ)は、人日の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った粥を食べる風習のこと。本来は七草と書いた場合は秋の七草を指し、正月のものは七種と書いて「ななくさ」と読むが、一般には正月のものも七草と書かれる。気を払い万病を除く占いとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。とあった。

人日の節句を調べると、この日は新年になって初めて爪を切る日ともされ、七種を浸した水に爪をつけて、柔かくしてから切ると、その年は風邪をひかないと言われている。 と書いてあった。

昨年末からイ夜間休日外来でンフルエンザの診断を受ける患者さんを見受けるようになった。1月5,6日にはインフルエンザを疑って調べた患者さんの3割が陽性(インフルエンザの診断がついた)だったようだ。中にはワクチンを接種していた患者さんもおられる。

来年は1月7日に初爪切りをしよう。

新年会

6日に新年会をした。参加者は麻酔科スタッフとその家族。研修医そして唯一私たち夫婦が仲人をした佐○ご一家。例年我が家で行っていたが、手狭になり(全く片付いていない)鶴重さんをお借りした。飲み物は、ビールとノンアルコール以外は持ち込み。全員自己紹介の後、乾杯が午後5時過ぎ。途中○藤ジュニアの手品あり・・・ 締めは午後8時だったという・・・


帰ってお腹が減った。鍋を頼んだのに食べていないのに気付く。家内に聞いたら、出していただくタイミングを逃したようだ。



新年早々、「飲み会は最後までしっかりする」の誓いが守れなかった。反省・・・



写真は乾杯と、ひかりちゃんに「ジージー」と呼ばれて喜ぶ私。

2008年1月6日日曜日

立田山を駆ける


ようやく胃腸炎のダメージから回復し、久しぶりに立田山山頂まで走った。晴れた日が続いたので落ち葉を踏むとサクサク音がする。










お祭り広場では北○中の陸上部がトレーニングをしていた。











山頂には昭和天皇・皇后陛下が昭和34年に訪れられた記念碑がある。暖かな日で10数名が山頂にいた。昨日は、南阿蘇の皆さんに、今年も阿蘇スーパーカルデラ100kmに挑戦すると宣言した。このホームコースを6月7日までに何回走るのだろう?

2008年1月5日土曜日

披露宴の挨拶と赤毛のアン


職場の看護師さんの結婚式と披露宴に出席した。披露宴では新婦側の主賓挨拶を頼まれた。彼女が努力して看護師となり、第200回滅菌業務研究会で発表するに至った過程を示し、支えてくれた職場の先輩や仲間に感謝していることを彼女のメモを引用しながら話した。





また女性側の代表らしく、ルーシー・モード・モンゴメリー著の「赤毛のアン」からアンの話を2つ紹介した

 「明日はまた、まだ何も失敗をしていない真新しい日が来ると思うと愉快じゃない・・」これは辛かった新人時代の彼女が自分自身を励まし ていたことを表した言葉として紹介。












 「結局、一番、幸福な日というのは、素晴しいことや、驚くようなこと、胸の湧き立つような出来事が起こる日のことではなく、真珠が一つずつ、そっと糸からすべり落ちるように、単純な小さな喜びを次々に持ってくる一日一日のことだと思うわ」 今日の日は、素晴しいことが起こった日ではあるが、これから暮らす平凡な日々が幸せを築いてくれるのでは・・と言う意味を込めて紹介。



彼女が幸せな家庭を築いてくれることを祈る。


 両家のご両親をはじめ、南阿蘇村村長さんやJA阿蘇の代表理事組合長さんともお話しした。今年の阿蘇スーパーカルデラ100kmマラソンは、やるしかない・・・と決意を新たにした。