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2016年5月29日日曜日

日曜礼拝そして東京へ

29日、雨の日曜日になった。なかなか行けなかった母教会の日曜礼拝に参加した。皆さん熊本地震を経験され、やっと日常が戻って来られたようだ。皆さんのご苦労を熱心に拝聴した。牧師先生は震災後、仕事をするのに2倍時間がかかるようになりましたとお話しされていた。これは東北大震災の時もあったそうだ。写真は熊本駅新幹線口に設置されている「おてもやん像」地震を乗り越えた。

昼ごはん、炊き込みご飯にせんべい汁、をいただき家に戻った。1535分のJALで東京に戻る。忙しい日常に戻る。写真は駿河湾上空から富士山を写す。心でないと、富士山は見えない。

2016年4月10日日曜日

役員会礼拝と和泉教会での特別講演

10日、早天礼拝では小野さんが奨励を担当くださった。賀川豊彦先生の生涯の紹介を話の中に織り交ぜ興味深い症例だった。9時前に役員会会場を後にし、東京に向かった。和泉教会で特別講演を頼まれている。タイトルは「がんの医療を支える緩和ケア」、これまで何度も話してはいるが、その度にブラッシュアップし内容も濃く整理されてきた。確か聴いてくださるのが3回目になる友人もいるので移動中の新幹線でも遂行を重ねた。写真は車窓から見た桜。関ケ原あたりか?

井の頭線の永福町でおりたら、特別講演を企画された吉田さんが迎えに来ておられた。駅中では子供たちに電車・線路の模型を使って、交通システムの勉強をするイベントをしていた。


和泉教会では、山下牧師を始め役員や係りの皆様に迎えていただき、昼食もご馳走になった。講演には50数名の方が集まってくださった。一時間余りの話しを熱心に聴いていただいた。聴衆の皆様の熱意が伝わった自分は立ったまま話をしていた。会場での質疑応答や、場所を移してお茶菓子付きの質疑応答は続いた。山下先生は、自分の所属する熊本草葉町教会の難波先生とは京都梅花教会でつながるので、親しみを感じた。
近くで蝋人形のアトリエをお持ちの松崎さんのご厚意で、数名で見学させていただくことになった。家に誰かがいる!と思ったら、夏目漱石の蝋人形だった。
アトリエには作品が並んでいる。ここで松崎さんと記念写真。

作業場も見せていただいた。日本をいや世界を代表する蝋人形師であり、これからどこかで松崎さんの作品と出会うことだろう。

午後4時過ぎからではあるが、永福町駅近くの中華料理屋で夕食となった。吉田さん、高島さん、村野さんご夫妻、長谷川さん、恒石さん、たちと、賑やかな宴会になった。まだ旅装を解いていない自分は、講演が済んだ解放感を出すことなく?しっかりしたまま帰途についた。帰ってたら洗濯、アイロンがけ、真田丸鑑賞と続いた。

2015年11月22日日曜日

熊本草葉町教会

22日、やはり朝寝をした。久しぶりに熊本草葉町教会の礼拝に出席した。母教会なので落ち着く。皆さんと挨拶を交わした。今日の説教は「神の前に豊かに」のタイトルでルカ1213-21節から天に宝を積むことの大切さのメッセージをいただいた。
オリーブ会(婦人会)が作ってくださった200円の昼食をいただき、クリスマスツリーを出して組み立て、壁飾りを飾った。

2015年7月5日日曜日

熊本草葉町教会創立130周年記念礼拝

5日の日曜日、熊本草葉町教会の130周年記念礼拝に参加した。今年は元旦礼拝以来の礼拝で、久しぶりにお会いする皆さんと挨拶を交わした。
記念礼拝では同志社大学理事長の水谷誠先生が、「このばの力」と題して説教された。聖書は生きる糧として素朴に読むべきものであり、聖書にある私たちの心の琴線に触れる言葉こそが神様であり、私たちとキリスト教を繋ぐものである話された。
愛餐会では、無牧(担任牧師がいないこと)の時代に大分から説教に来ていただいた小野先生(今年88歳になられた)や以前草葉町教会に籍があった現在宮崎教会に在籍されている方と共に、県外からの参加者ということで挨拶をさせていただいた。

YMCAやワイズメンズクラブとの出会い、終末期の患者さんを診るうちに緩和ケア・緩和医療の大切さに気付き精神的バックボーンを求めて教会に通い受洗したこと」などの思い出を語った。熊本草葉町教会創立130周年記念誌が出来上がっており一冊いただいた。自分は19931219日に矢崎先生から受洗を受けた。あれから216か月以上経ったが、困っている隣人に寄り添える優しさが身についただろうか?
愛餐会の後、家人の車で空港に向かった。東京羽田行の飛行機はマイレージバンクでJクラスの座席を取った。サービスが良い!座り心地も良い!ただ雲の中の飛行のため外の景色を楽しむことはできなかった・・・。
東京に戻り、病院に寄った。気になる患者さんを3名回診しかえった。冷蔵庫にあった賞味期限が1か月過ぎたおでんを食べたが、お腹は大丈夫だった。

2010年12月20日月曜日

クリスマス礼拝・祝会

12月19日は教会のクリスマス礼拝と祝会。12月の教会当番役員なので(先週は替ってもらったが・・)1時間前には教会に到着し参加者を迎えた。クリスマス礼拝とはいえクリスマス前なので、説教のテーマとなる聖句はルカによる福音書のマリア懐妊の箇所であり、旧約聖書イザヤ書にあるインマニエルの予言箇所。約100名の礼拝参加者がいると嬉しい。聖歌隊はいつもは二階で歌うのだが、今日は皆さんと同じフロアに降りて歌ってくださった

祝会では、二胡とオルガンの演奏、牧師と子どもたちの演奏と歌、サンタクロース登場。ぽトラックパーティーですごいご馳走がテーブルに並んだ。


サンタクロースは最初はだれかわからなかった。しかし、その奥さんがびっくりしたような顔(これまで見たこともない)をしていたので、やっとわかった。その表情を写そうとしたら、」手を振ってくれた。さすが!!

何人かの方に司会者からのインタビューがあり、自分も当たった。今年のニュースは?の質問には「孫の誕生と、娘の結婚」を挙げた。高齢の方から、健康法を質問された。「インフルエンザや肺炎球菌の予防接種をすることを勧め。皆さんのお年になるまで20年も30年もこれから生きていかねばならない自分にとっては、皆さんから健康法をお聞きしたい」と答えた。皆さん納得?
家に戻り北バイパス12㎞を走った。少し風邪気味の自分に気づいた。「坂の上の雲」は「日露戦争」に入った。

2010年9月19日日曜日

敬老愛餐会と育子からの手紙


熊本草葉町教会の敬老愛餐会に出席した。9月は当番役員なのだが、今日礼拝開始前に患者さんの急変の知らせがあり病院に引き返した。いったん落ち着いたので再び教会へ。礼拝へは参加できなかったが、敬老愛餐会には参加でき、手作りの昼食をいただくことができた。75歳以上がお祝いされる方々、皆さんからそれぞれお話をお聞きすることができたが、長生きの秘訣が分かったような気がした。


家人が育子からの手紙の上映会の実行委員になっており、朝の会場つくりに少しだけお手伝い(病院に寄ってから行ったのでついたときにはほとんど完了していた)したのだが、敬老愛餐会が終わっていったので、第2回目上映の途中から入った(第3回の途中ですべてを観た)。骨肉腫の少女と結核性股関節炎の再発の女性(おばちゃん)との出会いと手紙のやり取り、化学療法や手術後の再発、自分のそのような環境にある患者さんやご家族とのかかわりお多いので、映画の中に深く入り込んでいた。ハンカチは1枚で足りたが、涙もろい方は3枚必要だろう。
http://film-crescent.com/ikuko/

2010年7月5日月曜日

草葉町教会創立126周年記念礼拝と牧師就任式

7月4日(日)は草葉町教会創立126周年記念礼拝と牧師就任式があった。記念礼拝の説教は同志社大学理事長の野本先生が担当してくださった。野本先生は・・・

後で追加文章と写真をいれます。忙しくてすみません。京都での学会の写真も後ほど。

2010年3月21日日曜日

山下先生お別れ会

熊本草葉町教会牧師の山下先生が退任されることになり、今日が最終説教となった。5年間の牧会だったが、先生によって多くの意味で自分は救われたと思う。10ヶ月前のワイズ西日本区大会での聖日早天礼拝での説教「熊本バンド無くば・・・・・ワイズメンズクラブ無し」や同志社大神学部との交流、草葉町教会のアイデンティティーの確立など、全てが的を得ていた。説教では「なぜならば・・・」のフレーズが多く、聖句の時代背景やその必然性を解説してくださった。
 自分が西日本区のクリスチャニティー特別委員会委員長を拝命し、初心者対象のキリスト教理解の講座を担当することになったが、先生の説教をお聞ききしてなかったら到底不可能だったことだろう。
礼拝終了後先生を囲んでのお別れ会があった。皆さんがお別れの言葉を述べたが、自分は二句披露した。
「師の門出 五年の奉仕に 桜咲く」
「愛唱の 讃美歌聞こゆ 春の風」

KLCC(地雷廃絶と被害者支援の会・熊本)の世話人会を挟んで、教会役員会主催の送別会に参加した。向かい合わせに座ったので思い出やお礼を話せた。「もう一度試みる」が最終説教のタイトルだったが、自分へのメッセージのように脳裏に刻み込まれた。

2010年1月31日日曜日

熊本バンド記念礼拝

 熊本バンド早天祈祷会に近い日曜日は、熊本草葉町教会では主日礼拝は熊本バンド記念礼拝となる。何と今日の礼拝司会は自分!病院から早めに(いつもはギリギリか遅れるのだが・・)教会に行き、礼拝の打ち合わせと、牧師の山下先生、説教をしてくださる原先生、奏楽担当の岡〇さんと礼拝前のお祈りをした。今日の聖書の箇所や交読文を読み返す。今日は熊本バンドの奉教趣意書を原文のまま読むことになった。さあ大変だ。交読文は読む場所を間違え、途中でマイクの調子が悪くなるなどハプニングもあった。同志社神学部の原誠先生が「倜儻不覊(てきとうふき)なる青年たちの息吹」と題して説教をしてくださった。
倜儻とは、自分の考えをしっかりと持ち、人の意見に左右されないこと、不覊とは物事に束縛されないで行動が自由気ままであることであるという。熊本洋学校廃校に伴い設立されたばかりの同志社に移った生徒たちは後に熊本バンドと称せられた。入学当初、熊本バンドの多くは,まさしく倜儻不覊(てきとうふき)なる青年たちであった。彼らは同志社に失望する。彼らはジェーンズに転校の相談をするが、返事は「不満があるなら自分たちでまず改革せよ」だったという。 熊本バンドの働きにより、同志社の校風は一変し、同志社が雇用した最初の日本人教員も、熊本バンドから輩出された。日本社会に対し、宗教、研究、教育、社会福祉、社会事業、マスコミといった領域で有為な人材を送り出す。熊本バンドの多くのエピソードを紹介してくださった。
 礼拝後原先生を囲んで昼食会が開催された。同志社大学神学部の現況や日本のプロテスタントの歴史についてのお話しは興味深く面白かった。