2016年2月23日火曜日

熊本城マラソン 完走したものの

21日、朝から晴れ渡り風は少し冷たいが絶好のマラソン日和だ。力うどんを食べ着替えて、スタート地点近くの上通りまで送ってもらった。アーケード街を歩いていると、ウォ-ミンッグアップ中の田嶋、一口先生に声をかけてもらった。「目標は6時間半以内での完走だよ・・・。」と謙虚に話した。(その通りになったが)
スタートDブロックは熊本市役所の横で、放送局のカメラのクルーが56階あたりに陣取っている。スタートして5分ほどでスタート地点を通過した。
招待選手のワイナイナ選手は最後尾からスタートしたようだが、3㎞付近では抜かれてしまった。正木弟さんから声をかけられた。2年前はしばらく並走できたが、今回はお先にどうぞ。


熊本市医師会では、女性スタッフがパネルを掲げて応援してくれた。
2014年にもらった熊本の幼稚園の園児たちが絵を描いてくれたウインドブレーカー(ポリ袋で作成)を着ていたら、実際にその時に指導しておられた方から話しかけられた。着ていただいている!と感激されていた。
9㎞地点には、ワイズの岩本さんご夫妻、水元さん、前田さんたちがエイドをしながら応援。昨年に引き続いてトイレを拝借した。




大橋を下ると、オレンジのてれっとウルトラマラソンクラブののぼりが見えた。田畑さんたちが応援してくれた!元気をもらう。




白藤の手前でサキソフォーンを演奏し応援してくれている方がおられた。





川尻を抜けて飽田、孫代のほうに向かうと、大漁旗が風を受けて翻っている。





熊本新港に出て西に向かうと強い向かい風。ウインドブレーカーが体温低下を防いでくれた。熊本西高の和太鼓クラブの演奏が気持ちを鼓舞してくれた。



ふくらはぎや太ももに違和感を感じ始めた頃、亀浦さんの奥さんに会う。「こぎゃんところで何ばしょうらすと?医療班ばしょうらすと?」「遅かけん、こぎゃんとこば走りようるたい」の会話あり。

34㎞付近で大先輩の出田先生と会った。先生は喜寿を迎えられる。3年ほど膝を故障しランから遠ざかっておられたが、再びチャレンジされたと言う。頭が下がる。
一番辛かったここから40㎞まで並走しながらおしゃべりをしていた。新町に入ってお知り合いの方々から声をかけられ引っかかっておられた。
熊本YMCA横の子ども文化会館前に、家人と娘母子が応援にしてくれていた。丁度近くの駐車場が空いて車をタイミングよく停めることができたと言う。
力をもらい、残り1㎞を歩かず走った。ゴール前の演奏も嬉しい。

ゴール、6時間30分(ネットで6時間25分)だった。予想通りだが、一か月後の種子島ロケットマラソンは制限時間は6時間だ。

娘に家まで送ってもらった。ゆっくり風呂に入り、皆で焼き肉をして完走を祝った。
1955の飛行機で羽田へ。ここから病院に行ってCacer Boardの準備や書類の整理をしていたら、最終電車の時間がとっくに過ぎてしまった。病院からタクシーで帰って爆睡していた。



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