2012年10月27日土曜日

週末は熊本へ

ない土の27日、熊本医療センターで開催される「第5回ナースのための癌性疼痛緩和ケアセミナー」に特別講演を依頼された。丁度金曜曜日に学生講義で「緩和ケア・緩和医療」を担当したので、準備が一緒にできた。以前送ったパワーポイントの原稿では、受講者は寝てしまうだろうと思い、少し脱線スライドを入れた。
金曜の夜は「〇の花」夕食、洗濯を済ませ土曜日に着て帰るスーツのズボンにアイロンをした。

土曜日5時過ぎに起床し、出発。都立家政駅横の踏切を渡る時、ちょうど朝日が昇ってきた。
羽田空港できつねうどんを食べて、飛行機に搭乗した。座席で資料を読んでいるうちに眠ってしまった。
空港に家人が迎えに来てくれた。家に向かう途中、高校駅伝熊本県予選の女子選手が走っていたので、写真に収めた。
会場近くで、K野先生と偶然お会いした。K先生とは熊本市医師会国際交流委員会でご一緒し、サン・アントニオのベア郡医師会との交流もしてきた。


熊本医療センターでは、既にセミナーが始まっていた。E崎先生に手術室、救急部、ICUを見学させていただきた。また自分の順番までがん対策推進基本計画や新宿の地価についてインターネットで調べ、講演が膨らむように準備した。
講演は最後で、皆さん疲れておられるようだが、誰一人寝ている人もなく、熱心に聴いてくださった。

講演が終了し、研修センターの係りの方と記念写真をとった。
日曜日、人形供養をしてくれるというお寺に寄り、3体の人形をお預けした。後から家人は、娘と人形供養の会に出席したようだ。

自分はそのまま前任の病院に行き、H美さんのお見舞いをした。教会の礼拝に出席して、東京に戻った。東京は熊本の天気が一日~一日半遅れてやってくるようで、小降りの雨が今から激しくなるようだった。

明日から日常に戻る!

そして10月31日、きれいなナスがH美さんから届いた。早速、息子や病院の皆さんにおすそ分けをした。

2012年10月25日木曜日

秋深まる


桃園川緑道沿いにある柿木に柿が実り、
 
 
 
 
 

その横の木の葉が色づき始めた。朝は半ズボン、Tシャツでは寒さが身に応えるので、ジャージ風になった。
 
 
 
 

昨夜、青梅街道を走っていたら、アミューズメントの店の前に置いてあるトラ?の像が、いきなり吠えた。これにはびっくりした。
昨日と、明日は学生講義を担当している。昨日は大幅に遅刻してきた学生が3名いたが、途中で抜け出す学生も寝てしまう学生もいなかった。今度の4年生はしっかりしていると思った。

今日の新病院建設の小委員会が急きょ中止になったので早く帰れそうだ。今しがた地震があり部屋が揺れたが、宮城県中部が震源地で震度5弱、津波の心配はなさそうだ。実験室を覗いたら、ミカエルが実験を繰り返していた。熱心さに頭が下がる。
今日は徒然なるままに書いてみた。

2012年10月24日水曜日

研究室では

寒くなってきた、と言うより、やっと秋が深まってきた。

23日火曜日は新潟三条出張。MAXときの連結部分を燕三条駅で撮影した。
 
 
 
 
 

帰りはすっかり暗くなった。東京駅の駅弁売り場は賑わっていた。
帰って、実験室に行くと、H先生とミカエルがいい結果を出していた。M下先生は科研費の書類つくりで頭を抱えていた。ミカエルはSkypeで彼女と話しながら、今日は8時間以上実験を繰り返している・・・と疲弊した顔で次の実験の準備をしていた。彼は学生だが、良く頑張っていると思う。日本の学生も見習わなければならない。
手術は順調に終了したようだ。23時半まで学生講義と27日の熊本での講演の準備をした。朝雨で寒かったので車で出勤した。車で帰るので、K沼先生を送ってあげた。K沼先生には何回か家まで送ってもらったことがある。次第に気合が入ってきている。自分も医局員たちも・・・。

2012年10月21日日曜日

朝ランと洗濯と実験


日曜の朝、妙正寺川沿いに上井草駅の先まで走った。キンモクセイが遅ればせながら良い香りをプレゼントしてくれた。
 
 
 
 
 
 

上井草駅の前にガンダムの銅像があった。何故今まで気づかなかったのだろう?
帰って、クリーニングに出したスーツを受け取り白カッターシャツ(上等)をお願いした。日曜朝走行距離12㎞。
洗濯をして布団もベランダに干した。乾いていたシャツやハンカチにアイロンをかけた。何か料理でもと思ったが、作る時間がない。午後1時からH先生と実験予定。ももちゃんちにじゃがいもとかぼちゃを持っていかなくてはならない。
 
 
 
 
 

ホロボロスというミトコンドリア機能を測定する器械のキャリブレーションが上手くいかず、実験開始が少し遅れた。写真はホロボロス。
ラット敗血症モデルだが、穿孔部分が一塊となっていたので、敗血症にまでは至っていない可能性がある。操作は検体を冷やした状態で氷の上で行う。
丁寧にLiverを摘出、ホモジネイトしてホロボロスに入れ、試薬を加えていった。マイクロピペットの使い方は、大学院のH先生に教えてもらいながら。

実験を一通り終了し、H先生の検体A(上の段)と自分のB(下の段)のあまり差がなかったことから、貴重な結果としてsaveした。

ICUではI崎先生が、自分の?血液を検体にして血小板のミトコンドリア機能を調べようとしていた。昨日の前川先生の激が効いてきたのか?しかし、この数週間でスタッフのリサーチマインドが良くなったような気がするのは自分だけだろうか?実験終了後記念写真。髪が乱れていたが気づかなかった。

2012年10月20日土曜日

新都心麻酔懇話会


20日土曜日、午前中災害訓練に関する意見公開が手術室看護師たちと行った。巨大地震が起きたら、先ず自分の身を守るがらマニュアルは始まる。3.11の時、スタッフは手術中の患者さんを守ることで必死だったという。
昼から、H先生とラットで敗血症モデルを作った。人がするのは簡単に見えるが、自分でするのは難しい。
新都心麻酔懇話会があるので、野村ビルに向かった。O原先生の教育講演、6名の発表者によるコンテスト、そして前日本集中治療学会理事長の前川先生の特別講演と、内容は濃かった。

前川先生の低体温療法の講演は、基礎的な研究から臨床的研究の多岐にわたり、先生のライフワークを垣間見ることができた。心肺停止後や脳外傷後に頭の中で生じる炎症のレベルと、それ以外の体で生じる炎症のレベルの違いに目を向けたアイデアなど勉強させていただいた。
懇親会では、優秀発表者の表彰式もあり大変盛り上がった。

懇親会後、U野先生やM田先生らと席を移し、さらに先生のお話をお聴きすることができた。日本の大きな学会を率い、Y大学の教授や医学部部長を務め、現在はY県立病院の理事長院長をしておられるが、すべてが順風満帆でなかったことや、筆舌に尽しがたい苦労されたことなど、先生のお人柄に少しでも触れることができたことは今日の財産となった。感謝。

ミカエル


木曜夜、自宅近くのお好み焼き屋さんに寄った。関西風?お好み焼きだが、嬉しいことに焼酎が沢山置いてあった。甕壺保存の焼酎の垂水産温泉水割で飲んだが、すぐに幸せになった。
 
 
 

ミカエルは、スウェーデンの医学部の学生で最終学年。指導者のエスキル先生が19日に帰国する。「これで自分は自由だ!」とご機嫌だ。あと3週間の滞在中にたくさんのことを教えてもらわないといけないので、いつも話し合い研究についての意見を交わす。

金曜夜、夕食にもカエルを誘った。近くの鳥料理の店に行く。焼き鳥を中心に食べたが、カウンターに置いてあるコールボタンに興味を示した。「素晴らしいシステムだ!自分でも押したい!」と言うので、押してもらった。
この数週間休みなしで仕事(研究)をしているので、土日は休みと言う。こっちは平日は忙しいので土日を利用した実験が多い。さてどこまでやれるか。

2012年10月18日木曜日

エスキル先生


16日新潟に向かう上越新幹線MAXときは、二階建てで大量輸送ができる。10月から途中で連結して走っている。間違って違うブロックに乗ると、上野まで立ったままになる。帰りに大宮で降りて埼京線で新宿に向かった。が、待合時間があったので到着時間は変わらなかった。乗り継ぎ時間によっては早く着くかもしれない。




夜は大学院のH先生を交えて「さつき」で会食。丁度日本対ブラジルの親善マッチの放映中だった。ブラジルに押しまくられ3点差になったところで会食を終えた。エスキル先生やマイケル氏はワールドカップ予選のスウェーデン対ドイツのことを気にしていた。この席では、日本、スウェーデン、ドイツ、ブラジル、フランスがいつの間にかヨーロッパ予選J組になっていたが・・・。ありえない!

17日朝カンファレンスでエスキル先生によるMitchondria Functionの講義があった。昨夜先生の説明を聞いて、論文にも目を通していたので話はよくわかった。しかしMitchondristへの道は険しい。
写真はU野先生から感謝状の贈呈。
 
 
 
 

夜に熊大中央手術部から、翌18日T医科大学のロボット支援手術を見学に来るメンバーと会食した。宿舎の東陽町のホテルに行ったが、大雨だったのでホテル内の居酒屋で食事をした。18日、良き見学や学びができたようだ。とても喜んでくださった。協力いただいた、手術部、泌尿器科、麻酔科のスタッフに感謝。
北海道のジャガイモ・かぼちゃが「熊本から」届いたので、自分と桃ちゃんちの分を分けて、手術室とICU,麻酔科医局に持って行った。皆さん喜んでくれた。