9月3日の日本麻酔科学会地方会の発表準備を夕方までした。茨城医療センターから筆頭発表者の佐〇先生が来てくれた。昼食は持ってきたブドウだけで頑張った。ポスター発表の骨格ができてきたので、次週予演会で皆さんの意見を聴きながら仕上げていく予定。予演会は自分が発表することになるが・・・。
2016年8月27日土曜日
2016年5月25日水曜日
日本麻酔科学会前日
25日、明日から日本麻酔科学会が福岡で開催される。麻酔科医の多くが今日の午後から福岡の方に移動する。午後からは予定手術はストップしていたが緊急手術が続々入ってきている。午後の外来、回診や会議を終え、手術室の麻酔科控室を覗いた。緊急手術2例の同時入室が可能かどうかで麻酔科医と看護師が話し合っていた。あと数時間で数名の看護師がOFFになるので、午後8時同時入室を逃すと直列になってオールナイトは免れないと言う。麻酔科の指導医が足らないというので、買って出た。
午後8時、消化管穿孔2例同時入室。自分が担当したケースは研修生が堂々のCrash Induction。開腹後、術野の状況を確かめバイタルが落ち着くまで付いた。もう一例の急患は無事に手術が始まっていた。脳外科のくも膜下出血クリッピングは終わったようだ。落ち着いたら本日多分最後の緊急手術の下顎骨骨折が入るだろう。
明後日発表する演題の電顕写真を差し替えて帰宅した。夕食はコンビニで買った野菜サラダに冷蔵庫のハムを添え、あとは冷凍食品オンパレード凄い手抜きになった。明日は7時には出発し、9時15分のJALで福岡に向かう。
2013年2月23日土曜日
第42回日本慢性疼痛学会
2月22、23日と京王プラザホテルで日本慢性疼痛学会が開催された。O瀬戸会長を中心とした準備状況をこの一年間間近で見させていただいた。これほどまでに打ち込めるのか、その集中力と周囲への気配りには感動すらした。
自分には、「がん長期生存者と遷延する痛み」というテーマでシンポジウムを企画しませんか?と発表の場を作ってくださった。アンケート作成には、一緒に座長をすることを受けてくださった京都○立医大の〇川先生やO瀬戸先生からアドバイスをいただいた。痛み治療の専門医1000名へのアンケートの発送、外来スタッフや秘書のS田さんには大変お世話になった。アンケート結果の打ち込みこそ自分でしたが、受け取ったアンケートの管理は〇田さんがきちんとしてくれた。写真は控室から見た東京都庁。さて、開会の挨拶では、O瀬戸先生は学会準備や運営に協力してくださる全ての皆さんへ感謝の言葉を述べられた。
オープニングの招聘講演は「医療者のパフォーマンス学」と題して佐藤先生のお話を拝聴した。1分間で266文字分話すことができる。顔の表情を2秒間見ると相手の性格を判断してしまう。患者さんは観者さんになっている。など今後の臨床や発表に活かせることが多く勉強になった。昼休みの時間、シンポジウムの打ち合わせをした。シンポジウムで発信するメッセージを皆さんで確認した。これまで日本ではこのような発表はない。我々はパイオニアになろうとしている・・
さて、シンポジウム開始直前、〇川先生から、先生の略歴は?と聞かれた。シンポジストの紹介は慣例で行うが、「時間がもったいないので、所属だけを紹介いたしましょう」と申し上げた。実は略歴を各シンポジストに問い合わせることを忘れていた・・。
自分の発表時間をなるべく切り詰め、討論の時間を確保した。
メッセージは伝わった。終了後、参加された先生たちからお褒めの言葉をいただいた。少しだけ肩の荷が下りた。
教育セミナーでは熊大の〇代先生が模擬診察を交えた講演をされた。彼の師匠の細〇先生は心療内科医で慢性痛の診療研究を積極的にされている。教育セミナーを終えて記念写真。
情報交換会では、熊大出身の先生方をはじめ、多くの先生方と話すことができた。写真はペインクリニシャンの先生たちと。
会にはI藤先生のジャズカルテットが華を添えてくださった。写真は熊大関係の先生たちの中に、なぜか乱入してこられたI藤先生。23日、午後からは自分が代表世話人になっている「神経ブロックEBM研究会」が開催された。特別講演に先生方との打ち合わせでは、話す内容を紹介していただいた。前もってじっくり聴いておかないと、座長などできないような奥深い内容だった。活発な討議もあり、一般演題に移った。一般演題は3題でいずれも東〇医大からの発表だった。最後の「トリ」が自分の「疫学研究に関する倫理指針」で、これもO瀬戸先生から勧められた発表だった。全ての発表と関係があり、皆さん活発に意見をくださったのでうれしかった。
最後の情報懇親会では、医局員も皆集まってきた。ほっとして笑顔にあふれていた。O瀬戸先生には秘書の嶋〇さんから花束が贈られた(サープライズ)!
KO大学の橋〇先生と特別公演をされた川〇先生を「さつき」に招待した。たくさん食べていったので、ヘルシー豪華4点セットで締めくくった。明日の東京マラソンでは走らないので、心地よく焼酎を楽しんでいた。帰りはちゃんとして帰ったはずだ。2012年11月5日月曜日
日本臨床麻酔学会
11月2日、金曜日の朝、郡山市は小雨が降り冷たい風が吹き荒れていた。走る準備はしていたが、こんな天気は想定外なので朝ジョグはパスした。スーツの下にセーターを着て、持ってきていたスプリングコートも着た。郡山駅東口から西口に抜ける通路は雨が風を防ぐことができるが、外に出ると寒い!
地元の人は冬用のコートやダウンジャケットを着ていた。学会で福島に来た人たちの中には、コート、セーターなしの人もいた。
聴きたい講演やシンポジウムにも参加できた。会員懇親会では熊本や鹿児島大学関係の先生方とお話ができたが、○上先生とは結局会えなかった。福島の美味しい日本酒をかなり飲んだようだが、外に出た瞬間、寒くて酔いが醒めた。写真は石○先生の発表風景。
11月3日、後輩達の発表もなかなか堂々としていた。面食らった質問もあったが、論文作成時に考察として加えられる内容なのでありがたかった。ペインクリニック学会の臨時評議員会と臨時総会に出席して東京に戻った。
11月4日、大切な友人のお見舞いに八王子に行った。病院敷地の木々は紅葉していたので、帰りに高尾山のふもとから相模湖を回って中央自動車道で東京に帰るルートを選んでドライブした。が、紅葉は一週間ほど早かったようだ。
夕は、品川で本間さんご夫妻、小山さん、星さんら音楽家の皆さんと会食する機会があった。話は弾み、最後は尺八伴奏で「秋」をうたった。さすが!・・・
地元の人は冬用のコートやダウンジャケットを着ていた。学会で福島に来た人たちの中には、コート、セーターなしの人もいた。
聴きたい講演やシンポジウムにも参加できた。会員懇親会では熊本や鹿児島大学関係の先生方とお話ができたが、○上先生とは結局会えなかった。福島の美味しい日本酒をかなり飲んだようだが、外に出た瞬間、寒くて酔いが醒めた。写真は石○先生の発表風景。
11月3日、後輩達の発表もなかなか堂々としていた。面食らった質問もあったが、論文作成時に考察として加えられる内容なのでありがたかった。ペインクリニック学会の臨時評議員会と臨時総会に出席して東京に戻った。
写真はH先生の発表風景。
家人は、白河市と会津若松市を訪問して見聞を広めたようだ。
11月4日、大切な友人のお見舞いに八王子に行った。病院敷地の木々は紅葉していたので、帰りに高尾山のふもとから相模湖を回って中央自動車道で東京に帰るルートを選んでドライブした。が、紅葉は一週間ほど早かったようだ。
夕は、品川で本間さんご夫妻、小山さん、星さんら音楽家の皆さんと会食する機会があった。話は弾み、最後は尺八伴奏で「秋」をうたった。さすが!・・・2012年10月20日土曜日
新都心麻酔懇話会
20日土曜日、午前中災害訓練に関する意見公開が手術室看護師たちと行った。巨大地震が起きたら、先ず自分の身を守るがらマニュアルは始まる。3.11の時、スタッフは手術中の患者さんを守ることで必死だったという。
昼から、H先生とラットで敗血症モデルを作った。人がするのは簡単に見えるが、自分でするのは難しい。
新都心麻酔懇話会があるので、野村ビルに向かった。O原先生の教育講演、6名の発表者によるコンテスト、そして前日本集中治療学会理事長の前川先生の特別講演と、内容は濃かった。
前川先生の低体温療法の講演は、基礎的な研究から臨床的研究の多岐にわたり、先生のライフワークを垣間見ることができた。心肺停止後や脳外傷後に頭の中で生じる炎症のレベルと、それ以外の体で生じる炎症のレベルの違いに目を向けたアイデアなど勉強させていただいた。
懇親会後、U野先生やM田先生らと席を移し、さらに先生のお話をお聴きすることができた。日本の大きな学会を率い、Y大学の教授や医学部部長を務め、現在はY県立病院の理事長院長をしておられるが、すべてが順風満帆でなかったことや、筆舌に尽しがたい苦労されたことなど、先生のお人柄に少しでも触れることができたことは今日の財産となった。感謝。
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