2009年1月1日木曜日

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。
 良い知らせから、年末ジャンボあたりました!20枚6000円分購入しましたが、3000円が一枚、300円が一枚当たったのです。元は取れませんでしたが、確かに運はこっちの方を向いています。
 紅白を最後まで観て、年賀状を急ピッチで印刷しているのですが、途中インクがかすれたり滲んだり、EPSON880Cも今回まで頑張って欲しいものです。
朝までに呼び出し無ければ、元旦ランをします!

2008年12月31日水曜日

ブログ書き納め

 今年最後の朝トレをして病院へ。8時半から12時まで病棟と外来で仕事。今日は何も無ければ部屋掃除をしよう。あっという間に倉庫と化したので、昨日頑張ってダンボール6箱の不要物(雑誌と書類がほとんど)を捨てた。今日は机に体当たり。出るわ出るわ・・・こんな大事なものほっちらかして・・または、何でこんなもの取っとくの・・・
 気が付いたら19時だった。今から入院患者さんにご挨拶をして帰ろう。あっつ隣のGSに車を預けていたのを忘れていた。今晩は呼び出しありませんように、そして宝くじが当たっていますように。
 「大掃除 紅白前に 済みました」 お粗末でした。
皆様よい年をお迎えください。そして今年一年間お付き合いくださりありがとうございました。


大晦日まで

 たった今緊急手術の患者さんを病棟に帰した。30日は午前8時半から緩和ケア病棟のカンファレンス、病棟回診を11時半までに済ませ、その後は部屋の片付けを黙々としていた。16時過ぎに走りに出ようとしたら、緩和ケア病棟から看取りになりそうな患者さんの状態報告があり、ジョッギングは中止した。
 19時頃急性腹症の患者さんが来院。20時30分手術をしたいと当番外科医から連絡があった。On call看護師の到着と手術室の準備を待ち21時15分手術室入室を決めたら、21時5分に緩和ケア病棟の患者さんが亡くなられた。死亡確認をしてご家族を労い死亡診断書を書いて急いで手術室に行った。手術は無事に済んだ。
 そして大晦日を迎えた。部屋に戻るまでに幾つかの病棟に立ち寄った。看護師さんたちが懸命に働いていた。 一月1日の午前8時30分までが麻酔科当番。年賀状はやはり年を越してからの印刷になりそうだ。

2008年12月30日火曜日

飲み納め

 12月29日、行きつけの「六文銭」のマスターから日本酒を堪能する忘年会に誘われた。日本酒は好きだが、ペースが早いので直ぐ酔ってしまう。そこで、食事をして水を飲みながら少しずつ飲み始めた。が・・・
まだ理性は働いていた。少しお腹に入れとこうか、飲み納めだから・・食べ納め(ラーメンの)と思い、「なごみや」へ入った。多分しょうゆラーメンかつけ麺か?のハーフサイズを頼んだ。この辺から記憶が怪しい。しかし21時51分に代行を呼んだ記録があった。
 翌朝、家人から「どうやって帰ってきたか分かってる?」と問われた。返事はぼかして出勤した。なごみやで、学生さんと会っているようだ。コメントをくれたので出席簿に二重丸をつけておこう。

2008年12月28日日曜日

年賀状

 毎年の年賀状にはいささかこだわる。家人からは「貴方は書き過ぎ・・」といつも言われる。来年の目標を箇条書きで書いていたら、「貴方らしくない・・」とのお言葉。それではと、自分らしく俳句と川柳の賀状にした。
 今年作った秀作?に加えて今日頭をひねった迷作を加えた。印刷は明日からか?届くのは三が日が過ぎてからになるだろう。
 明日から三日連続麻酔科当番。今日は当番でなかったが、5時間を病院で過ごした。日曜聖日礼拝に参加し、昨日壊した??(記憶に無い)メガネの修理ができたので良かった。美味しい日本酒を枡でいただき、ビールを一杯、そして琉球泡盛のお湯割を楽しむ。「篤姫」の総集編を観ながら至福の時間(ほろ酔いの・・)が過ぎていく。
 今年は大晦日までブログを続けるのだろうか?はっきり言える事は、「ブログを書くことで自分を勇気づけ、励まし、この一年を乗り切ったこと」当初、自分を曝すことには抵抗もあった。しかし、麻酔科医として、社会人として、友人や同僚、学生さんや患者さん・ご家族に自分を知って欲しかった。そして家族の絆。毎日感謝の日々を過ごすことの大切さ、自分自身の反省。謙虚さを失わない心・・・。全て来年の課題でもある。

夜回り先生講演会と手術室忘年会

12月26日(金)は熊本YMCA創立60周年記念講演会があった。講師の水谷修先生は夜回り先生として知られる。この日は外来や入院患者さんの回診などで講演開始時間の午後7時過ぎに病院を飛び出した。途中から講演を拝聴したのだが、水谷先生のお話しに引き込まれていった。「何故命が大切なのか?人を殺したり、自殺をしたらいけない理由」について、太平洋戦争末期の沖縄戦でのガマ(防空壕)で幼子を守るために命を盾にした大人の話し、原爆投下された広島で子どもを守るために自らの体を盾にした親の話しをされながら、「命を永らえるために多くの人たちが努力を継続してきたのが、私たちの命」であることを話された。私の近くに座っていたヤンキー風の若者は、途中まで足を前の椅子に投げ出して聞いていたが、この話になって次第に足を下ろししっかり座った。家に帰り、食べ損ねていたお昼の弁当を感謝していただいた。
 12月27日(土)外来終了が14時、病棟の患者さんを診ていたら17時を過ぎた。教会の会員さんが入院しておられる病院にお見舞いに行った。闘病期間も長く、心電図モニターを着けておられた。はっきりとした口調で病気のことを話してくださった。二人でお祈りをして別れた。
 そして忘年会会場へ。この数年、手術室忘年会でご馳走を最後まで食べた記憶が無い。去年は、二次会に行く途中で「ここの料理は品数が少なかったね・・」と幹事に言ったら、「途中から寝てましたよ。締めの挨拶の時に目覚められたようですよ・・・」と言われた。今年はそんなことが無いようにしようと硬い決意で参加した。が・・・・挨拶は短めに、患者さんを紹介下さった会員の先生方への感謝を述べた。隣に座った石○先生が日本酒を勧めてくれた。これで今日の運命が決まったようだ。余興も楽しかった。こんなに忙しかったのに何時何処で練習したのだろうか。確か茶碗蒸しとにぎり鮨までは食べた。デザートは覚えていない。気が付いたら、二次会会場から出て、代行に乗せられるところだった。メガネの左側のツルがない!・・・目が覚めたら28日の朝だった。記録をまたのばした。

2008年12月24日水曜日

クリスマスイブ燭火礼拝

「クリスマスイブの夜はどのように過ごされますか?ロマンティックな夜だといいですね・・・」

とのメールがあった。12月24日は例年教会のクリスマスイブ燭火礼拝に参加している。クリスマスの意義を思い、礼拝に参加できる恵みを感謝し、礼拝後に参加された皆さんとの親睦の時を持つ。今日は私の料理の師匠島○さんのだご汁のご馳走があった。19時からの礼拝で皆さんおなかが減ったもよう。だご汁が実に上手い。高級ホテルレストランのフルコース以上だろう、きっと。
家に帰ると娘が買ってきてくれたクリスマスケーキがあった。しみじみ味わいながら食べた。感謝。

 今日は何だか敬虔なクリスチャンになってしまった。