2008年6月13日金曜日

インドからのお客様

スーパーカルデラが終わったら、月曜当直、火曜麻酔科当番を楽しむ。・・・きつかった。日本麻酔科学会のセレクティドポスターに「選ばれたのだが、12日の朝にポスターを貼らなければならない。自分は13日の午前中に会場のある横浜に行くので、後輩の○口先生にお願いし、火曜日にポスターを大学病院に届けた。水曜日はワイズメンズクラブのインドエリアから来られたベンカットご夫妻を三年坂通りのインド料理店にお迎えして歓迎会をした。ご夫妻はBF代表(Brotherhood Fund:国際役員やある地域から他の地域を公式訪問する代表者のための資金ので来日されたワイズメン)で我々にとっては特別な人だ。ベジタリアンであるが、食べられる料理を準備してもらえたので、非常に喜ばれた。

さて、今日はむさしワイズメンズクラブのBF代表を囲む特別例会だ。例会の司会を任されていたが会場の日航ホテルには開始3分前に到着した。「インドに学ぶ ワイズ活動と EMC(クラブやメンバーを増やし強くすること)活動」と題して興味深い話をしてくださった。むさしクラブメンバーの最○さんの通訳で会は盛り上がり、最後に是非わがクラブとIBC(国際兄弟クラブ)となって欲しいとの、アピールまで飛び出した。一回行ったり来たりのIBCはないかな・・・

2008年6月9日月曜日

余韻

走りながら思った・・・
マラソンは足裏と地球との対話と、かっこよく書いたが、50Km過ぎたら対話がなくなった・・
野辺に咲く花を観ながら、名前を知っている花だと嬉しかった。お花の師匠ありがとう!!
お守りを2個持って走った。何かしら後押ししてくれているような気がした。ありがとう!!!

てれっとウルトラマラソンクラブの練習会を思い出した。いつも最後尾からの孤独走だが、エイドで待っていてくれる仲間がいた。奥○さん、○畑さん、濱○さん、豊○さん、○中さん・・・  72km 84kmで奥○さん、○畑さんにお世話になった。私設エイドが今回増えている。応援も多くなった。しかしウルトラは所詮孤独な戦い。85kmに濱○さんがいた。思わず抱きついて涙を流したくなった。ありがとう!!

残り10kmからはゴールで待つ家人と息子に2.5km毎に電話を入れた。足が上がらず極端に遅くなったから。今年もゴールを待っていてくれてありがとう!!! 涙が出るかな?と思ったが出なかった。夜も元気に飲みに出た。いつもなら震えているのに・・・やはり練習量はうそをつかないのか。

翌8日鶴重に集合した。去年はここで大泣きした。今年は嬉しかった。皆で健闘を称えあった。ビールが焼酎がおいしかった。このために1年間頑張ったのかな・・・

今日から現実。外来では心配してくれた患者さんたちが良かったおめでとうと喜んでくれた。麻酔科のDrや実習の学生さんたちは、(たーさんの)機嫌が良くて安心していたようだ・・・。9日当直、10日麻酔科当番、13日は横浜の日本麻酔科学会での発表だ。横浜でも走ろう!

2008年6月7日土曜日

完走!胸のつかえとトラウマよ さようなら!

公式記録13時間14分39秒(最初の50km5時間49分46秒、後半の50kmは7時間24分53秒でした)天気に恵まれ、80kmまでは好調でしたが、左ひざを痛め残り20kmは歩いたり走ったりでした。激励のメール、お守り差し入れなどありがとうございました。

昨年の失敗に懲り、昨夜は21時には床に就いた。缶ビール350mlと焼酎一杯は熟睡をプレゼントしてくれた。6月7日2時10分起床。七べいさんのお守りを首にかけ、藤崎宮のお守りをポシェットに入れた。2時45分釘○さんがピックアップしてくださる。ここ数年お願いしている。感謝。


4時前にスタート会場着。簡易トイレの設置も多く、エイドも充実している。写真は準備をしている参加者たち。今年の参加者は、100Kmの部に837名、50Kmの部に661名で約1500名でこれまでで一番多い。



選手宣誓はてれっとクラブのみどりチャンと山口県から参加の青年。だいぶ緊張していたようで、一箇所間違えたと言っていたが、なかなか堂々としていた。


動画を撮ったが、声が入っていない!





スタート30秒前、昨年は順番の来ないトイレから飛び出してスタート地点に行った。

スタート前に循環器内科の松○先生ご夫妻と会話、9年前私の病院で実習をし一緒に白川縁を走りましたと・・・うれしかった。ご主人は健脚で随分先に行かれたが、奥さんとは10km過ぎまで一緒に走った。その後は私が随分遅れた・・・9km地点に1月嫁いだSさんが、嫁ぎ先のご両親と応援してくれた。元気をもらった。11km地点でも先回りして応援してくれた。


22kmから清栄山・高森峠に向かい登る。このコースの標高差は500mだが、その400mはここだ。トップ集団は走っているが、歩く参加者が多い。私も手を振って元気よく歩く。登りきると、地元の子どもさんが太鼓で応援してくれる。ここでいつもはふくらはぎが痙攣するのだが、今回は無し。


視界が広がり、ここを走るのだと気持ちが奮い立つ。




「今年こそ 完走めざす 梅雨曇り」



道端の花を見ると、よく知っている花が多い。阿蘇のハルジオンはやや紫がかった色をしていた。
昨年の思い出の場所(リタイア)29kmを無事通過する。胸のつかえとトラウマよさようなら。
標高の一番高い場所が焼く900m。ここからは根子岳が正面に見える。昨年はここで大型バスに乗り換えた・・・







50kmには5時間50分弱で到着。そばを食べ、11時にスタートする50Km参加者のスタートを写す。




そしてとことこ走り出すのだが、直ぐに抜かれてしまった。当たり前か・・・



シロバナノヘビイチゴに似てるな・・と思ったが、イチゴは無かった。あとでノイバラですよ・・・とのメールがあった。調べたんだけど・・




紫ツメ草を見つけた。カメラに撮ろうとしていると、50Kmに参加の柴○さんから、余裕ですね・・と言われた。この頃は未だ余裕だった。









一番苦しい72Km地点は坂が続き、やまなみハイウエイの手前に関門がある。38分の時間を残し通過する。その前にあるのがてれっとクラブの奥田亭。フルーツポンチやスイカを参加者に振舞う。奥○夫妻ではじめられたが、今年はお手伝いの皆さんも多く、既にこの大会の名物になっている。

84kmにはこれもてれっとクラブの田畑亭。冷奴を出してくれた。84Km関門を25分前に通過したので、ほぼ完走が見えた・・と思った。田○さんからビールを勧められたが、念押しがあるので辞退。
ここからが苦しかった。左膝が痛み出した。大好きな下り坂が走れない。にわか雨がぱらつく。膝に響く。ハンカチを冷たい水で濡らし左膝を縛った。余裕でゴールの予定だったが、方針変更!先ずは完走へ。田植えが済んだ田んぼの農道を走る・歩く。「ゴール目指し 痛みに堪えて 田を駆ける」
ゴール地点に近づく。高○さんたちが大きな声援をくれた。家人がカメラを持って出迎え、息子も来てくれた。

結局13時間14分39秒・・・・目標の12時間台は次回の楽しみにとっておくことにした。




達成感を感じ、出迎えてくれた多くの仲間と完走を喜び合った。



この後家族と北熊本店で支那そばを食べた。帰って、熊本大学医学部サッカー部の新入生歓迎コンパに行った。一人でプラス1に行き、マスターのMさんと思い出話をした。



2008年6月4日水曜日

居直り

病院機能評価準備委員会の全体会があった。


阿蘇スーパーカルデラ100kmマラソンは3日後。今頃は(6時過ぎ)久木野の10kmポイントのソーメンを食べ、昨年異変を感じたあたりを走っていることだろう。今年1月久木野にお嫁に行ったSさんは応援に早起きしてくれただろうか?


今夜は第3回熊本にしクラブ(仮称)設立準備委員会だ。

2008年6月3日火曜日

アジサイ ハナゼリ 梅雨


近所のアジサイがきれいに咲いた。九州は入梅、この数日雨が降っていたのだが、アジサイには雨が似合う。







白く可憐な花がK高の周りに咲いていた。ハナゼリという名のようだ。







K高のグラウンドが雨で濡れていた。100kmの日の天気は曇り時々にわか雨が良いというが、本当は晴れの日が好きだ。

2008年6月1日日曜日

もう6月になった!

ジョギングコースの石垣に紫の花が咲いていた。


トラデスカンティア(セトクレアセア) パリダまたの名をムラサキニシキ  ムラサキゴテン  パープルハートという。

パープルハートが覚えやすくてかっこいい。


空き地に咲いていた花 ハルジオン。別名ハルジョオン(春女苑),ハルシオン(春紫苑)ともいう。そんな名前の入眠剤があったっけ。
5月一杯で熊本大学麻酔科からのクリニカルクラークシップ学生の研修が終わる。5月29日学生の山○さんと、6月から外科の研修医となるK先生と白川沿いに走った。いつもの場所で記念撮影した。タイミングがズレ、風が吹いて顔が隠れた。でもそれで良いそうだ。
何と奥ゆかしいことか。良く頑張ったね。


30日は市医師会の勤務医部会。懇親会が終わってK先生の壮行会をした。麻酔科3名と緩和ケア医として活躍している松○先生も加わった。舞台はいつものプラス1、K先生と私はこの後『なごみ(ラーメン屋さん)』に行く。良い臨床医はタフでなければならない・・・

14年前中国から我が家に来たウェイさん。2,3週間家に泊まり、アパートを借りて熊本暮らしを始めた。熊本YMCA日本語学校で学びながら、中華料理店でアルバイトをしていた。今では中国と日本を行ったりきたりしている。仕事も順調のようだ。わざわざ挨拶に熊本に来てくれた。四川大地震の震源地から1000km離れた武漢に住むが、マンションの10階がゆらゆら揺れたそうだ。無事で何より。 日本料理を料亭仲村でご馳走する。
大好きな居酒屋さくらの最終日、ウェイさんと別れてさくらに行った。お店はトライアスロンやマラソン仲間が大勢来ていた。

この店で何回寝込んでしまったことだろうか?仲間の挨拶を聞きながら拍手をする。マスター、とてもいい顔だ。

はよ次ん店ば出して! ちーっとゆっくりすっとね?




6月になった。今度の土曜日は阿蘇スーパーカルデラ100kmだ。昨年の1月から5月までの走行距離より200km多く走ったのだが、昨年の失敗を知っているだけに自信が無い。

今日は麻酔科当番の日。病棟回診を研修医のK先生とした。K先生は明日から外科研修に入る。よく走ったね(よく勉強したね)。

緩和ケア病棟のベランダにあるプランターになでしこが咲いていた。ベッドから動こうとしなかった患者さんが車椅子でベランダに来られた。園芸が趣味だといわれたのでデジカメの花の写真を見せてあげた。看護師さんが患者さんのお話をゆっくり聴いていた。

6月になったが涼しい風が吹いていた。

2008年5月28日水曜日

慢性痛とリハビリ


痛みの定義をご存知だろうか?
「(世界疼痛会議 = IASP, 1979)では『痛み』とは、現有する組織損傷を伴った、あるいはそのような経験から表現される不快な感覚、または情動経験をいう、と定義されている。」
であり、本人が痛いと言えば痛みがあるということになる。
慢性痛を持つ患者さんは、経済的・社会的・精神的なダメージを受けており、それらがさらに痛みを増幅させる。単に鎮痛薬を投薬し、神経ブロックを上手く行えば痛みは解決する・・というようなものでない。
だから・・美しいものをお見せすると、素直に喜んでくださる。そして人同士の信頼関係ができてくる。
痛みがあると人は痛む箇所を動かさなくなる。動かさないと筋肉は萎え拘縮が始まる。体のリハビリそして心のリハビリは」慢性痛の患者さんにとって大切だ。
今朝は金糸梅(キンシバイ)の花と親子葱の写真を披露しよう。
先ずは金糸梅から
・開花時期は、 6/ 1頃~ 7/15頃。・中国原産。日本への渡来は1760年頃。 ・黄色が鮮やか。梅雨時に咲き、雨に映える。・いっぱいある黄色のおしべを「金の糸」に、 5弁の花を「梅」にたとえた。
「石垣に 金糸梅咲く 在家かな」      鶯 竹里
「金糸梅 水のひかりを ためらはず」 六角文夫

次は親子葱
葱の先端から葱が出ている。
二階葱(親子葱). 灯台葱・櫓葱とも言う。「この葱は 普通の葱のように 春先に 先端に葱坊主をつけず葱苗のようなものをつける。それをちぎって植えると どんどん成長し 真夏にたくさん収穫でき そうめんの薬味などに重宝する。
いずれもインターネット検索にて
また今日も新しい発見をした。登山を趣味とする娘は、野山の草花の図鑑を買ってきて見ていた。いつになったら教えてくれるようになるのだろう・・・