2008年10月7日火曜日

長時間手術

 今日は当直明けから2例の手術の麻酔と患者さんのケースカンファレンス、治療方針の話し合い、救急車対応、研究会準備、会議に少しだけ出席・・をこなし、18時過ぎから朝からずっと行われている手術の麻酔についた。先ほど無事終了し、患者さんは麻酔から覚醒。集中治療室に搬送し、反射が強くなってきたので抜管(気管チューブを抜くこと)をした。今23時30分なので連続39時間30分勤務になった。しかしこの間3時間ほどの仮眠と、ブログへの写真貼り付けまでできた。
 しかし、思うのだがうちの外科医のタフなこと。10時間以上たったまま手術についておられた。麻酔科もその前後麻酔導入と覚醒についているので、どっちもどっちだろう。緊張する仕事だが、時には気の効いたジョークも必要。肩の力が抜ける。
 ああしんど・・・

2008年10月5日日曜日

第20回日韓YMCA医師蹴球交流

紆余曲折合ったが、第20回日韓YMCA医師蹴球交流が10月4日菊陽杉並木公園さんさん で行われた。韓国大邱からは19名の一行で選手は12名、最高齢のS先生は83歳であるが、かなりの時間グランド内におられた。日本熊本チームは16名のプレーヤーとお手伝いの学生さんとYMCAのスタッフ。また熊本YMCAの60周年の記念行事の一環なので熊本YMCA少年サッカーチームOBと中学生も参加してくださった。
 熊本のサッカーの父緒○さんも開会式・試合に出てきてくださった。うちの病院の麻酔科は4名で全てサッカー部出身なので、この1週間は日韓交流モードにしていた。準備は周到にしたつもりだが、ここでも多くの危機管理を学んだ。
 さて、試合は3対3の引き分け。6-4で熊本が押していたのだが、シュートがバーに何度も当たる不運もあった。が、2点得点した(たーさんが!!)ので気持ちは良かった。優勝旗と優勝カップは遠来の友、大邱チームにお渡しした。(来年持っていくのが重い・・・)
 今回は団長代理ということで、総務(主務)の仕事をY先生に随分やってもらった。ハプニングで試合中のケガで韓国の選手を仲間の整形外科クリニックに運んだが、通訳のTGさんについていってもらったので、懇親会の通訳が最初の30分(セレモニー)いなくなった。急遽、自分で通訳(韓国語でなく英語で)したが、途中出てこない単語が多く、困った。名誉団長のG先生の乾杯のご挨拶は、G先生と同期のN先生が英語で通訳してくださったが、余りにもお上手だったので、恥ずかしかった。しかしM先生から「たいしたもんだ」と褒められた(慰められた)。

家人が姫路に行っているので、代理で娘に出席してもらった。「とても素晴らしい交流で、最後に皆さんで輪になって手をつなぎ「サランヘ」を歌う時は感激して涙が出そうになった・・」と言ってもらえた。

写真は張団長ご夫妻と

 記念品に、2005年バージョンにロッソ熊本の赤シャツ(ロッソがJFAに昇格したときの記念のシャツ、今はロアッソに名称変更されたので、入手できない)と熊本大学医学部サッカー部50周年の記念ネクタイピンを贈った。大邱の皆さんから記念棒タイをいただいた。 写真は日韓麻酔科軍団、ロッソ熊本の記念Tシャツ
 二次会は「プラス1」へ。歌ありおしゃべりあり・・で盛り上がり、新市街にある老舗のラーメン屋で3次会をして帰った。
写真は歌を披露された韓国の奥様方とこっそり中に加わったN元教授。

 
5日6時20分には宿泊ホテルに行った。G先生ご夫妻も来られた。皆さんと朝食を一緒にとった。バスが出発するまで見送った。来年は大歓迎を受けそうだ。

2008年10月1日水曜日

10月だ!

 もう10月になった。月5回の麻酔科当番、1回の病院当直、11回の病院の会議、2回の医師会での会議、日韓医師サッカー交流、熊本YMCA60周年、中学校の同窓会、緩和ケア病棟家族会、TIVA研究会、トータルケア研究会、胸腔鏡下交感神経遮断研究会、ジャガイモ・カボチャ販売、地雷廃絶と被害者支援のチャリティーラン&ウオーク、ワイズの例会などの予定がぎっしり詰まった手帳を見た。何も書いていない日が2日あるが、直ぐ書き込むことになるだろう。結婚記念日は今年も麻酔科当番の日になっていた。

 10月はオクトーバーランといって、ランナーズという雑誌社が主催する走りこみ月間。申し込むのを忘れたが、何キロ走れるかが来年の100kmウルトラマラソンの成否に影響する。
 今日から救急救命士の気管挿管実習、研修医1年目の麻酔科・救急実習が始った。

2008年9月28日日曜日

草刈

我が家では草刈・草取りは家人の仕事だが、昔酒屋さんの高○さんが年に数回庭木の剪定をしてくださり、ついでに草取りまでして下さる。
 日曜当番の仕事から戻り走りに行こうかな・・・と思った矢先、家人に草刈を命じられた。家人はこの9月週末も外に出ずっぱりだったので庭の草は伸び放題になっていた。最初は手で一本一本抜いていたが、途中で思い出し4,5年前に買った草刈機を引っ張り出し1時間格闘した。
 ゴーグルをつけないと小石が飛んでくる。綿パンにも草がこびりついた。終わって見ると「隣の芝生」みたいになっていた。
 家人から「我が家の庭もなかなかきれいだ。」とか「1時間あなたが頑張ればこんなにきれいになる!」と褒められた。何箇所も蚊に刺されたが、娘から「パパ頑張って!!!」との声援を受けたから、まっついいか!雨が降りそうな天気だが、今から走ろう。

2008年9月27日土曜日

日韓YMCA医師蹴球親善試合を前に

 毎年、大邱YMCA医師蹴球団とサッカーの親善試合をしている。今年は10月4日に熊本で開催するが、日程は半年前から決定し会場も確保していた。9月17,18日大邱YMCAから今回の交流は中止にして欲しいとの謝罪の連絡があり、急遽参加申し込みをもらっていた約20名のメンバーに連絡し、懇親会会場や記念トロフィー発注先にもキャンセルをお願いした。
 その翌日、何とか都合がついたので参りますとの連絡。大急ぎで会場再予約:KKRホテルはまだ塞がっていなかった・・・安堵。但し中には別の予定を入れたメンバーもあり、航空機をキャンセルしたばかり・・・と面食らうメンバーも。しかし熊本側から何とかプレーヤー16名と家族の合計34名を確保した。

 さて大邱側からの参加メンバーの連絡が無い。11名ギリギリで最高齢83歳の第一報。一旦キャンセルした飛行機や高速艇のチケットはなかなか入手できない・・・と予想していた。そして27日、プレーヤー12名家族7名の計19名で訪問するとの連絡あり。これでようやく準備に火がついた。
 バタバタする時は走るに限る。午後3時半に病院を出て一路白川河口へ。小島橋には何回も行ったが、有明海までは走ったことが無い。途中白鷺を写し、タマスダレに出逢う。


河口付近から金峰山をバックに記念撮影。普賢岳の方に沈まんとする夕日が鮮やかだった。



 さて帰りも走らねばならない。とは言え暗くなったので遠回りして町並みを走った。途中おなかが減ってへばったのでコンビニでおにぎりを買って食べた。病院に帰り着いたのが午後7時半。贅沢な気分転換になった。

2008年9月26日金曜日

未来日記

 日記に書いたとおりに自分の将来の出来事が起こるとさぞ楽しいだろう。未来日記はそんなイメージだが、私の未来日記とは・・・そう、退院前に既に書き記した退院時サマリのこと。退院後にサマリ書きをしていると、アッと言う間にカルテが机に山積みになってしまう。特にクリニカルパスで入退院までの検査・治療・経過が予想できるような患者さんの退院時サマリを予め記載してしまうのが所謂未来日記。
 退院前に、予想と違った部分を書き直すともう出来上がり。この日記は「何もかも上手くいった」とこを前提にして書くことが基本。上手くいかないならば退院時期が延びるので、記入する時間ができる。

 そう考えて上手くいくのが全体の6割。あとは時間に追われ、夜中・日曜祭日を使って書く。出張があるともうパニック。退院時サマリ以外にも、各種診断書、主治医意見書、入院証明書などなど・・・やっと仕事を終えて部屋に戻り机の上を見てため息をつくこと多し・・

2008年9月25日木曜日

患者さんの気持ち

 診察室の机の引き出しに、キャラメルやチョコレートを入れている。患者さんが多くて昼食を食べる時間が取れないときにはこっそり食べる。時には看護師さんや学生さんにも分けてあげる。
 先日キャラメルを食べていたら突然口の中に硬い物があることに気づいた。虫歯の冠が外れたのだった。今日の午前中やっと時間が取れたので、お友達で近くで開業しているやま○き歯科に行った。

 電話予約の時は、10時枠しか空いてなく、お待たせするかも・・・とのことだったが、意外と早く診てもらえた。しかも担当の歯科衛生士さんがベテランで優しく、丁寧に説明してくださったので、何だか得をした気分になった。

 処置中に歯肉の一部を電気メスで切ることになった。山○さんが麻酔をしないので少し痛みますよ・・・と言ったが、余り痛くなかった。処置が済んで処置台を見たら、しっかり使った局所麻酔薬のカートリッジが置いてあった。自分は痛みに強いと思っていたのだが・・・
 今度は9月30日の夕方に受診だ。何かの本に、診察で待つのは30分が限度と書いてあった。明日は自分の外来日なので頑張って待たせないようにしよう。
 写真は外れた冠、顔の上にあったライト、歯のレントゲン写真