2階にいる家人の歓声で目が覚めた。後半日本が宮間のゴールで追いついた。ここから二人で応援する。
圧倒的な体力差を、運動量とパスワークで補う。延長戦でリードされた時はもうだめかと思ったが、日本チームの落ち着きに何かが起きるような気持ちにさせられた。そして沢の同点ゴール。右足のアウトサイドに当てただけだが、後ろから急に走りこんできてのワンタッチだから、アメリカの選手たちにとっては、想定外のシュートだっただろう。
PK戦では、一度PK戦を戦っているアメリカの選手のキックの軌道は把握しているだろうから日本が有利かな?と思った。有利というより、日本の選手たちは落ち着いて楽しみながら最後までプレーしていた。
PK戦前の監督の笑顔がそれを作り出したのだろうか?
なでしこ優勝の写真はNHKテレビから。
優勝の余韻に十分浸った後、井の頭公園を目指して走った。中野区、杉並区、練馬区を通り、武蔵野市に至る。家政通り・新青梅街道・千川通り・吉祥寺通りを経て井の頭公園へ。昔、「俺たちの旅」で若者たちが歩き、ボートに乗っていたシーンを思い出した。井の頭池を一周して帰途へ。帰りは中杉通りを通って帰った。約23Kmの「旅」だった。
途中、アガパンサスやサルスベリの花に出会い、ずいぶん癒された。今から、長男一家がうちに来るという。急いで買い物に行き(自分が)、昼食の準備をした(家人が)。桃ちゃんは未だジージと呼んだことがないが、今日はどうかな??
2011年7月18日月曜日
2009年12月14日月曜日
サッカーとウルトラ練習会
12月12日は博多で九州サッカーメディカルミーティングが開催。熊本県サッカー協会医科学委員長の高〇先生と出席。各県の取組みに感嘆。よくやっている県は、熱心な整形外科医と理学療法士やトレーナーの存在が大きい。懇親会では一年ぶりの先生方と大いに語った。 「忘年会 予定表には 空きは無し」 熊本駅から代行で帰宅した。

12月13日は自宅から梶尾経由植木、そこから3号線沿いに山鹿へ、そして熊鹿サイクリングロードと菊池川沿いに鹿本の水辺プラザまで走った。30km強だろうか? てれっとUMCの8名は上熊本駅9時出発。13時前には水辺プラザに到着したようだ。自分4時間半の一人旅だった。今日は途中で完走を諦めるようであれば、来年の阿蘇100kmは登録しない・・と始めに誓って出発した。リュックには着替えとタオル、ゼリーの携帯食を詰め込み、ランニング用のウエストポーチにはお茶の入ったプラボトルとカメラを入れた。3号線沿いは排気ガスとの戦いだったが、孤独走でよく頭に浮かぶ俳句は中々出てこなかった。
「柿の木に 群がり遊ぶ 雀哉」
「白鷺の 終の棲家か 菊池川」
温泉で疲れを癒し、バイキングの昼食とビール・焼酎でエネルギーを充電してバスで熊本へ。病院で患者さんを回診記録を済ませてバスで自宅に帰った。「坂の上の雲」には15分遅れたが、22時からの再放送も15分観たので良しとしよう。
「柿の木に 群がり遊ぶ 雀哉」
「白鷺の 終の棲家か 菊池川」
温泉で疲れを癒し、バイキングの昼食とビール・焼酎でエネルギーを充電してバスで熊本へ。病院で患者さんを回診記録を済ませてバスで自宅に帰った。「坂の上の雲」には15分遅れたが、22時からの再放送も15分観たので良しとしよう。
2008年9月27日土曜日
日韓YMCA医師蹴球親善試合を前に
毎年、大邱YMCA医師蹴球団とサッカーの親善試合をしている。今年は10月4日に熊本で開催するが、日程は半年前から決定し会場も確保していた。9月17,18日大邱YMCAから今回の交流は中止にして欲しいとの謝罪の連絡があり、急遽参加申し込みをもらっていた約20名のメンバーに連絡し、懇親会会場や記念トロフィー発注先にもキャンセルをお願いした。
その翌日、何とか都合がついたので参りますとの連絡。大急ぎで会場再予約:KKRホテルはまだ塞がっていなかった・・・安堵。但し中には別の予定を入れたメンバーもあり、航空機をキャンセルしたばかり・・・と面食らうメンバーも。しかし熊本側から何とかプレーヤー16名と家族の合計34名を確保した。
さて大邱側からの参加メンバーの連絡が無い。11名ギリギリで最高齢83歳の第一報。一旦キャンセルした飛行機や高速艇のチケットはなかなか入手できない・・・と予想していた。そして27日、プレーヤー12名家族7名の計19名で訪問するとの連絡あり。これでようやく準備に火がついた。
さて帰りも走らねばならない。とは言え暗くなったので遠回りして町並みを走った。途中おなかが減ってへばったのでコンビニでおにぎりを買って食べた。病院に帰り着いたのが午後7時半。贅沢な気分転換になった。
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