2018年6月12日火曜日

大人の休日クラブの払い戻しは面倒

11日、三之町病院に着くと、緊急手術が待っていた。土曜日発症のくも膜下出血で開頭クリッピング、無事手術は終了しハイケアユニットに完全覚醒で移動できた。術後もしばらく観察したいので今日はお泊りにした。

12日、大人の休日クラブで買った新幹線切符の払い戻しは面倒で、燕三条駅では一つの券のみの払い戻しをうけ、あとは東京駅でしてもらった。

2018年6月10日日曜日

第21回ワイズメンズクラブ西日本区大会

9日、10日。第21回ワイズメンズクラブ西日本区大会がANAクラウンプラザホテル神戸で開催される。宿泊しているので都合が良い。朝は北野あたりまで散歩をした。

役員会、代議員会では両方で開会と閉会の祈りを担当した。この役目はクリスチャニティー委員長が担うが、思えば10年間やってきた。感慨深い。

大会開会式では、式に先立ち神戸YMCAベルクアイアの皆さんによるハンドベルの演奏と長田高等学校音楽部の合唱が披露された。両者とも素晴らしく心が洗われた。大野理事の挨拶、神崎日本YMCA同盟総主事の挨拶が続き、各クラブ会長によるバナーセレモ二―があった。佐々木熊本むさしクラブ会長は松若鹿児島クラブ会長と後藤熊本みなみクラブ会長の間に立つ。松若さんは高校の先輩で後藤さんは大学とサッカー部、麻酔科の後輩。兄弟クラブの京都みやびクラブの前会長の写真もしっかりと写した。基調講演では有森裕子日本スペシャルオリンピックス理事長の「私とスペシャルオリンピックス活動」と題して話をされた。彼女とはSO熊本の理事をしていたころお話しをしたことがあるが、随分貫録が出た印象をもった。彼女の話しは説得力がある。

部長報告では小田九州部部長のプレゼンはかっこよすぎた印象あり。和新生ワイズおこし運動やYMCAとのパートナーシップのアピールでは毎回気合が入る。

懇親会までしばらく部屋で休憩、これが助かる。懇親会の開会では乾杯までがやや時間が長い。いつもは話の長い岩本直前理事の乾杯の挨拶が今回は短かった。彼も早く飲みたかったのだろう。

乾杯から10分後、ステージ前に参加した新旧クリスチャニティー委員会のメンバーで集合写真を写した。川口ワイズに委員長を交代する。この後、後任が決まっていなかったびわこ部に管井さん、阪和部に高井さんが新たに委員に加わってくださった。

久しぶりに会う、むさしクラブや九州部の仲間、京都みやびの仲間たちと友情を確かめ合う。東京西クラブの皆様にも挨拶をしに行った。

フレンドシップアワーでは、北九州クラブの松田会長らと同テーブルになった。彼は新潟県村上市の出身、〆張鶴の話題で盛り上がった。そうこうしながら、大人しく部屋にもどって轟沈していた。

10日、西日本区大会二日目。聖日礼拝は神戸YMCA理事長の中道牧師の説教「あなたは招かれています」で心がピュアになる。礼拝から2日目の事業主任報告と各表彰式の合間を縫って新神戸駅で帰りの指定席を取った。

熊本むさしクラブをノンドロップ賞をいただいたが、自分が熊本に帰ったらまた頑張ろうと思う、最優秀賞クラブは京都ツービークラブ、全てにおいて秀でた活動をされている。会長はそれを知っていたのか、はかま姿で授賞式に参加された。

カナダにSTEP事業で短期留学する中村君は、熊本YMCAスタッフで宮崎クラブの中村賢二郎さんの息子さんだった。嬉しくなった。

理事交代式や役員交代式では毎回心にじんと来るものがある。ワイズの世界では人が役職を求めず、役職が人を求める。この一年間ご苦労された皆様とこれからの一年間大きな仕事に臨まれる皆さんに敬意を表したい。高瀬監事は10年間亘り役員を務められた。自分と役員会の度にお会いしていた。ご苦労様。

閉会式での石田実行委員長の挨拶は日本語英語のバイリンガルで素晴らしかった。六甲部の皆様のお世話と奉仕に感謝して別れを告げた。

この後、2回のインド料理のレストランに行ったが、次期キャビネットの皆さんとお会いした。新神戸駅では家人と別れ、東京に戻った。

病院に寄り、18時から佐藤先生と日本緩和医療学会の最終準備をした。もう少しで完成するので細部を詰め、ポスター作製をやり遂げよう!

2018年6月8日金曜日

第20回日本医療マネジメント学会

8日、早朝4時半起床。5時過ぎから大通公園をジョッギング、散歩で一周回った。昨日の余韻を少し残っている。散歩している人や、帰り損ねて?ベンチどまりの人が数名いた。大通西1011条のバラ園は蕾から咲き始めのバラを鑑賞することができた。YOSAKOIそーらん祭りのステージにテレビ局のクルーがいて、朝の番組の中継の準備や打ち合わせをしていた。

空が次第に曇ってきた。会場のロイトンホテルに荷物を預け、ニトリホールで開会式と宮崎理事長の基調講演を拝聴した。雑誌編集委員・査読委員の合同会議に出席し、査読のポイントなどを質問することができた。トップジャーナルでは介入研究でないと初めからリジェックとすること、結果が最初から分かっているような研究では著者が新奇性についてアピールすることが必要だ。

評議委員会では宮崎理事長から議事録署名人に指名された。続いて総会に出席したが雨が本降りになってしまった。

地下鉄でJR札幌駅に、エアポート快速で新千歳に移動し、スカイマークの搭乗受付と手荷物預けを済ませた。時間がなくお土産の買い物はできなかった。空港上空の積乱雲のために機材到着が遅れ、15分遅れで新千歳空港を出発した。

神戸空港に着いた、丁度強い雨が降っていた。歩く元気なくタクシーでANAクラウンプラザ神戸に向かった。家人は先に着いていた。食事をしようとホテルのレストランを覗いたが、考えられない値段なので新神戸駅にある洋食屋で夕食を済ませた。新神戸駅にあるこの洋食屋と和食の店はいずれも喫煙可になっている。和食の方は入った途端に煙草臭かったが、洋食屋の方は幸いにも誰も煙草を吸っておらず禁煙状態だった。

コンビニでビールを買い部屋で少し飲んだが、いつの間にか眠ってしまった。

2018年6月7日木曜日

札幌へ

7日、午前中手術室で麻酔導入の指導と病棟回診を行い、12時過ぎに羽田空港に向かった。スカイマークを利用して新千歳に行き札幌で開催される第20回日本医療マネジメントに参加する。すすきのにあるホテルに投宿し、今泉先生に紹介してもらった「揚子江」に行った。ここは名前の通りに中華料理のみならず、「黄金寿し」の名前もあり和食もでる。食材は北海道地産のもので魚は新鮮できれいだ。あいにく蟹とアスパラがなかったが、それでも刺身、いくら玉、アワビのから揚げを食べた。サッポロビールに始まり、一旦芋のお湯割りに移ったが、氷結酒、締めのビールになった。大通公園の端から少し行ったところにお店があり、帰りは大通公園を歩いた。土日にYOSAKOIそーらん祭りがあり、出し物のパフォーマンス(予選?)が行われていた。流石本場で皆さんお上手だった。

2018年6月6日水曜日

御殿場ハムと勉強会

6日、日曜日に配達されたが受け取れなかった冷蔵の贈り物を受け取りに南荻窪の宅急便の配送センターにいって受け取った。自宅の冷蔵庫に入れて再び病院へ。
Kこども医療センターの堀木先生と勉強会。このような勉強会を始めて、大学勤務の良さを実感するようになった。
帰って送っていただいたハムと牛タンをプライパンで焼いて食べる。幸せ・・・。

2018年6月5日火曜日

三之町病院とアクアホテル二半亭

4日、5日、三之町病院勤務。3日は東京に帰る体力なく、アクアホテルに泊まる。ゆっくり展望風呂に入り疲れを癒す。4日は未破裂動脈瘤のクリッピング手術。13時半入室で14時半執刀開始。20時には完全覚醒でハイケアユニットに移せた。まさかに備えて5日の始発の座席指定を取っていたが、二半亭で食事して最終新幹線で帰った。スムーズな帰宅だが、家に着くのは020分頃。

2018年6月3日日曜日

学生講義と那須塩原旅行

2日、5年生の授業で緩和ケア総論を担当。この学年は幸運にも3回も自分の授業を既に受けている!その都度、阿蘇カルデラ100kmスーパーマラソンの話しをしていたはずだが、初めて聞いたような数名を発見した。これまで授業をさぼった学生たちのようだ。彼らに諭すように話す。
90分授業が2コマやるのは辛いし、準備も大変だが、プロとしてエネルギーを注ぐ。
 
同じく2日、偶然にも確保できた那須塩原の温泉旅館に行くと決めた。約200㎞だが新車はきっと喜んでくれるだろう。東北自動車道を会長に走り、途中自分のガス欠で蓮田SAで食事をとった。那須塩原のインターから降りて暫く走った。途中に魅力的な店や観光ポイントが並ぶ。宿について荷物を部屋に置き、チーズガーデンに行った。ここでは夜食?のチーズのおつまみと赤ワインの小さな瓶入りを買った。
大きな旅館ではないが終戦後の建築なので築60年以上だ。料理は美味しく、風呂は少し狭かったが清潔だった。窓を開けると涼しい風が入り、小鳥のさえずりが聞こえた。
3日、ゆっくり朝風呂、朝ごはんは和食だが量は程々で丁度良かった。10時過ぎまで勉強して出発した。ロビーで見つけたトリックアートの館に行った。3カ所あり、それぞれ見応えがあった。途中でスタッフが来て説明や希望すれば写真撮影までしてくれた。早めにチーズガーデンによる予定が少し遅れた。お土産を買い、隣にあるレストランで黒カレーを注文した。これもなかなかの一品。リピーターになりたいと思った。
2日間で約420㎞のドライブだったが、ハイブリッドカーなのでガソリンは半分以上残っている。
帰りは館林付近で事故渋滞があり、195分に西新宿アイランドビルの地下駐車場に車を停め、佐藤先生との勉強会に臨んだ。次回は10日日曜の夜、ここで日本緩和医療学会の発表準備を済ませる。