2009年3月17日火曜日

当直

月曜日の当直は医局勉強会の弁当がつくので当直夕食に加えてリッチな気分になれる。
 18時過ぎに咽頭痛・発熱の飛び込み患者さん。インフルエンザはB型がまだ流行っている。この患者さんはインフルエンザではなかったが。
 バタバタしていたら、医局に差し入れあり。お茶とスープ麺だった。きっと女神様みたいに優しい方からの差し入れに違いない。Yahoo プレミアム会員登録したので、音楽を聴きながら論文を書き始めた。
 下腹部痛の70歳代女性の患者さん。圧痛が強い。お腹が張ってガスが溜まっている。レントゲン写真でイレウス(腸閉塞)と診断、CTで閉鎖孔ヘルニアカントンと診断し外科医に連絡した。今日の午前中には手術できるように術前の準備を進め県外の家族に連絡を取った。
 救急隊からのホットライン。酒場で泥酔した若者が運ばれてきた。全身びっしょり(吐物、おしっこ?)ビニールの袋でくるまれている。保温に気を使かい搬送してきたことがわかる。点滴開始して、全身清拭して着替えさせた・・・一緒に飲んでいた友人は心配していたが、母親がやってきたら帰宅した。この若者の意識が戻るのは8~9時頃か? (7時に目覚め帰るという。しっかり説教をされた後帰宅。説教する方も、自分に説教していたが・・・)
 今夜も論文書きが一日延ばしになった。そう言えば、今日から送別会の連荘が始る。2時半過ぎた、少しでも眠らなければ。朝から3例の麻酔が控えている。
 6時過ぎホットライン。下血の80歳代女性・・・今日も一日が始った。

2009年3月15日日曜日

今日は麻酔科当番の日、朝から病院に行きICU、PCUの患者さんを診回った。教会礼拝に久しぶりに参加した。医学生のOさんは今年卒業して関西の病院で研修をうけるという。お別れの色紙には彼女が多分一番望んでいる言葉「合格!」と書いてあげた。


聖歌隊の皆さんとの記念写真には、今だけ聖歌隊となって加わった。


もう一度病院に行ったら、月曜日に退院した患者さんが救急外来に来られたので、ちょうどのタイミングで診察治療ができた。知り合いの患者さんが二人入院されているのでお見舞いに行った。一人は今朝亡くなられていた。毎日部屋を訪れていたので悲しくなった。一人の患者さんとは、暫くお話しをした。早く元気になってね・・と励ました。
友人から紹介された土地を見に行ったり、スーパーでの買い物の後、久しぶりにK高の周りを走った。 桜は数輪が咲いているだけだったがつぼみ(お花予備軍)がたくさん控えていた。明日からだいぶ暖かくなるので今週中には見ごろになるだろう。

苺の白い花や、ホトケノザの紫の花を 見つけた。小走りができるようになったが、明日は当直。二日間は禁酒なので肝臓も喜んでくれるだろう。

「肝臓を 守っておくれ 春ウコン」



2009年3月14日土曜日

木金土三連チャン

木曜日、うちで実習をしていた救急救命士のMさんが無事30例の実習を終えた。今日はお祝い会をした。病院真向かいの「とり家」で会食の後、プラス1でカラオケ送別会に移った。今日から3日連続懇親会などが続く。
 写真は修了書を受けたMさん。麻酔科スタッフとの記念写真
金曜日、出動協力医総会がKKRで開催された。うちの病院は熊本方式といって、熊本市から委託された休日夜間一次救急医療を医師会員、大学病院の勤務医、常勤医が三位一体で実施している。長年協力いただいている会員の皆さんの代表が表彰を受けられていた。常勤医は二次患者さんへの対応と、救急車から直接かかってくる電話(ホットライン)への対応を担当しているので当直の時はかなりハードだ。
 KKRのロビーに飾ってあったお雛様を写した。
 土曜日、朝のカンファレンスと入院患者さんの診察を終え、K看護副部長とI薬剤師を車に乗せて日本医療マネジメント学会第11回熊本支部学会が開催されるに人吉カルチャーパレスに向かった。この日は寒く、人吉に近づくとミゾレが降っていた。ランチョンセミナーでは済生会病院のM先生による「医療における新規事業のあり方」について学んだ。医療経営に詳しい方とは知っていたが、その情熱を目の当たりにして目からウロコの感を持った。自分の発表は「ホットラインを稼動して」と題して熊本地域医療センターで始ったホットラインの現状と常勤医への負担状況について紹介した。シンポジウムでは「チーム・病院・地域の分担と連携モデル」と題して5名の演者が発表されたが、Y総合病院の改革と建て直しをされたS先生の発表を聴きながら、職員の意欲を先ず高めることの大切さ「医療連携は院内連携から」を改めて学んだ。埼玉済生会栗橋病院のH先生の特別講演「医療崩壊はこうすれば防げる!」では、予算の裏づけも無いまま医療の質が守られているのは医療従事者の献身的な働きがあるからと改めて実感した。懇親会では懐かしい先生たちと話すことができた。皆さん苦労されている。アルコールは口にせずウーロン茶とお湯のお湯割りをのんだ。朝連れてきた二人に加え、〇下先生をお連れして熊本に帰った。
 病院では緊急手術をしていたが、電話で励まし、サッカー部追い出しコンパの二次会に馳せ参じた。もう直ぐ医師国家試験の発表があるが、全員合格して欲しい。二次会ではもちろんビール、ワイン、焼酎を飲み、学生2人を連れて3次会に行った。帰りは当然ながら3日連続代行となった。そう言えば私はK代行の優良会員だと思う。

2009年3月11日水曜日

雪柳

数日来右のヒザボン(膝蓋骨)が痛く、階段の昇降が辛い。走るというよりも歩行訓練をするので、春の花を楽しむ。坂道の横に白い花が咲いていた。柳のように揺れていた雪柳、日曜までにはジョギング復活をしたいと思った。
「 ヒザボンの 痛みを癒せ 雪柳」

2009年3月8日日曜日

次期会長主査研修会

 ワイズメンズクラブ西日本区に次期会長主査研修会が3月7,8日大阪で開催された。さて7日朝のカンファレンス出席後入院患者さんを診てから空港に行こうとしたら、時間が過ぎ9時20分出発便なのに病院を出たのが8時45分だった。空港まで車で30分かかるので既に搭乗を締め切った後に空港に着くことになる。一緒に行く仲間に一便遅れるかもしれないと電話した。ところが、土曜日ということもあろうか?信号機の運も良く、とはいっても途中スピードがかなり出ていたようだったが・・9時15分空港駐車場から建物に走って飛び込んだ。ANAの職員の方が、田○さんですか?との問い。そうですと答えたら、急いでいきましょうと機内まで連れて行ってくれた。仲間がもうそこに来ているので乗せてくださいと頼んでくれたのだった。感謝。しかしデジカメに電池を入れていないことに気づいた。
 新大阪駅で昼食を食べ、会場へ。13時10分からの開講式の祈祷に十分間に合った。今回の役割は開講式での開講の祈り、キリスト教理解レクチャーA(ノンクリスチャン・初心者向け)の講師と聖日礼拝での奨励。開講式まで時間があったので、2ヶ月ぶりに会う西日本区の役員の皆さんや久しぶりに会う西日本各地の皆さんと言葉を交わした。開講の祈り担当なので佐〇理事と二人貴賓席?に座った。2日間の研修会で次期会長次期主任としての学びが深まるように、そしてこの研修会のために奉仕してくさらる皆さんへの感謝を祈った。
 ワイズ読本という、ワイズメン活動の指針となる論文を収録した本がある。ワイズ読本から学ぶクリスチャニティー、および聖書から学ぶワイズメンの理想主義について学びを深めた。イントロでは自己紹介も交え、笑いを誘った。2005年7月の統計ではワイズの約24.6%がクリスチャンである。ノンクリスチャンの皆さんにワイズメンズクラブ・YMCAのバックボーンであるキリスト教精神を理解していただくのが目的のレクチャーなので、宗教の押し付けにならないように、キリスト教という西洋文化の理解に繋がるように配慮した。参加者から後ほど「目からウロコ」だったとの感想をいただいたが、この言葉も聖書から伝わった言葉だ。
 九州部各クラブ会長と部長との懇談会では鋭い質問が飛び交っていた。次期九州部長にとっては辛い時間帯だったようだが、この時間帯を経ることで次期の準備は飛躍的に進む。





研修会で何が楽しいかといえば懇親会。私はEMC(会員を増強しましょう)とCE(クリスチャニティー特別委員会)にテーブルん着いた。それにしても皆良く飲む。
九州部各クラブ次期会長のテーブルも盛り上がっていたようだ。


 6月の西日本区大会や熊本にしクラブチャーターナイトの宣伝もしっかり行ってきた。




直前クリスチャニティー特別委員会委員長の長〇さんご夫妻が名古屋から駆けつけてくださった。事情があり明日の聖日早朝礼拝の奨励を長〇さんに行っていただくことになった。長〇さんとの打ち合わせもあり、いつものように酔っぱらってしまうわけには行かない。緊張していたのだろうか?遅れて会場に疲れた10時過ぎまで実にしっかりして起きていた。
 翌朝早起きして十三方面に走った。大阪の小さな商店街(未だ閉まっていたが)を数箇所走りながら観察した。礼拝に行こうと荷物をまとめていて気付いた!車の鍵が無い。しかし礼拝はもう直ぐ始る。
 奨励では私が少しはなしをした後、長〇さんに交代した。長〇さんの命がけの奨励は参加者の胸に届いたことだろう。献金感謝で村〇次期会長の祈りの中に、長〇さんへの労わりの言葉があった。思わず涙が出た。礼拝に和歌山の永〇さんがご夫婦で駆けつけてくださった。礼終了後吉本にお連れすると言う。祈りと笑い、ヨーグルトとヤクルトは免疫力を高める。笑って送り出した。
 さて、車の鍵だ。フロントに行き鍵の落し物は無かったかどうか尋ねた。ない。丁度部屋掃除の頃だとのことでお願いして部屋の戻った。ベッドの下まで見たが無い・・・家人に空港まで迎えに来るようにお願いしたが・・笑顔??が見える。あきらめかけた時、服をかけていた場所の床に丁度少し開いたドアで隠れるようにして落ちている鍵を見つけた!!
 昨日搭乗時間までに空港についていなかった罰かな・・と思ったりしたが、日ごろの行いで守られていたようだ。

2009年3月5日木曜日

例会の日

本来2月にすべきTOF(Time of Fast:飢餓を覚える時)例会が3月5日開催された。いつもは日航ホテルでの例会だが、例会の会費・食事代を浮かして寄付に当てようとするために熊本YMCAの多目的るーむ(ひまわり)が会場になった。前の日にメンバー篠○さん宅に数名が集まり作ったカレーライスと野菜サラダが振舞われた。

続きはあとで

2009年3月1日日曜日

広島西ワイズメンズクラブ設立総会

 広島西ワイズメンズクラブ設立総会が3月1日広島港(宇品港)からフェリーで20-30分の似島(にのしま)で開催された。前日から広島市に宿泊したが昨夜が早かったのか、興奮したのか4時半には目覚めた。5時10分から広島市内をジョギング、約50分5kmだろうか?広島城(鯉城)や原爆公園は暗くてよく写らなかったが、数々の名勝負が行われた広島市民球場は良く写った。

 宇品港までは市電で行った。市電は次々に来るのだが、ゆっくり走るので港に着くまで時間がかかったが7時30分発のフェリーには余裕で間に合った。港で広島クラブの小〇会長と出会った。似島は安芸小富士と呼ばれる278mの山を有する。ある時は日本軍の駐留地として、原爆の犠牲者の埋葬地としての歴史を持つ。今は広島市民の憩いの島と言ったらよいのだろうか。
 多くのメンバーは前日から似島臨海少年の家に泊っている。広島西クラブのキーメンバーとなるYさん、Nさん、Kさんなどと挨拶を交わした。丁度朝食時に到着したが、昨夜の食事量を考え、朝食はパス。熊本から来た理事キャビネット、EMC2000メンバー、大阪西やなかのしまクラブのメンバーと挨拶を交わした。 
 9時から設立総会が始った。設立総会実行委員長で会長となるYさんは、お母様や娘さんを引き連れての広島西クラブへの参加、気合が入っていた。西中国部高〇部長も感無量だったのだろうか?17名で設立総会を迎えられたが、5月のチャーターまでより学びを深めて欲しいと思った。スピーチの機会も与えられた。熊本にしクラブの設立総会までのエピソードと、昨日のしあわせの13粒を紹介した。
 似島で、くしゃみとは鼻水が強くなった。港を離れて島を見ると、黄色いモヤ?が山に上がっていた。花粉のようだ。広島駅で日本酒を買い、お好み焼きを食べた。
 帰りの新幹線やリレーつばめでは寝ているか駅で買った文芸春秋を読んでいた。熊本駅ではBlue Trainはやぶさの写真展などが行われていた。病院によって入院患者さんを診て回った。晴れていたので白川縁を7km走った。白川近くで見つけた白い花。木に咲く花で沈丁花、白木蓮かとネットで調べたが違うようだ。後で辛夷(こぶし)との指摘をうけた。沈丁花は的外れだったが、白木蓮なら少しかすったかな・・・
家に帰ったら、玄関にお雛様が飾ってあった。(数日前から)大阪の義妹から送ってもらったお菓子はお雛様の人形にもなった。これは明日食べよう。風呂に入って暫くしてやっとくしゃみが治まった。