ラベル 仕事とワイズメンズクラブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 仕事とワイズメンズクラブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年11月20日日曜日

土曜日もすることが多い

ある土(勤務のある土曜日)は、国際標準規格の勉強会、教育用シュミレーターと新しい麻酔器の説明会など盛りだくさん。昨夜からの緊急手術は3科以上の協力で午前中のうちに無事病棟に帰ったようだ。
午後からは、指導担当学生さんとの会食。4名を担当しているのだが、1名は体調不良1名は急用ができたらしく、5年生2名との会食になった。場所は「さ〇き」近いし安い?し気取らない。午後1時から3時間の貸切で、良くしゃべり良く食べた(良く飲んだ)。この時写真を撮るのを忘れたので、21日手術室で記念写真を撮った。
おりしも首都圏は大雨だったが、タクシーで東京フォーラムへ向かい、E.Critical Care Forumに参加し、周術期の輸液や移植手術の管理などに関する勉強をした。富山の山〇教授と隣り合わせになったので、富山県の麻酔科事情についてお聞きした。休憩時間には九州・沖縄から参加の先生たちとお話し、旧交を温めることができた。
情報交換会への参加はやめて、20時15分には東京駅に向かった。東京駅から新幹線で新大阪へ向かう。20時30分発で23時5分には到着したが、約2時間半日記を書いたり本を読んだりメールをしたりそれなりに忙しかった。
ワイズの役員会がある新大阪駅近くのCホテルに23時30分に着いた。なんと仲間たちがホテル玄関でビール片手に待っていてくれた。とても温かい出迎えに涙が出そうになった。しかし、中瓶ビール一本だったので、物足りなかった・・・いや、健康に気遣ってくれてありがとう!!

2011年7月17日日曜日

合宿

 7月15日金曜午後から16日土曜の夕にかけて、大学のadvanced work shopが開催された。会場の東中野クロスウェーブに泊まり込みで、大学の問題点の抽出と自分たちの果たす役割、試験問題作成に関することなどを話し合い学びを深めた。懇親会では、初めてお話しする先生たちも多く、皆さんと知り合う良い機会となった。

 I先生と二次会??と称して近くの焼肉屋に移動し話していたら突然地震を感じた。かなり強かったが、震源地は栃木県で東京は震度4だったようだ。3次会はせずに大人しく宿舎に帰った。

 合宿終了後、新幹線で大阪に向かった。ワイズメンズクラブ西日本区の今期第一回役員会が土曜の午後から開催されていたが、本業優先なので遅れての参加になった。丁度ホテルに到着した時、懇親会が終わる直前だった。そのままフレンドシップアワー(二次会)に移動した。いつもは二次会で夢の世界に突入するのだが、飲み始めたのが遅かったので何と、三次会まで行ってしまった。ホテルに帰ったのが0時を過ぎていた。

 17日は5時過ぎには起床し、淀川べりを1時間30分ほど走った。6時前だったが多くの人たちが既に散歩やジョギングを楽しんでいた。
 河川敷に茂っていた樹木から蝉の声がにぎやかに聞こえた。
 自分は聖日早天礼拝を担当し、本来土曜にすべきであったCE特別委員会の報告をした。役員会や礼拝献金で集められた浄財がYMCA日本同盟に贈られた。YMCAは東日本大震災への支援活動を継続している。

昼過ぎに役員会が終了し、新大阪駅で家人と家人の妹と待ち合わせた。二人とも既に駅に来ていた。義妹とは久しぶりだったが元気そうで安心した。一緒に昼食を取った。さすがに姉妹だけあって良く似ていると思った。

帰りの新幹線から、富士山がきれいに見えた。
と、充実した金土日だったが、家に帰ってジョッギングパンツはホテルに忘れ(着払いで送ってもらうように頼んだ)バッグを家に上げる時に壁に色を付けてしまった。良いことも悪いこともあるものだ。

2010年2月22日月曜日

30年間の振り返りと60年の歴史

 先週1週間は、医師になってから30年間の振り返りをする機会を得た。・・・ 今の病院に赴任してもう直ぐ20年。もっとすることがあったはず・・と反省した。
 2月20日午後から福岡へ行った。九州疼痛学会に出席した後、熊本に引き返し熊本ワイズメンズクラブ60周年記念例会に参加した。
 熊本YMCA設立の10ヶ月後に創立された熊本クラブはハンディキャップを持つ人々と共に歩んできた歴史がある。歴史の重みをひしひしと感じた。
 21日は教会礼拝に行った。2月は既に3連勝。このごろ山〇牧師先生の説教が自分のこと(たーさん)を言って下さっている様な気がする。ヴァイツデッカー元西ドイツ大統領の「荒れ野の40年」という演説集を読み始めた。
夕方は娘たちと結婚式場での試食会に行く約束をしていたので、夕日を浴びながら会場まで白川縁を歩いた。途中「6時10分前までに着いてね」との電話があり、走った。食事は美味しかったが、フレンチだったのでお腹にたまった。
 帰ってBSで龍馬伝を観ていたら、長男からメールが来た。陣痛が始ったと・・。


2008年11月15日土曜日

災害医療福祉訓練と役員会

11月15日熊本地区の災害医療福祉訓練が行われた。8時30分に熊本市を中心にM7.2の地震が生じ、多数の傷病者が地域医療拠点病院に殺到するという設定だ。各医療機関は、熊本市の対策本部との連絡を密にし、医療スタッフの確保、傷病者の治療・収容・高次医療機関への搬送を行う。

 7回にわたる実行委員会と、過去2回の経験からポイントはいかに手際よくトリアージを行うか、軽症者は建物に入れない。動線はシンプルに。今回は声かけ「心配要りませんよ。大丈夫ですよ。etc」や痛み対策(鎮痛薬の投与)は特に注意した。現場から続々くる報告を本部のホワイトボードに書き込んでいく。軽症者が中等症にかわったり、重症が中等症に変わったりする。見落としが無ければよい。何人救えるかの勝負。予想に反して予定時間より前に終了し、検証に来られた○○熊本地区病院の方を交えて反省会を行った。

 反省会の後、外来患者さんと入院患者さんを診て、阿蘇に向かった。熊本YMCA阿蘇キャンプでワイズメンズクラブ国際協会西日本区の役員会が行われる。開始時間に若干遅れたが、自分の発表には間に合った。こんなに熱心に協議できるのか・・と思うほど皆さん真剣に議論される。また皆さんの博識には驚かされる。討議の後は白雲山荘で温泉を楽しみ、さあ懇親会だ。14年前熊本で開催された第1回西副区大会の模様がDVDで紹介された。


食事もキャンプ場(研修会場)でこんなに良いの?というくらいの美味しい豪華な料理が並んだ。差し入れの日本酒、ワイン、焼酎が次々に飲み干されていった。いつものことなのだが、翌朝メインホール(懇親会場)に敷かれた布団で目を覚ました。





 折角なのでもう一つ紹介。11月14日麻酔科の研修医が熊本ペインクリニック研究会で発表したこと、後○先生が特別講演を無事おこなったこと、救急救命士の光○さんが無事実習を済ませたお祝いで打ち上げ・ご苦労さん会をした。明日が災害医療訓練なので深酒しないように・・と思ったが、やはり飲みすぎた。楽しいことが重なると酒がすすむ。