鹿児島YMCAの初代会長は自分の親戚で、多分3代は4代前の先祖が兄弟同士だったつながりと思う。「種子島で離島医療に40年間尽くしてきたが、70ウン歳になるので病院は次世代に任せて、後はYMCAに捧げたい」と決意を表明された。西之表教会の池〇牧師先生も参加されていたので、3人で記念写真を撮らせてもらった。
自分の一族が、鹿児島と熊本でYMCA運動にかかわれることに感謝。20年にわたり、鹿児島YMCA設立のために尽力した来られた鹿児島ワイズメンズクラブの皆さんの顔が輝いていた。食前感謝をインターナショナルスクールの日本人の小学生が英語で、スクール教師の外国人の先生が日本語でされた。
今世紀になって日本では始めてのYMCA設立になる。島田日本YMCA同盟総主事は「全ての都市にYMCAを!」と祝辞で言われていたが、現状の経済状況では困難だろうが、我々は夢と幻を持たねばならない。
最短時間で熊本に帰るために21時17分の新幹線に乗った。病院に戻り、カルテ記録・退院時サマリーなどを書いていたら24時になった。飲んだ焼酎のせいだろうか?声が枯れてしまった。
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