2013年7月5日金曜日

柳屋のヘアークリームと鍵

7月4日、来週月曜日の学生相談教員としての指導?会食に備えて?、カクヤスに寄り赤兎馬を2本買った。しかし西新宿から荻窪まで、柳屋のヘアークリームを求めて薬局やドラッグストアを見て回ったがどこにも売っていなかった。写真は紫芋の赤兎馬。
家に帰り、マンションの入り口のドアを開けようとしたら鍵がないことに気付いた。開けてもらおうと管理会社に電話したら、他の階の住人が返ってきたので一緒に入った。自分の部屋のカギはある。おそらくキーホルダーの留め金が緩んでどこかに落としたのだろう。
翌朝目覚めたら、床に落ちていた。今度はしっかりとテープで補強した。、


5日、今週の学生クルズスは金曜日になった。麻酔科術前評価外来を一時〇瀬先生に代わってもらい担当した。今週の学生さんは優秀なのだろう?誰も居眠りをしなかった。しかし誰もMSコンチンを知らなかった。
緩和のケアチームのスタッフに柳屋のヘアークリームが売っていないとこぼしたら、アマゾンで買うといいとアドバイスをもらった。早速6個注文した。

2013年7月3日水曜日

7月に突入

1日、2日は夜の青梅街道を走って帰った。途中カクヤスという酒屋があるが、自分が走る時間にはすでに閉まっている。トイレの便器を磨いた。きれいになったので、きっとトイレの神様がご褒美をくださるだろう。1日は帰りが23時を過ぎたので、ラーメンを作ってラーメンライスにした。

2日の新潟行きの景色は緑と川をテーマに何枚が写真を撮った。
写真は上から戸田、高崎、浦佐、上毛高原あたりか?







帰りの燕三条駅に小学生が大勢来ていた。どうやら駅構内での写生大会のようだ。






プラットフォームにも来ており、MAXときが入ってくると歓声が上がった。







新橋に行って、日本の大衆食堂を探した。大〇屋に行ってみた。中はきれいで、禁煙のようだ。しかもメニューは写真つきだ。サン・アントニオからの一行をここに案内するとよいかもしれない。新橋の大〇屋は、さすがにサラリーマンの街らしく、日曜の夕食タイムは空いているという。
3日、ブログの統計を見たら、これまでのアクセス数が10万件を超えたことが分かった。今日は帰ってお祝いをしよう。と言うわけで、荻窪駅のルミネ地下で安くなった惣菜を買った。豪華な夕食になったが、カロリーが心配だ。

2013年7月1日月曜日

6月末を乗り切る

27日は鎮静に関する研究会があり、終了後にICUスタッフとさつきにて二次会をしてS根先生とS木先生とは更に自宅で三次会をした。







28日朝、札〇医科大の今〇先生の敗血症に関する講演を半焼した。
午後から医局説明会で、二人の初期研修医が来てくれた。二人とも熱心に聴いてくれたので、入局が?楽しみだ。夕からはK島小児科主任教授就任祝賀会に参加した。U野先生の代理?の形での出席だったので、両脇にはT田副院長、T植副院長がおられた。手術室の運営や新病院の構想などを話していたら話題が弾んで楽しかった。
KOホテルで焼酎を飲み忘れ?たので、病院で着替えてさつきに行った。途中病棟のKさんと一緒になった。






29日は、久しぶりに朝寝をした。善福寺公園までのジョッギング、シャワー、掃除・洗濯、ブランチを作って食べる。途中紫陽花を移したが、紫陽花には雨の日が似合う。





ベランダに陽が射してきたので座布団を干した。
ワイシャツのクリーニングを出し、東京駅八重洲口地下の理容室に行って散髪をした。商店街のお楽しみ抽選券を一枚もらった。引いたら300円の商品券が当たった。
帰りに病院によって資料を整理し、荻窪駅近くで買い物をして帰った。久々に手料理夕食を楽しんだ。コンフェデレーションカップ準決勝を聴きながら寝たのはいいのだが、鼻が詰まって苦しい・・・。
こうして6月が過ぎていった。今日から7月だ。新しい200km/月に向かって走ろう!

2013年6月28日金曜日

第12回ペインクリニック診断研究会


27日ペインクリニック外来に出向されていたY良先生の外来送別会が医局でやっているところに運良く遭遇した。ケーキとお茶のパーティーでケーキが数個余分にあったので、ご相伴に与った。
このメンバーと一緒に品川プリンスホテルで開催されたペインクリニック診断研究会に参加した。初期研修医のM先生とN井先生を誘った。テーマは骨粗しょう症の診断と治療で、痛みへの薬物治療を含み、様々な角度からの解説を拝聴できた。
会終了後の意見交換会ではペインクリニックに熱心な多くの医師たちが集まるので面白い話題を聴くことができる。少しだけおなか一杯に食べたところで、初期研修医二人と荻窪の自宅に向かった。
焼酎の赤兎馬をメインに、すぐに出せるつまみと豚肉と野菜のいためものを作って食べた。二人とも緊張していたようだが、30年後の単身赴任を想像するといいね・・・などと言いながら飲んでいた。

青梅街道まで行ってタクシーに乗って帰るところまで確認し、コンビニで朝食用の野菜サラダを買って帰った。28日朝はコンフェデレーションカップ準決勝スペイン対イタリアを観ようと早起きした。サッカーを見ていたら朝ご飯は手抜きになり、遅くなったので電車通勤になった。とは言え6月の総走行距離は200kmを超したので無理はしない。写真は朝ご飯、左上はアナゴの肝の佃煮、中上は野菜サラダにハムエッグ(ハムエッグは作った)、左下は冷凍していたご飯を解凍、右下はレトルトのシジミの味噌汁。

2013年6月26日水曜日

水曜日

水曜日午前中の学生クルズスはタイトなスケジュールで行わねばならない。麻酔科、ICUカンファレンス、麻酔導入維持覚醒指導に加えて、輸液剤MRさんとの話し合いと緩和ケア新患さんの診察を時間の合間を縫って行った。

〇君は時々気を失いそうな目になり下を向きそうになるが、質問には良く答える。記念写真の笑顔も良い。今週のグループは「できる」グループのようだ。
午後からは緩和ケア外来から病棟回診、緩和ケアチームカンファレンスと続き、18時からの手術室運営会議で19時頃にやっと予定が終わる。今日の会議は臨床講堂(階段講堂)であったが、意見を求められて一歩前に出た時、階段を踏み外してしたたか膝盆(膝蓋骨)を階段の角にぶつけた。

2013年6月25日火曜日

ワイズメンズクラブ国際協会西日本区大会 in 名古屋 一日目

ワイズメンズクラブ国際協会西日本区大会がウェスティンナゴヤキャッスルと名古屋能楽堂を会場に開催された。午前中の役員会、代議員会は予定通り進んだ。司会席の横には任期半ばにして逝去されたN瀬理事の遺影が掲げられていた。




大会オープニングセレモニーは、名古屋能楽堂で行われた。19974月、能や狂言などの伝統芸能の振興と文化交流の推進を目的として開館したという。この舞台で開会式が進行する。各クラブ会長の労いの場でもあるバナーセレモニーも皆からよく見える。会場のキャパシティーが630席なので、名古屋在住のメンバーと家族、役員の一部は別室でモニターを見ながらの参加になっていたようだ。
熊本むさしクラブW杉会長の堂々の入場。
河村名古屋市長も駆けつけ挨拶をして下さった。減税と社会奉仕を結びつけた挨拶は流石に上手で聴く者を引き付ける。




ワイズメンズクラブには奈良伝賞と言う個人特別賞がある。YMCAやワイズメンズクラブに献身的に奉仕しされた方を表彰する。今年は三〇さんが栄誉に与った。おめでとうございます!

この一年間に亡くなられた方を紹介する「メモリアルアワー」で遺影を見ながら親しくお付き合いしてきた方や指導していただいた方々を思い出した。自分も60歳になったので、健康には留意しようと思う。代議員会と部長報告のあと、狂言のアトラクション「狂言方和泉流」があった。
先ず、出演者から能楽堂の説明、能と狂言の違い、これから演じてくださる狂言「佐渡狐」の説明があった。出演は3名だが、一人一人のセリフや動きが面白い。狂言にはまり込みそうだ。残念ながら出演中の舞台は撮影禁止なので写真では説明できない。

大会一日目のプログラムが終了し、一旦ホテルの戻りしばらく休憩した。800名以上が集まる懇親会は迫力がある。ここでは熊本から参加のメンバーと同じテーブルになったので旧交を温めた。
 
 
 
西日本各地に散らばっているクリスチャニティー特別委員会のメンバーが一同に会する貴重な日でもある。この45年は午後8時にステージ前集合として、全員の集合写真を撮っている。ここでは「今年は皆さんに宿題を出します!」と爆弾発言をした。
 
 
 
Pray(日本語では祈りで、東日本大震災ボランティア応援ソング)」を歌うSoah i(ソア)さんのミニコンサートやフラダンス、ドアプライス(お楽しみ抽選会)などがステージでは賑やかに行われていた。ソアさんと脚比べをしようと思ったが、今回はパスした。




弟クラブの「京都みやびクラブ」の皆さんと焼き鳥屋さんに移動して二次会となった。ここからは焼酎。話しは弾むし焼酎はすすむ。ホテルで一人三次会をしようと、缶ビールとカップ麺を買った。

2013年6月23日日曜日

ワイズメンズクラブ西日本区大会 in 名古屋 二日目

翌23日、サッカーを応援しようと早起きした。ビールは栓を開けたままでほとんど飲んでいなかった。メキシコに2点先行されたところで、名古屋城の周りを2時間ほど走った。シャワーを浴びカップ麺を朝食にした。
8時前に会場に行き、聖日礼拝の打ち合わせを済ませた。礼拝には300名近くが出席してくださった。西村先生のメッセージは「マタイによる福音書201-16節」で一見無計画で常識のないブドウ園の主人の行いは、収入のない人々に心を馳せる、より多くの人に人たちに恵みを与えようとする神様の計画がメッセージの内容のようだ。

事業主任報告と表彰式では、むさしクラブは主に献金達成で表彰を受けていたようだ。
特筆すべきは、理事特別賞で、ブリテン優秀賞を獲得したこと。最優秀賞は次年度にいただくとして、」ブリテン作成に努力された岩〇さんや若〇会長に感謝である。
任期半ばで逝去されたN瀬理事は気配りの人だった。皆さんへの感謝の言葉が理事キャビネットのメンバー作成のパワーポイント音楽付きから伝わってきた。集まったメンバーの目頭が熱くなった。

理事交代式司式担当は熊本のY本さんご夫婦に今年から交代になったが、これまでのM田さんの次期理事を気遣い可能性に期待する姿勢は受け継がれていた。


 
写真は退任のあいさつをされたM田さん。

T瀬さんが数カ月の理事代理を経て理事に就任されtた。40代の若い理事は経験者があ支えねばならない。

新理事のもとで働く役員の交代式では、EMC(会員・クラブ増強)事業主任のY村さんが人気を終え、

九州部長にはI佐さんが就任した。
涙の理事交代式、8月で定年を迎える事務所職員のK村さんへの花束贈呈など、随所に故N瀬理事のカラーがうかがわれた。
大会終了後に参加した熊本むさしクラブのメンバーと記念写真。
子クラブの熊本にしクラブのメンバーと一緒に記念写真を撮った。来年は岩国市で開催される。
写真は後で送ってもらうことにした。