2019年3月20日水曜日

緩和ケア施設外研修

20日、神奈川県立こども医療センターの堀木先生が緩和ケアの施設外研修で当院にこられたのが2年前。毎月1回2時間程度の勉強会をしてきた。一日の勤務を終え来られるのだが、疲れておられるのにチェックの必要なケースレポートや論文や抄録など準備してこられた。
児の緩和ケア対象患者の経験がほとんどない自分にとっては、かえって勉強させてもらった感がある。今回が最後になったが、ご褒美に薬剤部でやっていたWEBセミナーに参加して美味しい弁当を食べた。来期からは成育医療センターで研修をされるという。日本緩和医療学会の認定医か専門医を取得したらお祝いをしてあげよう。


2019年3月16日土曜日

車の1年点検

16日、ある土で午前中は回診、午後からは事務的な仕事を済ませた。今日は愛車の1年点検。ディーラーに乗っていき預けた。やはり走行距離が短くバッテリーが減っていると言う。も少し乗る機会を増やしたいと思った。


2019年3月13日水曜日

がん教育勉強会

13日、都庁でがん教育の勉強会が開催された。がん教育が教育要項に採用され、東京都内の少中高等学校、特別支援学級な約2000カ所で授業が始まるという。自分は東京女子医大の林和彦先生の勉強会に参加し、また昨年は富久小学校6年生への授業の経験がある。
参加したがん教育に関心のある臨床医やがん経験者の皆さんと共に、熱心に勉強させてもらった。



2019年3月12日火曜日

事例検討会

12日、1620分燕三条発のMAXときに乗車すると18時には東京駅に着く。長岡、大宮、上野にしか途中止まらない。この新幹線に乗り19時からJCHO東京新宿メディカルセンターで開催された事例検討会に参加した。JCHOMCが地域連携で診た患者さんをJCHOMCのスタッフとかかりつけの訪問診療医や訪問看護師、ケアマネージャーが経過を報告し討論をしていく形式。何と4例の事例が報告された。基礎疾患に悪性腫瘍があった事例は1例で、慢性呼吸不全でHOT導入した事例や認知症の事例などこれから増えていくであろう在宅療養が困難と思われる患者さんたちだった。
それを見事に看取りまでケアをしていく努力には感動すら覚えた。
  会終了後懇親会もあったが、長旅?で疲れていた自分は珍しく失礼して帰宅した。

2019年3月10日日曜日

3月8-10日の帰省

810日、81855分のJALで熊本へ。家人の迎え有り、家にかえって豚しゃぶの夕食。9日、光の森のシネマに長男一家がどらえもんの映画を観にきている。ここの2回のフードコートで会う。久しぶりに桃也を高い高いする。随分しっかりしてきた。



ここから熊本駅に行き、新幹線で鹿児島中央駅へ。新幹線構内の焼酎販売所や2回の土産横丁の薩摩焼酎館には日当山酒造の千秀や朝日、高崎酒造の甘露は置いていない。AMU PLAZA地下の焼酎維新館には揃っていることを確認し、谷山へ。谷山タクシーで家人の実家の墓参りに行った。タクシーの運転手さんが種子島の人だとすぐに分った。叔父叔母のすぐ近くに住んでいる人で8年前から鹿児島にでて働いておられるようだ。

再び鹿児島中央駅に戻り、千秋と甘露の一升瓶を東京に宅配を頼んだ。朝日の五合瓶は持って帰ることにした。

東急REIホテルには16時直ぐには着いた。会場の3階あずまは依頼した通り和室でテーブル椅子の会場を作ってもらっていた。1回ロビーに下りると姉夫婦が来ていた。暫くして叔父夫婦と従兄弟が着いた。会場に戻り着席するうちに従兄弟夫妻がきて予定の9名が揃った。叔父の挨拶、従兄弟の献杯の発声で会が始まった。叔母の思い出話し、近況報告などを話した。以前従兄弟会をしたことがあるが、何時かいとこたちがみんな集まる会をしたいものだと思う。

ずい分酔っぱらったのだろう。新幹線の中のことは覚えていない。ぐっすり眠っていたようだ。姉夫婦と熊本駅で別れた時からはっきりしている。

10日、9時過ぎに家人と娘の家に行き、孫を2時間ほど預かることになった。陽太がぬる絵をしている間、丈二とボール遊び。褒めながら上手く遊ばないといけない。続いて3人でかくれんぼ、いきなり見つけると具合が悪い、一旦は見逃すようにした。飽きたところで海賊ゲーム。海賊虎ひげの人形が、樽のナイフ入れの隙間にナイフを入れると、飛び出すゲーム。陽太と家人が良く引っかかっていた。そうこうするうちに婿殿が仕事から帰ってきたのでバトンタッチができた。疲れた・・・。

家に帰りチキンラーメンで昼食、熊本空港から羽田に向かった。霧が出て来て、自分の次の便は結構になるとか・・?飛行機はかなり揺れたようだが、自分はぐっすり眠っていた。

荻窪に帰り、クリーニング出しして病院へ4目鵜の患者さんの回診と学会抄録づくりやがんプロの仕事をして23時前に帰宅、それから夕食を準備しシャワー後に食べて寝た。眠る前の食事は身体に悪いのだが・・・

2019年3月3日日曜日

東京マラソン

3日、朝から冷たい雨が降っている。自分にとっては最悪の天気だ。左足首のテーピングを念入りに行い、朝食には予定通り焼き餅2個とポタージュスープを取った。ランニングの着替えをして、ジャージを着て病院に向かった。自室で熊本城マラソンで貰ったオレンジの雨除けポンチョを上から着てクマモンの被り物をかぶった。ジャージや着替えを荷物預け用のビニールの大きな袋に入れた。
Gate4からランナーエリアに入り、指定のトラックに荷物を預けた。自分のスタートブロックはL。最後のグループだ。できるだけ前の方に行った。フットサル施設管理棟の横から森先生にLINEをした。直ぐに森先生が来られた。横に知り合いの先生もおられ、話しは盛り上がっていたようだ。自分は雨に打たれながらひたすら身体が冷えないように細かく動いていた。



スタートの号砲は910分、3040分スタート地点まで行くのに時間を要すると思っていたが、予想外に25分でスタート地点を通過した。すぐ前に東京医科大病院があり、6回のレストランのテラスで応援をしているスタッフが見えた。大きく手を振ったが、誰か気付いただろうか?既に25分ロスしているので、とにかく前を向いて走った。ここから飯田橋まではなだらかな下り坂が続く。9.9㎞の第2関門では15分の貯金ができた。このままいけば一回分のトイレ(10分前後を予想)タイムが確保できる。

冷たい雨と風は予想外に身体を冷やした。16㎞地点でトイレの数が多い場所でトイレに並んだ。並んでいる人数が半端ない。結局20分間のタイムロスになった。心が折れそうになったが、沿道からの「クマモン頑張れ!」に何回も励まされた。

一番の危機は34.5㎞関門でした、8分前に通過しました。品川折り返しで少し走ると向かい側から最終ランナーが走ってきた。お腹が空いて沿道の応援の人たちからチョコレートや飴をもらうのだが、手指がかじかんで袋が開けられない。開けて取り出してもらうこと数回。38㎞付近で「クマモン頑張れー!」の黄色い声援、思わず手を挙げて応える。あれっ!?確か綾瀬はるかさんでは?隣を走っていた人が「綾瀬だ、綾瀬だ」と言っていた。自分もそう信じて残りの4キロ少しにエネルギーを傾注。

最後の丸の内仲通りを走る頃は感激で涙が出そうになったが、それよりも寒さが辛かった。

ゴール!グロスで6時間40分、ネットで6時間15分だった。クマモンも被り物のおかげで応援を沢山貰い、保温にも役立った。2週間の間隔での2回のフルマラソン、達成感を強く感じた。

2019年3月2日土曜日

東京マラソン前日

2日、東京マラソンの受付に台場に行った。快晴で気持ちがいい。ガンダムの大きな構造物?があった。明日の天気ははかばかしくないようだが?

帰って鳥鍋を作った。最後はみそ仕立ての雑炊で締めた。カーボローディングのためにイチゴショートも食べた。今日を含めて3日間の禁酒をした。明日の服装の準備、ゼッケンをつけたり靴にチップを付けたりして休んだ。