熊本から来られた原先生と話すことができた。京都からの森先生と挨拶を交わした。大分大の北野教授や岐阜大の飯田教授にもご挨拶できた。大学時代からの友人小川さんとも数年ぶりにお会いし色々話すことができた。彼は東京に永住するのかな?濟々黌の東京同窓会には毎年参加されているようだ。
2019年8月3日土曜日
急性期輸液管理研究会
3日、急性期輸液管理研究会が品川プリンスホテルアネックスで開催された。全国各地から麻酔科の先生方が来られるので、知り合いに会えるのが楽しみ。
熊本から来られた原先生と話すことができた。京都からの森先生と挨拶を交わした。大分大の北野教授や岐阜大の飯田教授にもご挨拶できた。大学時代からの友人小川さんとも数年ぶりにお会いし色々話すことができた。彼は東京に永住するのかな?濟々黌の東京同窓会には毎年参加されているようだ。
熊本から来られた原先生と話すことができた。京都からの森先生と挨拶を交わした。大分大の北野教授や岐阜大の飯田教授にもご挨拶できた。大学時代からの友人小川さんとも数年ぶりにお会いし色々話すことができた。彼は東京に永住するのかな?濟々黌の東京同窓会には毎年参加されているようだ。
2016年12月5日月曜日
西新橋緩和ケア研究会
アピアランスは患者さんと社会との接点を繋ぐとの言葉に納得する。
勉強会が終わって、汐留タワービルにあるシンガポール料理店で会食をした。
2015年11月19日木曜日
新都心KAMPOフォーラム
11月19日、新都心KAMPOフォーラムはT医科大学麻酔科が当番。うちには漢方医学の中堅エリートY数先生、東洋医学に精通された〇藤名誉教授がおられる。両先生に夫々教育講演と特別講演をお願いし、大瀬戸先生が開会の挨拶、〇泉先生と自分が講演の座長、U野先生が閉会の挨拶を担当することになった。Y数先生は神経障害性痛の漢方的アプローチをレーザーチャートを用いて、治療戦略を分かりやすく解説された。既にLisaに紹介された症例ではあるが、掲載された内容よりも深く説明してもらえた。質問もたくさんあった。
〇藤先生は、「昔に学ぶ人を救ふの大術」と題して蘇生法の歴史、金匱要略の紹介と解説、華岡青洲の通仙散、徳川家康の八味地黄丸、デルマトームの話しなど興味深い話しをされた。心配したとおり時間超過になり、座長の自分は大先輩を羽交い絞めするがの如く、危機的状態(会場閉鎖)になる5分前に何とか講演を閉じていただけるように頑張った。今日の役者たちは、その後会食の栄誉に与り、〇藤先生と自分は荻窪まで同じタクシーに相席し師弟の交わりを温め合った。
2015年2月18日水曜日
2014年1月24日金曜日
東京ペインクリニック懇話会
2013年11月9日土曜日
シンポジウムと来季新人との会食
9日はない土なので、得をした気分になる。朝はレトルトカレーと野菜サラダにした。
食後、善福寺川に沿って善福寺公園から和田堀公園に走った。約17kmであったが、ゆっくり走り、途中で「おながかも」を写真に撮ったりしたので、2時間半ほどかかった。
写真はかもが逆立ちして餌をとっている様子。
和田堀公園の池の噴水は秋らしい風情を漂わせている。
午後からCross Cancer Research Synposium がホテルニューオータニで開催された。3題の発表があり、最初は医療訴訟に関する話し、次にがん悪液質に関する話しだった。3つ目はがん研究会有明病院の服部先生のがんの痛みとの戦いの話で、座長は細川先生(日本緩和医療学会理事長)なので楽しみにしていた。服部先生の発表はいつもユニークで聴衆を飽きさせない。彼のメッセージは良く理解できた。最後に質問したが、彼は「自分が大分時代に初めて他所の県に呼ばれたのは先生からで熊本だったのです。」と言ってくれた。礼儀正しい人だと思った。
Symposiumの後、来年入局する先生たちとの食事会に行った。「匠」は半年以上前に予約しないと確保できないお店だ。さすがに素材は素晴らしく、また調理も一級品だ。自分は、ゆっくりビール、日本酒とラダーを駆け上がり、芋のオンザロックで至福の境地に至った。写真は全員集合。
帰りは初期研修医を3名タクシーで送った。ちゃんと家に帰りついていた。
食後、善福寺川に沿って善福寺公園から和田堀公園に走った。約17kmであったが、ゆっくり走り、途中で「おながかも」を写真に撮ったりしたので、2時間半ほどかかった。
写真はかもが逆立ちして餌をとっている様子。
和田堀公園の池の噴水は秋らしい風情を漂わせている。
午後からCross Cancer Research Synposium がホテルニューオータニで開催された。3題の発表があり、最初は医療訴訟に関する話し、次にがん悪液質に関する話しだった。3つ目はがん研究会有明病院の服部先生のがんの痛みとの戦いの話で、座長は細川先生(日本緩和医療学会理事長)なので楽しみにしていた。服部先生の発表はいつもユニークで聴衆を飽きさせない。彼のメッセージは良く理解できた。最後に質問したが、彼は「自分が大分時代に初めて他所の県に呼ばれたのは先生からで熊本だったのです。」と言ってくれた。礼儀正しい人だと思った。
Symposiumの後、来年入局する先生たちとの食事会に行った。「匠」は半年以上前に予約しないと確保できないお店だ。さすがに素材は素晴らしく、また調理も一級品だ。自分は、ゆっくりビール、日本酒とラダーを駆け上がり、芋のオンザロックで至福の境地に至った。写真は全員集合。
帰りは初期研修医を3名タクシーで送った。ちゃんと家に帰りついていた。
登録:
投稿 (Atom)






