13日、種子島で同級会(昭和27年度の年齢にあり、数年でも種子島に住んだことのある人が対象)があり帰省した。辰年と巳年の生まれなので、辰巳会と言い代表幹事の平瀬君は近所の幼馴染、関東地区担当の外園君は高校・大学が熊大、同じく関東地区幹事の綿引さんは母親同士が仲良しで知っていた間柄なので去年に計画を知り、3月初めに幹事会から手紙をいただいていた。東京から関西までは曇っており富士山は見えず、九州から晴れてきた。羽田で鹿児島・種子島間は条件付き運行になると言われたが、問題なし。写真は薩摩富士の開聞岳。
桜島と大隅半島との陸続きを真上から撮影。
種子島上空から見た屋久島、頂の上まですべて見えるのは珍しい。
種子島のロケット基地方面の写真を撮ることができた。
日高君が家の空気の入れ替えや掃除をしてくれていたので、寝床を準備して家を出た。庭木の手入れをシルバー人材センターにお願いしていたが。草は既にボウボウと生えていた。
さて受付で平瀬君たちに会った。外園君は最初から全く知らない人の中には入りづらいだろうと、同じ医師の三宅君の横の席に連れて行ってくれた。彼は山形の病院に勤務していたUターン医師で、周囲の人たちを次々に紹介してくれた。平瀬君は種子島の学校に在籍したことのない数名のために挨拶の機会を作ってくれた。
綿引さんは女性の参加者を紹介してくれた。
東京在住で一緒に飲もうと約束で来た友もできた。二次会にも参加し、歌も歌った。帰りは三宅君の奥様が迎えに着てくださり、家まで送ってもらった。
参加者は73名で北は苫小牧から、南はフィリピンからの参加だった。幹事の皆さんに感謝。