帰りに高齢者サービス機能付き住宅に入所されている先輩を訪ね、この数年の日韓医師サッカー交流の報告もできた。15時過ぎに娘の家に行った。友達が子どもさんを連れて遊びに来ていた。孫たちはハローウィンの仮装をして迎えてくれた。
2016年10月30日日曜日
じゃがいも荷下ろし
30日、6年ぶりにワイズメンズクラブの合同、北海道じゃがいも・カボチャの荷下ろし配送の手伝いに参加した。今年は北海道の天候不順のために入荷量に制限があり、毎年購入してくれる方々には申し訳ないが間で注文を取ってくれる皆さんに箱数制限のことをお願いした。8時半から始まった荷下ろし配送は11時前には終了した。
2013年9月29日日曜日
ワイズメンズクラブ西日本区九州部会
平山温泉から一旦家に戻り着替えた。
ユウベルホテルでのワイズメンズクラブ西日本区九州部部会に出席する。6月の西日本区大会や役員会でお会いした方が多いが、熊本の皆さんとは久々の再会になる。今期の役員席に座り、会話を楽しんだ。兄弟クラブの京都みやびの皆さんも5,6人、大邱琴湖クラブからの3名みえており、お話しすることができた。
ユウベルホテルでのワイズメンズクラブ西日本区九州部部会に出席する。6月の西日本区大会や役員会でお会いした方が多いが、熊本の皆さんとは久々の再会になる。今期の役員席に座り、会話を楽しんだ。兄弟クラブの京都みやびの皆さんも5,6人、大邱琴湖クラブからの3名みえており、お話しすることができた。
途中、近くに住む娘が息子の「ひなちゃん(陽太)」を連れてきた。大勢のパーティー会場なので、ひなちゃんは最初緊張していた。ジイジと頬ずりしたり、他の人からクマモンのおもちゃを貰っていつものように元気になった。
会が終了し、後片付けを手伝った。家人に熊本空港まで送ってもらい、午後8時40分発のANAで東京に向かった。羽田空港から京急で品川へ、山手線で新宿経由中央線で荻窪に帰ったが、急いで歩けないので家にたどり着いたのが、0時近くになっている。密度の濃い2日間、いや一週間だった。
2013年4月9日火曜日
大邱琴湖(テグクモ)クラブ交流報告
熊本むさしクラブの国外兄弟クラブ大邱琴湖(テグクモ)クラブの20周年を祝い、交流を深める目的で、若杉会長、入佐夫妻と自分の4名が韓国を訪問することになった。また大邱YMCA医師蹴球団との交流日程を直接話し合って決めなければならないので丁度良い機会となった。
4月6日、爆弾的低気圧襲来の合間を縫うように、JAL7時20分羽田発で福岡へ飛び、福岡からKE11時5分発でプサンに向かった。金浦空港には3名の琴湖クラブのメンバーが待っていてくれた。あいにくの雨だが、5,6分咲きの桜がきれいだ。
折角だからと、予定になかった闘牛場に向かった。丁度闘牛の真最中で大きな牡牛同士が頭を突き合わせて組み合っていた。力の入った熱戦だったが、制限時間内に決着がつかず引き分けになった。戦いが終わった後の牛は精魂尽き果てた様子で、歩いて戻る姿が痛々しかった。戦った牛は二か月間の休息を貰うというので安心した。
このまま大邱琴湖創立20周年記念式典が開催される会場のマリオットホテルに行った。次第に雨が強くなり、気温が冷えてきた。1年ぶりや数年ぶりに会う懐かしい友人が大勢いて旧交を温めあった。丁度今秋に日本で開催するドクターサッカーの新団長が訪問してくれたので、秋のスケジュールを話し合った。Face to faceだと、誤解がなくてよい。9月28日(土)に熊本で懇親会、29日(日)に山鹿後藤グラウンドでの親善試合が決まった。
我々はメインテーブルに座った。最初にバイキングの料理を取りに行きテーブルに戻ったところで食べ始めた。どうやら食事は自由に開始してよいようだ。途中テーブルの皆と乾杯をした。お腹が満足したころから20周年記念式典が始まった。YMCAサポートクラブらしく、一部が記念礼拝で二部が記念式典になっていた。一部では牧師さんの説教があったのには感銘を受けたが、内容は分らなかった。二部では区の代表や国内兄弟クラブ(群山クラブ)やスポンサークラブ(大邱αクラブ)の代表の挨拶があった。
国際兄弟クラブむさしクラブ若杉会長の挨拶は、途中まで韓国語で皆さん喜んでおられた。記念品交換が行われたが、熊本からはくまモングッズ(何かは知らないが)を贈ったようだ。最後は皆で記念写真を撮って二次会のお茶会に移動した。
ホームステイ先のキムさんのアパートは、32階建てのマンションの22階。見晴らしもよく、中は豪華そのものだった。20畳位の広いリビングの横にはダイニングキッチンがあり、ほかに4つ部屋があるという。日本でいうならば億ションだろうか。仲間が集まってきてワインパーティーになったが、明日のことを思い、飲むのは控えて3杯だけにした。
翌朝6時から、長男さんを誘って近所をジョッギング・散歩した。彼はアメリカに留学していたことがあり、流暢な英語を話す。娘さんはKorea University医学部の3年生で英語が堪能。小さい時から習っていたらしい。奥さんの李さんは昔日本に留学しておられ、日本語が堪能なのでコミュニケーションに不自由はしなかった。現在慶尚北道の副知事をなさっており、朴新大統領とも親しいそうだ。自分もすごい人脈を持ったものだ。
途中のドライブインでは干し柿を食べ、釜山のチャガルチ市場で昼食で魚料理やチジミを楽しんだ。
国際市場を散策して金浦空港へ。こうして熊本むさしクラブのIBC交流は無事終わった。この間日本は爆弾低気圧の影響で大荒れだったようだが、我々は一日目だけは雨だったが二日目は天気に恵まれた。心配していた北朝鮮の政治的な緊張は、韓国に滞在中まったく感じなかった。琴湖クラブの皆さん、お世話になりました。カムサハムニダ!!
4月6日、爆弾的低気圧襲来の合間を縫うように、JAL7時20分羽田発で福岡へ飛び、福岡からKE11時5分発でプサンに向かった。金浦空港には3名の琴湖クラブのメンバーが待っていてくれた。あいにくの雨だが、5,6分咲きの桜がきれいだ。
折角だからと、予定になかった闘牛場に向かった。丁度闘牛の真最中で大きな牡牛同士が頭を突き合わせて組み合っていた。力の入った熱戦だったが、制限時間内に決着がつかず引き分けになった。戦いが終わった後の牛は精魂尽き果てた様子で、歩いて戻る姿が痛々しかった。戦った牛は二か月間の休息を貰うというので安心した。このまま大邱琴湖創立20周年記念式典が開催される会場のマリオットホテルに行った。次第に雨が強くなり、気温が冷えてきた。1年ぶりや数年ぶりに会う懐かしい友人が大勢いて旧交を温めあった。丁度今秋に日本で開催するドクターサッカーの新団長が訪問してくれたので、秋のスケジュールを話し合った。Face to faceだと、誤解がなくてよい。9月28日(土)に熊本で懇親会、29日(日)に山鹿後藤グラウンドでの親善試合が決まった。
我々はメインテーブルに座った。最初にバイキングの料理を取りに行きテーブルに戻ったところで食べ始めた。どうやら食事は自由に開始してよいようだ。途中テーブルの皆と乾杯をした。お腹が満足したころから20周年記念式典が始まった。YMCAサポートクラブらしく、一部が記念礼拝で二部が記念式典になっていた。一部では牧師さんの説教があったのには感銘を受けたが、内容は分らなかった。二部では区の代表や国内兄弟クラブ(群山クラブ)やスポンサークラブ(大邱αクラブ)の代表の挨拶があった。
国際兄弟クラブむさしクラブ若杉会長の挨拶は、途中まで韓国語で皆さん喜んでおられた。記念品交換が行われたが、熊本からはくまモングッズ(何かは知らないが)を贈ったようだ。最後は皆で記念写真を撮って二次会のお茶会に移動した。
皆さんコーヒーやお茶を注文し、クリームやチーズを乗せたフレンチトーストのようなものを食べている。この食欲がすごいパワーを生むのだろうと感心した。
ホームステイ先のキムさんのアパートは、32階建てのマンションの22階。見晴らしもよく、中は豪華そのものだった。20畳位の広いリビングの横にはダイニングキッチンがあり、ほかに4つ部屋があるという。日本でいうならば億ションだろうか。仲間が集まってきてワインパーティーになったが、明日のことを思い、飲むのは控えて3杯だけにした。
翌朝6時から、長男さんを誘って近所をジョッギング・散歩した。彼はアメリカに留学していたことがあり、流暢な英語を話す。娘さんはKorea University医学部の3年生で英語が堪能。小さい時から習っていたらしい。奥さんの李さんは昔日本に留学しておられ、日本語が堪能なのでコミュニケーションに不自由はしなかった。現在慶尚北道の副知事をなさっており、朴新大統領とも親しいそうだ。自分もすごい人脈を持ったものだ。
朝は李さんの手料理をご馳走になり、集合場所に向かった。
各家庭にステイしたメンバーと琴湖クラブ会長夫妻、キム・ヒーハンさんの7名で高速道路をドライブして釜山に向かった。
途中のドライブインでは干し柿を食べ、釜山のチャガルチ市場で昼食で魚料理やチジミを楽しんだ。
国際市場を散策して金浦空港へ。こうして熊本むさしクラブのIBC交流は無事終わった。この間日本は爆弾低気圧の影響で大荒れだったようだが、我々は一日目だけは雨だったが二日目は天気に恵まれた。心配していた北朝鮮の政治的な緊張は、韓国に滞在中まったく感じなかった。琴湖クラブの皆さん、お世話になりました。カムサハムニダ!!
登録:
投稿 (Atom)




