ラベル 東京生活、葬儀、家族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 東京生活、葬儀、家族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017年11月9日木曜日

家族葬

9日、葬儀は家族葬で行った。家人の親戚の皆さんとお話しすることができた。お別れの言葉を姪っ子が話してくれた。お祖母ちゃんとの思い出は義母の人柄や特徴がにじみ出ていた。喪主は長女の家人であったが、特に挨拶はなかった。棺を閉じる前に家人は娘に縋り付いて泣いていた。

火葬場からお墓に行き納骨をした。そのまま葬祭場に行き初七日を済ませた。食事をして鹿児島空港にから羽田に向かった。自分は今日だけ特別な予定を入れていなかった。お義母さんはご存じだったのだろうか?

2017年11月8日水曜日

訃報

8日、4時ごろからLINEの着信が鳴り始めた。5時過ぎにスマートフォンを覗くと、義母が亡くなった知らせだった。享年90。一週間前から容態が悪く、自宅に帰りたいという希望をいれて在宅療養に移っていた。三人の娘の手厚い看護をうけながら旅立たれた。家族葬で今夜がお通夜、明日が葬儀するとの連絡だった。水曜日の講義、回診、外来、会議を済ませて19時過ぎの飛行機で鹿児島に向かった。

お通夜・葬儀の会場に着き、久しぶりに家人の親戚たちと会うことができた。ももや一家は既に熊本に帰っており会えなかったが、義母は身近な死を孫たちに体験させてくださった。

家人の実家に行き、次男や甥っ子たちと語り合った。

2017年5月9日火曜日

叔父の葬儀

9日、7日の夜に叔父の逝去の知らせが入った。家族葬をするのでお別れは9日朝の出棺時になる。荻窪から斎場まで時間がかかるが、朝早く出るとお見送りしてそのまま上野駅に向かえば燕三条行きの新幹線に間に合う。その日の朝の症例担当の交代と回診の中止をお願いして備えた。

641分荻窪発の東西線で日本橋に行き、浅草線に乗り換えようとしたが歩く速度が遅く?乗り継ぎに乗り損ねた。その後の乗り継ぎが上手くいかず、小室駅に着いたのが825分だった。斎場に着くと従妹が玄関で迎えてくれた。何十年ぶり?だろうか従弟とも会えた。従弟の長男は仕事で来れなかったが、それでも叔父の子どもと配偶者、孫たち会うことができた。出棺前にお棺の中に叔父が愛用した辞書や、奥さんとの写真、お花を入れた。叔父は自分に子どもたちや孫たちの再会、初対面の機会を作ってくれた。出棺を見送り小室駅から上野駅にはスムーズに乗り継ぐことができた。